プルサーマルに関する説明と申し入れ

佐賀県知事 古川 康 様
唐津市長  坂井 俊之 様
玄海町長  寺田 司 様

プルサーマルに関する説明と申し入れ
2006年1月19・20日
原子力資料情報室
共同代表 伴 英幸

I.軽水炉でのMOX燃料使用に関する安全上および安全審査上の問題点
―とくにプルトニウムなどの放出による災害評価について―

事故災害時の比較評価について

 原子力資料情報室ではMOX燃料総合評価プロジェクト(IMA)を組織して、1995年から2年間にわたって「MOX燃料の軽水炉利用に関する国際総合評価」を行ないました。プロジェクトメンバーは、高木仁三郎(座長)、マイケル・シュナイダー(副座長、フランス)、ミヒャエル・ザイラー(エコ研究所、ドイツ、後に連邦政府原子力安全委員長)、アレキサンダー。ロスナーゲル(法学、ドイツ・カッセル大学教授)、フランク・バーナビー(核物理学、元ストックホルム国際平和研究所所長)、保木本一郎(行政法、國學院大学教授)、上澤千尋(原子力資料情報室)らでした。その報告書は『MOX総合評価-IMAプロジェクト最終報告-』として出版されました(七つ森書館、1998年)。
 同プロジェクトは、総合評価の一項目としてMOX燃料の安全性を扱い、その中でMOX燃料の特性を評価するために、ウラン燃料の場合とMOX燃料を3分の1炉心まで装荷した場合の事故時の災害比較を行ないました(参考1に当該論文再掲)。このとき、ラスムッセン報告にあるPWR-2タイプの事故を想定し、MOX燃料の燃焼が進んだときに大量のアクチニド元素ができることからその放出割合を4%と仮定して両者を比較しました。その結果、MOX燃料を装荷した炉心の場合の影響範囲は距離でおよそ2倍に達することが分かりました。長さで2倍ですので、面積では約4倍となります。そして、影響を受ける範囲の集団被ばく線量は、人口密集地域が含まれる場合には更に増大することになるとしました。
 これに対して2005年12月25日に佐賀県が主催して唐津市で行なわれました「プルトニウム討論会」の席上、パネリストの一人大橋弘忠教授から「県から事故時の影響について話すように言われた」と前置きして、上記の評価結果に対して、古いラスムッセン報告に基づいて自分たちの都合の良いデータを集めて行なった捏造である旨の批判が展開されました。
 リスクは事故の確率と事故の影響の積で考えるべきですが、批判発言は事故の確率が極めて小さいので無視できると、確率のみを問題にしている点、不十分だと考えます。さらに、MOX燃料を装荷することによって安全余裕をわずかですが切り詰めることになることは推進側も認めています。討論会においても、反応度停止余裕が若干下がる、MOX燃料の溶融温度が若干下がるなどが説明されました。しかし、これによって生じる事故確率の変化については評価されていません。
 大橋氏の発言には批判内容の詳細がないので、貴職がIMAプロジェクトの事故時の災害評価比較の主旨に対して誤解されることは無いとおもいますが、ここに改めて、同プロジェクトが安全サイドに立って行ないました事故時の災害評価比較の内容について、根拠のある災害評価比較であることを以下に説明させていただきます。

