チェルノブイリ原発事故20年シンポジウムのご報告(実行委員会)

2006/4/16チェルノブイリ原発事故20年シンポジウムのご報告(実行委員会)

 

 シンポジウムは無事におわりました。ありがとうございました。

「チェルノブイリ原発事故20年-なにが起きたか、なにが続いているのか」の企画は450人を超える参加を得て成功裏に終わりました。ありがとうございました。

 シンポを企画した私たちの思いは、事故の悲惨さを改めて思い起こしてもらう、事故を知らない人たちにも史上最悪といわれるこの事故を知ってほしいというものでした。

 10代から70代までさまざまな層の人たちの参加がありました。当日の参加者からいただいたアンケートによればおよそ3分の1は10代~30代の若い世代でした。シンポジウムを補完するために企画したビデオ上映会やパネル展示も好評で、パネルの貸し出し要請などの反響がよせられています。せっかく作ったパネルですから、多くの方々に活用していただくのは光栄なことで、パネルの貸し出しの体制を整えつつあります。

 良い反響ばかりでなく、シンポジウムではパネルディスカッションの時間が短く残念だったといった声が寄せられました。運営の不手際への反省とシンポジウムの議論の難しさを次への課題とさせていただきます。

 また、チェルノブイリ原発事故によって何百万人もの生活を完全に壊し、挫折させたと、その悲惨さを伝えてくれたユーリ・シチェルバクさんは同時に、ウクライナの原発をすぐに止めるというのは現実的ではないとの旨の発言をされました。シチェルバクさんの発言を原発推進発言と受け取られた方が多かったようで、シンポジウム終了後に問い合わせやご批判をいただきました。残念ながら、この発言と実行委員会の立場について会場では明確に出来ませんでした。

 実行委員会に集っている諸団体・個人はみな脱原発を目指しています。そこで、私たちは改めてシチェルバク氏の発言内容を本人にも確認して見解としてまとめました。ご一読いただければ幸いです。

 20年目のこのシンポジウムの開催にあたっては、多くの方々にご後援やご協力をいただきました。改めて、この場をかりて感謝いたします。

 

■2006/4/16当日配布資料(PDF)
■プレゼンテーション
・今中哲二 プレゼンテーション(PDF)
・ボロデーイミル・ティーヒー プレゼンテーション(PDF)

■当日上映した映画「サクリファイス」(The Sacrifice)は下記アドレスで動画を見ることができます。
www.dissident-media.org/infonucleaire/sacrifice.html
www.dissident-media.org/infonucleaire/page_video.html

【シンポジウムの簡単な報告】

 シンポジウムはオクサーナ・ステパニュックさんの美しい歌声と巧みなバンデゥーラの演奏で始まった。

 続く主催者あいさつでは、シチェルバク氏がシンポジウムに参加されたことは大きな意味があるとして、『チェルノブイリからの証言』を発表後、氏が1989年から最高会議代議員として国政の場でチェルノブイリ事故の真実を追究した功績が説明された。

 シチェルバクさんの講演要旨は以下の内容だった。

チェルノブイリ原発事故は世界で頻繁に起こる日常的産業事故とは別のカタストロフィだった。この事故は巨大技術システムの危険性とそのリスクの大きさを証明した。また、事故は何百万人もの人々の生活を完全に壊して挫折させた。時間がたつにつれて問題が増える一方だ。事故処理作業者で健康な人はいまや7.4%に落ちている。また、ウクライナでは小児甲状腺ガン発病率が20倍にあがっている。さらに、多くの患者には免疫の機能低下が認められていてエイズに近い症状を示す深刻な事態となっている。原発にはテロの危険もある。紛争地域に原発があることの危険は想像に難くない。ウクライナの現在のようなエネルギー資源の危機的状態では直ちに原発を停止することは現実的ではない。だが、原発のリスクを常に考えながら対処していかなくてはならない。

 講演に続くシンポジウムでは和田あき子さんの司会・進行のもと、今中哲二さん、振津かつみさん、広河隆一さんの3人のパネリストで発言・意見交換が行なわれた。

 まず今中さんから、事故経過、放射能汚染など、チェルノブイリ事故の概要について説明があった。事故直後に周辺30km圏から住民12万人の強制避難が行われ、さらに3年後から高汚染地域住民25万人の移住が始まった。チェルノブイリは、原発で大事故が起きると周辺の地域社会が消滅することを示したが、科学的アプローチで解明できることは、被災者にもたらされた災厄の一部でしかない、と今中さんは強調した。

