原子力災害対策指針等の改正案(屋内退避の運用、原子力災害拠点病院等の要件確認の頻度)への意見

NPO法人原子力資料情報室は、現在実施中のパブリックコメント「原子力災害対策指針等の改正案(屋内退避の運用、原子力災害拠点病院等の要件確認の頻度)に対する意見募集について」に対して下記の意見を提出しました。

原子力災害対策指針等の改正案(屋内退避の運用、原子力災害拠点病院等の要件確認の頻度)への意見

2025年7月11日

NPO法人原子力資料情報室

(1)原発事故と自然災害の複合災害における対応について

   該当箇所:全体

屋内退避の検討は、能登半島地震により家屋の倒壊、避難道路の不通や放射線モニタリングデータの欠損が発生し、原発事故と自然災害が同時に起これば、住民は被ばくを避けられないのではないかという不安の声が上がったことを受けて始まった。『「原子力災害時の屋内退避の運用に関する検討チーム」における検討結果及び今後の対応方針』(令和7年4月2日、原子力規制庁。以下、検討結果)に記載の結論は、「原災指針は複合災害にも対応できる基本的な考え方を示しており、複合災害への対応に関して原災指針の考え方を変更する必要はない」というものだ。その解説として、「原子力災害時には自然災害に対する安全の確保を優先するという基本的な考え方の下で、自宅での屋内退避ができない場合は近隣の指定避難所等での屋内退避を行い、地震による倒壊等の理由で指定避難所等での屋内退避も難しい場合には、UPZ外への避難をすることとなる」と記載された。よって、原災指針において複合災害に対応するための根本的な変更はおこなわれなかった。

しかし、住民は複合災害時において人命か被ばく防護かの2択を迫られることになる。当然、人命が優先されるが、それを選択すると被ばく防護をあきらめなければならない状況となる。こういった状況は、望まない2択を迫る暴力的な構造であり、健康で安全に安心して暮らす住民の権利を奪っている。

また、地震などで家屋に被害を受けた場合、自宅で屋内退避可能かの判断は難しい。自宅の損傷によって屋内退避における被ばく防護効果がどのくらい損なわれたか、一般市民に判断はできない。例えば、自宅の被ばく防護効果が失われていることを認識せず、指定避難場所では迷惑をかけるからと遠慮し、自宅で小さな子どもと屋内退避することもあり得る。後に、受けた被ばく量が予想以上に深刻な値だった場合には、自分の判断を悔やみきれないかもしれない。そういった状況を避けなければならない。

一方、それを回避するため、災害時に専門家が個別に家屋を評価することは不可能である。倒壊した自宅から指定避難場所までの道路が不通となることも起こり得る。不通でなくとも避難に想定以上の時間がかかることもあり得る。『原子力災害時の屋内退避の運用に関するQ&A』(令和7年4月2日、原子力規制庁。以下、Q&A)の1-6には「指定避難所等の倒壊、道路の寸断など何らかの理由で近隣の指定避難所等で屋内退避を行うことが難しい場合には、自家用車や国・地方自治体が用意するバス、必要に応じて実動機関(自衛隊、消防等)の協力も得ながらUPZ 外の避難先に避難する」とあるが、例えば交通網に関してどの程度の被害までなら実現できるのかを、実現可能性を含めて説明をしてほしい。

  

(2)全体:原発事故の規模の想定について

   該当箇所:全体

 『検討結果』では、「極端な場合を想定することは、放射線対策に偏重した緊急時計画の策定につながり、避難行動等、防護対策の弊害を拡大する可能性がある」とし、重大事故対策が奏功した場合の放射性物質放出量をもとに、住民の被ばくのシミュレーションをおこなった。大規模放出の場合は、原災指針において既に防護措置が示されているとして評価されていないが、これは今回の原災指針の改定ではどのような位置づけになっているかはっきりしない。

新規制基準に適合した原発においては、事故時に重大事故対策が奏功するという前提で被ばく評価を行ったが、原発事故は自然災害と同時、またはそれをきっかけとして起こる可能性が高く、これまでに経験したことのない規模/頻度の自然災害が発生している近年、必ず重大事故対策が奏功すると過信して避難の議論を行うことは、東電福島原発事故の教訓をかなぐり捨てた行為である。また、深層防護の第5層である避難をしなければならない状況になったときには、それ以前の4層目までの対策は失効していることを前提に、後段の層ほど幅広く対策をしなければならない。

(3)避難および屋内退避期間中の経済活動停止における損害補償について

   該当箇所:全体

 自然災害では被害があった地域の経済活動が停止するのに対し、原発においては全面緊急事態になると予防的にUPZの広い範囲における経済活動が停止する。これについて、その損害補償については不明確だ。経済的損害のみならず、子どもの学習・体験の機会喪失も発生しうる。住民のみならず民間事業者が期待通りの被ばく防護をおこなえるよう、屋内退避実施時の損害の補償についてあらかじめ明確にするべきである。

