日印原子力協定:日本の市民からインドのシン首相宛の書簡

プレス・リリース
 報道機関 各位
                   2010年年10月25日
   
 現在、インドのマンモハン・シン首相が(24日から26日まで)来日中です。来日中、日本政府の首脳との協議では日印原子力協力協定が大きなテーマの一つになると思われます。
 
これまで日本の平和運動では、米印原子力協定をきっかけとする原子力供給国グループ(NSG)におけるインド特例扱いに対するガイドライン修正への反対、日本政府の日印原子力協力協定協議開始への反対をして参りましたが、この度、シン首相来日の機会をとらえて、何故、日本の反核平和運動が日印原子力協定に反対するかについて、本日午後、シン首相宛の手紙を提出しました。(このプレスリリースの下にあります。)

 また、同時に、首相官邸、外務省、経済産業省、原子力委員会の担当部署にもシン首相宛に提出したとの連絡と合わせて同文を送りました。

 手紙の署名者は50名を超え、広島や長崎の反核平和運動(核兵器廃絶のを求めるヒロシマの会の4代表、核兵器廃絶地球市民集会ナガサキの現及び前実行委員長)、また、日本被団協、日本原水協、原水禁国民会議の各事務局長、ピースボートの共同代表、ピースデポの代表と特別顧問、原子力資料情報室の3共同代表、グリーンピースジャパン事務局長、日本反核法協の事務局長、日本国際法律家協会の会長、ふぇみん婦人民主クラブ共同代表等が被爆者はじめとする、日本の反核平和運動のリーダーが含まれます。
 以上
(連絡先)
 内藤雅義       日本反核法律家協会理事
03-5283-7799
(東神田法律事務所)

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2010年10月25日
マンモハン・シン首相 殿
 
 私達は、被爆地、広島、長崎を含む被爆者をはじめ、日本国内で核兵器廃絶に向けて運動をしているものです。
 貴職は、今回の来日にあたり、日印原子力協定についての日本政府首脳と協議されると思います。私達は、インドが国産施設を含め、全てのインド国内の原子力関連施設をIAEAの保障措置下に置き、今後核兵器用核物質を製造しないとの合意すらなされないような、日印原子力協力締結に強く反対するものです。

 シン首相、あなたは、広島、長崎へ行かれたことがあるでしょうか。また、被爆者の体験を直接聞かれたことがあるでしょうか。
 広島、長崎に投下された原爆は、現在、世界に配備している多くの核爆弾から見れば、小さな核爆弾でした。それでも、広島と長崎の街を瞬時に破壊し、多くの人々を生きたまま焼き尽くし、そして、街を放射能で汚染したのです。原爆は、人々を無差別に殺しただけではありませんでした。戦争が終わった後も、放射能の影響により、被爆者を苦しめ続け、殺し続けました。ケロイド、白血病、白内障、癌、そして、様々な病気が被爆者の体を繰り返し襲ったのです。更に、恋愛、結婚、妊娠、出産、そして学業、就職、人生のあらゆる場面で原爆が被爆者の心と体に影を落とし続け、被爆者を苦しめ続けたのです。
 
 被爆者の体験から言えること、それは、人類と核兵器が共存できないということです。
 私達は、この原点から訴えるものです。
 
 インドは、核兵器の廃絶に努力してきた歴史があります。ジャワハラール・ネルー首相は、当初から、道徳的、政治的、戦略的な理由から核兵器に強く反対し、その保有を「人道に対する罪」とするように要求していました。また、ラジブ・ガンジー首相は、1988年6月8日に国連総会において、核抑止をテロリズムの究極の表現であると訴え、核兵器の廃絶を強く訴えました。

 確かに、インドが繰り返し訴えているように、核拡散防止条約(NPT)は不平等条約です。しかし、インドの現在の有り様をみていると、核兵器の保有が権威であるかのように思っているように思われてなりません。如何に先制不使用戦略をとるとしても、被爆者の体験から見れば、核兵器の保有は、決して権威ではなく、非道徳そのものです。

