再処理工場周辺の海の放射能汚染

再処理工場周辺の海の放射能汚染

古川路明(理事)

1.再処理工場の立地と海の放射能汚染

 日本の主な原子力施設は海に面して建てられている。その理由として重要なものは、次の通りであろう。原発では、大量の冷却水が必要だからであるが、使用済み核燃料の輸送の点でも都合がよい。再処理工場では、原発と異なり放射性廃棄物の捨て場所として海が必要だからである。世界の主要な再処理工場であるイギリスのセラフィールド再処理工場とフランスのラ・アーグ再処理工場も海に面している。

 ここでは、金沢大学の山本政儀氏が中心になって研究されたセラフィールド再処理工場が面するアイリッシュ海の汚染状況についてあらましを述べ、六ヶ所村の問題にも触れる。

2.セラフィールド再処理工場

2.1 セラフィールドの核施設

 セラフィールドはイギリス北西部の海辺にあり、そこに住む多くの人びとは核施設と関連する職場で働いている。セラフィールド核施設は、中西部カンブリア地方に広がる巨大な原子力センターであり、そこには核燃料加工工場、原子炉、再処理工場、核廃棄物保管所がならぶ。中でも再処理工場は世界でもっとも早くから稼動していて、セラフィールド再処理工場の規模と実績でならぶのはフランスのラ・アーグ工場のみである。

 ここには、三つの再処理工場がある。第一工場は1952年から操業を始めた核兵器製造のためのプルトニウムを分離する工場である。第二工場は、黒鉛減速ガス冷却炉の使用済み燃料を処理する工場で、1964年に運転を始めている。この二つの工場で、これまでに30,000トン以上の使用済み核燃料を処理している。第三工場は、年間1,200トンの処理能力をもつTHORPという軽水炉の燃料を処理する工場である。

2.2 アイリッシュ海

 アイリッシュ海は47,000km^2の面積をもつ半閉鎖系の海である(図1)。Man島東部の海域は20―50mと浅く、North Channelでは275m以上あってもっとも深い。アイリッシュ海の全海水量は2,430km^3で、Man島西部の海域が全体の80%を占めている。大西洋からの潮汐現象が南北のChannelを通してこのアイリッシュ海に伝わり、海水の混合は活発である。表面海流は、主として南から北に流れるがMan島東部の海域では複雑である。アイリッシュ海から大西洋への海水の流出はNorth Channelを経るものであり、その速さは1日あたり2?8km^3と評価されている。

 アイリッシュ海がなかば閉鎖的な海であることが放出放射能による海洋の汚染を大きくしている。

2.3 セラフィールド再処理工場からの放射能放出

 1952年以来、低レベル放射性廃液をパイプラインを通して沿岸から2km先のアイリッシュ海に放出し続けてきた。プルトニウム-239.240(24,000年/6,560年)とアメリシウム-241(433年)の放出量の時間変化を図2に示す。1970年代に最大の放出があり、1980年代からさまざまな低減化対策がとられて放出量が激減している。

 1990年までにセラフィールド再処理工場から放出されたセシウム-137(30年)は3.0×10^16ベクレル、プルトニウム-239.240は6.8×10^14ベクレル(253kg)、アメリシウム-241は8.9×10^14ベクレルであった。

 大気圏内核兵器実験では、総量としてセシウム-137の1.3×10^18ベクレル、プルトニウム-239.240の1.3×10^16ベクレル(4,080kg)、アメリシウム-241の3.0×10^15ベクレルが地球上に広くばらまかれている。また、チェルノブイリ原子炉事故からのセシウム-137の放出量は4×10^16ベクレルであって、プルトニウム-239.240とアメリシウムの放出量ははるかに小さい。

 セラフィールドからの放出が周辺海域にほぼ限られることを考えれば、セラフィールド再処理工場は世界で最大の放射能放出源であり、アイリッシュ海は世界でもっとも放射能汚染の高い海であるといってもよい。

 アイリッシュ海における1969?1988年の表層堆積物についてのセシウム-137,プルトニウム-239.240とアメリシウム-241濃度を見ると、1キログラムあたり200ベクレル以上の汚染地域は、どの放射能も放出口を中心とした東沿岸海域に集中し、その分布は時間の経過とともに変動している。沿岸地域の他に、Man島西部の海域にセシウム-137の局地的汚染地域が1974年以降の調査で現われている。

 東部沿岸のいくつかの地点における表層堆積物のセシウム-137とプルトニウム-239.240の濃度の時間的推移を図3に示すが、放出口に近い地点(Maryport,WhitehavenとNewbiggin)では時間の経過とともに濃度が急激に減少している。遠方(Heyshaw,Kippford)では濃度が約一桁低く、ほぼ一定の値を示している。1970年代には地点間の大きな濃度差が見られるが、1980年代後半からはその差が小さくなりつつある。なお、日本の若狭湾(福井県)沿岸周辺の表層堆積物中のプルトニウム-239.240濃度は1キログラムあたり数ベクレルに過ぎない。

 セラフィールド核施設周辺の汚染はきわめて大きい。しかもひとたび汚染されてしまうと元の状態に戻すのが非常に困難なことは注目されるべきである。

3.六ヶ所村再処理工場との関係

 六ヶ所村再処理工場では、セラフィールドと異なり排水中の放射能量を低減する対応がなされているようではある。セシウム-137、プルトニウム-240とアメリシウム-241の年間放出量は、それぞれ1.6×10^10ベクレル、3.0×10^9ベクレル(0.0004kg)と1.4×10^8ベクレルとされている。セラフィールドの場合よりより予定放出量は小さい。

 しかし、トリチウム(12.2年)の放出は抑えることができない。1日あたりの放出量は6×10^13ベクレルとなる。これを法令の別表にある排水に対する濃度限度(60ベクレル/cm^3)で割れば、必要となる水の体積は100万立方メートルとなる。これでは、再処理施設からの放水で希釈することはできない。海の希釈効果を入れてはじめて濃度限度未満への希釈が可能になる。排水管のなかでは法令の濃度限度を超えていると考えられ、沖合に排水の出口をおいている理由も察せられる。河川にはとても捨てられない。

 再処理は非常に問題が多い。問題の一部が放射能放出をみてもはっきりしてくる。

参考文献
1)山本政儀、日本海水学会誌、57巻、p.192(2003)

図1 アイリッシュ海の深度と海流の向き(山本2003)

図2 セラフィールド再処理工場からのプルトニウムとアメリシウムの放出量(下の図)(山本2003)

図3 アイリッシュ海堆積物中のセシウム-137とプルトニウム-239.240濃度の時間変化(山本2003)