2019年、歴史の曲がり角

『原子力資料情報室通信』第535号(2019/1/1) より

2019年、歴史の曲がり角

3・11以後、原発震災の影響をうけて、わたしたちの社会は急速に変わりつつある。
市民・住民を無視して一方的な国会審議が進行している。三権分立とはほど遠く、司法も立法も行政下にあるかのようだ。制度のほころび、破綻が極まっているようにおもう。とりわけ原子力にかかわる官僚と業界人・政治家たちの姿勢はかたくななまでに守旧主義的である。社会の実状と先行きを見通して困難を克服しようという意気は、官僚たちには全く見られない。経済産業省の原子力にかんする有識者委員会の学者座長はパリ協定をもちだして、原子力発電は絶対に必要だと言い張る。この2、3年の再生可能エネルギーの普及などは、目に入らないようだ。

フクシマ
8年前の東京電力福島第一原発の過酷事故の衝撃と影響は日本社会だけでなく、アジア、米欧など世界規模におよんでいる。現代社会に生きる人々の暮らしも文化も、根底からの変革を迫られている。その意味で、福島ではなくフクシマと表現したい。
「安心」はひとのこころの問題だが、「安全」は科学的に論ずることができる、と説く人たちがいる。だが、科学的に「安全」かどうかを言うことはできない。放射線の影響についていえば、科学的にはなんとも判断できない領域があるからだ。もう心配ありません、福島の復興のために協力しましょう、というのは科学とは別の価値判断であって、科学ではない。政治と経済である。東京オリンピックまでにフクシマは無かったことにしたいという政府の底意は明らかだ。放射線モニタリングポストを8割も削減する案も同じだ。
去年夏、トリチウム汚染水の海洋放出の是非が大きな議論になった。汚染土壌の処理処分も議論が続いている。人々が感じている「不安」を、「科学的に安全」と称して政府は切り捨てようとする。どうすればよいか。徹底的な対話と討論・議論とによって方針を決めるしか、方法はない。時間を切って、結論を出す問題ではない。放射能の半減期という長大な時間を忘れてはならない。そして、〈専門家〉が大きな顔をする問題ではない。

プルトニウム
日本はすでに47.3トンもの「余剰プルトニウム」を持っているが、それを「平和利用」、つまり電力生産に使う見通しは無い。MOX燃料に加工して軽水炉燃料にする従来の方針は、経済的にも、使用済み燃料の後始末からも、全く展望がないことは、諸外国含めて共通の理解だ。こういう状態であるのに、さらに核燃料サイクルをつづけようとする日本政府の政策は愚かで危険である。当室は17年2月と18年11月にプルトニウムについての国際会議を、米・韓・中国・台湾・仏・独などの協力を得て主催した(本誌514、533、今号)。外務省は一定の参加をしたが、経産省は全く参加しなかった。自らの矛盾があらわになることを怖れたからであろう。
議論のすえ、プルトニウムはもはや資源ではない、ごみとして処分すべきだ、というのが結論である。
その一方で、プルトニウムを消費するために、フランスの高速炉開発に相乗りする方針をしめしたり、フランスがその方針を変えるや、経産省は小型原子炉の開発だの、イノべーションに期待するしかない、などと言う。世論に耳を傾ける姿勢がまるで無い。国内で行き詰まって原発輸出を打ち出した政権の方針は、トルコ、ベトナム、リトアニア、フィンランド、UAE、米国などで失敗をくりかえしてきた。もはや原発産業に先はない。

再稼働
3・11後の現在、原発は9基が再稼働している。その過程を見ていると、原子力規制委員会と原子力規制庁は、原発を容認し、それを推進するのが基本姿勢であることがますます明白になった。規制委員会そのものが原子力推進・容認派から構成されている。原子力基本法に基づくという立場なのだろう。本来は、原発はだめなのだ、という厳しい規制をするのでなければならない。後述する広瀬・世論調査がしめす民意・世論を真正面から受け止めるべきだ。
3・11原発震災を契機に、原発の運転期間は40年ときめられた。これを超える運転は例外扱いになった。だが、この制限も実質的に取り払われたようにみえる。電力会社が申請した3つの加圧水型原子炉(高浜原発1・2号機、美浜原発3号機)はどれも許可された。そのうえ、首都圏の唯一の東海第二原発の40年超運転も18年11月に許可された。老朽化が進んだ沸騰水型で、本誌523、531号でも指摘したように問題だらけの原発である。再稼働には、周辺6市村の合意が必要との条件がついた。
フクシマ事故に直接の責任がある東京電力は、17年末に新潟県の柏崎刈羽原発6・7号機の再稼働のために「原子炉設置変更許可申請」(基本設計)の認可を原子力規制委員会から受けた。つぎには「工事計画認可」(詳細設計)、そして「保安規定変更許可」(運用基準)というプロセスがある。すでに新潟県には、3つの検証委員会(技術委員会、健康・生活委員会、避難委員会)があり、それらを総括する検証総括委員会が活動している。東京電力がこの仕組みを乗り越える可能性はほとんど無いだろう。

世論
政府と経産省は、日本も世界も民意は脱原発に向かっている現実をどのように考えているのだろうか。現政権は17年10月の衆院選で大勝し、与党議員は衆・参合わせて2/3を超え、「原発政策は国民の支持を得ている」と受け取っているふしがある。それは
本当か、詳細に調べた世論調査が広瀬弘忠氏らによってなされた(雑誌「科学」2018年5月号)。たいへん興味深い研究である。
広瀬氏らは、全国を5地域に分け、17年12月、15~79歳の男女1,200名に調査員が調査票をもって訪問し、克明な調査をおこなった。衆議院選挙の後でもあり、投票先と合わせた調査が可能になった。自民、希望・公明・維新、立民・共産・社民の3つにグループ分けし、原発への態度を尋ねた。結果は、自民党に投票した人々のうち、再稼働について「絶対反対」が13.7%、「やや反対」が50.4%、合わせて再稼働反対が過半数の64.1%であった。立民らの第3グループでは、この数字は84.7%であった。また、「福島第一原発は今も危険な状態が続いている」と答えたのが、自民党支持者の80.3%にのぼった。再生可能エネルギーについては、自民党支持者の86.8%がその利用のための体制変革を期待していると答えている。この傾向は第二、第三のグループではもっと顕著であった。つまり、日本の市民・住民はハッキリと、原発を拒否しており、再生可能エネルギーの利用に向かえ、と意思表示しているのだ。
こう見てくると、脱原発、再生可能エネルギーへの期待が自民党支持者の多数派であり、政府や官僚の意向とは異なっていることがわかる。選挙の結果が政権の原発政策を支持しているのではないことは明らかである。

3・11以降、当室の会員は急増した。政府寄りではない情報を人々が欲したからだと、わたしたちは受け止めた。しかし、フクシマ事故から8年近くたって、会員数が少しずつ減ってきている。事故が風化してきたとみなされているせいもあるかもしれない。私たちの情報発信力に問題があるのではないかと反省しているところである。
新しい年、ゆっくりと、ときに急速度で大きな曲がり角を曲がろうとしている現代社会に、少しでも先立って、有用な情報を発信してゆきたいとおもう。会員の皆さまのご意見、ご教示をよろしくお願いする次第です。

山口幸夫(原子力資料情報室・共同代表)