[]は訳者註
要約 国内避難民の人権に関する特別報告者は、2022年9月26日から10月7日まで日本を訪問した。 2011 年 3 月の東日本大震災と津波に続く福島第一原発事故は、47 万人以上が避難を余儀なくされた、この国の歴史の中で前例のない壊滅的な出来事だった。 その後、避難民の大多数は帰郷または再定住したが、原子力災害により避難した何千人もの人々は、放射線とその健康への不確実な長期的影響への恐怖、そして基本的なサービスへのアクセスへの懸念により、依然として不確実な将来に直面している。 特別報告者は、日本政府の災害への迅速な対応と、緊急保護と支援、避難民への補償と救済を確実にするための具体的な措置を講じたことを称賛する一方、自らの意思で避難を選択した人々とは対照的に正式な避難命令を受けた避難者に与えられた待遇の差について懸念を表明した。彼女は、避難民が人権を実現する際に直面する課題を強調し、それらに対処するための提言を行っている。 |
I.はじめに
1. 国内避難民の人権に関する特別報告者は、2022年9月26日から10月7日まで日本を訪問した。彼女は東京で会合を開き、福島県、広島県、京都府を訪問した。 この訪問の目的は、2011年の東日本大震災と津波に続く福島第一原子力発電所事故による国内避難民(日本では「避難者」としても知られる)の人権状況を評価することであった。
2. 特別報告者は、外務省、法務省、文部科学省、環境省、復興庁、資源エネルギー庁、内閣府の代表者、また、国会議員、福島、京都、広島の各県当局、会津若松、大熊、双葉、いわき、京都の市当局者と会談した。 彼女は2011年に災害対応を担当した元政府高官らとも会談した。
3. 特別報告者は、福島の国内避難民やコミュニティと対話し、災害、国内避難民、健康と環境への懸念、人権問題に関する専門知識を持つ市民団体、人権活動家、弁護士、ライター、学識経験者と会った。
4. 本報告書は発行前に日本政府と共有されており、政府の回答は別途発行されている。
5. 特別報告者は、日本政府の招待や訪問前および期間中の任務への協力、国際的な詳細調査を受け入れたことに感謝し、また、有意義な対話に積極的に協力してくれた県および市職員にも感謝する。さらに市民団体、弁護士、学者、活動家の関与と貢献、彼女を東京に受け入れてくれた国連大学、そして何よりも感動的な証言をしてくれた国内避難民と原子力災害の被災者に感謝の意を表する。
II. 退去の背景
6. 2011年3月11日、日本の東海岸沖で発生したマグニチュード9.0の地震は、最大40メートルの津波を引き起こしたことに加え、重大な破壊をもたらした。 2万人以上が死亡・行方不明となり、100万棟以上の建物が全半壊した。
7. 津波は福島第一原子力発電所での原子力事故を引き起こしたが、そこでは緊急時への備えと減災対策がその規模の災害の可能性を考慮していなかった。 14メートルもの高さの津波が原発の防潮堤を越え、タービン建屋に浸水し、停電につながった。発電所内での一連のメルトダウンと水素爆発により、複数の放射性物質が放出された。
8. 2011 年3 月 11 日、政府は「原子力緊急事態」を宣言し、正式に緊急対応措置を発動し、当局に状況を国民に知らせることを義務付けた。 これにより、同日夜遅くに最初の避難命令が発令された。
A. 強制避難区域の決定
9. 日本の原子力安全委員会の既存のガイドラインでは予防的避難区域として半径 10 km が規定されていたが、国際原子力機関の一般的なガイドラインと、より広い避難区域では交通渋滞が発生し、災害現場に最も近い人々が適時に避難できなくなる可能性があるという事実に基づいて、当初は半径 3 km が命じられた。この段階では調整不足により避難指示に矛盾が生じ、国が半径3キロ以内の避難を指示する数分前に、県当局が半径2キロ以内の避難を命じていた。当初、原発から3~10キロメートルの範囲の住民には屋内退避が命じられていたが、3月12日朝に避難命令に修正された。 その日遅く、避難指示は半径 20 km に拡大された。3月15日、半径20~30km以内の住民は屋内退避を命じられた。10日後、彼らは「自主避難」を開始するよう勧告された。 4月22日、高レベルの放射線が検出されたため、川俣町、飯舘村、南相馬市の一部を含む、原発から30キロ以上、最大50キロ離れた地域の住民に避難を命じた。
10. 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会[国会事故調]が指摘したように、政府は緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を利用して、一般的なガイドラインを使用するのではなく放射性物質拡散予測に基づいて避難区域を定めることもできたはずである。SPEEDIが依存していた原子炉からの排出量データを収集するシステムが損傷したため、結果として、SPEEDIは、予測排出量を使用することができたにもかかわらず、災害直後には使用されなかった。事故調査委員会は、初期避難半径3キロの決定は専門家の指導によるものだったが、避難半径10キロと20キロは「いかなる具体的な計算や合理的な根拠にもとづいて決定されたものではない」とした。
11. 避難計画に科学的データを活用しなかったことは、重大な影響を及ぼした。 強制避難区域は、放射線リスクが最も高い地域と必ずしも一致しなかった。 一部の比較的安全な地域の住民には避難命令が出されたが、放射線量がより多い地域の住民は適時に避難するよう指示されなかった。 命令には、放射能の流れを避けるための避難のタイミングや方向に関する詳細が欠けており、一部の国民が比較的放射線量の低い地域から放射線量の高い地域へ、または放射線量の高い地域を通って「避難」することになった。
B. 公開情報の制限
12. 災害の規模と深刻さ、避難指示の範囲とその根拠についての情報が効果的に伝達されなかった。無線回線の不足と通信インフラの損傷により、一部は福島県当局の制御を超えていた。当局は、国の原子力緊急事態対応マニュアルで義務付けられているように、影響を受けた各自治体に避難命令を伝達するのではなく、影響を受けた自治体に情報を伝えるためにマスメディアに頼った。 その結果、市当局は住民と同時にその指示を知り、避難命令を出す指示を受けなかった。
13. 独立調査委員会は、政府はパニックを最小限に抑えようとして、長期的なリスクを差し置き、災害は国民の健康に「直ちに影響はない」と強調することで、被害の程度を軽視したと結論づけた。避難や屋内退避の命令は、実質的な措置というよりも、念のための注意と位置づけられた。
14. 原発に最も近い5つの町の住民の推定80%は、放射線リスクを含め、何が起こったのか説明もされずに避難命令を受けた。彼らは避難や屋内待機の指示がどのくらい続くのかについて知らされておらず、その結果、十分な準備ができていなかった。SPEEDI は放射線の拡散をモデル化するためにさかのぼって使用されたが、一部のデータが一般に公開されたのは 12 日後、全ての結果は1 か月後に公表された。
