原発の新しい耐震指針案-どう考える?-(『通信』より)

原発の新しい耐震指針案-どう考える?-

山口幸夫(『原子力資料情報室通信』384号2006.6.1より)

※訂正:
『原子力資料情報室通信』384号本記事中、耐震指針検討分科会第43回会合配布資料から「基準地震動Ssの策定に関する概要フロー」(震分第43-4号13頁)を掲載しましたが、この概要フローは同第43回会合にて撤回されています。

 この4月28日、国の原子力安全委員会の耐震指針検討分科会が新しい指針案をまとめた。夏か秋の初めころには決定する見込みである。これで原発は大地震にも耐えることができるようになるのだろうか。1978年に耐震設計審査指針が定められ、81年に改訂された現行指針から25年ぶりの指針である。まだ案の段階だが、多分、こう決まるだろう。だが、読んでみると、表現があいまいで、なんとも解りにくい。新聞の報道でも、「耐震指針強化へ」とあったり、「現指針とほぼ同様の内容」とあったりで、評価がわかれている。改良されたのか、されなかったのか。

■ぼく このところ日本列島に大きな地震が起きているように思うんだが、やっと原発にも対策が及ぼうとしているのかい?

■きみ うん。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)がきっかけでね。その年の9月に「平成7年兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設耐震安全検討会」が提言したのを受け、原子力安全委員会は96年から5年間かけて、いろいろ調査したんだな。そして、原子力安全基準・指針専門部会に依頼した。より適切な指針類にするための調査、審議をおこなって、結果を報告してください、とね。

■ぼく その依頼はいつのことだったの?

■きみ 2001年6月25日で、7月3日には、専門部会が「検討方針」を明らかにし、さっそく、「耐震指針検討分科会」を設置して、設置の目的、審議事項、構成、運営などを決めたんだ。

■ぼく なるほど。分科会の構成メンバ-もそのときに決まったんだね。

■きみ そう。発足時は18人だったけど、途中で3人やめて4人が加わったので、最終的には19人ということになった。

■ぼく 今度の案というのはこの分科会がまとめたものなんだね。それにしても、ずいぶん時間がかかったんだねえ。

■きみ そりゃあそうさ。委員の中に、ことごとに正論というか、国を代弁する人の言うことが政治的でおかしい、学問的には違うぞと言う人がいたのさ。

■ぼく へええ、それは珍しいね。そのために、5年ちかくの歳月を要したというわけか。で、このあとの段取りはどうなってるの?

■きみ 5月19日に、分科会を設置した専門部会に報告されて、つぎには、原子力安全委員会で承認され、パブリックコメントにかかる。多分、1ヵ月間くらいの期間でしょう。世論にも耳を傾けました、という体裁をつくって、この案が決定する。そして、新指針ということになる。それが、早ければ夏、遅くとも秋の初めだろうね。決まったら、これから、相当の期間はこの指針に縛られるだろうね。

■ぼく すると、パブコメが大事ということになるのかい?

■きみ その通り。

■ぼく でも、どうせ何を言ってもだめさ。向こうが、つまり原子力安全委員会の事務局が判断するんだろ? 去年の原子力政策大綱のときだって、ずいぶんたくさんの意見が寄せられたと思うけど、それが少しは反映されたのかねえ。まったくないんじゃないか。むなしいよ、パブコメに応じるなんてさ。

■きみ そんなことを言ったらいけないんじゃないかな。いつ実るかわからないけれど、しかし、正しいと思う主張をし続けるというのが民主主義の原理でしょうよ。長い時間が必要だと思うよ。この3月の志賀原発2号炉の運転差し止め判決を見てごらん。延々と負け続けてきて、原発裁判で初めての勝利だぜ。

■ぼく わかった。あらためてよく読んで、意見募集に応じよう。

【変わったところ】

■ぼく ところで、現行指針にくらべてここが変わったというところは何処なの?

■きみ うん。いろいろあるんだけど、主なところはつぎの4点かな。
 ①考慮する直下地震の大きさ
 ②基準となる地震動
 ③考慮する活断層
 ④「残余のリスク」の導入

■ぼく ①の直下地震については、全国一律に、マグニチュ-ド(M)6.5を想定すればいいというのが従来の指針だったよね。

■きみ 活断層が近くに見つかっていない場合などはそうだった。しかし、2000年の鳥取県西部地震はM7.3の地殻内地震にもかかわらず、活断層は事前に指摘されていなかったし、明瞭な地表地震断層もあらわれていなかった。
 その気になって探せば見つかったはずだと言ったって、あとの祭りだからね。そこで、新指針では数値は示さないで、電力業界が自主的に判断することになるんだが、M6.6くらいしか考えていないから、「耐震指針は強化へ」というのはウソになる。

■ぼく 事前調査で震源断層が見つからない危険性があるのに、自主的判断というのはあぶないんじゃないかな。作りたい、という気持ちが先行すると、たいていのことには理屈がついてしまうものだぜ。

■きみ 工学ではたしかにそういうことがあるね。その危惧はつぎの②にも言える気がするんだ。地震そのものの大きさを表すのはマグニチュ-ド(M)だが、構造物が受ける影響は地震による揺れだ。これを地震動と言っている。現行指針では、S1とS2という二つの揺れを使っているのさ。

■ぼく そのSってのは何だい? seismic(地震の)から来ているのかな。1と2はどう違うの?