 インドは、原子力供給国グループにおけるNPT外のインドに対する原子力協力の特例措置を認めるガイドラインの改訂に当たり、核実験の凍結を再確認しています。しかし、核実験をしないという約束をしていないばかりではなく、自国産の核物質を核兵器の生産に回さないための国際原子力機関による保障措置にすら同意していません。このような状況下で、インドが今後、一切の核兵器を製造しない確約がないままに、日本がインドに対する核技術の協力を進めることは、パキスタン、イスラム諸国をはじめとする世界の各国に、被爆国である日本がインドの核兵器の開発に協力する側に回ったと受け止められるでしょう。
 それは、核兵器の被害はたいしたことがないと受け止められか、日本にとって核兵器の廃絶よりも経済的利益の方が重要だと受け止められることにつながります。
 その様なことは、核兵器廃絶を訴えてきた被爆国の国民として到底容認するこ
とはできません。

 このような事情を踏まえれば、何故、日本において、被爆地を中心に日印原子力協力に対する反対が強いかがおわかりいただけると思います。
 私達は、以上の点から、もし、日印原子力協力の締結を希望するのであれば、少なくとも核兵器用核物質を製造せず、国産のものを含め、全ての施設を国際原子力機関の保障措置下に置いた上で、ジャワハラール・ネルー首相や、ラジブ・ガンジー首相がされたように、核兵器廃絶の先頭に立たれることを強く求めます。

賛同者
青木 克明 (核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表)
浅田 明  (数学科)
磯永 征司 (大泉九条の会事務局員)
井原 東洋一(長崎県被爆者手帳友の会会長)
梅林 宏道 (ピースデポ特別顧問)
大久保 賢一(日本反核法協事務局長)
大島 弘三 
小笠原 公子(フェリス女学院大学)
岡本 三夫 (核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表)
加来 健一 (デザイナー)
河合 護郎 (核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表)
川崎 哲  (ピースボート共同代表)
小寺 盛夫 (介護職員)
坂本 功  (元名古屋工業大学教授)
佐藤 大介 (ノーニュークスアジアフォーラムジャパン事務局長)
佐藤 明子 (人間と性”教育研究協議会代表幹事)
茂垣 達也
設楽 ヨシ子(ふぇみん婦人民主クラブ共同代表)
神馬 純江 (生活クラブ生協、エコロジカルコミュニティあおいほし、
ちえのわハウス)
杉原 浩司 (核とミサイル防衛にNO!キャンペーン)
須田 稔  (立命館大学名誉教授)
高草木 博 (原水爆禁止日本協議会(日本原水協)事務局長)
高橋 博子 (広島市立大学広島平和研究所講師)
高原 孝生 (明治学院大学教授)
田中 煕巳 (日本原水爆被害者団体協議会事務局長)
土山 秀夫 (核兵器廃絶地球市民集会ナガサキ実行委員会顧問)
寺尾 光身 (名古屋工業大学名誉教授)
土井 桂子 (日本基督教団西中国地区常置委員)
冨田 杏二 (練馬教育問題交流会)
朝長 万左男(核兵器廃絶・地球市民集会ナガサキ実行委員長)
内藤 雅義 (日本反核法律家協会理事)
中森 圭子 (戦争反対・平和の白いリボン神奈川)
長尾 比呂未(地球の子ども新聞)
新倉 修  (国際民主法律家協会事務局長、日本国際法律家協会会長)
西尾 漠  (原子力資料情報室共同代表)
野村 修身 (劣化ウラン研究会・運営委員)
伴  英幸 (原子力資料情報室共同代表)
平野 妙子 (核兵器廃絶地球市民集会ナガサキ実行委員)
広瀬 立成 (東京都立大学名誉教授)
廣瀬 方人 (長崎の証言の会)
藤本 泰成 (原水爆禁止日本国民会議(原水禁)事務局長)
星川 淳  (グリーンピース・ジャパン事務局長)
前川 智子 (長崎大学非常勤講師)
松井 和夫 (反核医師の会事務局長)
宮本 圭子 (長崎を最後の被爆地とする誓いの火)
村山 和弘 (もんじゅ反対北陸連絡会)
森瀧 春子 (インド・パキスタン青少年と平和交流を進める会代表、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表)
谷中 きよ子(相模原市民)
山川 剛
山口 幸夫 (原子力資料情報室共同代表)
山田 正行 (大阪教育大学教授)
山本 英典 (長崎での被爆者)
湯浅 一郎 (ピース・デポ代表)
横原 由紀夫(広島県原水禁事務局長)