(4)屋内退避の範囲について

   該当箇所:原子力災害対策指針 ⑸ 防護措置及びその他の必要な措置 ② 屋内退避

 原子炉施設からおおむね半径5~30km圏内のUPZが屋内退避を実施することになっている。福島原発事故時の放射性物質の広がりをみても、同心円状に放射性物質が拡散されないことは明らかであり、30km圏外に計画的避難区域を設定しなければならないほどの高濃度の放射性物質のプルームが到来したことは無視できない事実である。また地形によっては風下の盆地ではプルームが滞留しやすくなり、より被ばくしやすくなる。プラント内の事故状況によって30km以遠の被ばく防護等を実施するとあるが、状況が分かってからでは後手に回る可能性があるため、各発電所の地理条件等の実情に応じて30km圏を超えて予め防災計画を検討することも必要ではないか。

(5)避難による被ばくリスク低減と避難行動による健康リスク増加の比較について

   該当箇所:原子力災害対策指針 ⑸ 防護措置及びその他の必要な措置 ② 屋内退避

 『検討結果』では、「確率的影響のリスクがあるにとどまるUPZでは、避難行動に伴う健康リスクの増大を踏まえ、避難により被ばく線量の低減のみを目指すのではなく、確率的影響のリスクの低減のため、外部被ばくと内部被ばくに対して一定の低減効果を有する防護措置としての屋内退避を行う」と記載された。これは、福島原発事故の教訓を反映してのことだが、避難行動による、健康リスク増加と被ばくリスク低下のどちらが大きいかは、健康状態や年齢等、個人の状態や環境で異なるため一律に判断することはできない。また、どちらのリスクを選択するかは個人の意思にゆだねられるべきである。

『Q&A』1-3の 「UPZ はPAZと異なり、避難ではなく屋内退避を行うこととしている理由は何ですか。避難を実施してはいけないのですか」という質問に対する回答に、「原子力災害時に急いで避難することには、様々な危険が伴います。避難には危険が伴う一方で、UPZはPAZに比べて比較的小さな被ばくにとどまるため、避難ではなく屋内退避により被ばくを小さくする方針です。また、原子力災害時に急いで避難すると、多くの避難者による渋滞に巻き込まれて渋滞中にプルームが到来して被ばくしたり、体調が悪化したりするなど、様々な危険が伴います」と回答がある。このようなUPZから避難してはならないというメッセージが、自由な意思決定をさまたげる圧力となる。

UPZの住民は、原発稼働前の地元同意の対象にされていないにもかかわらず、事故が起った場合には予防的避難を妨げられ、被ばくリスクを受け入れさせられることの説明も意見聴取もされていない。放射線被ばくが将来のガン死の確率を増加させることを踏まえれば、PAZの住民の30 km圏外への予防的避難を優先し、UPZに住民を閉じ込めることは、人命に差をつける行為なのではないか。特に、小さな子どもとその家族など被ばくをできるだけ避けたいと判断する住民には、UPZ内においても希望に応じて予防的避難を選べるようにするべきだ。

(6)屋内退避の解除又は避難への切替え判断について 

   該当箇所:原子力災害対策指針 ⑸ 防護措置及びその他の必要な措置 ② 屋内退避 (ⅱ) 屋内退避実施後の運用

 屋内退避の解除または切替えの判断として、プルームの到来に対する防護措置が必要かどうか、生活の維持が困難かどうかを検討する方針が示された。原子炉の状態が把握できれば、原子炉からプルームが放出されるかどうかの評価は可能かもしれない。一方、一度放出されたプルームが大気中のどこにあるかの評価について、能登半島地震でモニタリングポストのデータが欠損した事実を踏まえ、実現するための具体的な計画を示すべきだ。『検討結果』に「緊急時モニタリングの方法のうち、空間放射線量率及び大気中の放射性物質の濃度から判断する」との記述があるが、福島原発事故の経験から、その範囲はUPZ圏内のみでは不十分だと考えられる。

また屋内退避実施中、大気の放射性物質濃度と室内の放射性物質濃度のどちらが低いかを評価できるだろうか。室内の濃度の方が高くなる可能性があるとき、どのような対応ができるのか示してほしい。政府は、屋内退避を「原子力災害時に住民等が比較的容易に被ばくの低減を図ることができる対策」としているが、屋内退避の限界についても住民に広く説明する必要がある。