 次に振津さんから、健康被害の説明があった。チェルノブイリ被曝の特徴は、体の内外から長年にわたり少しずつ被曝し続けることである。IAEAは小児甲状腺癌とロシアの事故処理作業者の白血病の発生のみを認めたが、これには多くの批判がある。今後の課題として、被災者への支援と交流等を通じて、チェルノブイリを繰り返さないために、ヒバクの半世紀を振り返り核被害のない未来につなぐことを、振津さんは訴えた。

 続いて広河さんから、この1年間でも4回の現地取材を通して20年経っても生々しい被害の状況が多数の写真を映しながら紹介された。チェルノブイリ20年を報道した多くのマスコミが、今後原子力をどう使っていくかという問題提起をして事故の幕ひきをしようとしていることに、我々は警戒しなければならない。チェルノブイリ事故は本当に教訓化されたのか。原発事故は起きてしまえば手の打ちようがない、と広河さんは強調した。

 会場からの発言では伴英幸から、「原子力政策大綱が決まり、日本では今後も長期にわたって原子力に依存していく方向が示された。現在、原発設備の多少の欠陥は許す維持基準の導入や、原発の定期検査間隔の延長など、運転条件をゆるくして稼働率を上げる動きが出てきている。原発事故の悲惨さを考えると脱原発を進めるべきと自分は考えるが、このまま原発に依存し続けてよいのか、ひとりひとり考えて欲しい」と呼びかけた。

 会場からのもう一人の発言者、ボロディーミル・ティーヒーさんは、社会で生活するためには賃金、健康、住居、教育、環境、よい人間関係、将来への希望などが必要だ。しかし、被災者たちの多くは家財をなくし、人間関係と健康を失った。将来への展望なり希望もなくした。原子力にも良い面もあるかもしれないが、原発には経済的、健康、環境、将来世代などさまざまな不利益がある。みな一人ひとりが考えて、社会が結論に達することが大事だと訴えた。

 

【チェルノブイリ20年シンポジウムにおける「シチェルバク発言」について】

 講演の最後の部分でシチェルバク氏から、「原発は現代社会に不可欠だ」、「原子力は私たちのチャレンジだ」と受け取れる発言があり、シンポジウム参加者の多くに「原発推進論者の発言」という印象を与えました。そのような発言は、シンポジウムの開催趣旨とは相容れないものであり、司会進行の側でただちに真意を確認し、修正するなり補足するといった措置をとるべきでしたが、適切な対応を行えないままシンポジウムが終了しました。

 シンポジウムを主催した側として、発言の内容、シチェルバク氏の意図したところについて補足し、実行委員会の見解を述べておきます。

■発言の内容(講演開始から108分)

◎シチェルバク発言(ロシア語)の会場通訳テープ起こし

私がチェルノブイリ事故の真実をアピールするにあたり、みんなで外に出て原子エネルギー反対という運動を、デモを、皆さんにアピールするわけにはいきません。原子力のエネルギーは現代の技術文明の不可欠の一部であることは充分意識しなければならないと思います。たとえば、ウクライナでは原子力発電所によるエネルギー生産はウクライナの電力生産の50%にあたります。現在のようなエネルギー資源の危機状態、つまり原油およびガスの埋蔵量が減少する事実を充分意識して、核施設、原子力施設を完全に閉鎖することは非現実的であると思います。しかし私がアピールしたいのは、チェルノブイリのことは普段しきりに考えること、これを忘れないこと、そして原発がかかえるリスクを充分評価することをアピールしたいと思います。原子エネルギーはひとつのチャレンジ(注1)であると思わなければなりません。このような挑戦に我々は充分反応する用意が必要であります。それでできるだけ安全な道を探り出すということが必要だと思います。

注1:「危険な賭」の意味

◎シチェルバク発言(ロシア語)の事後翻訳

このようにすべてのこと、チェルノブイリの真実をお話していますが、私自身はいま、みなさんと一緒に街頭へ出てデモをしながら「原発をなくせ」と叫ぶことを望んでいません。原子力が現在の技術文明社会の一部になっていることを認識することは私たちにとって大変重要です。たとえば、ウクライナでは、原子力は全電力の50%を作っています。石油やガスの量が減少するという危機の現状において、原子力の発展を完全に停止し世界の原子炉をすべて直ちに停止するよう試みることは現実的ではないでしょう。しかし、私がみなさんすべてに訴えたいことは、チェルノブイリについて思い出し、私たちのそばにいつもあるリスクについて思い出すことです。私たちは、原子力というものが”ヴィーゾフ”、”チャレンジ”(注2)であることを思い出し、そのヴィーゾフに答え、発展について安全な道を選ぶことが出来るようにならねばなりません。

注2:「Vysov(ロシア語)、Challenge(英語)」と発言している。この発言にポジティブな意味合いはなく、「危険な賭」といったニュアンスで使われた。

 