1.事故時の災害比較

 MOX燃料を軽水炉で燃焼するときには、安全性を低下させる方向にさまざまな問題が生じてきます。たとえば、
① プルトニウムとウランとのあいだの核的特性の違いによる原子炉内の核反応に関するもの:遅発中性子割合が低下し即発中性子寿命も短くなるので原子炉の制御で素早い対応が必要になる・制御棒の価値、加圧水型炉の反応度制御のためのホウ素の価値が下がる・沸騰水型炉のボイド反応度係数、加圧水型炉の減速材温度反応度係数がより大きな負の値になる。
② プルトニウムとウランとのあいだの物性的・化学的特性の違いによるもの:燃料の融点が数十度程度低下する・熱伝導率が低下しペレットや被覆管の機械的強度が劣化する・核分裂性生物の希ガス(クリプトンやキセノン)やヘリウムの燃料からの放出量が燃焼とともに増加する。
③ プルトニウムなどの放射能毒性(被曝)によるもの:プルトニウムやアクチニド元素の生成量がウラン燃料だけの場合に比べて非常に大きくなるので、これらの核種が放出されるような事故があれば影響は大きくなる(公衆の被曝線量は増える)。
という具合です。
 とくに③の点に関連して、国はMOX燃料を使用する原子力発電所の立地審査に関連する災害評価について、従来の原発にたいするやり方で済ませて終わらせようとしていますが、これははっきりいって大問題です。上に述べたように、プルトニウムやアメリシウム、キュリウムなどのアクチニド元素の炉心含有量が多くなるMOX燃焼炉では、もしもこれらが放出されるような事故があった場合には、その影響はこれまでのウラン燃料を装荷してきた原子炉よりはるかに大きくなるからです。
 国の安全審査の事故解析ないしは立地評価では、技術的に起こりうる最大の事故として「重大事故」、および、技術的見地からは起こりえないが立地審査で想定が必要となる事故として「仮想事故」がそれぞれ想定されることになっています。これらの事故が起こったとしても、公衆に大きな影響を与えないことが、立地の条件とされています。
 実際には、国の「安全評価指針」では、そのような大事故のときでも、格納容器は基本的に健全性を失わないとしてもよいことになっているので、(書類の上では)ほとんどの放射能は環境中に放出されないで済んでしまいます。そのため災害評価のときに対象となる放射能はわずかに希ガスとヨウ素にすぎません。しかし、そのような甘い想定は、チェルノブイリ事故のような現実をまったく反映していません。
 この事情は、MOX燃料を装荷する原発にたいしても、そのままあてはめられています。原子力安全委員会が1995年にまとめた(部会)報告書『発電用軽水型原子炉施設に用いられる混合酸化物燃料について』の「安全評価」の項目に「本検討の範囲においては、基本的な特性、安全防護施設はMOX燃料を装荷してもウラン燃料炉心と変わるところはない等から、MOX燃料の装荷が離隔評価に影響を与えることはないものと考える」として、“炉心にプルトニウムを装荷しても、格納容器は事故時に相変わらず有効に働き、外部にプルトニウムやアクチニドなどは出さないので、従来の立地評価で構わないです”とプルトニウムなどによる災害評価を免除してしまったのです。
 この「軽水炉事故評価におけるプルトニウム災害評価免除」とでも呼ぶべき報告書の決定については、1998年の『「プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について」の適用方法などについて』において、あとから理由づけを行なっています。
 1998年の報告書のなかでは、典型的な沸騰水型炉や加圧水型炉でMOX燃料を燃焼した場合のプルトニウム被曝の評価が、「決定核種判別法」という呼び名で非常に限定したかたちで行なわれています。炉心の内蔵するそれぞれの核種のうち、プルトニウムの1%、ヨウ素の50%が原子炉から格納容器の内部に放出されるような事故を想定しているのですが、このような事故でも格納容器に備わったフィルタなどの機能が有効に働くことを期待しているので、最終的に環境中に放出されるのはさらに、格納容器内のプルトニウムの10万分の1以下、ヨウ素の1万分の1以下になるとしています。そして、この想定事故による被曝評価では、プルトニウムによる被曝の骨の基準への接近度(危険度)より、ヨウ素による被曝の甲状腺の基準への接近度(危険度)の方が厳しくなったので、プルトニウムの被曝評価はしなくともよい、としているのです。
 しかし、この評価方法には大きな疑問点があります。まず、格納容器の機能の健全性をほぼ全面的に仮定している点です。1%ものプルトニウムが放出するほどの事故であるにもかかわらず、格納容器の機能がまったく損なわれないとしていることです。フィルタ類、格納容器スプレイ系などがまったく損傷を受けず、格納容器も損傷を受けず、外部への放出ルートはほぼ排気筒だけ、というのは相当無理があるのではないでしょうか。ここでは詳しく論じませんが、格納容器の大規模な破壊の可能性もあると考えられます。
 さらに、アメリシウム241以外のアクチニドの被曝を考慮にいれていないことが、MOX燃焼炉としての災害評価としては過小なものになってしまっています。たとえば、燃焼度にもよりますが、MOX炉では炉心に内蔵しているアメリシウムやキュリウムの量が、ウラン炉のそれの5倍~10倍以上にもなり、それらはプルトニウムよりも環境中に出やすいこともわかっています。
 このことを踏まえて、私たちは相当量のプルトニウムおよびアクチニド元素が放出されることを想定し、軽水炉の事故災害評価を行なったわけです。
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参考文献
・クリスチアン・キュッパース,ミヒャエル・ザイラー著,『プルトニウム燃料産業―核戦争防止国際医師会議報告書―』,七つ森書館,1995(原著は1994年刊)
・高木仁三郎ほか著,『MOX総合評価―IMAプロジェクト最終報告―』,七つ森書館,1998(原著は1997年刊)
・原子力安全委員会,発電用軽水型原子炉施設に用いられる混合酸化物燃料について,1995年6月
・原子力安全委員会,プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について,1981年7月(2001年3月一部改訂)
・原子力安全委員会,「プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について」の適用方法などについて,1998年11月(2001年3月一部改訂)

