[もんじゅ]もんじゅ廃炉を目指す運動は終わらない―最高裁が言い渡した最低判決の問題点

もんじゅ廃炉を目指す運動は終わらない―最高裁が言い渡した最低判決の問題点

もんじゅ訴訟弁護団 吉川健司

『原子力資料情報室通信』373号(2005.7.1)より

 2005年5月30日、最高裁第1小法廷は、もんじゅに係る原子炉設置許可処分の無効を確認した名古屋高裁金沢支部判決を破棄し、住民の控訴を棄却するという不当判決を言い渡した。

■高裁および最高裁における争点は何だったのか

(1)この裁判は、内閣総理大臣が1983年5月27日にした「もんじゅ」に係る原子炉設置許可処分が無効であるか否かを争った裁判であり、許可処分の効力を判断するため、原子力安全委員会が行なったもんじゅの「基本設計」の安全性にかかわる事項について審査する過程に「看過しがたい過誤、欠落」、すなわち違法性があったのか否か、そしてその違法性が重大なものであったのか否か、が名古屋高裁金沢支部における争点となった。
 最高裁判決には、極めて重大な問題があるのであるが、その点を理解する前提として、そもそも原子力安全委員会における「安全審査」とはどのようなものか、「基本設計」の安全性にかかわる事項について安全性が確認されるというのは、どのような場合をいうのかについて述べておく。
(2)さて、「基本設計」の安全性にかかわる事項について安全性が確認されるということは、「高速増殖炉の安全性の評価の考え方について」(以下「評価の考え方」)という原子力安全委員会自らが決定した審査基準によれば、次のとおりである。
 すなわち、「評価の考え方」に定められた各種の「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」(両者をあわせて「設計基準事象」という)が起きたと仮定した上で、それらの事象が想定されたシナリオどおりに収束し、「評価の考え方」が定めている基準を守ることができる「基本設計」となっていることが、事故解析等によって確認されることをいう。例えば、「事故」の場合であれば、?炉心は大きな損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること、?原子炉格納容器の漏えい率は、適切な値以下に維持されること、?周辺の公衆に対し、著しい放射線被ばくのリスクを与えないこと、という基準が定められている。
 そして、上記の「事故」として想定されているものの中に、名古屋高裁金沢支部判決及び今回の最高裁判決において問題となった「2次冷却材漏えい事故」「蒸気発生器伝熱管破損事故」が含まれている。
 さらに、原子力安全委員会は、上記の「事故」より更に発生頻度は低いが結果が重大であると想定される「事象」(指針の第5項に定められているため、5項事象と呼ばれる)について、「防止対策との関連において、放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認する」ことになっている(どのような「事象」を選定するかは申請者に任されている)。今回、問題となったのが「1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」、いわゆる「炉心崩壊事故」である。
(3)名古屋高裁金沢支部判決は、前記の、2次冷却材漏えい事故、蒸気発生器伝熱管破損事故に対応するための「基本設計」について、前記の???の基準が守られていると判断した原子力安全委員会の安全審査の過程には「看過しがたい過誤、欠落」があったとした。また、いわゆる「炉心崩壊事故」についても、「放射性物質の放散が適切に抑制される」と判断した原子力安全委員会の安全審査の過程には「看過し難い、過誤、欠落」があったとした。
 そして、名古屋高裁金沢支部判決は、「看過し難い過誤、欠落」があったと判断する前提として、様々な事実を認定した。
 代表的なものとしては、動燃自身が1995年のナトリウム漏えい事故を受けて、「基本設計」の変更許可申請を行なったこと(「基本設計」が安全であるというのであれば、変更許可申請は不要のはずである)、動燃が「高温ラプチャ」という現象が発生することを自らが実施した実験によって知っていながら、原子力安全委員会へその実験結果を報告せず、原子力安全委員会は、その実験結果についての情報を知らないまま、「高温ラプチャ」現象についての安全審査を何もせずに、蒸気発生器伝熱管破損事故に対応するための「基本設計」が安全であるとしてしまったこと(なお、1987年には、イギリスの高速増殖炉において蒸気発生器伝熱管破損事故がおき、その事故において「高温ラプチャ」という現象が発生したことが確認されている)、いわゆる「炉心崩壊事故」に関し、動燃は、発生するエネルギーの数値が高い解析結果は記載せず、その数値が低く、原子炉の安全性が維持されることが明らかな解析結果のみを記載した申請書を作成し、安全審査会は、当該申請書をほぼそのまま追認する安全審査を行なったこと、などがある。
(4)名古屋高裁金沢支部判決が認定した上記の事実は、「原判決において適法に確定した事実は、上告裁判所を拘束する」(民事訴訟法321条1項)はずであるから、最高裁も高裁判決が認定した事実を前提として判決をしなければならない。
 したがって、最高裁における争点は、高裁判決が認定した事実を前提として、安全審査に「看過し難い過誤、欠落」すなわち違法性があったのか否か、そしてその違法性が重大なものであったのか否かになるはずであった。
 ところが、最高裁判決は、高裁判決が認定していない事実を「原審の適法に確定した事実関係等」として書き加える一方、最高裁が書き加えた事実に矛盾する高裁判決が認定した事実はすべて無視した。そして、最高裁は、いわば勝手につくりかえた事実を前提として、前記の3つの「事象」についての安全審査の過程には何ら「過誤、欠落」はなく、従って、設置許可処分には何の違法性もなく、違法の重大性や明白性は問題にもならないとしたのである。

