ドイツ 動き出す高レベル放射性廃棄物 処分場選定作業
『原子力資料情報室通信』第506号(2016/8/1)より
はじめに
本誌『原子力資料情報室通信』第498号で紹介したドイツの高レベル放射性廃棄物処分委員会1)(以下「委員会」)は、7月5日「最終報告書」2)(以下「報告書」)を連邦議会に提出し公開した。これを受けて連邦議会は、原子力法や「発熱性放射性廃棄物の最終処分場のサイト選定に関する法律(以下「サイト選定法」)」の改正、新法の制定、最終処分関連の組織体制の変更等を行う予定だ。原発のゴミの最終処分場選定のため、ドイツは新たな試みに向けて動き出した。「報告書」の概要やそれに連動したドイツの新たな高レベル放射性廃棄物政策、住民団体等の動きなどを報告する。(「報告書」への意見募集が7/18~9/11の間実施されている)3)
報告書
「委員会」は6月27日の会合で、「サイト選定法」に基づき「報告書」を採択した。採決には、委員32名(委員長2名除く)のうち科学者グループと社会グループの16名が議決権を持ち2/3以上の賛成が必要だ。「報告」に対し環境団体代表の1名(ドイツ最大の環境保護団体BUND副代表)は反対し、他の1名(ドイツ環境基金代表)は欠席、残り14名が賛成して決定された。 『将来への責任―最終処分場選択のための公平かつ透明性の高い手法―』というタイトルの「報告書」は、全体で681ページで、以下のような「勧告」を連邦議会に対して行っている。1.放射性廃棄物の最終処分は地層処分とし、処分場立地地域には、可能な範囲で最善の安全性確保を図る。
2.旧処分場候補地であるゴアレーベンは、サイト選定手続きから除外されない。
3.決定の可逆性と廃棄物の取り出し可能性を担保する。
4.可能な限り高い安全性を有する1カ所の処分場サイトを3段階の手続きにより選択し、連邦法で確定する。
5.処分場候補地点の母岩は、岩塩層、粘土層、結晶質岩とする。地質学的除外条件や最低要件(地下水、地震等)の基準等も規定。
6.新たな処分実施体制の整備(図1参照)。
処分の実施主体
ドイツでは放射性廃棄物最終処分の実施責任は国にあり、「連邦環境・自然保護・建設・原子力安全省(BMUB)」が担っており、実際には連邦放射線防護庁(BfS)が行ってきた。ドイツ連邦議会は6月23日、すでに「委員会」から提案されていた放射性廃棄物最終処分のための実施主体等に関する法改正を行った。これにより、最終処分場のサイト選定、建設・操業・廃止措置を行う「連邦が100%所有する私法上の組織」=「連邦放射性廃棄物機関(BGE:Bundes-Gesell
schaft mbH fur kerntechnische Entsorgung)が新たに設置されることになった。今後は放射性廃棄物最終処分に係わる作業がすべてBGEに移行する。
最終処分場サイト選定手続等の監督・規制機関として「連邦放射性廃棄物処分庁」が2014年に設置されていたが、その名称が「連邦放射性廃棄物処分安全庁」に変更され、放射性廃棄物処分に関する規制だけでなく貯蔵や輸送に関する認可も行うことになる。
バックエンド資金
原子力発電所の廃止措置及び使用済燃料を含めた放射性廃棄物管理のための資金(バックエンド資金)について、ドイツ連邦政府は2015年10月「脱原子力に係る資金確保に関する検討委員会(以下「検討委員会」)」を設置し、長期的な資金確保策について検討をゆだねた。それまでこれらのバックエンド資金は事業者の負担とされ、事業者が独自に引当金として資金を確保していた。しかし「委員会」の市民対話集会などで、公的な基金制度によって管理するべきとの意見が多数出ていた。元連邦環境大臣ユルゲン・トリッティン(緑の党)ら3名の共同委員長で構成される「検討委員会」は、2016年4月「最終報告」を公表した。
「最終報告」は、高レベル放射性廃棄物の管理の実施責任及び資金確保・管理責任を原則として連邦政府に集中し、そのために新たに公的基金を設置することを勧告している。具体的には、高レベル放射性廃棄物管理資金(約172億ユーロ:約2兆1500億円:2014年レート)に加え、想定外のリスクに対応するためこの資金に35%の保険料(約61ユーロ:約7600億円:同)を上乗せし、総額約233億ユーロ(約2兆9100億円:同)を事業者が基金へ払い込むことを課している。引当金の移管は基金設置後直ちに行われるが、リスク保険料については、2022年の脱原発の完了までに払い込むとされている。最終処分場の選定作業や操業開始が遅れ費用が増大する場合でも、事業者のさらなる負担はない。
また原子力発電所の廃止措置については、事業者が実施責任及び資金・財政面で無限責任を負うこと、さらに廃止措置のオプションとして今まで「安全貯蔵」と「即時解体」が選択できたが、今後は「即時解体」に限定されることになった。
住民参加
「報告書」では、住民、特に探査の対象となる地域における住民の選定作業への関与を確保する枠組みが重要であるとして、新たな住民参加の方式を勧告している。表にあるように、「サイト選定法」では処分場選定作業は、
「第1段階」:地上探査サイトの選定
「第2段階」:地下探査サイトの選定
「第3段階」:処分場サイトの提案・合意
という、3つの段階で進められる予定だ。その各段階において、連邦レベル、広範な地域レベル、特定地域レベルで委員会や会議等を設置することが勧告されている。
連邦レベルには、「社会諮問委員会」という“中立的”観点からサイト選定手続き全般を監視・調整する役割をもつ委員会が設置される。国会議員12名(連邦議会6、連邦参議院6)と6名の有権者を無作為に選出(2名は18~27歳の若年層)する予定で、連邦環境省が指名を行う。