2.アクチニド核種の放出量を4%と仮定した点について

 放射能の放出割合はPWR-2で仮定されているものをベースにしていますが、ラスムッセン報告や改良された1995年のNUREG1465でも、MOX燃料の装荷は想定されていません。そこで、MOX燃料ではアクチニド元素の生成割合が増えること、ならびに、MOX燃料を装荷した原子炉の事故では事故がより激しいケースがありうるので、アクチニド元素の放出割合を増やしました。その際、ロシア政府が1986年に評価したチェルノブイリ原発事故の放出割合を参考に仮定しました。チェルノブイリ原発事故でのアクチニド元素放出量の評価では更に大きく10%とする報告もありました。
 4%放出がありえない仮定とする見解は、MOX燃料の装荷を想定したものではなく、ウラン燃料における苛酷事故の放出割合をそのまま引いているようです。当情報室は、これが十分な想定だとは考えていません。
 このプロジェクトの評価は、ウラン燃料とMOX燃料を一部装荷した場合の影響の違いを比較するために行なったものです。その際に、より多く生成されるアクチニド元素の扱いをそれにふさわしく設定したもので、それは根拠のある仮定です。
 格納容器が破壊されるような事故を想定しなければ、これらの元素の大部分が格納容器内にとどまるでしょう。しかし、これを超える事故が起きる確率はきわめて少ないことから「無視できる」立場に総合評価プロジェクトは立ちませんでしたし、原子力資料情報室もそのような立場には立っていません。
 リスクはそれが起きる確率とその影響の積で考えるべきとはリスク論の常識です。それを一面の確率のみで論じることは科学とはいえません。

II. 申し入れ

1. プルサーマルの受け入れに関して、性急な判断をせずに、さらに住民の声を聞き、議論を尽くしていただくようお願いします。住民からの意見や疑問に十分に応えるための機会を作ってくださいますようお願い申し上げます。
 佐賀県ではこれまで九州電力主催、資源エネルギー庁主催、佐賀県主催でプルトニウムに関する公開討論会が開催されてきました。資源エネ庁主催の公開討論会にあわせて同日後半には原子力安全保安院からプルサーマル安全性に関する説明会が行なわれました。しかし、これらの討論会で十分に議論が深まり、住民の了解が得られたといえるのでしょうか? 私たちはなお住民の理解は得られていないと受け止めており、さらに議論を続けるべきだと考えています。
 佐賀県主催のプルサーマル討論会においては専門家が十分に検討して安全であると結論を出している、その説明で納得しないのは納得する気がないのではないかといった、住民を愚弄するような発言が推進側から出されました。また、当室への誹謗中傷ともいえる発言も繰り返されました。しかも事故災害比較評価に対する批判の根拠は示されませんでした。
 また、プルトニウムの必要性を討論した資源エネルギー庁主催の討論会に原子力資料情報室はパネリストの一人として参加させていただきました。同討論会ではプルサーマルの必要性について、従来の変わらない資源節約説が展開されましたが、節約はほんの僅かで再処理の経済性や放射性物質の環境放出を考えると、プルサーマルをすすめる合理的な説明にはなっていなかったと受け止めています。
 東京電力のプルサーマル計画に対する地元の事前了解は白紙撤回されています。1月6日に電気事業連合会から公表されたプルトニウム利用計画に際しても、新潟県は具体的な利用場所を記入しないように東京電力および原子力委員会に文書で要請しました。関西電力もまた04年8月の美浜3号炉の事故でプルサーマル計画は頓挫しています。
 このような状況の中で、今日プルサーマル問題が浮上しているのは、ひとえに六ヶ所再処理工場をアクティブ試験に進めるためのものに他なりません。さらに、交付金の上積みまでして強引に進めようとしているのです。
 これまでのいずれの討論会も、住民との質疑が十分に行なわれたとは言えないのではないでしょうか? 貴職におかれましては、とりわけ住民の安全を確保する立場からプルサーマルの安全性に強い関心があることと思いますが、公開討論会でも十分に議論が尽くされたとはいえないと受け止めております。
 今後40年以上にわたって続くプルサーマルについて、この受け入れに関して性急な判断をせずに、さらに住民の声を聞き、議論を尽くしていただくようお願いします。住民からの意見や疑問に十分に応えるための機会を作ってくださいますようお願い申し上げます。当原子力資料情報室はそのような機会作りに積極的に協力していきたいと考えております。

