トランプの原子力政策 Making America Unsafe Again
憂慮する科学者同盟 原子力安全部門 ディレクター エド・ライマン
1月のドナルド・トランプの米国大統領就任以来、数カ月にわたる不透明さの後、同政権の原子力政策が具体化するなかで、原子力の安全性とセキュリティーに対する深刻な懸念が高まっている。
トランプの最初の任期(2017~21年)では、化石燃料開発が優先事項であり、原子力など代替エネルギーへの財政的・政策的支援は控えめだった。だが今回は大きく異なる。テクノロジー業界が、増え続けるデータセンターの需要を満たすための電力生産の急拡大を進めるなか、業界内の支援者からの圧力を受け、トランプとエネルギー長官クリス・ライトは、2050年までに国内の原発容量を4倍の約400ギガワットへ拡大を目標に、米国での原子力発電を“解放”するとともに、原発輸出を世界中へ大幅に拡大する意向を表明した。
だが、原子力規制を弱体化または撤廃しようとする熱意は、逆に野心的な原発拡大の目標を数十年後退させ得る事故の可能性を高め、米国の原発拡大の大きな障害となっている。トランプは5月、原発に間接的に影響を与えるいくつかの発令に続き、特に原発に焦点を当てた4つの大統令を発令した。大統領令は、歴史的に大統領が行政府の政策優先事項を表明するために使用されてきた。理論的には、全ての人に適用される新しい法律の制定に使用することはできない。それは議会に委任された機能である。しかし、2期目では議会を覆したり、憲法を変えるために大統領令を利用する試みが顕著だ。こうした大統領令の多くは違法で、法廷で異議が認められたものもあるが、多くは維持される可能性が高く、原子力規制システムを劇的に弱体化させる可能性をはらんでいる。
命令の一つは、米原子力規制委員会(NRC)に対し全ての規制を書き換えるよう指示。新しい原子力施設の認可を加速し、既存の原子力施設の監視を減らすために、その手続きと放射線防護基準を根本的に弱めるものだ。NRCは議会が原子力委員会を原子力発電の促進と規制を担う別々の機関に分割した1975年に設立された独立規制機関だ。NRCは(全ての欠点も含めて)日本の原子力規制委員会(NRA)を含む、独立した原子力規制当局の設立を目指す他の国々のモデルとして機能してきた。だがトランプの大統領令などにより、その独立性や信頼性はぐらついている。現在ホワイトハウスは、NRCの全ての重要規制措置の事前審査を要求しており、気に入らないものは非公開の場で変更する可能性が高い。政治家や彼らに近い人物がNRCの運営方針を決定する役割を担っている。そしてトランプはNRCの全指導力を統括している。例えば、法律上権限はないが、彼は5人の委員の内、クリストファー・ハンソンを解任した。この解雇は事実上NRCの独立性の終焉だった。委員は大統領の望みに反する決定を解雇の恐れなしにはできなくなった(米国最高裁判所は長年に渡る前例を覆し、トランプの委員解任権限を支持する可能性が高い)。また豊富な知識や経験を持つ職員がNRCから大量に離職しており、増え続ける業務の処理能力が大幅に不足している。
トランプはNRCの掌握だけにとどまらなかった。別の大統領令では、米国独立宣言採択250周年の2026年7月4日までの3基の原子炉稼働を目標に、エネルギー省(DOE)がNRCを完全に迂回し、民間企業による新型炉の建設を認可する道筋をつくることを目指している。原子力法は運転する原子炉の商業用途への適合性を実証するためのNRCの認証を義務付けており、この動きの合法性も疑わしい。大統領令は、この計画に基づく原子炉は“試験”炉であり“実証”炉ではないと主張しているが、民間企業が商業用利用を支援する以外の理由で新しい原子炉に資金提供し、建設するとは考えにくい。それでも、DOEはこのプログラムのために10の原子炉を選出したが、必要な数十億ドルの資金は提供せず、来年の期限までに新しい実験炉が稼働するか疑わしい。このトランプの主張は、大統領就任後24時間以内にロシア・ウクライナ戦争を終わらせると同様に非現実的だ。
