原発の新増設とRABモデル

高橋 洋(法政大学)

 岸田内閣は、GX推進戦略において原子力発電の新増設(建て替え)を決定した。これを受けて原発事業者が求めているのが「事業環境整備」であり、その具体策として注目を集めているのが、RAB(規制資産ベース)モデルである。
 RABモデルは、イギリスで原発の建設に適用される資金調達手法であり、概ね、総括原価方式と考えてよい。自由化された電力市場では、発電事業者は自ら資金を調達して発電所を建設し、それを運転して売電することで、小売事業者などから収入を得る。そこでは、資金を用意するコストがかかり、建設期間や建設費用が想定を上回ったり、運転できなかったりするリスクがあるが、それらを含めて事業者は投資を判断する。しかしRABモデルの下では、事業者は当局から認められた費用の回収が原則として保証される。費用が想定を上回っても、建設を始めた段階から、託送料金のような形で電力消費者から収入を得られる。費用回収の確実性が高まるため、事業者は安心して投資でき、結果として総費用も抑制されると、イギリス政府は説明している。
 イギリスでRABモデルが導入された背景には、建設費の増大によって原発の新増設が進まない現実がある。イギリスでは、日立がウィルファ原発計画から撤退するなど、1995年を最後に新たな原子炉は運転開始していない。2011年の東京電力福島第一原発事故の前後から、欧米先進国では原発の建設期間が長期化し、費用はそれ以前の2〜3倍に高騰している。対照的に、風力や太陽光の導入コストは下がる一方で、原発の価格競争力は失われている。
 日本でも以前から、再生可能エネルギーが固定価格買取制度によって補助されていることを批判し、原発にも事業環境整備を求める声はあった。このため容量市場や長期脱炭素電源オークションが導入されたが、これらの収入は運転開始後である。原発の支援策としては不十分として、RABモデルの要求が高まっているのである。
 RABモデルにはいくつかの根本的な問題がある。
 第1に、その本質は、原発のリスクを事業者から消費者に転嫁することである。総費用は安くなると言うものの、RABモデルにしても建設や運転のリスクは変わらない。むしろ事業者にモラルハザードが生じ、費用が高くなる可能性が高い。日本では未だに原発は安いとの指摘があるが、長期にわたって電気料金の上昇をもたらすだろう。
 第2に、電力自由化に反する。イギリスでは、RABモデルは下水道や空港の建設への利用実績があるが、これらは自然独占だから総括原価方式が妥当なのである。発電事業は自由化された以上、原発が割高で投資できないなら、再エネなど低コスト・低リスクの電源を建設すればよい。消費者に選択肢がないこと、原発事業者が限られることも問題である。
 第3に、それでもRABモデルを導入するとすれば、政府はその特別な必要性を国民に丁寧に説明し、理解を得る必要がある。イギリス政府は、安定供給に不可欠な脱炭素電源と説明しているが、反対の声も根強い。地震・津波大国で福島原発事故を経験した日本では、よほど真摯な説明が求められるが、これまでも政府は、GXの策定時のように、国民との意思疎通に前向きでなかった。
 事業者がRABモデルを要求するのは、原発が市場で生き残れない電源であることを認めている証である。だから近年、安定供給や安全保障と結び付けた説明が増えているが、それも正確とは言えない。我々は、消費者・有権者として、政府の説明を合理的に判断することが求められている。

(2024年9月号掲載記事)

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