日本の放射線従事者に関する疫学調査のありかた

日本の放射線従事者に関する疫学調査のありかた

 この6月、国際がん研究機関が発表した「低線量電離放射線による発がんリスク:15ヵ国の原子力施設労働者の調査」は、放射線作業者を対象に被曝線量とがんリスクとの関係を統計的に解析したもので、100ミリシーベルト被曝した場合、がんによる死亡率が約10%増加するというものだった。同時期に発表された米国科学アカデミーの電離放射線の生物学的影響に関する第7報告とともに、線量限度内の低線量被曝でもがん発症の可能性があると警鐘を鳴らした(本誌378号)。

 15ヵ国調査に日本のデータを提供した(財)放射線影響協会の巽紘一・放射線疫学調査センター長は、読売新聞に「今回の結果は、たばこの影響などが十分に考慮されていない上、一部の国のデータに引きずられて、リスクが誇張された可能性がある」とコメントしている。

 日本では1990年度から放射線影響協会が、文部科学省(旧科学技術庁)からの委託を受け「原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学調査」を実施している。日本人男性全体との死亡率の比較や被曝線量と死亡率との関連などを調べ、第Ⅰ期調査(1990~94年度、95年3月発表)第Ⅱ期(1995~1999年度、2000年12月発表)の報告書が出ている。

 第Ⅱ期調査では、日本人の主要ながんである食道がん、胃がん、直腸がんの死亡率が累積線量とともに増加する有意な傾向を示した(本誌323号参照)。しかし、報告書では「低線量域の放射線が、がん死亡率に影響を及ぼしているとの明確な証拠は得られなかった」としている。

 一方、Radiation Research 159(2003)に掲載された岩崎民子(元放射線疫学調査センター長)らによる英文のレポート(1986~97年の解析)では、「食道・胃・直腸がんと多発性骨髄腫では正の相関関係があった」と報告している。

 解析方法で評価は変わってくるが、とくに調査期間が短いデータを解析する場合、安易にこれから現れるがん死などの可能性を切り捨てるような結論を出してしまってはならない。先に紹介したコメントのように、有意な傾向性に対してすぐに交絡因子の可能性を強調するのでは、疫学調査する意味がない。日本の場合、初めから調査計画に組み込まれるべき交絡因子を、別の横断的調査にしてしまっていることも問題である。第Ⅱ期調査からは、喫煙などの交絡因子が解析結果を左右するほどの影響は読み取れない。

 もうひとつ大きな問題は、日本国籍を持たない人(第Ⅰ期調査では約2500人、Ⅱ期では数の記載なし)、住所情報や住民票が得られなかった人らが調査対象から除かれてしまっていることだ。日本の原子力事業の特徴として、何重もの下請け構造があり、総被曝線量の96%は下請け労働者で占められている。高線量被曝をしている可能性のある外国人や住民票のない人らを追跡調査する必要がある。私たちは厚生労働省に対し、離職した放射線作業者に健康管理手帳を交付することを求めている。離職後の作業者の健康診断などとリンクさせた積極的な調査が必要だ。

 また死亡率だけではなく罹患率調査も開始しなくてはならない。労働者の健康を守るという視点なしには、精度のよい疫学調査も実現しない。(渡辺美紀子)

『原子力資料情報室通信』378号(2005.12.1)
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