IAEA報告は、ALPS処理水の海洋放出を「正当化」できないまま、「害の受忍」を世界に強要するもの

長沢 啓行(若狭ネット資料室長、大阪府立大学名誉教授)

 国際原子力機関IAEAは7月4日、「福島第一原発におけるALPS処理水の安全レビューに関する包括報告書」を日本政府へ提出しました。そこでは、「ALPS処理水の海洋放出に対するアプローチおよび東京電力、原子力規制委員会、日本政府による関連活動は、関連する国際安全基準と合致している」、「東京電力が現在計画しているALPS処理水の放出が人々と環境に及ぼす放射線影響は無視できる程度だ」と結論づけています。しかし、IAEAは各国の原子力利用を支援する機関ではあっても、その原子力利用が国際安全基準や各国の法令・規制基準に適合しているかどうかを審査し認証する機関ではありません。合致しているとされる国際安全基準も、IAEAの権限で策定されたIAEAの安全基準にすぎませんし、それは日本の国内法令には必ずしも導入されていません。

 「放射性廃棄物その他の放射性物質の投棄(故意の海洋処分)は、種類、形状または性状によらず全面禁止する」としたロンドン条約や委嘱専門家パネルによる報告も国際安全基準や検討対象から外されています。

 たとえ、ALPS処理水の海洋放出がIAEA安全基準に合致していたとしても、ロンドン条約や国内法令の「線量告示」に違反しています。ロンドン条約に最初から関与し、放射性廃棄物の海洋投棄禁止の経緯を十分知っているIAEAはそれを意図的に隠しているのです。

 東京電力の放射線影響評価も、太平洋の膨大な量の海水で希釈されることを想定したシミュレーションの一例に過ぎず、深層流や海流などが入り乱れる「複雑系」の挙動は想定不可能ですし、遠方へ広がるため、より多くの人々が影響を受けることは避けられません。たとえ個人のリスクが小さくても、人類全体のリスクを「無視する」ことはできません。これ以下なら安全という閾値がなく、ごく微量でもDNAが破壊されて人に害が出るのが放射線リスクの特徴です。だからこそ、ロンドン条約では「影響は小さくても、無害とは証明できない」との専門家パネルの報告を受けて、放射性廃棄物その他の放射性物質の海洋投棄が全面的に禁止されたのです。

 原子力利用には放射線被ばくが避けられません。そこでIAEAや国際放射線防護委員会ICRPは「正当化、最適化、線量限度」という放射線防護の三原則を作り、遵守するよう求めています。最大の問題は、原子力利用で主に利益を受ける者が原子力推進の政治家、電力会社(原子力事業者)、原子力メーカー等である一方、主に害を受ける者が被ばく労働者や一般公衆であるという点です。つまり、利益を受ける者と害を受ける者が同一ではなく分離していて、両者の利害は根本的に対立し、放射線防護の三原則を巡って、激しい闘いが避けられないことです。ALPS処理水の海洋放出についても放射線防護の三原則を巡ってシビアな対立が続いています。

 ところが、IAEAとしてはALPS処理水の海洋放出を「正当化」できず、「それは日本政府の責任」だと突き放し、「この報告書はその政策を推奨したり支持したりするものではない」と逃げています。「関係者の理解なしにはいかなる処分もしない」と文書確約しながら、日本政府も東京電力も「正当化」の具体的根拠を示せず、「正当化は日本政府の責任」だと突き放しているIAEA報告を錦の御旗として掲げるのは余りにも滑稽で、能天気だと言えます。広範な害を被るだけの漁民等国民、周辺諸国や太平洋島嶼国等は怒り、断固反対しています。その根本原因は、ALPS処理水の海洋放出を決定した日本政府自身がそれを「正当化」できないことにあります。であれば、ALPS処理水の海洋放出計画を中止し、「正当化」できる根拠を世界に示し、「国内外の理解が得られない限りいかなる処分もしない」との確約を遵守すべきです。

はんげんぱつ新聞2023年8月号掲載記事