2009年を大きな転換の年へ

『原子力資料情報室通信』415号(2009/1/1)より

2009年を大きな転換の年へ

山口幸夫

 ゆっくりと、だが確実に、根底のところで社会が変わりつつあると感じる。原子力をめぐってのこれから1年、それにどのような拍車をかけることができるかが私たちの課題である。
 昨年2008年の新年号では、「2008年:4つの阻止目標」を掲げ、活動の方針とした。その中で、2007年という年を、原子力ルネッサンスの掛け声は勢いを失いつつあって、事態が希望の側に傾いて推移したと記した。
 2008年に、もっと大きく私たちの側に傾いたと思う。その2008年の目標にあげたのは次の4つであった。(1)柏崎刈羽原発の再開をとめる、(2)六ヶ所再処理工場の本格運転をとめる、(3)「もんじゅ」再開とプルサーマル計画をとめる、(4)高レベル廃棄物処分場への応募をとめる。
 さまざまな状況が味方し、全国の人々の力とあいまって、とめる目標はほぼ達成されたといえよう。そして今年、この阻止目標を堅持しつつ、より現実のものとするための大転換の年にしたい。

柏崎刈羽原発

 2007年7月の新潟県中越沖地震で緊急停止した4基をふくめて、7基の原発のすべてがとまっている柏崎刈羽原発が、今後、どうなるかは世界中が注目しているところだ。
 新潟県は、東京電力の不正事件発覚を契機に「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」を設置していたが、中越沖地震をうけて、その体制を強化した。2008年2月、この「技術委員会」を9名から14名へと拡充し、さらに2つの小委員会を発足させた。「設備健全性、耐震安全性に関する小委員会」8名、と「地震、地質・地盤に関する小委員会」6名とである。特筆すべきは、この2つの小委員会のそれぞれに複数の「原発批判派」の研究者が加わったことである。希有のことである。
 ここで、「原発批判派」とは、政府や産業界の言い分を代弁する御用学者ではなく、科学的・技術的にきちんと論じ、場合によっては、原発の閉鎖もあり得るという考えの研究者、という意味である。そのような研究者の主張に耳を傾けなければ、柏崎刈羽の原発がどの意味において安全なのか、あるいはどのように危険なのか、判断ができない。安心を得たいとなればなおのこと、という新潟県民の思いを知事が無視できなくなった、ということだろう。時代は変わりつつある。

サイエンスか工学か

 しかし、御用学者委員はあいも変わらずだ。「その議論はサイエンスの議論であって、原発の安全性とは関係ない。工学的判断をすべきだ」と言い放つのである。技術委員会、小委員会の双方にこういう御用委員がいて、しかも、こういう委員に限って声が大きい。
 中越沖地震とは何であったのか、とくに、震源断層とF-B断層の関係については、いまだ議論が収束していない。それに関連した渡辺満久・東洋大教授の佐渡海盆東縁断層説は、変動地形学の基本にもとづいており、十分な科学的根拠がある。これを御用委員は否定する。原子力安全・保安院が2008年8月に行なった海上音波探査のデータには、海底の地下には断層は見えないから、そんなものは存在しない、というのがその言い分である。
 これに対して、石橋克彦・小委員会委員は、「見えなければ、地下深部にも地震発生層が存在しないと決めつけるのは、科学的思考の停止である」ときびしく批判して、長大な佐渡海盆東縁断層の存在を想定した基準地震動の策定をと、反論を展開している。将来起こるかもしれない大きな地震に備えるための基準地震動の値が、値切られてしまってはならない、と石橋委員は心配しているのだ。この議論は、『科学』2009年1月号(岩波書店)の石橋克彦論文「著しい過小評価が容認された柏崎刈羽原発の想定地震」に詳しい。
 「工学というのは、ものをつくるための学問である」。だから、ものづくり自体の是非を問う場面では、「必ずといってよいほど、目的である『つくる』ほうに傾いた結論になる」と書いたのは、井野博満・東大名誉教授である。柏崎刈羽原発の設備・機器は経年変化と苛酷な地震動のダブルパンチをうけたので、内部にゆがみや損傷が生じたに違いない。科学的に念入りに調べなければいけない、と主張する。そして、最終的に原発が安全かどうか、存続を是と考えるかどうかは、住民(社会)の価値判断で決めるべきものだ、と説く(現代書館刊『まるで原発などないかのように―地震列島、原発の真実』、第2章)。