*「通訳」と「翻訳」で違っている主なところ

「通訳」:原子力のエネルギーは現代の技術文明の不可欠の一部であることは充分意識しなければならないと思います。

「翻訳」:原子力が現在の技術文明社会の一部になっていることを認識することは私たちにとって大変重要です。

◎シチェルバク発言(ロシア語)の英訳

◎シチェルバク発言(ロシア語)

■シチェルバク氏の現在の考え(実行委員会によるインタビュー)

 1991年末にソ連が崩壊してウクライナは独立したものの、独立ウクライナの経済は、ソ連崩壊後の混乱で破壊的なダメージを受け、いっときはGDPの60%を失った。現在、経済は持ち直しの過程にあるが、石油・ガスの供給をロシアに大きく依存している。ロシアは、昨年12月突然ガス価格を5倍にすると通告してきたように、エネルギー問題を梃子にしてウクライナに対する影響力を強めようとしている。政治家のひとりとして、ロシアの影響力が強まることは防ぎたい。また、この冬のキエフはマイナス30度という厳冬で凍死者も出た。そのような情勢の中で、現在電力の50%を供給しているウクライナの原発を直ちに全廃しよう、という政策は現実的な選択ではない。

 もちろん、原子力には大きなリスクがともなっていることを十分考えねばならない。しかし、ウクライナの現状では、そうしたリスクがあることを承知で原子力エネルギーに依存せざるを得ない、と私は考えている。原子力エネルギーを用いるかどうかは、結局選択の問題であり、ドイツやスウェーデンは原発全廃の方針を打ち出しているように、それぞれの国の事情によるだろう。現状ではウクライナは原発に依存せざるをえないというのが私の意見であるが、将来的には原発のない社会をめざすべきだと考えている。

■実行委員会の見解

シチェルバク氏の日本での講演会を企画した段階で、「20年前にチェルノブイリでおきたこと、チェルノブイリに取り組んで貴方が経験したことを日本のみなさんに話して欲しい」と氏に依頼しました。問題の「シチェルバク発言」までの講演の内容は、ジャーナリストとしての事故当時の活躍、旧ソ連最高会議議員としての奮闘など、チェルノブイリ事故20年にちなむ講演としてふさわしいものであったと思います。

「シチェルバク発言」は、「緑の世界」を創設した20年前と自分の立場は違っており、「ウクライナの現状では原発を容認せざるを得ない」という氏の意見の正直な表明、釈明だったのでしょうが、あまりにも唐突であり、その背景説明を欠いたままでした。熊取、広島での講演会、勉強会でもシチェルバク氏は、現在の自分はウクライナの現状で原発は必要だと考えていると述べていますが、それなりの背景説明があったため、「苦渋の選択としての原発容認」意見として受け止められたようでした。

 シチェルバク氏の現在の意見は実行委員会として支持できるものではありません。シチェルバク氏の発言の取り扱いの不適切さにより混乱を引き起こしたことについてお詫びするとともに、今回のシンポジウムを通じて多くの方々とチェルノブイリの問題を共有できたことの成果を今後に生かして行きたいと思っています。

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< シチェルバク発言(ロシア語)の英訳>

Telling you all this, the truth about Chernobyl disaster, I do not want that we now go out to the street and with shouts “get away with nuclear energy” go on to manifestation. It is very important for us to understand that nuclear energy is a part of today’s technical civilization; for example, in Ukraine, today, 50% of electricity is generated by nuclear power plants. Now, under the conditions of crisis of decreasing of the amount of oil and gas, it would be unreal to try to fully stop the development of nuclear energy, and to stop immediately all nuclear reactors in the world. But what I call you all to do is to remember about Chernobyl and to remember about the risk that is always near us. We should remember that the nuclear energy is a “challenge” (Note: speaker said it in English) , and we need to be able to respond to this challenge, to select safe ways of development.

< シチェルバク発言(ロシア語)のテープ起こし>

Рассказывая все эти вещи правду о Чернобыльской аварии я не хочу, чтобы мы сейчас вместе с вами вышли на улицу и с криками “долой ядерную энергетику” пошли на демонстрацию. Нам очень важно осознать, что ядерная энергетика это часть сегодняшней технической цивилизации, скажем, в Украине ядерная энергетика дает 50 % всей електроенергии. В условиях сейчас кризиса уменьшения количества нефти и газа было бы нереально попытаться полностью остановить развитие ядерной энергетики и остановить немедленно все ядерние реакторы в мире. Но к чему я призваю всех вас это помнить о Чернобыле и помнить о том риске, который все время рядом с нами. Мы должны помнить, что ядерная энергетика это вызов, “challenge”, и нам надо уметь ответить на этот вызов, выбирать безопасные пути развития.