C. 「自主的」避難と「強制的」避難
15. 政府調査によれば、避難区域の決定は厳密には科学的なプロセスではなく、放射線の危険があるすべての地域を網羅しているわけでもない。事故に関する詳細な情報の提供に政府が消極的、時には矛盾したメッセージを発したことで国民の信頼は損なわれた。その後の調査で重要な情報が隠蔽されたり軽視されたりしていたことが明らかになり、信頼はさらに低下した。したがって、多くの国民は、無計画で遅れた公式の避難命令を待つのではなく、避難について自分で決定しなければならなかった。
16. 国内避難民に関する指導原則は、国内避難民を「自然災害または人為的災害の影響を避けたり影響の結果として、家や居住場所を離れることを強制または義務付けられ、国境を越えていない個人または人々のグループ」と定義している。この定義によれば、避難指示区域からの避難者、避難指示解除区域からの避難者、原子力災害の命令なしに避難した避難者はいずれも国内避難民であり、権利の区別はない。懸念されるのは、災害以来数年にわたり、「強制」避難者と「自主」避難者との間の恣意的な区別が、国内避難民に対する支援と保護の差別的な提供を招いていることである。政府は、避難者の 2 つのグループの間に公式な区別が存在するという考えに異議を唱えているが、それは彼らの市民的地位に関する限りその通りかもしれない。しかし、補償や支援期間に関する政府の政策は一貫して、「自主的」避難者よりも避難指示を受けた人々に対して手厚いものであった。
17. 津波、地震、原発メルトダウンにより約47万人の国民が国内避難民となった。 復興庁の推計では、原発事故の影響を避けるために国民15万4000~16万5000人が避難し、このうち10万9000人が避難指示により避難した。 「自主」避難者の数は2万5000人から3万6000人と推定されている。 2022 年 12 月の時点で、少なくとも 31,000 人の国民が三重災害[地震、津波、放射能災害]により依然として国内避難民となっている。
Ⅲ.法的枠組み
A. 国際人権法
18. 日本は中核となる人権文書を批准している。福島原発事故による避難者は全員、国内避難民に対する関係当局の責任を概説した「国内避難民に関する指導原則」に基づく国内避難民の定義を満たしている。国内避難民のための永続的な解決策に関する枠組みは、永続的な解決策を達成するために必要なプロセスと条件に関する政策指針を提供している。
B. 国内災害法制
19. 災害対策基本法は、国、都道府県、市町村の役割と、予防と準備、緊急対応、避難、復興を含む災害のあらゆる段階における対策を示している。当局は被災者と協議し、想定される災害の状況と取るべき措置に関する十分な情報を提供し、避難民のための宿泊施設を確保し、災害復旧事業や被災者への特別補助金に資金を提供すべきである。
20. 原子力損害賠償法は、原子力事業者が原子力災害から生じるすべての損害に対して責任を負うことを定めている。 「異常に巨大な天災地変」の場合には免除規定が設けられているが、政府は福島事故の状況がその基準を満たしていないと判断し、免除を発動しないよう東京電力に言い渡した。原子力事業者の賠償責任には上限はない。 同法は、紛争を調停し、補償に関するガイドラインを確立するための委員会の設置を規定している。 原子力事業者は賠償請求をカバーするために資金を割りふらなければならず、それが枯渇した場合には政府は不足分を補う義務がある。
C. 福島に対応した特別法
21. 東日本大震災復興基本法は、女性、子ども、障害者を含むすべての被災者の意見を尊重しつつ、その復興に重点を置いて復興を進めるべき原則を定めている。
22. 福島復興再生特別措置法には、避難者に対する公営住宅への優先入居に関する規定が含まれているが、その対象は、避難指示区域に以前居住していた人に限定されている。同法は当局に対し、県内の健康管理調査、放射線量の測定、除染の実施を義務付けている。また、さまざまな産業の発展と活性化のための方法についても定めている。
23. 子ども・被災者支援法では、避難指示を受けた人だけでなく、放射線レベルは上昇したが避難命令を正当化するほどではない地域の住民も含めて「被災者」を包括的に定義している。重要なことは、同法が、被災者が地域での居住、帰還、他地域に移住するかを自発的に選択できるように支援策が実施されなければならないこと、本人の選択に関係なく適切な支援が提供されることを保証することを定めていることである。被害者が帰還するか他の場所に定住するかに関係なく、同法は政府に対し、被害者が住居、教育、雇用、公共サービスにアクセスできることを保証するよう義務付けている。放射線の危険にさらされている人々は、医療、食品検査、心理社会的サポートを含むさらなる支援を受けるべきであり、「自発的」帰還者は住居や仕事を見つけるために支援されるべきである。被災者生活支援策は必要とされる限り継続すべきであり、法には期限は定められていない。政府には支援計画の策定など「被災地の住民の意見を反映させるために必要な措置を講じる」ことが義務付けられている。
IV. 国の対応
A. 緊急援助
24. 災害後、政府は全国の公共施設やホテルに数千の避難所を設置した。しかし、これらの避難所には電力や水道を含む必需品が不足しており、ジェンダーに配慮した設計や、子供、高齢者、障害者などの特定のニーズを満たすこともできなかった。放射能の拡散に関する情報が増えるにつれ、避難者は何度も避難所を変えなければならなかった。
25. 政府がより長い期間の住宅に重点を置いたため、1 年以内にほとんどの避難所が閉鎖された。約53,000戸のプレハブ仮設住宅が避難者のために建設されたが、国内避難民のニーズや好みに対する適合性はさまざまだった。いくつかの仮設住宅はサービスと生計手段へのアクセスを備えた都市部に建設されたが、他の仮設住宅はより遠隔地に建設された。より力強い政策は、政府が、避難者が選んだ民間住宅約6万8,000件と賃貸契約したことであった。公務員住宅や低所得者住宅を含む公営住宅は、全国の避難者に無償で提供される場合もあった。政府は福島県を通じて、後に提供される支援を区別することになる、避難が「自主的」か「強制的」かの区別なく避難者に住宅を提供した。
26. 日本の地方自治体は、医療、住宅支援、福祉、教育、その他の必要なサービスを提供する責任を負っているが、通常はその管轄区域に住民として登録されている住民にのみ提供している。避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律は、国内避難民を受け入れている地方公共団体が公的に避難元住民として登録されている国内避難民にこれらのサービスを提供する手続きを円滑化するための積極的な措置であった。しかし、避難者が受けられるサービスは避難先の都道府県や市区町村によって異なった。
27. 政府は、2012 年 9 月までに被災者を雇用した中小企業に奨励金を支給し、短期プロジェクトに被災者を雇用した地方自治体には補助金を支給した。 これらの措置は、納税義務を含む避難者の管理上の負担を軽減する措置によって補完された。 政府は、災害の影響で職場が機能しなくなった避難者に失業手当を支給することを承認し、避難者の失業手当の受給資格を延長した。
