ヤッカマウンテン核廃棄物裁判判決のまとめ
ヤッカマウンテン核廃棄物裁判判決のまとめ
フィリップ・ワイト(原子力資料情報室)
翻訳:米倉由子
※この記事は複数の文献をPhilip Whiteが英語で要約し米倉が翻訳した。
2004年7月9日、米連邦高裁は、ネバダ州ヤッカマウンテンに建設が予定されている「使用済み燃料と高レベル放射性廃棄物の長期地層処分施設」の合法性について判断を下した。 連邦高裁は、ヤッカマウンテン建設計画は違憲であるという原告(ネバダ州、天然資源保護協会他)の訴えを却下したが、今後「遵守期間」をたった一万年までとする被告側(環境保護庁 EPA1)の決定についても退けた。
連邦高裁の判決は二つの面から見る必要がある。第一は、理屈上、エネルギー省(DOE1)は核廃棄物処分施設の建設を推進できる。次に、それには、この一万年という「遵守期間」問題を克服しなければならない。(「遵守期間」とは、住民の健康と安全基準が満たされなければならない期間のことである。)作りたければ、エネルギー省は、一万年よりも遥かに長い期間(たとえば30万年2)にわたって住民保護対策を講じるか、または、議会に法改正を働きかけるかのどちらかを選ばなくてはならない。じっさいには、前者にはおそらく実行性がないであろうし、後者は大きな政治的な壁に直面する。このレポートでは、まず長期わたる住民保護対策について述べ、ついで法改正への政治的障害について簡単に触れよう。
長期にわたる住民の健康と安全
連邦高裁判決の分析
1992年に成立したエネルギー政策法801条(a)によれば、環境保護庁は、「全米科学アカデミー(NAS)の調査結果と提言に準拠しかつ矛盾しないで」ヤッカマウンテンに対する住民の健康と安全の基準を公布しなければならない。これらの基準は「住民一人一人に対する年間最大実効線量当量を規定しなければならない。」
連邦高裁が、一万年問題について環境保護庁の決定を却下したのは、NASレポートで、一万年というタイムリミットが明白に否認されているからである。連邦高裁は、NAS提言を絶対的に遵守する義務はないという環境保護庁の主張を揶揄し、環境政策法の「準拠しかつ矛盾しないで」という文言は不明瞭ではあるが、『環境保護庁が一万年の遵守期間を採用することは、「準拠して」が「無視して」を意味し、「矛盾しないで」が「矛盾して」を意味する世界でのみ、環境政策法801条の解釈として許容されるだろう』との見解を示した。
したがって、環境保護庁は、住民の健康と安全の基準を満たされなければならない期間について、NAS提言を深刻に受け止める必要がある。この点に関して、NASは、「個人の危険基準期間を一万年あるいはその他の期間に限定する科学的根拠はない」とした。NASは、「危険のピークは、何万年から何十万年あるいはそれ以上の将来に来るかもしれない」としている。 健康と安全の基準が遵守されるかどうかを査定する可能性については、NASは「基本的な地質環境が長期にわたって安定しているタイムスケールで - ヤッカマウンテンの場合には百万年といった時間で - 処分場の性能について、大部分の物質的・地質的様相について遵守査定を行うことは可能である。」との見解である。 これに基づいて、NASは「地質的環境が長期にわたって安定していると考えられる期間内で、一番リスクが高くなる時にあわせた遵守査定を実施すること」を提言した。
この提言は他の処分場が候補になる場合にも影響を与えうるであろうが、問題の法律は、ヤッカマウンテン処分場にのみ適用されるということを認識しなければならない。 環境保護庁が核廃棄物処分施設の安全基準(40C.F.R. 191 - 訳者注:C.F.R. 連邦規制、40 環境保護 191 使用済み燃料、高レベル及びTRU放射性廃棄物管理と処分のための環境放射線防護基準)に通常適用する期間は、一万年である。 さらに、NASが言うところの「長期にわたり基本的な地質環境が安定しているタイムスケール」は処分場ごとに大きく異なるであろう。 たまたまNASは、このヤッカマウンテンの特殊なケースには、百万年が最適であると予測しているにすぎない。
一万年以上の「遵守期間」を設定することが実際に可能かどうかであるが、エネルギー省は、「一万年よりもずっと長い遵守査定期間を設定したような前例はなく、運用不能であり、おそらく導入不可能であろう」との見解であった。また、環境保護庁は、一万年想定の規則を採用するに際して、次のような見解を述べた。 「NASの提言にもかかわらず、現在の新型コンピューター・モデル開発力を考慮すると、数万年から数十万年までもの時間枠で、十分意味があり信頼できる予測ができるモデルの開発が可能かどうかは、いまだに不確定要素がかなり大きいと考える。たとえコンピューター・モデルにこうした時間枠の予測が可能だとしても、その予測が、行政の決定を左右するだけの意味のある、信頼できるものであるとは限らない。」