参考1)
3.3 苛酷事故がMOXを燃料にした原子炉に与える影響の評価(p.183~p.191)
 MOX燃料の炉心への導入によって,無視することのできないリスクと不確実性が導入されることを考慮して,プルトニウムとMOXに関連したアクチナイド(アメリシウムとキュリウムの同位体)の放出を想定して,沸騰水型炉と加圧水型炉の両方について,重大事故の影響に関する評価を行った。とくに,日本の原子力安全委員会が,軽水炉でのMOX利用の設置変更を申請する時に,電力会社が事故影響評価においてプルトニウムの放出を想定する必要はないとしてしまっていることからして,このような評価をしておくことはとくに有用と考えられる。
 この「プルトニウム事故の軽水炉免除」とも呼ぶべき決定は,非常に問題の多い決定だ。なぜなら,日本の原子力安全委員会の「プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について」(以下プルトニウム原子炉立地指針)という指針は,「プルトニウムを燃料とする原子炉」の立地評価においてはプルトニウムの内部被曝についての線量評価を行わなければならないとしているからである。「プルトニウムを燃料とする原子炉」というのはやや曖昧な表現だが,指針にはこれ以上の定義は与えられておらず,その文字どおりの解釈からすれば,これは,高速増殖炉はもちろんのこと,軽水炉を含むすべてのMOX燃料装荷の原子炉に適用されるべきであろう。指針は実際には,十分とはいえない水準ではあるが,「もんじゅ」に適用された。
 したがって,我々は,相当量のプルトニウムとそれに関連したアクチナイドが放出されることを想定し,標準的な軽水炉事故シミュレーションのモデルを使って,核分裂生成物の被曝線量に加えて,これらの核種の吸入による内部被曝線量も計算して,事故の影響の評価を行った。そして,その結果を,二酸化ウラン燃料を装荷したBWR(沸騰水型炉)とPWR(加圧水型炉)での同様のタイプの事故の結果と比較し,MOX燃料の使用によって付け加わるであろう健康や環境への影響を評価した。
3.3.1 事故の前提条件
・燃料と原子炉の条件
 アクチナイドの生成量はWiese論文にいうM2燃料〔Wiese 1993〕の計算結果をもとに評価した。シミュレーション計算に用いた新規のMOX燃料中のプルトニウム同位体組成と燃料の原子炉内蔵量に関するデータは,それぞれ表3-4と表3-5に示す通りである。
・事故シナリオと放射能の放出量
 沸騰水型炉と加圧水型炉それぞれについて次のような事故タイプと気象条件を仮定して(表3-6),原子炉からのエアロゾル化した放射性核種の広がりとそれによる近隣住民の被曝線量の計算は,基本的にはWASH-1400〔NRC 1975〕の手法を用いて行った。拡散計算は,いわゆるパスキル・モデルに基づいて実行した。WASH-1400の事故タイプのうち,プルトニウムなどの不揮発性物質の放出量が最大となるケース,BWR-1とPWR-2 を選んだ。
・アクチナイドの放出
 健康への影響に関して問題となるアクチナイド核種には,プルトニウム同位体,主にプルトニウム241の崩壊によって生成されるアメリシウム241(アルファ放射体,半減期443年)やキュリウム242(アルファ放射体,半減期163日)とキュリウム244(アルファ放射体,半減期18.1年)がある。前提条件として,これらの核種の全炉心内蔵量のうち4%が,事故によって放出されると仮定した。この仮定によると,沸騰水型,加圧水型原発の事故に対するプルトニウム放出量は,それぞれ67キログラム及び69キログラムである。
 4%放出という仮定は,WASH-1400のアクチナイド放出に対する数値が0.4~0.5であることを考えると,大きすぎるという意見もあるかもしれない。しかし,MOX炉の大事故では,大きな反応度が投入され,燃料が破砕されてその一部はエアロゾル粒子となって大気放出されるような事態が考えられる。実際に出力暴走事故だったチェルノブイリ原発事故では,プルトニウムの放出量は4%と評価されており〔USSR-SCUAE 1986〕,ドイツの政府のリスク研究でもプルトニウムや他のアクチナイドの放出量を4%と推定している〔GRS 1990〕。ある仮想的な条件のもとでは,放出量はさらに大きくなる可能性がある〔Kueppers and Sailer 1994〕。したがって,MOX炉からのプルトニウムと他のアクチナイドの放出による最も信頼できる災害影響を得るために,我々は事故の前提条件として,4%という値を用いた。アクチナイドの放出割合を変えた計算も実行し,結果の比較も行った。
・プルトニウム吸入による内部被曝の計算
 プルトニウムによる被曝線量を評価するにあたって,エアロゾル粒子の吸入による骨表面,肺,肝臓の線量とこれらの臓器の被曝の結果として生じる実効線量当量が重要である。ICRP公報30に基づく日本の「プルトニウム線量めやす指針」の代謝モデルにしたがって,これらの内部被曝線量の計算を行った。アクチナイドの新しい代謝モデルとそれに基づくアクチナイド摂取についての新しい線量係数が最近のICRP公報(ICRP公報61〔ICRP 61〕と68〔ICRP 68〕)で勧告されているが,日本や他の多くの国々ではまだICRP30に基づく線量係数が法的には有効であるので,それを使って計算を実行した。