B. 補償と救済
1. 直接補償
28. 災害直後、東京電力は国内避難民への暫定補償を開始したが、対象は「強制」避難者のみであった。 当初は全世帯に100万円(単身世帯は75万円)を支給し、避難状況に応じて1人当たり10万~30万円を支給した。 賠償を迅速化するために、政府は東京電力に代わって仮払いを行い、被害者の賠償請求権を取得して東京電力に償還を請求した。
29.文部科学省に原子力損害賠償紛争審査会が設置された。 どの損失を補償すべきか、また補償のレベルを決定するための中間指針を作成した。補償される損失には、放射線被ばくのための健康診断、避難および自主帰還費用(引っ越し費用を含む)、傷害または死亡、精神的苦痛、労働能力の喪失、企業および資産への損害および価値の損失が含まれる。中間指針の初期版は「強制」避難者のみに適用されていたが、2011年12月に発表された中間指針の追補では、補償の対象を「自主」避難者にも拡大した。 しかし、彼らの補償額は大きくなかった。
30. 中間指針の第二次追補では、「強制」避難者に対する「精神的苦痛」に対する基準額は、避難指示が解除されるまで月額10万円と定められた。 空間線量率から推定した年間累積線量が20ミリシーベルトを超え50ミリシーベルト未満の「居住制限区域」の住民は、2年間の避難期間をカバーする一時金240万円を選択できる。上記線量率が50ミリシーベルトを超えた「帰還困難区域」の住民には当初、5年間の避難期間に相当する一時金600万円が支給された。 暫定指針の第4次追補では、「帰還困難区域」からの「強制」避難者に700万円が追加支給された。さらに、「強制」避難者は、移転に関連した費用の補償を別途請求することもできる。
31. 「自主」避難者のうち、子供と妊婦は、2011年末までの期間を対象として一時金40万円の支給対象となった。 他のすべての「自主」避難者には、この期間中、精神的苦痛と避難関連費用の両方をカバーする 80,000 円の一時金支給の資格が与えられた。2012 年 1 月以降、妊婦と子供は引き続きケースバイケースで損害賠償を請求できるようになった。
32. 2022年12月、原子力損害賠償紛争審査会は、避難者の精神的損害を認識し、避難者に追加の補償を提供する中間指針の第五次追補を発行した。しかし、「強制」避難者に対する補償が大きいことに変わりはなかった。
33. 「強制」避難者は現在、いくつかのカテゴリーの補償を受ける資格がある。「生業の喪失・変容による精神的苦痛」に対する慰謝料は、「帰還困難区域」の住民に700万円、「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」(いずれも空間線量率から推定した年間累積放射線量が20ミリシーベルト未満であることが確認された地域)の住民に250万円、「緊急時避難準備区域」(避難指示は出たが放射線量が大幅に上昇しなかった原発から20キロメートルから30キロメートルの範囲の地域)の場合は50万円が支給される。事故当時、福島第一原発から20キロ以内、または福島第二原発から10キロ以内にいた「強制」避難者には、「厳しい避難環境による精神的苦痛」として30万円が支給される。福島第二原発から8~10キロで福島第一原発から20キロ以外では15万円が支給される。「放射線量が相当な地域に一定期間滞在したことによる健康不安による精神的苦痛」を理由として「強制」避難者に30万円、妊娠中や事故当時の子供たちには60万円に増額される。「強制」避難者は、特定の状況に基づいて補償金の増額を請求することもできる。
34. 対照的に、中間指針の最新改訂版は、「自主」避難者が補償を請求する根拠を 1 つだけ認めている。「自主」避難者には一時金20万円が支給されるが、旧指針により8万円支給を受けていた場合、追加で12万円しか請求できない。特定の状況に基づいて増額要求する余地はない。
2.裁判外の紛争解決
35. 東京電力の限られた賠償基準の下では困難であると考えられる請求や、東京電力の支払いに満足していない、あるいは関与を望まない人々には裁判外紛争解決が選ばれてきた。和解仲介者は合意に達するまで何度も話し合い、提案を行う。原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)の中間指針と内部の「一般基準」の両方に基づいて、仲介者が行う柔軟で追加的な判断は、「自主的」避難者や原賠審の中間指針ではカバーされない損害の認識を主張することができる人々が直面する補償の格差を減らすことができるため、前向きな一歩である。
3. 訴訟
36. 東京電力への直接請求や裁判外紛争解決とは異なり、裁判所は原告適格基準や賠償上限を定めていない。さらに、原賠審の中間指針でカバーされていない損害についての申し立ても受け付けており、集団的な告訴や国内避難民のための刑事責任の追及にも対応している。 訴訟は東京電力の同意を必要としないため、裁判所がより独立し公平であると信じている国内避難民に選択されている。
37. 法務省は、原発賠償訴訟が約 30 件進行中であると報告している。国内避難民は原子力損害の賠償に関する法律や民法、憲法に基づいて訴訟を起こしている。 国内避難民のグループは、避難地域ごとに組織され、原告数は数十人から数千人に及ぶことが多く、集団訴訟を起こしている。 特別報告者が面会した国内避難民のグループは、集団訴訟は政府、東京電力、またはその両方を被告にしており、政府および/または会社からの民事上の損害賠償、刑事責任、株主に対する金銭的責任など、さまざまな目的を持っていると説明した。
38. 多くの裁判は、2002 年に政府が関与した評価で福島県の海岸に地震による津波の可能性が予測されていたことを踏まえ、政府は災害を予見でき、東京電力に対策を講じるよう命じることができたと主張し、政府の責任を立証しようとしている。政府の責任について下級審の意見は分かれていた。2022年6月、最高裁判所は4件の訴訟で政府は責任を負わないとの判決を下した。この判決は、政府の責任を問う今後の取り組みに影響を与える可能性が高い。
39. 東京電力経営陣に対する民事訴訟と刑事訴訟はさまざまな影響を及ぼした。株主が同社経営陣に対して起こした訴訟では、原告側に有利な13兆円の賠償を求める判決が出た。 同社の経営陣に対して起こされた刑事訴訟では、起訴された人々に無罪評決が下され、高等裁判所によって支持された。 しかし、同社は裁判所によって一貫して責任があると認められてきた。一般に直接補償や裁判外紛争解決に比べて避難者への補償額は大きく、原賠審の中間指針の上方修正につながった。 第5次追補は、明らかに「集団訴訟の最終判決」に基づいている。