広範な地域レベルでは、まず「サイト地域専門会議」が「BGE:連邦放射性廃棄物機関」による第1段階の中間報告書作成後に「BfE連邦放射性廃棄物処分安全庁」によって設置される。広範な地域内自治体や市民の代表や専門家で構成される。第1段階の後半で地上探査サイトが選定され利害関係者になる地域(多数)が特定されると、「サイト地域専門会議」に代わって「地域代表者専門会議」が設置され、BGEやBfEのサイト選定・審査結果を検証するとともに、探査サイトの地域開発戦略等も検討する。
特定地域レベルでは「地域会議」が、BGEによる地上探査サイトの決定を受け、選ばれたサイトごとにBfEが設置する。これは、第1段階では多数、第2段階では複数の設置が想定されているが、第3段階で複数から1カ所に絞り込まれる模様だ。地域の自治体、各団体の「代表グループ」、当該地域の全有権者が参加できる「総会」、「公衆一般」等の社会的各層で、要望や提案が可能である。処分場設置にともなう社会経済的影響の検証等を行うとされている。
実際には、これらの委員会や会議で具体的に委員の指名や地域の指定が行われなければ、住民も具体的な対応はしにくいと考えられる。処分場選定作業が総論賛成で開始されても、各論になれば地域住民の反応は厳しいものとなることが当然予想される。そのため、政府も各段階ごとに連邦法で規定するという、大変権力的な手法を準備している。このような手法では、住民との合意形成をどのように図るのかという発想よりも、選定プロセスへの住民参加を促す様々な組織をつくることによって、合意形成が既成事実化することが懸念される。
北部ドイツへの廃棄物施設の集中
「報告書」では、処分予定地の母岩として、岩塩層、粘土層、結晶岩が選択された。安全性に問題があるとされているゴアレーベン(岩塩層)が所在するニーダーザクセン州は、最終処分場問題には特別な利害関係者として強い関心をもっている。ゴアレーベンが候補地から除外されたとしても、ドイツの地層分布を見れば、岩塩層、粘土層が北ドイツに、特にニーダーザクセン州に岩塩層が多数分布していることが明白なためだ(図2参照)。
また、ゴアレーベンなどの住民団体が現行の最終処分場選定作業を批判する1つの側面は、今日までのドイツの放射性廃棄物対策の失敗について、政府や電力会社がなにも反省していないという点がある。アッセⅡ岩塩
抗跡は、地下水の流入によって鉱山崩壊の危機に瀕しており、ドイツ政府は投棄した約126,000本の低レベルドラム缶の全量回収作業を試みようとしている。ドイツでも原子力開発の当初、廃棄物問題はないがしろにされていたと言っても過言ではないだろう。コンラートは元鉄鉱山跡で、アッセⅡの閉鎖決定を受け、2008年に新たな低レベル放射性廃棄物の処分場として認可された。現在、24時間3交代で突貫工事が行われている(表紙写真参照)。ゴアレーベン、アッセⅡ鉱山跡や建設中のコンラート処分場が存在する州として、「ニーダーザクセンが再び検討対象となる可能性は高い」と、同州環境大臣が懸念を表明している。ドイツの放射性廃棄物に関する「南北問題」は、さらに新しい問題として提起されることになるだろう。
住民団体は抗議声明公表
「報告書」でも、「サイト選定法」同様、ゴアレーベンは除外されないため、ゴアレーベンや環境団体からの抗議は尽きない。「委員会」において「報告書」の採決に反対したBUND代表のクラウス・ブルンスマイアー氏は、「委員会」に長文の意見書を提出し、安全性に大きな欠陥のあるゴアレーベンが依然として候補地と同様の扱いであることや、多くの疑問や批判を提示し「報告書」に賛成できないとしている。(意見書は「報告書」の付録に掲載されている。)
「報告書」公表の7月5日、ゴアレーベン現地からは12台のトラクターがベルリンの国会議事堂前までデモ行進し、多数の反原子力団体が共同で抗議行動をおこなった。また同日、ルヒョウ・ダンネンネルグ環境市民運動をはじめとして、低レベル廃棄物最終処分場のコンラートの市民団体、グリーンピースドイツなど50の環境団体が連名で抗議声明4)を公表した。
おわりに
高レベル放射性廃棄物最終処分場選定は、ドイツの原子力開発に残された最大の問題である。しかしこの問題は、他ならぬ脱原子力によって、より深刻で、複雑で、社会的・政治的な重い課題になると同時に、社会的関心が
薄れている。社会全体を見たとき、「原発問題は終わった」と考える人々が多数となっている現実がある。脱原発を達成したドイツで、最終処分場は国内のどこかに作らねばならないとばかり、原発がどんどん建設されていた時と同様、一部
地域の問題とされたり、特定地域の人々への「押しつけで」終わってしまうことが懸念される。これは私だけの杞憂ではないだろう。
(澤井正子)
1)高レベル放射性廃棄物処分委員会 www.bundestag.de/endlager/
2)「最終報告書」 www.bundestag.de/blob/434430/f450f2811a5e3164a7a31500871dd93d/drs_268-data.pdf
3)「最終報告書」への意見募集サイト(2016年9月11日まで) www.endlagerbericht.de/ja/f
4)「抗議声明」
www.ausgestrahlt.de/media/filer_public/2a/ba/2abad5e7-8f10-4f60-b993-4bbe843a5977/
ausser_spesen_nichts_gewesen_stellungnahme_abschlussbericht_kommission.pdf