【原子力資料情報室声明】東京電力柏崎刈羽原発6号機の再稼働に強く抗議する

東京電力柏崎刈羽原発6号機の再稼働に強く抗議する

2026年1月23日

NPO法人原子力資料情報室

1月21日夜、2012年3月から停止していた新潟県の東京電力柏崎刈羽原発6号機(ABWR、135.6万kW) が、過半数県民の意思に反して、再稼働された。強く抗議する。

同じ東京電力の福島第一原発が過酷事故を起こし(2011年3月)、発せられた「原子力緊急事態宣言」は現在も継続中だ。避難者数は2万人を超え、帰還を断念した人、数しれず。しかも、この事故の解明は道半ばであり、終息の見通しはつかない。2017年、原子力規制委員会は柏崎刈羽原発6、7号機が規制基準に適合と判断したが、「安全を保証するものではない」と言明した。

新潟県は2002年の東京電力トラブル隠し事件の深刻さに衝撃を受け、「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」を発足させた。2007年の中越沖地震を受けて翌年、さらに「地震、地質・地盤に関する小委員会」と「設備健全性、耐震安全性に関する小委員会」の二つの小委員会を設け、原発に批判的な委員複数名ずつに参加をもとめ、より慎重な審議を重ねてきた。「新潟方式」と呼ばれる所以である。

福島第一原発の過酷事故が発生すると、新潟県は3つの検証委員会(福島事故原因、健康と生活への影響、安全な避難方法)とそれらを総括する検証総括委員会を新設し(2017年8月、池内 了委員長)、柏崎刈羽原発の安全性の審議をすすめた。

2018年6月の知事選では、劣勢を伝えられた候補者の花角英世氏が「脱原発の社会を目指します」と宣言する新聞一面の意見広告を出し、「県の3つの検証が終わるまでは再稼働の議論はしません」「再稼働の是非は県民に信を問います」と述べ、当選を果たした。

ところが、その5年後、2023年3月に花角知事は十分な審議が済んでいないこれら委員会を解散させてしまった。原発回帰を決めた国策に従う姿勢に転じたようにみえる。

新潟県民はこれに対して再稼働の是非は県民投票で決めようという全県的運動を展開した。知事は、公聴会、首長との非公開懇談会、県民意識調査などを形式的に実施しつつ「県民に信を問う」方法として、県民ではなく県議会の意思を問う道を選んだ。不可解である。

一方、東京電力はテロ対策不備、IDカードの不正使用、衛星電話の故障、原子炉制御棒トラブル(注)などを重ね、県民の不信感を増大させた。とりわけ、核分裂をコントロールする制御棒を引き抜けなくなった2025年8月のトラブルは今もって原因が解明されていない。

市民は制御棒の問題を強く指摘してきたが、東京電力や原子力規制庁・規制委員会は受け流すにとどまった。加えて1月17日には制御棒の警報装置が鳴らない不具合が発生、30年前から設定を誤っていたという。さらに再稼働翌日の1月22日、制御棒引き抜操作中に制御棒操作監視系の警報が発生した。電気部品の交換後も改善しないため、結局原子炉再停止に至った。

原子力発電所は複雑系のシステムであって、部分的な故障が予想外の重大事故になりうる。だが今回の経緯を見ていると、制御棒の問題も部分部分での点検が行われても、全体的な検査は行われていなかったのではないかと疑わざるを得ない。東京電力に本当に安全文化は定着しているのか。

新潟県の過酷事故時の住民避難のシミュレーションでは、被ばくを避けることはできない。2024年元日の能登半島地震で自然災害との複合災害では、安全な避難ができないことが判明した。新潟県では豪雪時に車が動けなくなることも、県民が大きく懸念するところだ。国が費用を負担して6方向の避難道路を整備・建設するという。しかし、未だ、着工に至っていない。

このような状態で再稼働をすすめるとは。全く理に合わない。事故はいつ起きるか事前には分からない。私たちは再稼働そのものに反対だが、再稼働の是非の判断は、少なくとも避難道路が完成してからのことではないか。あの東京電力福島第一原発で、予想された大津波の対策を先延ばしした前例、特重施設未完成による再稼働を延期した7号機の前例をどう考えるのか。今回の再稼働の決定はあまりに性急だ。

以上

〇参考資料

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