40. いくつかの裁判では、「強制」避難者と「自主的」避難者の間の恣意的な区別に異議が唱えられている。 京都では、裁判官が、低線量放射線の不確実な影響を考慮すると「自主的」避難が合理的であると認め、「強制的」と「自主的」の混合原告グループに損害賠償を命じた。 しかし、他の集団訴訟では、裁判官が「強制的」避難者の原告に対し、より大きな損害賠償を命じている。
ウ 復旧・復興
41. 復興の調整は、他省庁からの出向職員が配置されて数年ごとに交代している復興庁の権限に属している。国内避難民と市民社会は、在職期間が短く、頻繁に交替することが彼らの雇用の課題であると報告している。
42. 2022年12月の時点で、570 km の道路が修復され、大量輸送機関の接続は回復した。 原発事故の影響を受けた12の自治体の農業生産高は、災害前の水準の43%をわずかに下回っている。 福島の漁業は、災害前の水準の最大20%まで回復したと伝えられている。県は県産品の風評被害対策キャンペーンを実施し、その結果、福島県産品と全国平均との価格差は縮小した。復興庁は、医療、教育、サービスへのアクセスを確保するにはさらなる努力が必要であることを認識している。 これは県および市当局も同様の意見だった。
43. 復興の取り組みには、福島県の新産業の拠点が含まれる。福島イノベーション・コースト構想は、災害に関する最先端の博物館と、廃炉、ロボットやドローン、エネルギー、環境、リサイクル、航空宇宙、医療、農林漁業の「最先端技術」に関する研究開発施設で構成されている。 これに新たな科学技術産業の育成を目的とした応用研究開発・産業化・人材育成拠点「福島教育イノベーションセンター」が加わる。
D. 再建を超えて進む: 権利に基づくアプローチの必要性
44. 2014 年以来、政府は 3つの基準に基づいて避難指示を解除している。(a) 空間線量率に基づいて推定された年間累積線量が 20 ミリシーベルトを超えない。 (b) インフラと必須サービスが当該地域で再確立されている。 (c) 政府、県、市町村、住民の間で協議が行われた。 これらの基準とその実施には、いくつかの側面で問題がある。
45. 国際放射線防護委員会のガイドラインでは、「通常の計画的被ばく状況」では、20 ミリシーベルトの基準は、原子力発電所の作業員など、職業的に放射線に被ばくする成人にのみ適用され、一般公衆に推奨される年間最大放射線量は1 ミリシーベルトで、これは日本の法律に基づく民間人の基準でもあるが、災害の影響を受けていない地域にしか適用されていない。多くの人がこの基準を民間人、特に放射線の影響を受けやすい子供たちに適用することに反対している。
46. 政府は、福島の状況は依然として「緊急時被ばく状況」であり、国際放射線防護委員会の 2007 年のガイドラインの参考レベル 20 ~ 100 ミリシーベルトが許容されると主張している。政府は特別報告者に対し、細心の注意を払って、避難指示が解除される地域の最大被ばく値として緊急時被ばく状況の最も低いレベルが選択されたと通知した。しかし、大規模な原子力事故が発生した場合の放射線防護に関する国際放射線防護委員会の最新のガイダンスによれば、「現存被ばく状況」における被ばく基準は、一般に公開されていない限定地域のみ「年間20ミリシーベルトかそれ以下」となっている。防護措置が実施されている公共エリアの場合、推奨レベルは「年間 1 ~ 20 ミリシーベルトの下半分」だ。
47. 2番目の基準に関して、特別報告者は、2020年以降避難指示が部分的に解除された双葉町では学校や病院が存在しないと知らされたが、そのような重要なサービスの再開は避難命令の解除に先立って行われる予定であった。これらのサービスが実施されないまま、他の避難指示が解除された可能性も考えられる。最後に、多くの国内避難民は、避難命令の解除に関する「協議」は、同意を求めたり、手順を踏むのではなく、当局が避難命令を解除するためにあらかじめ用意した計画を関係者に知らせることが主であったと報告した。
48. 避難指示の解除は支援の停止と結びついているという問題がある。 中間指針では、「避難指示の解除等から相当の期間」が経過した場合には、精神的苦痛や避難関連費用については、それ以上の補償は行わないとしていて、第4次追補では、この「合理的な期間」が基準として 1 年とされている。したがって、「強制」避難者は、出身地域の避難指示解除から1年後に福島県からの住宅補助を失うことになる。「自主的」避難者は、2017 年 3 月にこの支援を失った。一方、帰還者には経済的奨励金がある。福島県は特別報告者に対し、帰還者には住居費として5万~10万円が支給されると伝えた。国内避難民に関する指導原則では、国内避難民は避難元地域に戻るか他の場所に定住するかを自発的に選択できなければならないと明記されており、国内避難民のための永続的解決策に関する枠組みでは、この選択は強制されることなく、「特定の選択を条件とした支援を行う」や「支援を終了するまでの任意の期限を設定する」などの暗黙の強制もなく、行われなければならないと明記されている。特別報告者は、帰還民への支援を継続しながら避難民への支援を打ち切る政策は、そのような強制に当たる可能性があると考えている。
49. 復興努力は帰還を望まない国内避難民への支援を犠牲にして資金提供されているようだ。福島県は特別報告者に対し、県外避難者に対する住宅支援は費用負担が耐えられなくなったため、財政的に中止する必要があると告げた。しかし、国内避難民や福島住民との関連性が不明確なプロジェクトに対して多額の投資が続けられている。福島イノベーション・コースト構想には年間100億円もの費用がかかると見積もられているが、災害前の主な経済部門が農業や漁業であったことを考えると、多くの専門家は国内避難民や福島県民がこの知識経済プロジェクトから恩恵を受けられるか懐疑的である。しかし政府は、このプロジェクトが以前に福島の原子力産業に従事していた人々に利益をもたらす可能性があるとしている。一部の自治体当局者はこのプロジェクトのことを聞いても知らなかったし、ある調査では県民の83.4パーセントがそれが何かを知らないことが判明した。
50. 復興政策は、福島県の帰還者や被災住民を対象とすることから、新たな住民の誘致へと展開した。「移住・定住の促進」は復興庁の明確な目標となった。2019年改定の東日本大震災からの復興の基本方針では、「住民の意向を考慮すると、住民帰還の促進だけでは地域の復興・活性化を達成することは困難」であることを認め、「このため住民が帰還できる環境の整備に加え、移住の促進などの措置を講じる。」としている。2021年の基本方針の改定では、「復興と風評払拭に向けた継続的な努力に加え、新たな住民の移住と定住を促進し、交流人口を拡大する」必要性がうたわれている。
51. 政府は、相当数の福島からの避難民が帰還を望んでいないことを正しく認めている。特別報告者は、県内の人口再増加に焦点を当てるのではなく、帰還を望まない国内避難民が県外で恒久的な解決策を達成できる一方で、県民と県への帰還者が最大限の人権を享受できるようにする措置を優先することを推奨する。被災者の復興が実現すれば、新たな県民誘致策も適切になるかもしれない。これには、国内避難民が直面している現在進行中の人権課題に対処するための積極的な措置を含む、回復への権利に基づくアプローチが必要だ。
