「特重施設」なんて要らない

『原子力資料情報室通信』第542号(2019/8/1)より

 「特重施設」なんぞというわけのわからない言葉が、この数ヵ月で妙に耳に馴染んでしまった。マスメディアでは「テロ対策施設」と呼び変えている。大型航空機を故意に衝突させるなどのテロ行為で原子炉建屋が破壊され、使えなくなる場合に備えたバックアップ施設だという。既設の原子炉建屋は破壊されることが前提である。そこで特重施設は、中央制御室に代わって原子炉をコントロールする緊急時制御室や、電力を供給する電源、原子炉を冷やすための注水設備などを有するとされる。
 その「特定重大事故等対処施設」の設置期限再延長を原子力規制委員会が認めなかったことに、例のごとく原子力ムラから不満の声があがっている。4月26日付の電気新聞は、「対話機能が不十分なまま、一方通行的な規制が続くことで本当に原子力発電所の安全がより高まるのか。今回の規制委の判断は将来に大きな禍根を残したといえる」と言う。同記事によれば、社会保障経済研究所の石川和男代表は「今後、原子力プラントの停止が相次ぎ、料金値上げなどが起こった場合、『安い電気代の恩恵を受けられず、原子力の技術も失われる。損をするのは電力需要家と政府だ』と広範に及ぶ影響を懸念」しているらしい。
 なかでも突出しているのが、6月11日付電気新聞に載った、エネルギー戦略研究会の金子熊夫会長(初代外務省原子力課長)の言だ。
 「テロ攻撃を未然に防ぐのは電力会社や警察、海上保安庁では無理で、軍隊(日本では自衛隊)の力を借りる以外にない。具体的には、原発施設の近傍に短距離地対空ミサイル(パトリオット・ミサイル等)や高射砲を配備し、事前に襲撃を食い止めることだ。それが抑止力にもなる。
 ということは、自衛隊を動かせば、事前に襲撃を食い止めることは今すぐにも実施できるし、大規模な土木工事を伴う特重施設の建設よりも、未然防止の観点で費用対効果がはるかに高い」。
 なるほど、そうきたか。しかしそれは、これまで猶予期間を設けてきたことこそが誤りで、1日も早く特重施設を設ける必要があるという原子力規制委員会と同様に、大型航空機を故意に衝突させるなどのテロ行為が明日にもありうることを意味する。むしろ原子力規制委員会以上に、そうした危惧を抱いているということだろう。
 もちろん、短距離地対空ミサイルや高射砲でも完全に防げる保証はない。となれば、原子炉のコントロールができず暴走するかもしれない。電源を失って安全装置が働かないかもしれない。冷却水を循環させられなくなったりするかもしれない。それ以前に、施設の破壊によって対処のいとまもなく放射能が放出されるかもしれない。そうしたことが起きることにどう備えるか。
 いや、問題は、そうしたことが起きることにどう備えるかではなく、そんな事態が現実に起きることを覚悟してまで原発を動かすのかではないか。原発さえなければ、特重施設も要らないのだ。
 そのほうが、費用対効果がはるかに高い。5月29日付電気新聞の匿名コラムはこう言っていた。原子力規制委員会が特重施設の設置期限を見直さないという方針に「市場はすぐに反応し、期限に間に合わないことを表明していた事業者の株価は大幅下落。一方で再稼働の見通しが立っておらず、原子力への依存度が低い事業者の株価は逆に上昇した。〔中略〕今回の件が、『原子力のリスクを取りに行く経営』に対して、市場も株主も一層厳しい目を向けることになったことは確かだ」。
 そうなのだ。特重施設をつくるということは即ち原発を動かし続けることで、そのためには膨大な「安全対策費」がかかる。7月9日付の日本経済新聞は、電力各社の対策投資が当初想定を何倍も上回っていることを伝えていた。なおかつ原子力規制委員会の認可を得たところで、動かし続けられる保証はまったくない。費用対効果の悪さは、考えるまでもないだろう。   
  (西尾漠)