・線量評価の結果
 電気出力110万kWの沸騰水型炉と電気出力118万kWの加圧水型炉について,全身の被曝線量の計算結果を原子炉からの距離の関数として,それぞれ図3-2(a)及び図3-2(b)に示した。それぞれの図で,上側の曲線がMOX炉の事故,下側の曲線が二酸化ウラン炉に対応している。2つの曲線の違いは,基本的にはアクチナイドの吸入の全身の被曝線量への寄与によるものである。
 距離─線量曲線は,BWR-1やPWR-2の事故の影響が,二酸化ウラン炉の場合でもすでに壊滅的であることを示しているが,この評価結果は,MOX炉での過酷事故の場合のアクチナイド放出の影響をはっきり示している。同じ距離に対する線量は,MOX燃料装荷の原子炉の場合,2.3~2.5倍になっており,健康に与える影響も同じ倍率で高くなると考えられる。
・線量評価の意味
 下記の表3-7のようなさまざまな線量レベルに対応する距離を比較することによって,図3-2に示した線量評価の意味するところをよりよく理解することができるだろう。表からはっきりわかるように,人体の健康にさまざまな影響を与える距離は,MOX燃料の使用にともなって80~100%増大する。影響を受ける面積は距離の平方に比例して増大するから,社会的影響が面積に比例すると仮定すると,この距離の増大によって社会的影響は3.2~4倍になることを意味する。さらには,距離の増大によって人口が密集している都市部を含むことになるから,実社会での影響はもっと深刻なものになるだろう。
 影響をわかりやすく説明するために,日本の軽水炉での事故シナリオを想定して見よう。もし,MOX使用が計画されている東京電力の沸騰水型福島第二原発4号炉(電気出力110万kW)で事故が起こり,水戸や東京方面(南南西)に風が吹いていたと仮定すると,100センチシーベルト(1レム)の範囲に含まれる人口は,MOXの使用によって3.7倍以上(41万人から150万人へ)になる。100センチシーベルトの預託線量当量(50年)は,人体の健康や社会にさまざまな悪影響をもたらす可能性があるため,この増大は非常に深刻な社会的懸念になるだろう。もし,これもMOX使用の候補である東京電力の柏崎刈羽原発1号炉(電気出力110万kW)で事故が起き,前橋・東京方面(南南東)に風が吹いていたと仮定すると,上と同じ放射線の影響を受ける範囲の人口は,ウラン燃料だけの場合と比べて,1桁多くなる(ウラン炉の22万人に対して250万人)。これらの著しい増大は,被害距離が延びることによって東京方面の人口の多い都市を含むことによるものである。
 加圧水型炉の例としては,これもMOX使用の候補である関西電力の大飯原発4号炉(電気出力118万kW)における事故を想定してみよう。風が南向き(京都・大阪方面)に吹いていたとすると,100センチシーベルトの範囲で被害を受ける人口は200万人から1030万人へと5.1倍に増える。この大飯の事故のケースでは,ウラン炉心の原発事故を仮定した場合でも,京都や高槻といった大きな都市を含むことになるので対象人口がすでに200万人に達しているが,MOX炉心の事故では大阪や近郊が被害範囲に加わることによって,1000万人以上に増えることに注目されたい。
 事故の想定規模が大きすぎて現実的ではないという意見もあるかもしれない。WASH-1400報告において,BWR-1及びPWR-2タイプの事故の発生確率はそれぞれ100万分の9及び100万分の5と評価されている。しかし,WASH-1400のこの確率の値にはかなり疑問の余地がある。この章で示された解析から,MOX燃料の導入によってある種の事故の確率が高くなる可能性があるからだ。それゆえ,我々は,苛酷事故の想定及びその想定に基づいたここでの影響評価は,MOXの評価として意味のあるものと考えている。
 ここでの事故シナリオが必ずしも最悪のケースに基づいているわけではないことを注意しておこう。ここでの事故シナリオの設定は,MOX装荷炉心でのアクチナイド放出をともなう事故と二酸化ウラン装荷炉心における緩やかなアクチナイド放出(WASH-1400では0.4~0.5%と仮定されている)の事故の影響を比較するためである。事故の影響は,より悪い気象条件のケースやもっと大量のアクチナイドが放出されるケースでは,さらに深刻なものになる可能性があり,上の想定が必ずしも最大限ではない。
 アクチナイドの放出量がもっと少ない場合は,MOXの影響は当然小さくなる。しかし,アクチナイドの放出量を0.5~1%と非常に控えめに想定しても,MOX燃料装荷の炉心の場合,ある場所での被曝線量は二酸化ウランの炉心の場合と比べ,1.1~1.5倍になることを我々の計算は示しており,大きな事故の場合はどんなシナリオでも,炉心にあるアクチナイドの量の大きさのために,MOX燃料の装荷によって事故の影響が相当悪化すると考えられるのである。

