大久保 規子(大阪大学大学院法学研究科教授)
行政手続法にパブリックコメント(以下「パブコメ」という。)が導入(2005年)されてから、20年が経過した。同法のパブコメは、個別の許認可よりも早い政省令の段階で、誰でもが通常30日以内に意見を提出することができる点、提出意見を十分に考慮し、決定の内容・考慮結果、その理由の公示を義務付けている点で新規性があった。「十分な考慮」という文言は、「尊重」よりは弱いものの、「配意」や「配慮」よりも強い文言であり、政策形成に幅広い市民の意見が反映されるようになるのではないかと期待された。
しかし、確かに参加の機会は拡大されたものの、①そもそもパブコメを知らない人が多い ②資料が極めてわかりにくい ③年末年始やゴールデンウィークも含めて意見募集が30日では短すぎる ④案が固まった段階で実施されるのが通例であり、意見が反映されるのはせいぜい細目や表現ぶりで、出しても無駄という声も少なくない。
ただし、とりわけ多くの批判がある行政計画のパブコメは、実は行政手続法の適用対象外である。また、例えば、エネルギー基本計画については、エネルギー政策基本法にも参加規定がない。「原子力利用に関する基本的考え方」に至っては、原子力基本法に策定手続そのものが定められていないという状況が、原子力長期計画や政策大綱の時から変わっていない。
しかし、当然のことながら、計画パブコメが行政の裁量に委ねられてよいという合理的理由はない。1998年に制定された中央省庁等改革基本法は、政策形成に民意を反映し、その過程の公正性及び透明性を確保するために、重要な政策の立案に当たり、広く国民の意見を求め、これを考慮して決定を行う仕組みの活用・整備を求めている(50条2項)。
市民参加は、問題の早期発見・実態把握、多数決では反映されにくい脆弱な立場の人を含む多様な権利利益の保障、議論と合意による政策基盤の強化等、人権保障と民主主義に不可欠の要素であり,SDGs目標16(2015年)にも位置付けられている。とくに環境分野では、オーフス条約(1998年)という市民参加条約が採択されているが、日本は未加盟である。
オーフス条約は、NGOも含めたすべての市民に、①知る権利 ②決定への参加権 ③訴訟の権利を一体的に保障する条約である。計画への参加に関しては、第一に、市民が情報を咀嚼し、公聴会等の準備をできるような十分な時間の確保が求められる。必要な時間は事業の複雑性・規模に応じて定められ、例えばEUの流域計画では6か月とされている。第二に、市民参加は、あらゆる選択肢が残されている早期の段階で行う必要がある。ゼロオプションも含めて検討することは、とくに新規技術(遺伝子組換生物、核融合等)を導入する場合に重要であると考えられている。第三に、意見を適切に考慮し、そのプロセスをトレースできるように、決定の理由と結果を公表しなければならない。このような参加の実効性を担保しているのが訴訟の可能性であり、EUではエネルギー計画等を訴訟で争える国が増えている。
それでは、日本ではどのような制度改革を目指すべきであろうか。今年に入りパブコメでの大量投稿問題がメディアに大きく取り上げられ、政府が対策を検討しているとの情報も流れた。しかし、真に必要なのは、政策形成における実効的な参加の仕組みを確立することである。そのためには、第一に、審議会のように諮問を受けて答申を出すだけではなく、アジェンダそのものを円卓会議で議論したり、パブコメの対象としたりすることが有効である。第二に、行政の裁量に委ねられている計画パブコメについて、行政手続法を適用・準用するようにすべきである。第三に、政策評価の改善も不可欠である。現在の政策評価は、基本的に必要性、有効性、効率性の観点から行われる政府の自己評価であるが、将来世代配慮や持続可能性を評価基準に追加したうえで、評価案をパブコメに付するべきである。第四に、法定のパブコメはあくまでもナショナルミニマムであり、気候市民会議のような多様な手法でプロアクティブな参加を促進することにより、現在のパブコメの底上げを図っていくことも重要である。参加は、より良い決定を行うための市民の権利であり、その実現にあたり、オーフス条約から学ぶべき点は少なくない。
(2025年7月号掲載記事)
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