V. 福島原発事故による国内避難民に影響を与える人権課題に対処するための提言
A. 情報を得る権利
52. 災害発生当初、SPEEDI データの公表の失敗、避難区域を正当化する情報の不足、状況の深刻さを軽視しようとする試みにより、住民は十分な情報に基づいて避難に関する決定を下すことができず、放射線に関する政府情報に対する信頼が損なわれた。災害以来、放射線リスクを軽視する政策は、2012 年の福島復興再生特別措置法を含む法律でさらに成文化され、その中で、「放出された放射性物質による汚染を超えた過度な健康への懸念をなくすために」放射線に対する国民の理解を高める努力が講じられると明記されている 。環境省は、福島県において、放射線被ばくが将来世代の健康に影響を与えると信じる県民の割合を半減することを目標としたプロジェクトを実施している。
53. 県内全域の空間放射線モニタリングポストは、オンラインでリアルタイムデータを提供している。自治体によっては、放射線に関する説明会を開催しているところもあれば、避難中の住民を含む住民に放射線量に関する報告書を送るところもある。しかし、一部の国内避難民は、土壌放射線と再汚染のリスクに関するさらなる情報を求め、測定ポストは放射線が最も高い地域に設置されておらず、空気線量率を測定しているにすぎないと指摘した。モニタリングポストは機器のすぐ近くの放射線量のみを反映し、周囲の放射線量は違う可能性がある。
54. 民間の放射線監視者の努力を認識し、協力する方法を見つけることは、市民の信頼を再構築するのに役立つ可能性がある。特別報告者は、土壌、水、食品の放射線検査、健康診断の実施、放射線に関する情報の公開を行っている、心配する母親たちが独学で運営し、寄付金で運営されている研究所に感銘を受けた。
55. 特別報告者は、政府に対し、放射線について住民を安心させるために取捨選択した情報ではなく、中立的な科学情報を提供する一方で、空間放射線レベルの監視と公表の慣行を継続し、これを土壌の放射能に拡大することを勧告する。市民の信頼を回復するために、当局は市民の懸念に耳を傾けて対応し、フィードバックに基づいて情報提供を調整する努力を払う必要がある。
B. 国内避難民の参加する権利
56. 避難者は、中間指針や補償の資格を決定する際に、原子力損害賠償紛争審査会に委員とされることも協議されることもなかった。適切な協議は避難指示を解除するための3 つの基準の1 つであるが、多くの国内避難民は単に情報を与えられただけで、決定に異議を唱える機会はなかったと報告した。影響を受けるコミュニティの参加は多くの場合間接的だ。福島復興再生特別措置法は「多様な住民の意見を尊重する」必要性を強調しているが、その具体的なあり方は記載されておらず、必要とされるのは国、県、市当局間の協議のみである。復興庁は特別報告者に対し、復興庁の活動に対する避難者からの直接のフィードバックは、避難者が生活支援拠点に連絡した場合にその場限りで収集されるだけであると伝えた。これらの拠点の主な目的は避難者に支援の紹介導をすることで、避難者がたまたま復興庁の活動について意見を述べることがある程度である。
57. 社会的緊張と差別により、国内避難民は、現在も避難しているか帰還したかを問わず、社会に参加することが困難になっている。避難者は放射能の拡散者としての汚名を着せられ、受け取ったかもしれない補償に対する妬みに直面した。「自主的」避難者は法に不誠実で、健康上の懸念について過度に偏執的であり、補償に貪欲であると批判された。また、「強制」避難者と「自主的」避難者の間には、受け取った支援や補償のレベルの違いを巡って緊張感が生じている。政府は、これらの緊張感に対処する取り組みに関する詳細な情報を提供しなかった。国内避難民の中には、帰還は安全で避難は個人の選択の問題であると主張する政府の政策が、彼らの孤立に寄与していると信じている人もいる。一部の避難者団体は、地域社会間の関係を築くために、「強制的」および「自発的」国内避難民の両方と定期的に公的イベントを開催していたが、団体に対する政府の支援が終了したため、2017年に中止となった。
58. 国内避難民や被災自治体の住民を巻き込む取り組みは、単にあらかじめ用意された計画を知らせるだけでは済まない。 特別報告者は、さまざまな国内避難民と直接協議し、彼らのフィードバックに基づいて支援、補償、再建、永続的な解決策へのアプローチを修正することを推奨する。当局は、国内避難民の受け入れコミュニティや出身コミュニティへの社会(再)統合を促進するために一層の努力をし、これらの問題に取り組んでいる避難者団体への支援の回復などを通じて、社会的緊張や紛争に積極的に対処すべきである。
59. 国内避難民が避難元自治体で投票するか他の居住地域で投票するかの自由な選択を可能にする日本の政治参加制度は、国内避難民の選挙権剥奪を回避する優れた制度である。特別報告者は、現在も避難し、出身地で投票する国内避難民に対して、特に高齢者にとっては非常に困難であるとの報告がある不在者投票の手続きを簡素化するよう勧告する。
C. 救済を受ける権利
60. 東電の直接賠償の対象となる人の範囲は狭く、「自主的」避難者と「強制的」避難者に対する扱いは差別的である。多くの国内避難民は、申請プロセスが複雑で面倒だと述べている。一部の地方自治体当局は特別報告者に対し、東京電力から補償金を得るプロセスが非常に困難であるため、申請を支援する弁護士のために公的資金が確保されていると報告した。また、病院は記録を5 年以上保管していないため、避難者にとって、特に健康関連の請求の裏付けとなる文書を収集することも困難だ。東京電力が原子力災害の損害賠償責任を負っていることを考えると、利益相反の可能性もある。
61. 直接賠償と同様、裁判外紛争解決の結果は東京電力の善意に依存しており、国内避難民は支払いが不十分で手続きが遅いと報告している。申立人は、必要な書類を自分で見つけることが困難であるため、自費で原子力損害賠償紛争解決センターまで行かなければならない。センターの官僚主義が、申請者の損失の全額を認定し、その後半分に相当する損害賠償を提示することによって損害賠償額を50パーセント割引するという秘密の内部方針を維持していたことが暴露され、裁判外紛争解決制度に対する信頼は大きく損なわれた。
62. 裁判の結果は裁判体によって大きく異なる。集団訴訟における損害賠償は、各原告の状況に基づいて個別に裁定されるため、裁定される金額は大幅に異なる。国内避難民は、さまざまな救済メカニズムを最大限活用するよう主張してきた。京都の避難者らが起こした集団訴訟の勝訴原告らは、請求が棄却された避難者64人に損害賠償を認めた判決を広く伝えた。原賠審の中間指針に定められた金額を超える損害賠償を最高裁判所から勝ち取ることに成功した原告の弁護士らは、裁判所が認めた金額を反映するために中間指針を上方修正するよう求めた。
