昨年12月の日印首脳会談を どう評価するか?

 『原子力資料情報室通信』第500号(2016/2/1)より

 昨年12月12日、インドを訪問した安倍首相はモディ・インド首相と首脳会談をおこない、インドへの原発を輸出する際に前提となる原子力協力協定を締結することを確認する「覚書」を締結した。日印原子力協力協定の問題点は本誌436号、485号、498号などで繰り返し取り上げてきたが、あらためて、今回の首脳会談と覚書の意味を考えたい。

 核兵器保有国インド

 インドとの原子力協力協定を検討する上でもっとも特徴的な点は、インドが核不拡散条約(NPT)・包括的核実験禁止条約(CTBT)に加盟していない核兵器保有国であるということだ。インドは核兵器の廃絶を訴えながら、NPTを不平等条約であるとして否定し、また、CTBTについても未臨界核実験が認められる点などが問題だとして批准していない。その一方で、インドは1974年と1998年に核実験を実施した核兵器保有国でもある。特に1974年の核実験に使用されたプルトニウムはカナダと米国が平和利用目的で提供した原子炉などを用いて生産された。
 インド核実験は世界的な非難を浴び、2008年にインドが自発的核実験停止、核兵器先制不使用などを約束し、米印原子力協力協定やインドが民生用だと宣言した核施設への国際原子力機関(IAEA)の査察などを容認するIAEA追加議定書が締結されるまで、国際的な原子力開発から孤立してきた。
 現在もインドは、プルトニウムや高濃縮ウランなどの兵器用核物質の製造を継続し(インド以外にはパキスタン・北朝鮮・イスラエルのみ)、核兵器の近代化にも邁進し、NPTにもCTBTにも加盟する姿勢を見せていない。

日印原子力協力協定締結が持つ意味

 日本がインドと原子力協力協定を締結することには大きく2つの意味がある。1つはインドの核兵器保有国としての地位向上、もう1つはインドの原子力開発の進展だ。
 インドは核兵器を保有しているが、国際的な核不拡散体制上、核兵器国だとは認められていない。しかし、2008年以降、米仏露などの国々がインドを核兵器保有国と知りながら、原子力協力協定を締結してきた。さらに、戦争被爆国として核軍縮・不拡散を訴え続けてきた日本が、核軍拡を続けるインドと原子力協力協定を締結すれば、インドの核兵器国としての地位を更に強固なものとする。
 2008年以降インドでは、フランスのAreva、米国のGE日立、Westinghouseがそれぞれ6基、またロシアのRosatomが8基の原発を建設する計画が策定されていた。しかし、現在、ロシア以外の輸入原発の建設は進んでいない。 これには2つの理由がある。まずインドの原子力損害賠償法の特殊性だ。一般的な原子力損害賠償法は原子力事業者に対して責任を集中させることとなっているところ、インドの原子力損害賠償法は原子力事業者が原発メーカーに対して損害を求償することを可能にしている。そのため損害賠償リスクから、原発メーカーは建設に二の足を踏んでいる。また、日印原子力協力協定が締結されず、日本の原発機器が輸入できないことも理由の1つだ。たとえばインドは信頼性の高い日本製原子炉圧力容器を求めているといわれている。この2つの要因が絡み合ってインドで輸入原発の建設はほとんど進んでいない。
 なお、インドは使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で利用する計画を長年保持しており、日本に対しても日本製原発機器から出た使用済み燃料の再処理を容認するよう要求し、日本も応じると見られている。これを認めた場合、日本は原子力輸出国側として初めて使用済み燃料の再処理の実施を認めることになる。

日印首脳会談の評価

 では、昨年12月の日印首脳会談をどのように評価するべきだろうか。
 両国首脳は共同声明の中でインドと日本は核兵器の究極的な廃絶という価値観を共有し、核兵器用核分裂性物質生産禁止条約交渉の早期決着を求める。さらに日本はCTBT早期発効の重要性を指摘した(CTBTの発効要件国であるインドに対して早期に加盟を要請するもの)。その一方、両国首脳は「技術的な詳細が完成した」後に原子力協力協定を締結することを確認した。また、インドが原子力供給国グループなどの国際輸出管理グループのメンバーとなれるよう協力することを確認した。
 安倍首相は12月14日の講演で、日印原子力協力協定締結について、核実験実施時には協力を停止する、インドを核不拡散体制の外側に置いていては「核廃絶とか言っていてもですね、これはまさに実効性のあるものにはならない」と述べ、この協定の意義を強調している。この停止措置について共同通信(12月17日付)は核実験実施時、日本の輸出原発機器から出た使用済み燃料の再処理を即時停止する手続きを明文化すると報じている。
 一方、インドのジャイシャンカル外務次官は14日の記者会見で、例えば「インドのNPT加盟は大きな問題とならない」、「使用済み燃料の再処理はインド長年の立場であり、いかなる結論もこの方針に一致する」、「(核実験による停止条項について)世界の多くの国はインドの自発的核実験停止を信用している」と回答し、安倍首相の会見とは異なる印象をあたえる。インドの有力紙The Hindu(12月14日付)が川村泰久外務報道官のコメントとして、日本は最近の交渉で「いかなる無効化条項」も要求していないと述べていると報じていることも気になるところだ。
 インドを核不拡散体制に取り込むために原子力協力協定を締結するというロジックは、米国が2008年にインドのIAEA追加議定書を容認するよう各国政府を説得した際と全く同じロジックだ。しかし不拡散体制に取り込んだはずの2008年以降もインドは核軍拡に励んでいる。その一方で、NPT体制は近年さらに弱体化が進んでいる。
 核不拡散体制が弱体化する一方で、例外を認めることは、核廃絶を大幅に遠のかせる。政府は、日印原子力協力協定が夏の参議院選にあたえる影響をおそれ、今国会に提出しない方針を固めたと報じられている。しかし、いつ提出されようと、この協定の持つ問題は解決されない。断じてインドとの原子力協力協定を締結してはならない。現在、日印原子力協力協定に反対する国際署名を募集中だ。是非協力をお願いしたい。  

(松久保肇)

国際署名:https://goo.gl/SYBuIk(英語)
       goo.gl/bW7SKz(日本語)

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