参考文献
1.Wiese 1993: H. W. Wiese, Investigation of the Nuclear Inventories of High-Exposure PWR Mixed-Oxide Fuels with Multiple Recycling of Self-generated Plutonium, Nuclear Technology vol. 102, Apr. 1993 pp. 68-80.
2.NRC 1975: U. S. Nuclear Regulatry Commision, WASH-1400, Reactor Safety Study – An Assessment of Accident Risks in U. S. Commercial Nuclear Power Plants, 1975.
3.USSR-SCUAE 1986: USSR State Committee on the Utilization of Atomic Energy, the Accident at the Chernobyl Nuclear Power Plant and Its Consequences, Information Compiled for the IAEA Experts’ Meeting, August 1986, Vienna.
4.GRS 1990: Gesellshaft fuer Reaktorsicherheit, Deutsche Risikostudie Kernkraftwerke, Phase B, Koeln, 1990.
5.Kueppers and Sailer 1994: C. Kueppers and M. Sailer, The MOX Industry or The Civilian Use of Plutonium, IPPNW Germany and Belgium, 1994(邦訳:C. キュッパース・M. ザイラー,『プルトニウム燃料産業』,七つ森書館,1995).
6.ICRP 61: Annual limits of Intake of Radionuclides by Workers Based on the 1990 Recommendations, Annals of the ICRP, vol. 21, No. 4 (1991) .
7.ICRP 68: Dose Coefficient for Intakes of Radionuclides by Workers, Annals of the ICRP, vol. 24, No. 4 (1994).