エネルギー省と環境保護庁が、核廃棄物の生産、規制、処分に果たす役割を考えると、両者がこのような物言いをするのはきわめて厚顔であると考えられる。 こうした廃棄物の中には、一万年以上もの間放射能が残存するものもある。連邦高裁は特に言及しなかったが、一万年経過後にこれらの廃棄物がどうなるかについて、たとえエネルギー省と環境保護庁が全然知らないとしても、両者はこうした廃棄物を作り、廃棄してよいと言っているのだ。
NASレポートの価値
NASのレポートは、ヤッカマウンテン建設阻止には非常に有効であることがわかった。 しかし、だからと言って、NASレポートの結論を鵜呑みにしても良いという事にはならない。15人のメンバーで構成されるヤッカマウンテン基準の技術的基礎に関する委員会のメンバーの一人、マサチューセッツ工科大学のトマス・H.ピグフォード教授は、委員会メンバーの大多数とは意見を異にした。 ピグフォード教授と他の幾人かのメンバーは、種々の理由でレポートを批判した。その理由の一つは、レポートが「自給農民シナリオ」を放棄していることである。 「自給農民シナリオ」が重要なのは、自給農民こそが将来最大の被曝を受ける可能性が高いからである。したがって、環境が彼らにとって安全ならば、他の人々にも安全だということになるだろう。 しかし、このシナリオを放棄することにより、実際には、許容レベル以上の被曝を受ける住民がいるのに、安全神話が創造される可能性が残るだろう。
NASレポートに対するもう一つの批判は、資源としての地下水保護を明確に打ち出していないことである。 レポートは、 「40C.F.R.191の個人の線量限度とは別途に、40C.F.R.191には、地下水を放射性物質汚染から保護する条項がある。こうした条項は、安全飲料水法に準拠するよう追加されたのであり、地下水を資源として保護することを目的としている。我々は地下水の保護についての提言は行わない。我々は、リスクを個人に限定するのに必要な要件に絞って提言をした。」(p.121)3
エネルギー・環境研究所(IEER)はこのNASの変心について次のように批判している:- 「環境保護庁がヤッカマウンテンの安全基準に地下水保護の明確な規定を含めなければ、危険な前例を作ることになるだろう。 産業界は、あらゆる放射性廃棄物処理、核兵器複合体や他の核汚染地域の浄化基準への拡大を堂々と求めてくるだろう。それは、国内の広大な地域での清浄水基準の放棄を意味するだろう。現在の規制緩和の風潮の中で、こうしたアプローチがすべての有毒物質に拡大されても不思議ではない。」4
さまざまな批判を心に留めて、NASレポートは慎重に活用する必要があるだろう。「Nuke Waste List」への最近のメッセージで、アージュン・マキジャニ2 (IEER所長、 前述の引用文の発言者)は、「連邦高裁が判決の拠り所としたNASレポートには、大きな抜け穴があり、地下水基準を別途規定するよう提言していない。したがって、まだ全面勝訴とは言えない。環境保護庁は、ひき返して基準を修正し、NASが残しておいた抜け穴をそのままにして通過できる」と警告している。
議会による修正
連邦高裁は、環境保護庁が「議会に対して、NASレポートからの逸脱への承認を求める」余地を残した。これにより議会は、環境保護庁が提起する一万年の遵守期間を承認する機会を得ることになるだろう。しかし、今のところ承認される見通しは少ない。
現在、議会は、ヤッカマウンテン建設の予算を審議中である。しかし、エネルギー省の予算要求に混乱があったため、次期会計年度では、予算は1億3千百万ドル(約130億円)へと大幅に削減されるだろう。 これは、エネルギー省の2005年度の予算要求金額よりも7億4千9百万ドル少ない。エネルギー省はヤッカマウンテン建設に毎年平均13億ドルを見積もっていたので、これにより、建設プロジェクトに大きなしわ寄せが来るだろう。
ネバダ州は、この秋のアメリカ大統領選挙と議会選挙では、「スウィング・ステート」(訳者注:勢力伯仲)であると考えられている。ネバダ州選出の議員全員を含め、圧倒的多数のネバダ州住民は、ヤッカマウンテン建設に反対である。民主党の大統領候補、ジョン・ケリーも建設反対の意向を表明している。副大統領候補のジョン・エドワーズは、最初は賛成票を投じたが、その後建設反対を表明した。このことは、ブッシュ大統領や共和党優勢の議会に暗黙の圧力をかけ、少なくとも大領選挙終了までは、ヤッカマウンテン・プロジェクトにこれ以上予算をつけないだろう。大統領選挙後は、誰が大統領に就任するかによるが、誰が大統領になろうと、議会から必要な承認を得るのは難しいだろう。議会はこれまで総じてヤッカマウンテン建設に賛成であったが、このところの事態の展開が、プロジェクトの潮流を変えたかもしれない。