 また『検討結果』では、「原災指針において「緊急時被ばく状況から現存被ばく状況・計画的被ばく状況への移行に関する考え方」が検討課題」とある。福島原発事故から14年が経過した現在において、現存被ばく状況と計画的被ばく状況の区別があいまいなままの状態が継続している。一度、現存被ばく状況とされた地域では、長期間が経過しても計画被ばく状況における線量限度を超える被ばくを受けるリスクを、多くの市民が負い続けている。住民の被ばくが線量限度以下に守られるよう、市民の声を聴きながら早急に検討開始してほしい。

 屋内退避を継続できるかを判断するタイミングについては、開始から3日後が判断する最初のタイミングの一つとされた。一方、地震等の自然災害が発生してから原子力災害が発生するまで数日の遅れが発生する可能性が考えられ、屋内退避の継続の判断が自然災害発生から4日以上経過している場合もありうる。その場合は、それ以前に食料品等の備蓄が底をついてしまう。『検討結果』では、防災基本計画において「国・地方自治体等は最低3日間、推奨1週間分の食料や飲料水、生活必需品等の備蓄について普及啓発を図るものとされている」ことを根拠に3日の基準を導いているが、内閣府の防災に関する世論調査(令和4年9月)によれば「食料・飲料水、日用品、医薬品などを準備している」のは全体の40.8%であり十分な啓発がされていないのが実情である。屋内退避3日目より早く日常生活が継続できなくなっている人が多数発生する可能性が現状では高く、UPZの住民にその他の地域よりも十分な備蓄を期待するならば、そのための支援が必要だと思われる。

(7)屋内退避実施中の生活を支える民間事業者の活動について

   該当箇所:原子力災害対策指針 ⑸ 防護措置及びその他の必要な措置 ② 屋内退避 (ⅱ) 屋内退避実施後の運用

 『検討結果』では「少なくとも、物資輸送、避難経路等の啓開及び復旧、ライフラインの復旧、医療・介護のうち緊急性の高いものは、、、、外出を伴うものであっても屋内退避中にも継続されることが必要」と書き込まれた。指定公的機関、指定地方公共機関等が行うものや緊急事態応急対策に従事する者は放射線防護対策を行うことになっているが、民間事業者に関して、『Q&A』7-3に「外出の際も防護装備の携行・装着や被ばく線量の管理をすることとはしていません」とある。福島原発事故においてUPZ外において重大な環境放射能汚染および住民の被ばくが発生したことを鑑みると、屋内退避が求められるような被ばくの危険性がせまる状況下で、被ばく防護や記録をせずに屋外作業をさせるのは問題である。命令でなく協力を依頼するという形でも、被ばくのリスク説明と同意、そして被ばく防護は必要である。

また、コロナ禍での外出自粛の教訓の一つだが、ライフラインを支える民間事業者が業務を遂行させるにあたり、養育する子どもを保育園や学童保育に預けるなどが必要となる。保育士や学童保育指導員に屋内退避実施中の業務を求めることができるのかなど、課題が多く残っている。

 民間事業者の外出を伴う活動なしに屋内退避継続を実現できないならば、民間に任せるのでなく国や電気事業者等が責任をもってその業務を代行するといったスキームが必要である。民間事業者に被ばくリスクをどこまで受け入れさせることが可能なのか。政府が一方的に決めてよい内容ではなく、課題は多く残されている。

(8)屋内退避中の外出について

   該当箇所:原子力災害対策指針 ⑸ 防護措置及びその他の必要な措置 ② 屋内退避 (ⅱ) 屋内退避実施後の運用

  屋内退避中は自らの生活を維持するための外出が可能とされ、その例があげられた。原子力規制委員会の議論において、黒川長官官房放射線防護グループ放射線防護企画課長は、一時外出は基本的には放出前の話と認識している旨の発言をおこなった(令和7年度原子力規制委員会 第15回会議議事録)。しかし、それに関しては原災指針には書かれていないため、住民はプルームが到来したあとの一時外出の健康リスクを低くとらえる可能性がある。プルーム到来前後で一時外出可能な条件は変わるのか、被ばくリスクと比較し、どこまでが許容範囲内かを明確にする必要がある。

(9)UPZにおける安定ヨウ素の服用について

   該当箇所:第2 原子力災害事前対策(7)原子力災害時における医療体制等の整備 ③安定ヨウ素剤の配布及び服用の体制

 PAZでは全面緊急事態で避難をする際に予防的に安定ヨウ素剤を服用することとされているが、UPZでは「プラント状況や空間放射線量等に応じて、、、避難等と併せて安定ヨウ素剤の服用を行うことのできる体制を構築する必要がある」と『検討結果』に記載されている。しかし、屋内退避指示中に周辺のプルーム到来状況を把握し、屋内退避している住民に有効なタイミングを逃さずに、安定ヨウ素剤を配布し服用させることは困難だと考えられる。よって、甲状腺被ばくを避けるために、例えば被ばくリスクの高い子どもには事前配布する、30km圏外への避難を優先する等の対応を検討していただきたい。