アジア開発銀行の原発融資解禁問題

『原子力資料情報室通信』第618号(2025/12/1)より

アジア開発銀行(ADB)は主要な国際開発金融機関(MDBs)の一つで、1966年に設立された。加盟国は現在69か国で、2024年の融資契約締結総額は243億ドルに上る。主な目的は開発途上国への融資や技術援助だ。歴代総裁はすべて日本人かつ財務官僚が務めてきた。同行は設立以来原発への融資は行ってこなかったが、今、この規制を変更しようとしている。

経過と変更内容

原発融資解禁の発端は2023年の国連気候変動枠組条約28回締約国会議(COP28)で米英日など有志国が発表した原発容量三倍宣言だ。この宣言はMDBsに対して、原発融資を行うよう求めていた。その後、表面上大きな動きは見られなかったが、2025年、米トランプ政権が最大のMDBである世界銀行に解禁に向け圧力をかけていることが表面化した。バイデン前政権が推薦して2023年に就任したアジェイ・バンガ総裁(元マスターカード最高経営責任者)が、世界銀行内で解禁方針を推進してきたという経緯もある。世界銀行はその後、6月に国際原子力機関(IAEA)とパートナーシップ協定を締結した。ただし原発融資が解禁されたわけではない。
ADBでも動きがあった。同行は2021年に制定した「エネルギー政策」という文書で、「ADBは原子力エネルギーへの投資を融資対象としない。ADBは、低炭素ベースロード電力を供給する能力を踏まえ、低炭素移行における原子力エネルギーの役割を認識しており、必要に応じて長期エネルギー計画及び気候戦略の策定に原子力分析を組み入れる。しかしながら、核拡散リスク、廃棄物管理・安全問題、ADBの資源規模に対して極めて高い投資コストなど、原子力発電の導入には多くの障壁が存在するため、ADBは原子力発電への投資を融資対象としない」と、原発を電源計画に組み込むことは否定しないが、原発への融資自体は禁止していた。
同文書は2025年に見直すことになっていたので、2024年第四四半期から内部で見直しプロセスに入っていたが、2025年8月にはいって原発融資を解禁する案が示された。具体的には「ADBは、加盟開発途上国(DMC)がエネルギーミックスにおける潜在技術として原子力発電を検討することを支援する。ADBは、電力部門の排出量削減、エネルギー安全保障・信頼性・購入しやすさの向上における原子力発電の役割を認識している。ADBは、発電拡張計画に原子力技術を含める意向のDMCを支援する用意がある。この支援は主に、今後行われるインフラ投資を見据えた人的資源及び制度的能力の構築・強化に焦点を当てる。これには、投資のライフサイクルコストや、安全性・保安・保障措置・規制能力・廃棄物管理・廃止措置・不拡散などに関連する課題を考慮しつつ、最先端の原子力発電投資のための環境整備が含まれる」というものだ。またこの変更の背景として、小型モジュール炉(SMR)があるとの記述もほかの個所に追加される。
市民社会は即座に反応し、8月15日と8月21日に開催されたオンラインでのコンサルテーション会合では筆者を含め多くの参加者から問題点が提起された。また、FoE Japan、「環境・持続社会」研究センター(JACSES)、原子力市民委員会、グリーン・アクション、当室の5団体は11月12日、ADBに対して、原発の融資や支援方針の解禁撤回を求める署名(個人6,101筆、団体賛同100)を提出した。
なお、ADBの意思決定は理事会で行われるが、12人の理事は出資国が派遣している(出資額の大きな日米中は一人ずつ、それ以外は複数国を担当する理事が選任)。ただ、米国はトランプ政権になって理事を派遣していない。

融資解禁の問題点

融資解禁の問題点は大きく、プロセス面、内容面に分けられる。ADB事務局は、今回の修正を微小な修正だとして、一般的な改定プロセスではなく、市民社会との十分な協議をせずに進めてきた。さらに公表されたコンサルテーション会合のまとめ文書でも、市民社会側が指摘した多くの問題点が無視されている。特に問題なのは福島の被災者が要求したヒアリングも行われないどころか、その要求があったこと自体がなかったことにされていることだ。
内容面でも問題がある。2021年エネルギー政策では、①核拡散リスク、②廃棄物管理・安全問題、③ADBの資源規模に対して極めて高い投資コスト、という3点が融資を行わない理由として挙げられている。この点が解消されていないのだ。例えば融資解禁はSMR開発進展を理由にしているが、多くのSMRはHALEU(高純度低濃縮ウラン)燃料と呼ばれる20%未満濃縮の比較的濃縮度の高いウラン燃料が使われる。だが、多くの問題があるが濃縮度10%程度でも核兵器利用は可能だと指摘されている。IAEAは保障措置上、20%以上の濃縮度の燃料を高濃縮ウランと定義しているが、核拡散リスクは高まる。廃棄物問題も何ら解決していないどころか、SMRではむしろ、出力単位当たりでは廃棄物量が使用済み核燃料で最大5.5倍、低レベル放射性廃棄物で最大35倍増えるという研究結果もある。
またそれ以上に大きな問題は、投資コストが大きすぎるというものだ。ADBの融資契約締結総額は204億ドル~315億ドル(2020~2024年)だ(表参照)。この額は部門ごとに割り振られている。たとえば、エネルギー部門では14億~42億ドルとなっている。一方、SMRの建設コストはどうか。現在カナダで建設中のSMRの場合、150億ドル、米国で中止になったSMR計画だと93億ドルだった。SMRメーカーは複数基建設すればコストは下がると主張しているが、下がる額は25%程度に過ぎない。単年度で全額支出するわけではないし、全額をADBが融資するわけでもないが、明らかに融資規模が大きすぎる。さらに原発は出力規模が大きい。たとえば、アフリカ開発銀行は出力が大きすぎて融資対象国のニーズに合っていないことを原発案件に融資をしないことの理由の一つに挙げている。

ADBの融資契約締結総額(2020~2024年)
再生可能エネルギーと蓄電池のコストは劇的に下落しており、すでに米国では原発や石炭火力の発電単価を下回っている。ADBは世界有数の貧困人口を抱えるアジア太平洋地域の貧困削減を図り、平等な経済成長を実現することを最重要課題としている。その観点から、貧困層が電力を使えるようにすることは重要だ。だがそのようなミッションと原発融資は全く見合わない。
ロシアや中国が国家の強力な後押しを受けて途上国に原発輸出を繰り広げている。これに対抗する形で、先進国の原発産業生き残りのための市場環境整備を、というのが、このADBの原発融資解禁の本質だ。だが、もともと割高なうえ、規模もリスクも大きな原発は、どこの国にも見合わない。ましてや途上国はさらに厳しい状況に置かれている。このような融資解禁は断じて許されない。

(松久保肇)

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