その他の未解決の法的問題
ヤッカマウンテン建設にかかわる法的な問題は依然解決していない。第一に、環境保護庁もネバダ州も、敗訴した部分について上訴することができる。もし環境保護庁が、勝訴できる見込みがかなりあると判断すれば、上訴するのがおそらく一番簡単な問題解決方法だろう。
また、現在裁判所で審理中の他の関連訴訟もある。 電力会社は、永久的な貯蔵施設完成まで使用済み核燃料を保管する施設の建設を余儀なくされ、その損害賠償を求めている。20年以上前に、政府は電力会社と契約を締結して、発電所の使用済み核燃料を1998年以降引き受けると約束した。しかし、今日まで、政府は中核となる貯蔵施設の場所さえも決定していない。 今回の連邦高裁の判決は、政府や電力会社がかかえているこの問題の解決にはなんら貢献しなかった。
一方、エネルギー省は、連邦高裁の判決にもかかわらず、予定通り12月に、核廃棄物処分施設建設の許可申請を原子力規制委員会1 (NRC)に提出するとのことである。エネルギー省が法的に申請書を提出する6ヶ月前には、申請に関するすべての書類がインターネット上で公開されなければならない。エネルギー省は、6月30日にこのデータベースはすでに完成したと公言したが、これらの書類は、原子力規制委員会のホームページで使用可能なフォーマットで作成されていない。ネバダ州は、エネルギー省はまだ全必要書類を提出する準備を「完了しているとはとても言えない」として、エネルギー省に反論している。
結論
この裁判の本当の意義は、その判決が原子力産業に脅威を与えるという点である。原子力産業は、自らが生み出す核廃棄物の処分方法をまだ見出せずにおり、将来性はあまり無いだろう。 上院エネルギー・天然資源委員会の委員長を務める、ピート・ドメニシ(共和党 – ニューメキシコ州選出)上院議員は、原子力発電業界の強固な擁護者であり、 原子力発電業界の未来は危機に瀕しており、「連邦高裁の判決に踏みとどまれるかそれとも倒れるか」であると述べている。倒れることを期待しよう。
一万年の「遵守期間」について、この期間が科学的に妥当であるか妥当でないか、裁判所は判断を示さなかった。 裁判所は、NASレポートは慎重に取り扱うべきだとのみ指摘した。 すでに1995年に、NASレポートは、一万年の「遵守期間」は十分であるという考えは根拠の無いものとしている。 従って、科学的見地からは、高裁の判決は目新しくない。 しかしながら、裁判所はこの問題を強調することにより、一万年では不十分であるという議論により重要性をもたせた。NASレポートはヤッカマウンテン建設問題に特化して論じているが、このレポートで述べられた原則を、この裁判だけに限定するのはもはや難しいだろう。したがって、「遵守期間」に関しての連邦高裁の判断は、NASレポートがすでに1995年に先例を打ち立ててはいたが、これからこの先例を無視することは以前よりもっと困難になったという点で意義深い。
このまとめは、下記の引用文献および米連邦高裁の判決文(pacer.cadc.uscourts.gov/docs/common/opinions/200407/01-1258a.pdf )にもとづいている。
注:
1. 環境保護庁(EPA)は、住民の健康と安全基準策定を管轄。 エネルギー省(DOE)は、ヤッカマウンテンの設計・建設を所轄。 原子力規制委員会(NRC)は、ヤッカマウンテン建設許可申請の審査・認可を所轄。
2. アージュン・マキジャニの「Nuke Waste List」への2004年7月9日のメッセージから引用: 「…エネルギー省が1999年に核廃棄物技術調査委員会に対して計算した線量のピークは30万年後で、およそ200ミリレム、或いは、最大許容線量の十倍以上(私は、厳密な数字は持ち合わせておりません–対数グラフから200ミリレムという数字を読んでおります)でした。 エネルギー・環境研究所著、「デモクラティック・アクションのための科学 第7巻 No.3」ウエブ・サイトは、www.ieer.org/sdafiles/vol_7/7-3/yucca.html 」をご参照ください」
3. ヤッカマウンテン基準の技術的基礎に関する委員会著「ヤッカマウンテン基準の技術的基礎」 ナショナル・アカデミー・プレス社、ワシントンDC、1995年刊
4. 1995年秋、エネルギー・環境研究所著、「デモクラティック・アクションのための科学 第4巻 No.4」 に掲載されたアージュン・マキジャニ寄稿「全米科学アカデミーレポートに関する解説」