63. 特別報告者は、賠償申請プロセスを簡素化し、賠償および裁判外紛争解決事件に関する決定を迅速化し、賠償を包括的にすることを勧告する。国内避難民が受け取る賠償金は、その救済が達成される仕組みに関わらず、裁判所が定めた基準より広く調整することが推奨される。これは、与えられる賠償金の格差を解決し、長期にわたる裁判に耐えることができず直接補償や裁判外の紛争解決を選択する国内避難民の平等を確保するのに役立つだろう。最終的に「強制」避難者と「自主的」避難者の両方が平等に補償されなければならない。
D. 家族生活に対する権利
64. 以前は一緒に住んでいた多世代家族が避難中に引き離されたが、その理由の一部は避難パターンが異なっていたことだけでなく、大家族が一緒に住むことができない応急仮設住宅の政策にもよる。
65. 多くの母親は、子供たちとともに県外に安全を求めることを選択したが、夫は安全に対する認識の違い、雇用主に対する忠誠心、または他の場所では適切な生活ができないという思いから、県内に残った。こうした力関係が離婚や家族の崩壊につながったり、家族が永久に別居して二世帯維持の経済的負担にさらされたりしている。
66. 特別報告者は、核家族であるか多世代であるかにかかわらず、構成する家族の団結を優先するために公的住宅および緊急住宅プログラムを改良することを勧告する。社会福祉プログラムは、家族支援ネットワークがない場合に、より弱い立場にあったり、孤立の危険にさらされたりする可能性がある、シングルマザーや別居中の母親や高齢者など、家族離散の影響を受ける人々を優先すべきである。政府は、この点に関して、二世帯を維持することにより強制避難者への支援を増額できる制度や、離散家族の高速道路料金の減免など、いくつかのよい施策を実施してきた。
E. 適切な住居への権利
67. 緊急避難所は過密状態で、エネルギーや水道、女性、高齢者、子供のための設備などの必要不可欠なサービスが不足していたため、適切な住宅の定義を満たしていなかった。プレハブ仮設住宅は改善されたが、立地が悪く、大家族や多世代の家族を収容できないという点で課題があった。2020年4月の時点でも、一般的に2年を超えて居住することは想定されていないにも関わらず、数百人の避難者が仮設住宅に留まっている。しかし、これは行政の特別許可により延長可能である。特別報告者は、今後の緊急事態への備えの取り組みが最低限スフィアの基準[人道支援の現場において支援者が守るべき最低基準]に厳密に従うこと、適切な対応を確保するために影響を受ける住民を事前に関与させること、多様な住民の共通のニーズを満たす避難所と長期の避難に適応できるプレハブ住宅を提供することを勧告する。
68. 福島県による、公務員向けの空き家を含む公営住宅の国内避難民への提供と家賃の支払いは、先進的な措置であった。特別報告者は、他の方法では住宅を得ることができなかった国内避難民に会った。時間が経つにつれ、県がすべての「自主」避難者および避難指示が解除された「強制」避難者に対するこの支援の提供を一方的に中止したことは残念である。特別報告者は、国内避難民が入居している公営住宅の多くが、取り壊しが予定されていた空き公務員宿舎で構成されていると知らされた。それにもかかわらず、県は公的支援終了後も公営住宅に住み続ける避難者に対し、立ち退きと家賃の滞納、退去後も家賃の2倍に相当する補償金の支払いを求めて訴訟を起こした。
69. 特別報告者は、生命や健康が危険にさらされる場所への非自発的帰還を防止する措置なしに、国内避難民を公営住宅から立ち退かせることは、彼らの権利の侵害であり、場合によっては強制立ち退きに相当する可能性があると考えている。引き続き公営住宅を必要としているのは主に他に移動する手段を持たない世帯であるため、立ち退きは、貧困と潜在的なホームレスになるか、放射線被ばくや基本的サービスの欠如の懸念にもかかわらず元のコミュニティに戻るかの選択を迫られることになる。
70. 帰還者に提供される住宅は、汚染現場から離れ、必要不可欠なサービスに近い場所に基づかなければならないため、適切な住宅の定義を満たさない可能性がある。福島の除染された地域は高度に汚染された地域の隣にあり、放射線ホットスポットが残っているリスクがある。福島県の経済は完全に回復しておらず、雇用の機会が相対的に不足しているとの報告が多い。地元当局は特別報告者に対し地域で資格のある人材の採用と維持が困難であるため、一部の帰還地域には学校や病院が存在しないか、大幅に不足していると報告した。
71. 県外の公営住宅からの世帯の立ち退きは、国内避難民の最も貧しい世帯をターゲットにした逆進的な政策であり、彼らは県外で家賃負担に苦しんだりホームレスになったり、放射線被ばくの可能性のある、雇用の機会と必要なサービスが少ない地域への帰還に直面したりすることになる。特別報告者は、この政策をやめ、資格のある国内避難民が低所得者向け住宅にアクセスできるように措置を拡大することを勧告する。福島県以外の一部の地方自治体が避難者への住宅提供を続けていることはよいことだが、これはすべての避難者に対して制度化されるべきである。
F. 健康への権利
72. 科学的に疑問な避難区域の決定と無秩序な避難命令の展開により、住民は回避可能な放射線リスクにさらされた。高齢者、障害者、寝たきりの入院患者、災害対応者は、避難計画が彼らの具体的なニーズを体系的に考慮していなかったため、健康に悪影響を与える避難の遅れに直面した。
73. 多くの関係者は、空間線量率に基づいて推定した年間累積線量が、国際放射線防護委員会が規定する民間人の被ばく限度を超える年間20ミリシーベルト以下の地域で避難指示を解除するという政府の政策に懸念を表明している。委員会は、日本がこれらの制限を逸脱して、被災地の基準として年間1~20ミリシーベルトの基準値を認めたが、これは必要な防護措置がすべて整っていて、関係地域の放棄が想定されず、年間 1 ミリシーベルトに減らすという長期目標がある場合にのみ実施されるべきであると警告した。なお、この基準は成人・小児の区別なく適用されている。低線量放射線(年間100ミリシーベルト未満)による被ばくの長期的な影響について、科学的な合意はない。国際放射線防護委員会自体も、100 ミリシーベルト未満であっても、放射線リスクは受ける線量に比例して増加すると指摘している。特別報告者は、政府がこれらの懸念に対処し、特に子供に対する年間20ミリシーベルトの被ばく基準の妥当性を再検討することを勧告する。
74. 災害時の全住民の基本的な健康状態に関する自己申告調査、健康診断、「強制」避難者を対象とした精神的健康と生活習慣に関する自己申告調査、震災時に福島県在住の母親や福島県で出産した人を対象とした妊娠・出産調査、当時18歳未満または震災後1年以内に生まれた人を対象とする甲状腺検査などを含む複数の毎年度調査で構成される福島県健康管理調査を、政府は、放射線による潜在的な長期健康リスクを認識して支援した。特別報告者は、「強制」避難者と「自主的」避難者が同じ医療サービスの恩恵を受けられるようにすることで、これらの措置を強化することを勧告する。
