タマネギ小核試験による 福島汚染土壌を用いた放射線影響

『原子力資料情報室通信』第554号(2020/8/1)より 

タマネギ小核試験による 福島汚染土壌を用いた放射線影響

片岡 遼平

はじめに

「福島の汚染土壌が植物細胞に与える放射線の影響はないのだろうか?」。本研究は、福島市で農業を営む大越良二さんの素朴な疑問から始まった。植物が放射線に曝露すると、個体レベルでは正常に見えても、細胞レベルでの異常はないのか。数万Bq/kgの土壌中のセシウムを線源とする曝露で、細胞レベルの影響が出るのか検証が必要である。福島原発事故に関する小核試験は、スギ種子やメダカを使った研究などがある1) 2)。本研究では、タマネギ発芽種子を用いて小核試験をおこない、検証を試みた。

小核試験
植物・動物などの細胞では、自然にあるいは外因により、DNAや染色体切断が起き、染色体の断片が生じる。細胞分裂時に2つの子孫細胞のいずれの核にも分配されなかった染色体の断片は、正常核よりも小さな核として細胞質中に取り残される。これを小核といい、小核を有する細胞は、それ以上細胞分裂できずに細胞死する。
小核は光学顕微鏡で観察できるため、小核出現頻度を用いて放射線や化学物質による染色体損傷作用を検定することができる。これを「小核試験」という。ヒトでは、血液細胞の小核試験により被ばく線量推定がおこなわれることもある。
実験材料にタマネギを選んだのは次の理由による。①植物細胞の放射線感受性は、細胞1個あたりのDNA含量に依存するが、タマネギの体細胞は、ソラマメに比べて約2倍のDNA含量で、放射線の感受性が高く、小核試験に適していることが示されている3)。②タマネギ発芽種子の根端部には、盛んに細胞分裂をおこなっている根端分裂組織が存在し、核・染色体を観察しやすい。③タマネギの細胞分裂頻度は、おもに発芽種子の根の長さに依存しており、種子がおかれた温度にはほとんど影響されないことが確認されている4)。このことから、低温の冷蔵庫内で日数をかけて発芽伸長させることで、積算線量を増やすことができる。

実験
まずタマネギの品種を検討した。根端分裂組織を観察し、自然発生の小核数(小核出現頻度)、分裂期細胞数(分裂指数)を求めたA 。①熊本県産「トップゴールド320」、②香川県産「京そだち」、③南アフリカ産「泉州中高黄」、④香川県産「O・K黄」を評価し、④が最適と判断した。実験では、タマネギ発芽種子に対して、プラスチックシャーレの外側から、濃度の違う2つの汚染土壌(低濃度区2.1万Bq/kg、高濃度区27.2万Bq/kg いずれもセシウム134と137合計)を線源として曝露させ(コントロールは土壌なし)、4℃・36日後の根端分裂組織を観察した。標本は酢酸クリスタルバイオレッド染色・押しつぶし法により、根端分裂組織のプレパラートを作成したB。顕微鏡を用いて200倍で検鏡し、細胞分裂間期の細胞における正常細胞数(正常核)、小核数、分裂期細胞数を計数した。実験中の積算線量は、エックス・ガンマ線用ルミネスバッジ(長瀬ランダウア株式会社)を各実験区のシャーレ内に入れて測定した。

A・小核出現頻度(%)=小核数÷観察した間期細胞数×100
・分裂指数(%)=(細胞分裂前期数+中期数+後期数+終期数)÷観察した全細胞数×100
自然発生小核の数が少ないこと、分裂指数が約12%以上で十分高いことを確認し、本実験では香川県産「O・K黄」(2019年採種・タキイ種苗株式会社)を用いた。

B[標本作成と観察]
標本作成は、半本(2017)5)の方法に従った。長さ5~10mmの発芽種子根端を用いて、酢酸クリスタルバイオレッド染色・押しつぶし法により、根端分裂組織のプレパラートを作成した。①発芽種子の根を0.6%酢酸クリスタルバイオレッド溶液と1規定塩酸の7:3混合液に12分間浸けて、固定・乖離・染色を同時におこなった後、②2分間水洗し、③根をそれぞれ1枚のスライドガラス上に移し、根端を1~2mm切り取る。④切り取った根端に50%グリセリン溶液を滴化し、⑤カバーガラスをかけてたたきながら、根端細胞を一層に広げた後、上から指で押しつぶす。⑥カバーガラスの周囲をマニュキアで封入し、半永久標本とした。

写真1.(左)ルミネスバッジを入れて種子を発芽させたシャーレ.(右)汚染土壌にシャーレを埋めて、4℃冷蔵庫内で実験中の高線量区と低線量区.