一方で、国防総省も軍事基地に電力を供給するための原子炉の建設を検討中で、航空宇宙局(NASA)は2030年までに月に原子炉を建設したいという。これらの機関は莫大な予算(米国の納税者の負担による)を持ち、高額な原発計画を維持する資金の確保が比較的容易なのかもしれない。
では、トランプの原子力規制への介入による実際的な影響はどうか。まず、NRCが実験用原子炉の安全性とセキュリティー審査の短縮を余儀なくされている。NRCは現在、ワイオミング州でナトリウム冷却高速炉Natrium、テキサス州で4基のX-エナジー社製ガス冷却炉Xe-100、テネシー州でGE日立のBWRX-300という3つの実証プラントの建設許可を検証している。当初、NRCはNatriumの申請審査に約27ヵ月を見積もった。だが今年、NRCの“改革”に関する大統領令を引用し推定審査期間を8カ月短縮した。これは大統領令が義務付ける18ヵ月に(ほぼ)適合する。問題はこの原子炉の設計が既存の軽水炉とは全く異なることだ。申請過程で数々の目新しい安全性とセキュリティーの問題が提示され、それらを完全に解決するには間違いなく追加の分析と実験を要する。前例のない原子炉の審査に恣意的な期限を課し、それが十分に安全だと確信をもって主張することは、到底不可能だ。NRCは他2つの建設許可申請でも、世界初の設計であるにもかかわらず、同様に非現実的なスケジュールを採用している。不十分な審査に伴う最も深刻な安全性の懸念の一つは、Natriumや、Xe-100を含むほとんどの新型炉設計で物理的な格納容器構造の代わりに、いわゆる“機能的”格納容器が採用されていることだ。“機能的”格納容器では原子炉燃料の堅牢性や、事故時の環境への潜在的な放射性物質放出を許容可能なレベルに減らす事が出来る冷却材などの特徴により物理的な封じ込めは不要だという。だが、実際に機能するかは未実証だ。新型炉の敷地外緊急計画区域の撤廃など、トランプ就任以前からNRCが行っていた他の規制方針の変更と相まり、実際の格納容器を持たない原子炉の承認は米国とこれらの原子炉が輸出される全ての国の住人に深刻なリスクをもたらす可能性がある。
大統領令も変えられない事実の1つは、核廃棄物の安全な長期処分に関する米国の戦略の欠如だ。10年以上前、ネバダ州ユッカマウンテンでの使用済み核燃料と高レベル放射性廃棄物の地層処分場計画を代替計画なしに断念した。結果、使用済み核燃料はそれが生成される原発の使用済燃料プールと乾式キャスクの両方にたまり続けている。これはNRCが新型炉を認可する際の障害ではないが、核廃棄物は米国民が原発に関する問題の中で最も恐れているものの一つだ。業界はこの問題に対する真の回答を持たないので、使用済み燃料の再処理やプルトニウムのリサイクルなどの先進技術で核廃棄物問題は解決するという虚構的な期待にますます依存している。大統領令の一つは、再処理とリサイクルに取り組むことが米国の政策だと宣言し、議会によって確立され長年進められてきた使用済み燃料の直接地層処分政策を実質的に覆した。だがそのような計画は数百億ドルの費用、実施に数十年を要する。仮に成功しても、大量の兵器に使えるプルトニウムと、膨大な量の廃棄物を生成するだけで、いずれにせよ地層処分場に廃棄せねばならない。
結局、規制緩和と再処理のような非効率的な計画に重点を置いたトランプの原子力政策は、米国の原子力エネルギーの大幅な拡大という目標を達成できないだろう。なぜなら、彼のどの大統領令も、原子炉と関連する全ての燃料サイクル施設に数十年に渡って数千億ドルを提供するのに十分な資金の不足に直接対処していないからだ。テック企業は、短期的にはデータセンター用に割り増し価格を支払うことを厭わないかもしれないが持続可能ではない。トランプと原子力業界が、米国の納税者と公共料金納付者に原子力拡大の支援のために巨額の補助金を喜んで提供するべきだと納得させない限り、このいわゆる原子力ルネッサンスは消えてゆくだろう。
(翻訳:髙桑 まゆ)


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