■最高裁判決は司法の役割を放棄したに等しい

(1)前記のように、最高裁判決は、いわば事実を勝手に書き換えたに等しく、これだけでも重大な問題がある。
 その上、以下に述べるように、今回の最高裁判決は、事実上、原子炉設置許可処分の効力を争う裁判を無意味にしかねない極めて問題のある判決となっている。
(2)最大の問題点は、安全審査の対象となる「基本設計」の安全性にかかわる事項に該当するかどうかは、主務大臣(経済産業省大臣、実質的には原子力安全委員会)の合理的な判断にゆだねられるとした点である。
 この判示の意味を、「2次冷却材漏えい事故」について考えると以下のとおりとなる。
 もんじゅの2次冷却材漏えい事故についての安全審査においては、2次冷却系からナトリウムが漏えいして燃焼しても、コンクリートの床に鋼製の床ライナーを貼れば、ナトリウムが燃焼落下することにより鋼の温度が上昇しても、鋼の融点がそれより高いので、鋼製の床ライナーが溶けることはなく、ナトリウムとコンクリートが接触することはない、したがって「基本設計」は安全である、とされた。
 しかし、1995年にナトリウム漏えい事故がおき、動燃が安全性を確かめるために燃焼実験を行なった結果によると、「溶融塩型腐食」という現象が起きた場合、鋼製の床ライナーが溶けてしまうこと、したがって、鋼製の床ライナーが薄かったり、湿度が高かったりすると、ナトリウムとコンクリートの床が接触する可能性があることが判明した。
 さて、最高裁判決は、前記のように、安全審査の対象となる「基本設計」の安全性にかかわる事項に該当するかどうかは、実質的に原子力安全委員会の合理的判断にゆだねられるとした。そして、国が鋼製の床ライナーの厚さをどのようにするかは、「基本設計」の安全性にかかわる事項ではなく、後続の「設計及び工事方法の認可」の段階で審査する問題であると裁判において主張したことから、最高裁も、その主張をそのまま認めた。
 ここで、原子炉設置の手続について述べておくと、経済産業省は、最初に「原子炉設置許可」を行ない、その後実際の工事を行なう段階において「設計及び工事方法の認可」を行なう。「原子炉設置許可」については、原子力安全委員会によって「基本設計」について安全審査が行なわれる。しかし、「設計及び工事方法の認可」の手続については、原子力安全委員会による安全審査はなく、経済産業省だけで決定することができる。
 つまり、原子力安全委員会が、鋼製の床ライナーの厚さをどのくらいにするかは「基本設計」の問題ではなく、後続の「設計及び工事方法の認可」の段階で審査する問題であり、原子力安全委員会が安全審査を行なうことではない、と主張した場合、裁判所は、その主張を基本的に認めなければならない、というのが最高裁判決の論理なのである。
 この最高裁判決によれば、恐るべき事態が生じかねない。
 そもそも、申請者(動燃)が、床ライナーの厚さが不十分なので、2次冷却材のナトリウムが漏えいした場合、コンクリートと接触するおそれがあります、などと主張することなどありえないのであるから、原子力安全委員会が、独自に安全審査を行ない、床ライナーの厚さが十分かどうかを判断する必要があることは、一般常識に照らしても明らかであろう。
 ところが、最高裁判決によれば、原子力安全委員会が、申請者の主張を鵜呑みにしてまともに安全審査を行なわなかったとしても、その後の裁判において、ナトリウムとコンクリートの直接接触は防止できると判断した、したがって「基本設計」の安全性は確認できた、床ライナーの厚さをどうするかは、「設計及び工事方法の認可」の段階で審査する問題である、と主張しさえすれば、裁判所は、原子力安全委員会の安全審査の過程に「看過し難い過誤、欠落」、すなわち違法性があると判断することができないのである。
 すなわち、最高裁判決によれば、国が、この点は、原子力安全委員会が安全審査を行なうことではないと裁判で主張しさえすれば、安全審査の違法性が認められることはおよそなくなってしまいかねないのである。
(3)国は、この裁判において、床ライナーの厚さをどうするかは、「設計及び工事方法の認可」の段階で審査する問題であり、原子力安全委員会の安全審査の対象ではないと主張したが、名古屋高裁金沢支部判決は、この主張を採用しなかった。
 それは、前記のように、国が主張し、最高裁判決が採用してしまった論理を推し進めれば、原子力安全委員会が杜撰な安全審査を行なっても、裁判で負けることが事実上なくなってしまうこと、したがって、原子力安全委員会が、まともな安全審査をしなくなってしまう危険性に気付いたからであろう。
 ところが、最高裁は、国の主張をほぼそのまま認めたのであり、いわば、原子炉設置許可処分の効力を争う裁判における裁判所の役割を事実上放棄してしまったのである。
 原子炉設置許可処分の効力を争う裁判に対する最高裁の政治的意図を感じずにはいられない判決である。

■最後に

 確かに、20年間に及ぶもんじゅ裁判は、最後に、最低の判決によって終わった。
 しかし、裁判の終わりは、もんじゅ廃炉を目指す運動の終わりではない。
 例えば、地震に関する研究は相当進んでおり、地震についての安全審査にはかなりの疑問が示されている。その他、施設の老朽化、技術者の不足等の問題もあり、もんじゅ運転再開までには、いくつものハードルがある。
 住民がたたかいを続ける限り、もんじゅはいずれ廃炉に追い込まれる。そのとき最高裁は今回の判決を恥じることになるであろう。敗れたのは原告ら住民ではなく、国であり、最高裁である。

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