声明: 新潟県中越沖地震3 周年を迎えて柏崎刈羽原発再開の動きを憂える

声明

新潟県中越沖地震3 周年を迎えて 柏崎刈羽原発再開の動きを憂える

 2007年7月16日、午前10時13分、マグニチュード6.8の地震が新潟県・柏崎刈羽を襲った。死者15人、重軽傷者2300余人、住宅被害およそ7000戸、非住家建物の被害が31000余。
 世界最大の柏崎刈羽原発7基は、設計時に想定された限界地震動を超えた地震動に直撃された。放射能の漏れが大きくはなかったことは、まことに幸運であった。
 新潟県は、二つの技術小委員会を設置して、鋭意、設備の健全性と耐震安全性を、また、地震、地質・地盤の再検討を進めてきた。原発の機器・設備の被害状況は、未だ多くの不明箇所が残っているものの、少しずつ、明らかになってきている。そして、小委員会の審議の中で、中越沖地震を上回る地震のおそれが指摘されたことは極めて重大である。
 柏崎刈羽原発の地元、新潟県は決して安心できない状況にあることは疑い得ない。再度の被災に備えなければならない。
 いっぽうで、科学的な検討をつきつめずに、「工学的判断」のもとに原発再開の動きが急である。地元と県民の憂いをよそに、6 号機と7 号機とは営業運転が再開されてしまった。設備健全性、耐震安全性の議論・審議を途中で打ち切って強行されたのである。
 さらにまた、最も経年化が進み、最大の揺れを受け、目視点検で損傷が一番多い1号機が営業運転に入ろうとしている。心ある地元・県民の不安はますます深まった。
 5月11日、新座長の下で開かれた技術委員会では、実質審議なしに、1号機の再開への道を承認してしまった。そのことについての県民説明会は、ついに今日まで、開かれていない。来る21日、技術委員会は1号機の営業運転入りを承認するだろうと予想される。
 この間、1号機に次いで5号機が設備健全性小委員会で議論されてきた。7月7日の第41回の小委員会では、「議論のまとめ」について委員間で意見の厳しい対立が生じた。さらに、県内8団体連署による「ひび割れに関する公開質問」が提出され、審議が始まった。5号機の行方は混沌としている。今後、地震時に稼動していた2,3,4号機が審議の俎上にのぼるが、議論・審議が途中で打ち切られるようなことは断じて許されない。

 私たちは、新潟県知事、柏崎市長、刈羽村長、および技術委員会、二つの小委員会の各委員に、いっそう真剣で、慎重な検討と判断とを強く望むものである。なによりも住民・県民の不安を取り除き、安全が確保される状態の実現が求められている。そのためには、憂慮する地元・県民が小委員会、技術委員会に正式に参加して、納得がゆくまで徹底議論・審議をするべきだと考える。
 全国の、かつ、世界の目が柏崎刈羽原発に注がれている。

2010年7月16日

認定特定非営利活動法人・原子力資料情報室
共同代表山口幸夫、西尾漠、伴英幸