結果
コントロールで8,904個、低濃度区で6,307個、高濃度区で19,820個の細胞を観察した(表)。観察された小核を表紙写真に示す。
各実験区の積算線量は、コントロール0.09、低濃度区1.29、高濃度区14.43ミリシーベルトとなった。積算線量測定に用いたルミネスバッジは、仕様上ミリシーベルトでの被ばく線量評価で結果が表示される。人体ではない本実験材料への線量評価としては、通常はグレイ(Gy)を使用するので、厳密には正確ではない。しかし、本実験では1ヵ月を超える測定に対応しているルミネスバッジの「環境測定用」を用いた。コントロールバッジの値を引かずに線量が算定されており、線量報告書の数値を材料の積算線量とした。
各実験区の分裂指数は13~15%で、堀ほか(1995)の報告とほぼ同様の値だった。
1000細胞当たりの小核出現頻度を比較した(図1)。コントロールにおける自然発生小核の出現頻度は0.45±0.06%で、堀・半本らの「O・K黄」0.2±0.4%と近い値を示している。したがって、本実験で用いた材料は、先行研究と比較可能である。
低濃度区では、コントロールと比較して発芽伸長が早くなり、10mm以下の根端数が十分得られなかった。小核出現頻度は0.79±0.08%で、コントロールよりわずかに高くなったが、発芽伸長速度が早かったため今回の実験では照射の影響かどうかの判断ができない。
高濃度区は、十分な数の10mm以下の根端が得られた。小核出現頻度は3.28±0.24%で、コントロールと比較して有意な差があり(t検定、p<0.05)、出現頻度はコントロールの約7倍であった。
低濃度区と高濃度区は、汚染土壌中にシャーレを埋めたが、実験開始直後は冷蔵庫内の温度(4℃)まで土壌中心部の温度が下がっていなかったと考えられる(7~8℃程度)。特に、低濃度区は、土質の違いにより芯まで冷えるのに時間がかかったとみられる。

【表紙写真】福島県内の汚染土壌を用いて、タマネギ発芽種子に対する放射線の影響を調べた。観察したタマネギ根端分裂組織の顕微鏡写真。正常な間期(正常核)、中期、後期、後終期を示す。(左)間期に生じた小核。(右)染色体異常が起きて、終期で2つの染色体断片と、2本の染色体が融合した染色体橋が生じている。染色体断片は小核となる。

図1.汚染土壌中のセシウムを線源としてシャーレ中で発芽させたタマネギ根端細胞の小核出現頻度

結論
タマネギ発芽種子を用いた小核試験で、高濃度区(積算線量14.43ミリシーベルト)において、曝露量と小核出現頻度の関係が認められ、小核による放射線影響を検出することができた。このことから、タマネギ発芽種子の細胞レベルでは、約14ミリシーベルトで曝露の影響があるといえる。

考察
先行研究では、堀ほか(1995)はX線を0.25~1Gy(250~1000mGy)、 Fujikawaら(1999)6)は、中性子・ガンマ線を3.6~19.7cGy(36~197mGy)照射している。本実験では汚染土壌に含まれるセシウムのガンマ線のため、単純な比較はできないが、これらの先行研究より低い線量を検出することができたと考えられる。ただし、あくまでも小核(染色体)レベルの影響であり、タマネギの個体に対しての影響を示すものではなく、個体レベルの影響の有無は判断できない。
また、本研究の動機である「福島の汚染土壌が植物細胞に与える放射線の影響」という観点では、放射線の曝露に加えて、植物内に吸収された放射性セシウムが細胞や組織に与える影響の評価も必要である。現状では、作物の可食部のセシウム濃度の値だけで汚染問題の有無が議論されており、その多くは規制値以下なので問題がないかのように扱われている。しかし、分子細胞生物学的観点からは、放射性セシウムが細胞内でどう振る舞うのか、よく分かっていない。

今後の課題
汚染土壌の温度管理を厳密にして、各実験区の発芽根端の長さを揃える。その上で、2万~20万Bq/kgの間の汚染土壌を用いることで、14ミリシーベルトまでの小核出現頻度が、曝露量に対して曲線的あるいは直線的に増加するのか確認できるかもしれない。

この分野の基礎的な研究の規模は、原発事故からの年月が経つほどに縮小されている印象を受ける。本研究でおこなった作物への曝露影響に関しては、計測がなされていないので記録が残らない。設備や専門性に限りはあるが、素朴な疑問に応える研究をわたしたち市民の手でおこない、今後の検証に耐えるデータを残したい。

謝辞
本研究は、新宿代々木市民測定所と、原子力資料情報室の共同研究でおこないました。また、次の方々に多大なご協力をいただきました。記して深謝致します。
・実験と作業:吉田千佳子氏(放射線量測定室・多摩)
・研究への助言(技術的アドバイス):半本秀博氏(放送大学非常勤講師)
・研究準備協力:伊藤延由氏(飯舘村)、大越良二氏(福島市・NPO法人ふぁーむ庄野)

参考文献
1)渡辺嘉人ほか、2014.東電福島第 1 原発周辺地域の森林樹木における放射線の影響、平成26年度・野生動植物への放射線影響に関する意見交換会要旨集(環境省).
2)丸山耕一、2016.メダカへの放射線影響調査、平成28年度・同上.
3)堀孝佳ほか、1995.X線の小核誘起作用に対するタマネギ発芽種子根端分裂組織の高感度反応、近畿大学原子力研究所年報 32:13-17.
4)半本秀博、2006.必要なときに細胞分裂像を多く得るための低温条件の利用 ―タマネギ発芽種子の場合―、生物教育、第45巻、第3号.
5)半本秀博、2017.体細胞分裂・分裂期染色体を鮮やかに、手軽に観察する、遺伝 71(2).
6)Fujikawa et al、1999.Dose Estimations of Fast Neutrons from a Nuclear Reactor by Micronuclear Yields in Onion Seedlings、J. RADIAT. RES.、 40: SUPPL.、 28_35.

原子力資料情報室通信とNuke Info Tokyo 原子力資料情報室は、原子力に依存しない社会の実現をめざしてつくられた非営利の調査研究機関です。産業界とは独立した立場から、原子力に関する各種資料の収集や調査研究などを行なっています。
毎年の総会で議決に加わっていただく正会員の方々や、活動の支援をしてくださる賛助会員の方々の会費などに支えられて私たちは活動しています。
どちらの方にも、原子力資料情報室通信(月刊)とパンフレットを発行のつどお届けしています。