新版 原発を考える50話

基本情報

編著 西尾漠・著
発行 岩波書店
発行日 2006年2月
定価 840円+税
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概要

「はじめに」

 この本の旧版は、一九九六年の四月に刊行されました。八六年四月二六日にウクライナ共和国(旧ソビエト連邦)にあるチェルノブイリ原子力発電所(原発)四号機で起きた事故から一〇年目のことです。それからさらに一〇年が経とうとしています。

 国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO)など八つの国連機関とウクライナ、ベラルーシ、ロシアの専門家によって組織された「チェルノブイリフォーラム」は二〇〇五年九月六日と七日、オーストリアのウィーンで国際会議「チェルノブイリ-前進のために過去を振り返る」を開催し、「チェルノブイリの遺産-健康、環境、社会・経済への影響」と題する報告書を発表しました。

 報告書では、事故の発生から翌一九八七年にかけて事故処理の作業に携わった作業者四七人が事故を直接の原因として死亡、甲状腺がんを発病した四〇〇〇人の子どものうち九人が死亡したほか、作業者と汚染地域の住民合わせて六〇万人のうち約四〇〇〇人が今後、白血病やがんにより死亡すると推定しています。これまで数万人から数十万人、あるいは一〇〇万人以上が死亡すると言われてきたことからすれば、ずいぶんと少ない死者の数の推定です。

 四〇〇〇人とする推定の根拠が甘い上、一九八八年以降の事故処理作業者やより広い範囲の汚染地住民が、右の報告書の対象にはふくまれていません。それらの人々をふくめれば七〇〇~九〇〇万人となり、死者は四〇〇〇人よりずっと多いでしょう。でも、たとえ四〇〇〇人であったとしても、たいへんな死者の数だということをきちんと見ておきたいと思います。病気に苦しむ人たちは死者の何倍もいて、さらに病気にかかることを心配する人たちがいるのです。

 いつ発病するかと心配がつづくことこそ、放射線被曝に特有のおそろしさなのです。そして病気は、必ずしもがんに限られません。消化器や呼吸器などのさまざまな病気が事故後に増えているとの報告があります。

 病気を心配する人について報告書は、「誤った情報に基づく放射線に対する恐怖こそが病気のもとになる」と言っています。「誤った情報」に接しているはずもない人間以外の動物や植物にもさまざまな病気・異常が増えている現実から、この主張はおかしいことがすぐにわかるでしょう。

 でも、どれだけかはともかく、実際に恐怖から病気になることもありうると思います。病気にかかるかもしれないという心配だけではありません。先祖代々守ってきたお墓や家を捨て、牛や豚や犬を残し、だれも住めなくなった故郷の村から見知らぬ土地に避難した人びとの心の傷、家族や友だちの命が奪われたとき、残された人びとの心の傷は、ふさぎようもないものでしょう。苦しみから逃れようとアルコール依存症になったり、自殺をしたりする人が多く出ていることも報じられています。

 それは、事故の影響ではないのでしょうか。むしろ事故の大きな影響の一つと考えるべきではないでしょうか?

 放射線被曝の影響についても、まだまだわかっていないことのほうが多いのです。チェルノブイリ事故から二〇年は、広島・長崎の被爆から六一年に当たります。短時間に体の外から放射線を浴びた人の割合が高い広島・長崎の被爆では白血病が先にあらわれ、その後で甲状腺がんなどが増加したのに対し、長期にわたり体内に取り込んだ放射能からの被曝の割合が高いチェルノブイリ事故では逆になっています。

 茨城県東海村で起きたJCO事故からは七年になろうとしています。中性子線に被曝した割合の高いこの事故でも、数日以内に発症すると考えられていた消化管障害が遅くなってあらわれるなど、ちがった影響が見られました。

 いずれにせよきわめて多くの人を苦しめることになる「被曝災害」をこれ以上起こしてはならない、というのが私の思いです。

 原発で大きな事故が起これば、「被曝災害」が発生します。原発の燃料をつくったり放射能のごみの後始末をしたりする工場でも、「被曝災害」が発生します。そして原発が核兵器の製造への抜け道となれば、核実験や核の使用、事故によって、やはり「被曝災害」が発生します。

 さらに原発や関連施設などでは、事故が起きなくても、日常的な作業で労働者が被曝することになります。被曝はなくても、二年前に美浜原発の三号機で起きた高温蒸気の噴出事故のように、労働者を死亡させたり負傷させたりする事故もあります。

 それでも原発は社会にとって必要なものなのでしょうか。広島・長崎の被爆から六〇年が過ぎ、チェルノブイリ事故から二〇年を迎え、JCO事故から七年が過ぎようとしているいま、改めて原発の問題を読者の皆さんといっしょに考えてみたいと本書をまとめました。

追加情報

もくじ

はじめに

I.原発のいま

 1.「原発大国」の秘密
 2.一〇〇〇分の一グラムの臨界
 3.放射線もいろいろ
 4.下請けの下に孫請け、ひ孫受け
 5.軽い水と原子炉
 6.事故は起こる
 7.規制行政独立論
 8.安全研究のゆくえ
 9.アフター・ザ・デー
10.誰(た)がための電力自由化

II.核燃料リサイクル幻想

 1.川の流れのように
 2.文殊菩薩も不死鳥(フェニックス)も
 3.プルトニウムのごみ消却します
 4.死体か資源か
 5.すててはいけない
 6.りんご園という名の処分場
 7.ガラスのくつがこわれるとき
 8.放射能を消す手品
 9.放射能のごみ在庫一掃
10.そしてだれもいなくなった

III.危険がいっぱい

 1.原爆・原発一字の違い
 2.核物質に手を出すな
 3.揺れる大地
 4.安全制御棒斧男
 5.人は誤り機械は故障する
 6.老いる原発
 7.逃げろや逃げろ
 8.「計画被曝」の現実
 9.フュージョン・イリュージョン
10.備えあれば憂いあり

IV.原発のある社会

 1.算定不可能なリスク
 2.そこのけそこのけ核燃料が通る
 3.スパイ大作戦
 4.小さな町の大きな選択
 5.電気は出ていく放射能は残る
 6.「むつ」という船があった
 7.ドリームス・カム・トゥルー?
 8.ふしぎの国の原発PR館
 9.教育力
10.たった今、電気がとまったら

V.原子力に未来はあるか

 1.とまるとまる電気が止まる
 2.おばけにあいたい
 3.つくられる需要
 4.電気をすてる発電所
 5.原発は地球を救わない
 6.出口なし
 7.水や光や風のエネルギー
 8.原発をとめた町
 9.脱原発 vs.原発ルネサンス
10.私たちにできること

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