75. もう一つの良い実践は、福島県の 18 歳になるまでの子供に対する医療費の補償と、事故当時子供だった住民に対する甲状腺がんの診断と治療に関連するすべての費用の生涯補償である。しかし、多くの国内避難民は、事故とがん罹患率増加との関連を公式に認めることを主張しており、政府は現在、それは定期健康調査の「スクリーニング効果」によるものだと考えている。甲状腺がん患者は、自分の治療や苦しみに対する援助や補償を求めることに対して偏見を感じていると報告し、また、医療補償を取得するプロセスは煩雑であり、関連する治療費の請求の多くはがんと直接関係がないとして拒否されていると報告した。
76. 特別報告者は、がん患者への補償を促進するためにこれらのプロセスを合理化すること、また当局が災害と被ばく影響との関連性を公式に認めることを勧告する。当局は、災害当時の福島の成人に健康診断とがん治療への補償を拡大し、白血病を含む他の放射線関連疾患に検査を拡大すべきである。
77. 帰還者にとって、医療へのアクセスは依然として大きな課題である。 県当局は、医療従事者に福島で働くよう説得するのは非常に困難であり、多くの病院が閉鎖または人員不足のままであると報告した。地域医療再生基金のような、病院の改善や被災地への医師の誘致を目的としたプロジェクトは前向きな一歩ではあるが、国内避難民のための永続的な解決策に関する枠組みで定義されている支援政策による暗黙のものも含め、国内避難民が医療のない地域に戻ることを強制されるべきではない。
78. 国内避難民の大多数は、三重災害、健康上の懸念、家とコミュニティの喪失、家族離散、偏見といじめ、孤独、経済的苦境、そして支援と補償をめぐる困難な闘いを経験して、精神健康上の問題、不安、うつ病、自殺願望に直面していると報告されている。いくつかの研究によると、国内避難民の 40 パーセント以上が心的外傷後ストレス障害を発症するリスクがあり、福島から避難した人々の潜在的な有病率は長期にわたって比較的高く推移している。ある研究では、これは福島の避難者が安全ではないとみなされる地域に戻るという特別なプレッシャーにさらされていることが原因であるとしている。
79. 当局者は特別報告者に対し、避難者のために十分なメンタルヘルスサービスを提供するのに苦労していると伝えた。避難者が利用できるサービスは主に資金不足の非営利団体によって提供されている。特別報告者は、14の政府精神保健センターの開設に勇気づけられ、これらのサービスを拡大し、可能な限り国内避難民の費用を負担するさらなる努力を奨励する。このような取り組みは、直接的に、またすでにこの問題に取り組んでいる市民組織への支援を増やすことによって行うことができる。
G. きれいで健康的で持続可能な環境への権利
80. 政府は、2018 年 3 月の時点で、8 県の 100 市町村で「全域除染」が完了したと報告した。ただし、「全域」という表現は、実際には住宅、道路、農地、住宅地に近い森林のみを指す。除染の対象の多くの地区では、地域の80%以上が住宅地から遠く離れた山林で構成されている。したがって、「全域除染」でカバーできるのは、地区のわずか5パーセントにすぎない可能性がある。放射線レベルが特に高いままである「制限」地域では、「全域除染」は採用されない。地方自治体により特定された土地が戦略的に除染されている。
81. 除染された地域は高く汚染された地域の隣にあるため、除染地域が雨や河川、樹木からの物質によって再汚染されるリスクがある。市民の放射線測定センターは、学校など一度除染したとみなされる地域での汚染事例を多数報告した。特別報告者は、避難指示が解除された地域全域を対象に除染の取り組みを拡大するか、そのような除染が不可能な場合には避難指示解除の決定の妥当性を再検討するよう勧告する。
82. 国内避難民と福島の住民は、廃炉の一環として原子力発電所から 100 万トンの廃水を海に放出することによる環境、健康、生活への影響について懸念の声を上げている。水はほとんどの放射性核種を除去するために処理されるが、処理後も水中に特定の放射性核種が残留する可能性があり、その一部は魚の体内で有毒なまでに蓄積して人間を脅かす可能性があり、依然として問題が残っている。特別報告者は、当局に対し、公平な科学的専門知識に基づいて、より公衆が受け入れ得る実現可能な代替案を考慮して処理水の放出を再検討し、漁業者を含む影響を受ける人々との双方向のフィードバックを可能にする協議を実施することを勧告する。
H. 生計を立てる権利
83. 双葉郡の15~64歳の人口に占める正社員の割合は、災害前の62.1%から45.6%に減少した一方、失業者は、全国の失業率2.8%を上回り、9.8%から25.3%とほぼ3倍に増加した。長期的な傾向を見ると、災害後の初期回復はあったものの、すぐに頭打ちとなり、失業率が恒久的に高くなっていることがわかる。人口が震災前よりも少ない多くの地域では、特に漁民や農民にとって市場が限られている。
84. 特別報告者は、政府が、関連サービスや機会を紹介する「生活再建支援拠点」を全国に26か所設置して国内避難民の生活を支援していること、農水産物に対する偏見に対処するための公共キャンペーンを行っていること、農機具の購入に対する補助金を支給していることを称賛する。避難者を雇用する企業への奨励金の支給と、請負業者を通じて避難者を雇用するよう地方自治体に奨励する雇用創出基金の利用は、避難民の生活を守るための良い初期の取り組みであった。
85. 特別報告者は、支援拠点を通じたサービス提供者への紹介を、避難者の生活再建をさらに支援することになるキャリアカウンセリングと再訓練、労働仲介サービス、ジョブフェア、雇用主とのアドボカシー、起業支援などのより強力な取り組みによって補完することを推奨する。農業・漁業従事者には特別な配慮が必要である。
I. 教育を受ける権利
86. 教育を受ける権利は避難により深刻な影響を受けている。 多くの子供たちは何度も転校を余儀なくされた。 国内避難民の子どもたちの学習は、避難という「選択」や、親が不当に多額の賠償金を受け取っているという認識、あるいは放射線影響を受けた人々についての誤った考えを理由に、クラスメートや教師からのいじめによって妨げられている。
87. 当局は、教材により被曝者に対する誤解の払拭や、避難者への差別やいじめを阻止するための定期的なシンポジウムの開催など、いくつかの前向きな措置を講じている。いじめ防止法の制定、学校での苦情窓口の実施、いじめの調査への取り組みは良い実践だ。しかし、国内避難民の若者らは、文部科学省が作成したいじめ防止資料は福島避難者がいじめに遭っているという具体的な問題に対処していないと表明しており、一般的に行動を起こすにはまずいじめを報告しなければならないとしている。特別報告者は、トラウマを抱えた子どもたちが最初に苦情を訴えるのを待つのではなく、国内避難民の子どもたちが直面するいじめを積極的に予防し、根絶するためのより体系的な取り組みを推奨する。いじめを防止し、危険なサインを察知する能力を高めるために、教師に具体的な情報を提供し、トレーニングを行う必要がある。