六ヶ所のガラス固化体

 案の定、六ヶ所再処理工場でガラス固化体の製造が不能の状態に陥っており、先の見通しを立てることができないでいる。ガラスは、古くから人類にとってなじみの物質だが、非結晶体であるために科学的な理解はいまだ十分ではない。そのガラスを高温で溶かしておいて、高レベルの放射性廃液を溶かし込むというのである。その廃液には不溶解残渣と呼ばれる白金族元素や燃料被覆管の切り屑などが入っている。うまくいくかどうか、サイエンスとしては始めから疑問だった。
 2007年11月に製造を開始したのに、1年後のさる11月25日、試運転の終了時期を2009年2月まで延ばす、と日本原燃は発表した。しかし、それまでに解決するかどうか、きわめて疑わしい。再処理工場の完工時期の延期は、初めから数えると、なんと15回目である。技術の実証性を確認せずに、工学論理をふりかざし、いけいけどんどんで進んできた結果である。
 固化体の製造のために、ガラスを炉内に追加投入して白金族を押し流す「洗浄運転」を試みたり、高レベル廃液の溶融炉に撹拌用の棒をつっこんでかき回したりしたが、ことごとく失敗した。本質的な難問に遭遇していると思われる。
 再処理工場は、原発―再処理―高速増殖炉という核燃料サイクルのかなめに位置しているので、核燃料サイクルそのものの是非がサイエンスとして問われていることになる。

もんじゅ

 1995年12月に、ナトリウム漏れから火災を引き起こし、高速増殖炉もんじゅは停止したままで13年余の歳月が過ぎた。その運転再開をめざして、政府はさまざまな技術的検討を重ねてきた。しかし、問題になったナトリウムの制御に見通しが立たない状態にある。解決すべき対象がはっきりしているのに、解決ができないというところが深刻なのである。
 そうこうしているうちに、2008年9月、屋外排気ダクトに腐食穴が発見された。さらに、減肉している箇所が次々に見つかった。
 燃えないウランに高速の中性子をあててプルトニウムに変換することは、サイエンスとしてはなりたつ。しかし、そこから電気エネルギーを取り出すことが工学的には可能かどうか。その可能性に賭けて、夢の原子炉の実現へと努力してきた人々の気持ちは分からないではない。だが、いつまでも夢を追いつづけることは社会的に許されることではない。いまのところ、再開時期は3度目の延長で、2009年2月頃とされているが、それがまた延期ということになるならば、高速増殖炉は止めるという判断をするべきだと考える。

CO2、地球温暖化、原子力

 原子力産業界の再編がすすみ、世界的には、CO2を出さないクリーンエネルギーの原子力という宣伝が盛んだ。それはまた、てっとりばやく電力が欲しいアジアの国々への原発輸出の表向きの理由にもされている。そして、京都議定書後の世界が議論されるとき、「日本では、東京電力柏崎刈羽原発が停止されるなどして原発の稼動率が下がった影響で、07年度の温室効果ガス排出量は過去最悪になった」などと語られる。
 この論は誤解されやすい。原発で電力を供給するシステムが地震で破綻し、その代わりの電力を火力発電に頼るから、その分、温室効果ガスが出るのは当然である。さる11月に来日したマイケル・シュナイダー(仏)は、データを示しながら、そのシステムの誤りを指摘した。原発を推進しているフランスでも更新性エネルギーを発展させているドイツでも、温室効果ガスの削減は保障されない。エネルギーの供給、消費について根本的に考えなおさないと、この社会は持続しない。まだ間に合う、そうしなければならないし、そうできる、というのだ。シュナイダ?を持ち出すまでもなく、『原発は地球にやさしいか』(西尾漠、緑風出版)はこの問題にていねいに答えている。

 私たち、原子力資料情報室は、いままで以上にわかりやすくて的確な情報を発信していきたい。これからの1年、米・印・露・日が主役になって核拡散の流れが進もうとしている。その動きに注目し、流れを押し止める役割の一端を担いたい。そこでは、経済成長とは何か、持続可能社会とはどういうものか、が問題になるだろう。
 そしてとくに新しい年、活断層、地震断層・地震学の最新の研究をふまえて、原子力施設の耐震安全性に警鐘を鳴らすことに力をつくしたい。
 全国のみなさまのご支援、ご協力を期待し、お願いするしだいです。

 

 

原子力資料情報室通信とNuke Info Tokyo 原子力資料情報室は、原子力に依存しない社会の実現をめざしてつくられた非営利の調査研究機関です。産業界とは独立した立場から、原子力に関する各種資料の収集や調査研究などを行なっています。
毎年の総会で議決に加わっていただく正会員の方々や、活動の支援をしてくださる賛助会員の方々の会費などに支えられて私たちは活動しています。
どちらの方にも、原子力資料情報室通信(月刊)とパンフレットを発行のつどお届けしています。