法令違反のALPS処理水海洋放出

長沢 啓行(若狭ネット資料室長、大阪府立大学名誉教授)

 福島第一原発は敷地内外に深刻な放射能汚染をもたらしました。現在でも敷地境界にあるモニタリングポスト空間線量は3~9mSv/年と高く、公衆の被ばく線量限度1mSv/年を担保するための法令=線量告示に違反する違法状態にあります。トリチウム汚染水(ALPS処理水)の海洋放出は法令違反であり、断じて許されません。

 第1に、福島第一原発は特定原子力施設に指定され、原子炉等規制法の一部は適用除外されていますが、公衆の被ばく線量限度1mSv/年を担保するための線量告示は適用除外されておらず、遵守しなければなりません。

 第2に、線量告示は敷地境界での実効線量を1mSv/年未満で規制していて、そこから除外できるのは自然放射線と医療被ばくによる線量だけです。このことは2020年11月の第37回原子力規制委員会「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件(数量告示)第24条の改正方針についての検討結果」に明記され、承認されています

 第3に、敷地外への放射性物質の放出には、「敷地境界での実効線量と1mSv/年との比」および「放出核種濃度の告示濃度限度との比(告示濃度限度比)の総和」の合計を1未満にすることが線量告示で求められています。

 第4に、福島第一原発の敷地境界線量は1mSv/年をはるかに超えており(震災前の福島県内空間線量0.04μSv/h、年換算0.35mSv程度を除外)、新たな放射能放出は原則として認められません。

 第5に、2014年5月と2015年9月に運用が開始された「地下水バイパス」と「サブドレン及び地下水ドレン」には、汚染水発生の抑制という緊急避難的にやむを得ない理由がありましたが、ALPS処理水海洋放出には緊急避難的な理由がありません。  原子力規制委員会は、最初の3つについては事実上同意していて、福島事故でこれらを遵守できない状況になっていることも婉曲的に認めています。しかし、残りの2つには同意していません。

「追加1mSv/年」規制で新たな違法状態を生み出す

 原子力規制委員会は5月10日にALPS処理水海洋放出を認可し、パブコメ回答で次のように整理しています。

 「福島第一原発敷地内は事故で放射能汚染されているため、原子炉等規制法に基づいて特定原子力施設に指定し、『現存被ばく状況』を前提とした規制を行っている。その『措置要求』では、線量告示等の敷地境界実効線量から『事故由来の放射性物質からの寄与分』を除外し、『追加的な放出等による敷地境界での実効線量』を1mSv/年未満とすること(「追加1mSv/年」)を求めている」。

 ところが、この「現存被ばく状況」を前提とした規制は、原子炉等規制法等に定めがありません。このため規制委は、「第2」の数量告示に特例を設けようとして、放射線審議会に趣旨が違うと拒絶された経緯があります。法令違反に特例で抜け道を作ろうとしたのは卑劣です。

 「追加1mSv/年」も法令違反です。元々2013年3月末までの期限付きでしたが、「期限までに満たせない」とわかると期限を3年延長したり、「追加1mSv/年」そのものを「追加2mSv/年」へ緩和したり、追加線量の算定から「事故由来の放射性物質からの寄与分」だけでなく「追加的な放出等」のうちの大半を占める「タンク貯留水寄与分」も除外するなど、場当たり的に変更していて、とても法令と言えるような代物ではありません。  関係者等の「絶対反対」の声を無視し、法的根拠のない「追加1mSv/年」を盾にして、故意に海洋放出を強行することは、違法行為を積み重ねるものにほかなりません。福島第一原発が線量告示を遵守できない違法状態にある以上、計画的に行う敷地からの新たな放射能放出=ALPS処理水の海洋放出は断じて認められません。

はんげんぱつ新聞2023年6月号掲載記事