88. 特別報告者は、教材は、子どもの放射線被ばくのリスクと傷つきやすさを正確に反映すべきであるという、他の人権機関によってなされ、まだ実施されていない勧告を繰り返し述べる。現在の資料は、とりわけ、放射線被ばくのリスクが塩のとりすぎや野菜不足のリスクと比較され、バックグラウンド放射線と核汚染に伴う高線量を完全に区別しておらず、放射線が子供たちに与える具体的な影響に言及していない。
J. 特定のグループ
1. 女性
89. 避難所は女性や授乳中の母親にとってプライバシーが欠如しており、提供された救援物資も女性のニーズに応えていなかった。「強制」避難者よりも支援や補償が一貫して少ない「自主」避難者を対象とした調査では、彼らが主に女性、つまり子どもの身を案じて政府の指示を待たずに避難した母親であることが浮き彫りになった。
90. 女性は、主に男性の世帯主に賠償金を支払う政策による差別に直面しており、その結果、離婚や別居した女性、家庭内暴力の被害者には賠償金が受け取れない。離婚、家族の離散、家族ネットワークの分散により、多くの母親はフルタイムの仕事を探すことを余儀なくされ、その一方で育児をしてくれる大家族を奪われた。女性たちは、これまで育児との両立を可能にするパートタイムの仕事に就いていたが、特にパートタイムの仕事が災害の影響をより受けたため、避難生活で同様の機会を見つけることができなかった。
91. 避難民の女性が自分たちに影響を与える決定に参加する能力は、政治的排除によって制約されている。復興政策を策定する国の機関の中で、女性が3分の1を超えている例はない。地域防災会議の委員に女性が占めるのは平均して10%未満、市町村レベルの復興計画委員会の委員に占める女性の割合は約11%にすぎない。
92. こうした構造的な不利にもかかわらず、女性は避難者のために正義を求める取り組みの最前線に立っている。特別報告者は、災害後に相互援助、精神保健サービス、放射線測定を提供し、国内避難民の権利を擁護するために立ち上がった多くの女性に感銘を受けた。特別報告者は、緊急事態への備えと災害後の復興に関する意思決定プロセスへの女性の参加を増やすための方策、国内避難民の独身および別居中の母親を支援するための的を絞った方策、および女性主導組織とのパートナーシップを構築するための方策を勧告する。シングルマザーやワーキングマザーの経済参加を可能にするためには、保育へのアクセスを拡大することが不可欠だ。
2. 高齢者
93. 避難計画は高齢者に適切に対応しておらず、双葉病院の患者を含め、高齢者が場合によっては性急な避難中に長期間取り残され、最終的には避けられたはずの複数の死亡につながった。多世代世帯で暮らす高齢者は、仮設住宅の入居制限のため、介護を必要とする家族から引き離されることもあった。
94. 帰還者の中には高齢者が不釣り合いに多い。特別報告者は、高齢世代は政府の安全保証を信頼する傾向があり、放射線の影響を受けやすい幼い子供を持っていないと知らされた。高齢者の中には、家族に負担をかけずに自立生活を可能にする経済的インセンティブを求めて、しぶしぶ帰還を選択する人もいるが、多くは家族や地域の支援ネットワークを失う中で孤独や無視に直面している。高齢の帰還者は、過疎地における医療サービスやインフラの不足に直面している。
95. 特別報告者は、高齢者が自発的に帰還を決定できるようにするための具体的な措置を推奨する。これには、避難している家族の近くに留まることができる的を絞った支援が含まれる。サービスの利用可能性に関連する避難指示の解除基準はサービスの利用可能性を重視していることが重要だ。サービスが限られている地域への高齢帰還者がサービスを利用拡大できるよう措置を講じるべきである。
VI. 結論
96. 前例のない災害に直面し、緊急対応の迅速性と規模、国内避難民が賠償を請求するための複数のルートの確立、災害後の国内避難民へ国、県当局が支援を行っていることは賞賛されるべきである。しかし、当局が県の復興に焦点を移すにつれ、関連する人権問題にも関わらず、保護と支援策、特に住宅援助や精神的苦痛への賠償は時間の経過とともに縮小された。避難を続けることを望む避難者、特に支援が少ない「自主的」避難者は、帰還するよう経済的、社会的圧力を感じている。
97. 福島からのすべての避難者は、命令による避難であろうと、原子力災害の影響への恐怖による避難であろうと、同じ権利を持つ国内避難民である。すべての国内避難民は、移動と居住の自由の権利によって、どのような永続的な解決策を追求するかについて情報を得ること、自発的な決定を下すことの権利を有する。国内避難民に関する指導原則は、すべての国内避難民が国内の別の地域で安全を求め、生命や健康が危険にさらされる可能性のある場所への強制帰還から保護される権利を確立しており、国内避難民が自発的、安全かつ尊厳を持って帰還できる、あるいは自発的に他の場所に定住できる条件を確保する主な義務と責任を政府が負うというものである。すべての日本国民の安全と平等な保護は憲法によって保障されている。
98. 国内避難民のための永続的な解決策に関する枠組みは、国内避難民が強制なしにこの選択を確実に行使できることを当局に義務付けている。強制には、意図的に誤解を招く情報の提供、特定の選択への支援、持続的な解決策につながる最低条件が確立される前に支援の終了期限を設定するなどの暗黙の形態の強制も含まれる。この観点から、放射線は心配ないとする情報のみを提供し、避難民よりも帰還者に手厚い支援を行い、帰還に十分な条件が整う前に国内避難民への支援を終了することは、国際法の基準に反し、耐久性のある解決策を選択した避難民の権利を侵害するものである。
99. 福島原発事故の文脈では、長期的な影響がよく分からない放射線レベル、帰還地域での生計手段、教育、医療、必要不可欠なサービスの欠如、限定された範囲での除染、帰還した国内避難民の人権にも影響を及ぼす課題を考慮し、多くの国内避難民は依然として帰還に消極的である。解決策と回復の持続性を確保するには、机上ではなく現実に対処することが重要だ。多くの国内避難民が日本の他の場所で永住する権利を行使する可能性があることを認識することも重要である。これらの国内避難民は、この選択によって差別に直面すべきではなく、定住を可能にするために、その避難が「自発的」であるか「強制的」であるかに関係なく、平等な条件で支援と賠償を受けるべきである。
100. 全体的な勧告として、特別報告者は日本政府に対し、福島原発事故により国内避難民となったすべての人々、特に避難を継続している人に焦点を当てた保護、人道支援、永続的な解決策について人権に基づくアプローチを断固として採用するよう要請する。
101. この根底にあるものとして、特別報告者は、すべての行政および立法政策とその実施において、「強制」国内避難民と「自発的」国内避難民との間の差別的区別を完全に撤廃することを強く勧告する。
102. 日本の国際人権公約、国内避難民に関する指導原則および国内避難民のための永続的な解決策の枠組みに沿って、特別報告者は、福島からの避難民が直面する特定の人権課題に対処するためにセクション V で行われた勧告を繰り返し表明する。