原子力資料情報室 第91回公開研究会報告 原子力発電所と「テロ」

 『原子力資料情報室通信』第506号(2016/8/1)より

 

 6月14日にドイツ・エコ研究所原子炉安全部門のChristoph Pistner(クリストフ・ピストナー)博士を招き、「原発とテロリズム」をテーマに第91回公開研究会を開催した。ピストナー氏はドイツの歴史と対策の現状について具体例をあげながら説明し、佐藤暁氏(元ゼネラル・エレクトリック社原子力事業部)は日本とアメリカとの対策を比較した。後藤政志氏(元東芝・原子炉格納容器設計者)は司会をしながら、重要な情報を付け加えた。「テロ」から原発を守る課題を探った。

説明・議論された六つのテーマは
  1)設計脅威
  2)テロ対策
  3)航空機テロ評価
  4)サイバーテロ対策
  5)特定重大事故等対処施設
  6)公開性と保安管理

 テーマごとにピストナー氏と佐藤氏の発議を受け、会場からの質疑を受ける形で深い議論が行なわれた。
 その中でも、「テロ」の代表的な例である航空機が衝突する、テーマ3)がとくに注目をあびた。ピストナー氏の説明では、2001年9月11日アメリカで起こった「同時多発テロ」の前から、ドイツでは原発が航空機の衝突に耐えられるように考えられていた。1970年代には東西ドイツの対立があり、原発の上を飛行するのが禁止されているにもかかわらず、軍事用の航空機がよく飛んでいた。1974年からこれらの軍事用航空機が原発に衝突した場合について考えるようになった。9.11の後は民間航空機が乗っ取られて意図的に原発に突っ込む時にどうするかが大きな議論となった。そして、2011年福島事故を受けて、また安全性の再評価を行ない、その中で航空機が原発に衝突するインパクトについて二つの視点から評価を行なった。一つは原発への物理的なインパクト、もう一つは航空機の燃料が原因となる火災のインパクトである。この2つのインパクトそれぞれに原発は航空機の衝突にどのぐらい耐えられるのか、審査基準として次の三つがあげられた。

  1)小型軍用機
  2)中型軍用機また中程度の民間旅客機
  3)大型旅客機

 ドイツでは審査基準1)の小型軍用機に耐えられないと判断された原発は、2011年原子力法改正のときに閉鎖された。そこで、現在はドイツの全ての原発は基準2)まで合格しているはずだが、中程度の民間旅客機に耐えられるかどうかははっきりしていないとピストナー氏は話した。耐えられるかどうかのデータも、保安管理を理由に公開されていないので、政府機関を信じるしかないという。透明性の問題も大きい。

 続いてピストナー氏は、航空機が原発に衝突した時、その原発の堅牢性を図る基準について話し、次の三つの項目をあげた。
  1)建屋の強さ(壁は十分厚いコンクリートで建てられているかどうか)
  2)冷却水の供給は緊急時でも十分確保されるかどうか
  3)電源の確保は緊急時でも十分守られるかどうか

 これについては、守り方も具体的に設定されている。例えば、建屋などを空間的に離して、重要な設備を分けることによって、航空機が一つの建屋を破壊しても、冷却水などが離れているところにあれば、守られるという考え方である。また、冷却水の場合は排水管の保護・強化も求められている。電源の場合も二つの独立した多様な電気系統(例えばディーゼル発電機)を空間的に離れているところに置く。また原発は外部の回路と接続する独立した系統を三つ持たなければならず、そのうちの一つは電源ケーブルを地下にし、保護する必要がある。

 ドイツではこのような具体的な方法で原発を航空機の落下・衝突から守ろうとする。佐藤氏はアメリカの例と比較した。同じような対策もあれば、少し異なった点もあった。例えばアメリカでは原発に大きな攻撃があった時、一面火の海になっても、煙や毒ガスが発生しても、人間が原発内に残って、作業するための対策を求めている。ドイツの場合はこのような大惨事がおきた時、人間は生きられないことを前提に、原発は10時間自動運転できるように設計されている。

 ドイツもアメリカもはっきりしていないのはハイジャックされた大型民間航空機の突入の対策。ドイツの場合は、例えば「テロリスト」が航空機で原発に突っ込むという目的がはっきりわかっていても、軍用機で撃ち落とすのは難しい、「国内の空港と原発の距離が非常に短いので時間的に対応できない」と説明した。アメリカの場合は「乗っ取られた航空機が原発に落ちた場合の対応は各事業者の責任範囲だが、航空機をどうするかは国が判断すること。国防省が対応する。原子力規制委員会が国防省と連携して対応する、ということ以上の情報はない」と佐藤氏は説明した。これも国の保安管理になるので、公開しているような情報ではないのだが、このような事態になった時の対策は国レベルでも事業者レベルでも非常に難しいということは明らかである。

 これを受けて、日本の状態について後藤氏が説明した。「問題は航空機衝突の事故は確率でおさえており(一千万分の一回/炉・年以下)、このリスク確率以下であれば、評価する必要がないとされている。日本の原発は全部この確率以下だとされている。「テロ」の場合はこのような計算はできない。違う方法を検討しているはずだが、実際にやっているかどうかは疑問」。また、写真を見せながら、高浜原発の例を取り上げた。高浜1号機と2号機は、新規制基準の適合性審査に合格しているのだが、3・4号機と違って、原子炉の上にコンクリートの遮蔽がない。頭は鉄板だけで、航空機の落下もしくは衝突にはまったく耐えられないと心配されている。ヨーロッパの基準では衝突する航空機の衝撃を緩和するために格納容器を二重にしているのに、高浜1・2号機はたった鉄板一枚である。

 日本の原発は「テロ」に対する防御が米国やドイツに比べて甘いと言われる。しかし、甘くなくても、けっきょくは守りきれないことになるだろう。
 最後に議論されたテーマ6)、「公開性と保安管理」も全ての国で大きな課題となっている。原発では、多くの情報が機密扱いになりがちだが、日本はとくに情報の秘匿が著しいという指摘があった。隠す意味のないものまで隠されている。確かに「テロ」対策における情報の中には保安のために公開できないものはあるだろう。しかし、「テロ」対策と事故対策は重なり合う。隠されてしまえば十分 な対策がとられているかの判断すらできない。情報を非公開とし、戦闘部隊を配置し、それでも「テロ」から守れない原発を動かす必要があるのか、市民の間でももっと議論すべきであると思う。

(報告:ケイト・ストロネル)