朝鮮民主主義人民共和国の核実験による放射能放出について

朝鮮民主主義人民共和国の核実験による放射能放出について

古川路明(理事)
2006年10月17日

朝鮮民主主義人民共和国(以下、「北朝鮮」)が10月9日に核実験を実施したといわれている。その時に放出された放射能については、アメリカの空軍が11日に採取した試料の中から核実験の際に放出された放射能が検出されたと14日に報道されている。

情報が不足しているので、状況を判断しにくい。どの放射能が、どのように採取した試料の中に、どのくらい含まれていたかが明らかになる必要がある。

この時点で、どのように試料を採取し、どのように測定すればどのような放射能が検出できるかを検討してみるのも有意義である。

1.核爆発の起こった状況

今回の核実験では、核爆発の規模は小さく、地面が破れ、放射能が大気中に放出されたことはなかったと考えてよい。

そのような状況であっても、核爆発の起こった場所は非常な高温になるから、その瞬間には多くの物質が揮発していると想定される。しかし、温度は短い時間の間に下がって大部分の物質は地下に残るであろう。したがって、岩石または地面の隙間から放出されるのは気体状の放射能である。必ず気体になっている、核分裂でできる放射能はクリプトンとキセノンの放射能である。また、ヨウ素は単体が昇華しやすいので、条件によってはヨウ素の放射能も放出される可能性がある。

2.クリプトン、キセノンとヨウ素の放射能

表1[下記]に、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)とヨウ素(I)の放射能で、核分裂で生じる放射能を示す。

今回の核実験について考えると、放射能強度の大きい半減期の比較的短い放射能を考えればよい。しかし、アメリカによる試料の採取までに2日間が経過していることを考えると、半減期が10時間以下の放射能は問題にしにくい。

表1を見ると、検出できるクリプトンとキセノンの放射能は少ない。キセノン-133(5.24日)のみが測定できるが、核爆発が起こったときにはヨウ素-133(20.8時間)などの放射能であって、それらの崩壊でキセノン-133が生じるので、放出の可能性はやや低くなる。クリプトン-85(10.8年)は、核燃料再処理によって多量が大気中に放出されているので、今回の核実験による増加分が検知できるとは考えにくい。

放射性ヨウ素としては、ヨウ素-131(8.04日)、ヨウ素133(20.8時間)が考察の対象になるが、核爆発が起こったときには、放射性テルルなどになっていたものが崩壊して生じるから、大気中に放出される確率はクリプトンとキセノンより小さい。

航空機による大気試料の採取では、大量の試料は集めにくいのではないか。このような大気試料の採取は大きな意味がないと思う。

3.揮発性の放射能が崩壊して生じる放射能

放射性クリプトンと放射性キセノンが崩壊して生じる放射能には、注目せねばならない。

表1の中で、問題になる放射能を挙げてみる。

・クリプトン-89(3.15分)から生じるストロンチウム-89(50.5日)
・クリプトン-90(32.3秒)から生じるストロンチウム-90(29.1年)
・クリプトン-91(8.57秒)から生じるイットリウム-91(58.5日)
・キセノン-137(3.82分)から生じるセシウム-137(30.1年)
・キセノン-138(14.1分)から生じるセシウム-138(32.2分)
・キセノン-139(39.7秒)から生じるバリウム-139(1.38時間)
・キセノン-140(13.6秒)から生じるバリウム-140(12.8日)

この中で注目すべきは、ストロンチウム-89、イットリウム-91とバリウム-140である。ストロンチウム-89とイットリウム-91はべータ線測定で検出するので、結果が出るまでに多少時間がかかる。

このような放射能は、大気中で粉塵や降雨などに入って地上に降下する可能性があり、日本国内で検出できるはずであるが、その量はきわめて少ないと予測できる。そうはいっても大量の試料を集め、精密な放射能測定をおこなう必要はある。

4.不揮発性元素の放射能

核爆発の規模が予定より大きかったときは、地上に放射能かなり大量に放出される恐れがある。この場合は、ジルコニウム-95(64日)、モリブデン-99(2.7日)、テルル-132(3.3日)、セリウム-141(32.5日)なども放出され、採取試料から検出できる可能性はある。しかし、今回はこのような放射能は検出できないであろう。

一つ付け加えたいことは、ジルコニウム-95とそれが崩壊して生じるニオブ-95(354日)の放射能量の比である。ニオブ-95は核爆発が起こったときには存在せず、時間経過とともにジルコニウム-95から生まれてくる。この放射能量の比から核爆発が起こった時刻についての情報が得られる。

5.おわりに

10月17日、アメリカが放射能の検出を公式に発表したと伝えられている。その内容の詳細は知らないが、できるだけくわしい情報が伝えられることが望ましい。公開が十分でないときは、日本政府が公開を要求すべきではないだろうか。
www.odni.gov/announcements/20061016_release.pdf

表1 主な揮発性元素の核分裂で生じる放射能

核種    半減期    壊変

85Kr   10.8年   β-
85mKr  4.48時間   β-78.6%、IT 21.4%
87Kr  1.27時間   β-
88Kr   2.4時間   β-
89Kr   3.15分   β-(→89Sr,50.5日)
90Kr   32.3秒   β-(→90Sr,29.1年)
91Kr   8.57秒   β-(→91Sr,9.63時間)*)
129I  1570万年   β-
131I  8.04日    β-
132I  2.30時間   β-
133I  20.8時間   β-(→8133Xe,5.24日)
134I  52.6分    β-
135I  6.57時間   β-
136I  1.39分    β-
137I  24.5秒    β-(→137Xe,3.82分)
138I  6.5秒    β-(→138Xe,14.1分)
133Xe  5.24日   β-
135Xe 9.14時間   β-
137Xe  3.82分   β-(→137Cs,30.1年)
138Xe  14.1分   β-(→138Cs,32.2分)
139Xe  39.7秒   β-(→139Ba,1.38時間)
140Xe  13.6秒   β-(→140Ba,12.8日)

*)崩壊して91Y(58.5日)になる。