■きみ 地震はearthquakeと言うけど、standard(基準)から来ているのかもしれない。S1というのはね、過去の地震歴を調べたり、活動度の高い近くの活断層によって起こるかもしれない地震を予想してだね、原発の敷地に来そうな最も大きな地震動さ。それを基準にして原発を設計するんだ。だから、「設計用最強地震」がもたらす地震動をS1と言う。

■ぼく そうか。襲ってくるかもしれない最強の地震動に耐えられるように原発を設計するんだね。なら、S2は何なの? いらないんじゃないの?

■きみ ううん、そうじゃないんだよ、もっと大きな地震があるかもしれない。しかし、これ以上はありえないという限界の地震を想定してみるんだよ。この「設計用限界地震」がもたらす地震動をS2と呼ぶんだ。

■ぼく なるほど。そんなに慎重に作っているんだから、日本の原発は大地震が来たって、大丈夫なんだ。

■きみ おいおい、そう簡単に納得しないでよ。考えてもみてごらん。S1とかS2とか、科学的に数字を出せると思うかい? 地震学は阪神・淡路大震災いらい、長足の進歩をしたとはいっても、直に観察出来ない地下構造がカギをにぎっている学問だよ。

■ぼく そうかあ。実験室の中でやる精密科学とはちがうなあ、たしかに。

■きみ 2005年8月16日、宮城県沖地震(M7.2)が起きたよね。そのとき、女川原発が止まった。そこでの地震計が示した応答スペクトルの値はS2を超えていたでしょ。

■ぼく そうだったね。大問題になったね。いや、いまも大問題なんだ。S2って何だろう? と思ったよ。あてにならないなあ。

■きみ 新しい指針では、このS1、S2が消えて、「基準地震動」Ssというもの一つになった。しかし、これがS2よりずっと大きいのか、似たような大きさなのかがはっきりしない。じつにアイマイなんだよ。

■ぼく Sdというのもあるんじゃないの?

■きみ そうそう。「弾性設計用地震動」というもの。これがまたたいへん問題だと思うんだ。現行指針では最強地震によるS1が来ても弾性状態にとどまる、限界地震によるS2でも機能が保たれる、としている。今回はSsだけになったので、弾性設計で確認しておくためにSdというものをもちだしてきたのさ。これはSsのα倍とされる。しかし、αの値は0.5を下回らない程度に電力会社が自主的に決めるんだ。現行のS1はS2と比べて3分の2以上あるのにね。

■ぼく そうなら、Ssをよっぽど大きく設定しなくちゃ。

■きみ そこなんだよ。いまのままなら、そうはならないでしょうね。

【活断層と「残余のリスク」】

■ぼく この3月24日の志賀2号炉の判決では、いくつかの活断層が連動する可能性を指摘していたね。新指針では、そこはどうなんだい?

■きみ むずかしいことを聞くね。従来は限界地震で「5万年前以降活動したもの」だけを検討の対象にしていたけど、今回は「約13万年前以降の活動が否定できないもの」とのばしただけで、連動については議論していない。学者の中でも意見が一致していないんだ。

■ぼく う-ん。そんなことでいいのかねえ。

■きみ 新指針の頼りないところの一つだと思うよ。

■ぼく ところで、基本方針の解説で、「残余のリスク」の存在を認めているね。

■きみ そうなんだ。委員のあいだで最後まで意見が分かれたところなのさ。策定された地震動を上回る地震動がやって来て、施設や周辺公衆に重大な放射線被曝を及ぼすことのリスクをどう記述するか、確率論的手法が未だできていないので、今後に待つというわけだ。

■ぼく つまり、今までは、限界地震を超える地震はありません、原発は大丈夫ですと言ってたけれど、これからは、そうは言えなくて、原発にはリスクがありますよ、と宣言したということだね。

■きみ はっきり言えばね。どんな大地震が起こっても、「ああ、残余のリスクが現われたのね」だけで、もう「予想外だった」なんて弁解がましく言わなくても済む。

■ぼく 「基本方針」が180度転換したのに、「同等の考えである」なんて、よく言うねえ。

■きみ 今度の案にはほかにもいろいろ問題があるんだ。基本方針にあった剛構造と岩盤支持という表現は消えたし、大崎スペクトルが過小評価になること、既存の原発をどうするかなどだね。アクティブ試験が始まってしまった六ヶ所の再処理工場のことだってあるし。

■きみ 「残余のリスクを認めるとしても、地震によって、放射線被曝の増加を引き起こす事がないようにすることが、耐震安全設計の根本の目標である」という文言を入れよ、という主張もあったよ。

■ぼく 結局、地震と原発について、ぼくらはいま大きな曲がり角に立っているんだ。他人事としてでなく、パブコメに応えなくっちゃ、ね。

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「耐震設計審査指針(案)」に対する意見募集期間は5月24日~6月22日。
「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(案)」、「原子力安全基準・指針専門部会の見解」及び「各種指針類における耐震関係の規定の改訂等について(案)」に対する意見募集
www.nsc.go.jp/box/bosyu060523/youkou_taishin.html

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参考:
長沢啓行氏(若狭ネット)
新しい「耐震設計審査指針(案)」は「自然の摂理」に耐えられるか?
www4.ocn.ne.jp/~wakasant/
www4.ocn.ne.jp/~wakasant/news/98/98-3.pdf
www4.ocn.ne.jp/~wakasant/news/98/98-4.pdf
www4.ocn.ne.jp/~wakasant/news/98/98-5.pdf

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