原発は温暖化防止に役立つのか(『通信』より)

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原発は温暖化防止に役立つのか(『通信』より)
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鮎川ゆりか
WWFジャパン( www.wwf.or.jp )

『原子力資料情報室通信』384号(2006.6.1)より

■1.気温上昇を2℃未満に

 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第3次報告(2001年)によると、世界の平均気温は、産業革命以来の100年間で、0.6℃上昇した。このままいくと100年後には、地球の平均気温は1.4℃~5.8℃上昇すると予測されている。

 すでに0.6℃の気温上昇の範囲内で、北極・南極の氷の融解、氷河の後退、異常気象の頻発などの影響が出ているが、同報告では、気温の上昇と共に悪影響が増し、危険性が高まっていくことを示している(図1)。しかし仮に2℃に上昇幅を抑えることができたとすると、さまざまな悪影響を少しでも免れうることがわかる。よって、地球の平均気温の上昇を産業革命前から2℃未満に抑えることにより、危険な温暖化の影響を防ぐことが、環境NGOを始め、多くの科学者の推奨するところであり、EU(ヨーロッパ共同体)は2℃未満を長期目標に掲げている。日本の環境省も、2℃未満に抑える考え方は、長期目標の検討のための出発点となりうる、としている1)

■2.「2℃未満」のための大幅削減の必要性

 しかし「2℃未満」に抑えることは、かなり難しい課題となっている。最近の研究では、現状で温室効果ガスの排出を止めたとしても、今までの排出分の効果により、さらに0.6℃の上昇は避けられないという2)。つまり、1.2℃までの上昇が避けられない中で、2℃未満に抑えられる猶予はあまりない。そのため、かなり大幅な削減を急速に行なわなければならない。日本の国立環境研究所は、2050年までに、世界の温室効果ガスの排出量を1990年レベルに比べ50%削減しなければならず、日本はそれ以上(60~80%)を求められうる、としている3)。EU環境理事会も、昨年3月に、2020年までに15~30%削減という中期目標を掲げた。すでにイギリスは、2050年までに60%削減、ドイツは80%削減を掲げている。

 しかし実際のところ、EUや日本も含め、排出量は増大しており、京都議定書の目標(先進国平均5%削減)すら、達成が危ぶまれている。そうした中での大幅削減を考えるとき、炭素固定技術とともに、原子力が当面の技術として、再び見直されてきているのである。

■3.原子力をめぐる世界の動き

 昨年11月、イギリスのブレア首相はイギリスの中長期エネルギー白書4)を見直すことを発表した。そしてその見直しには、新規原発の開発を促進させるかどうかを含む、と明言した。イギリスの中長期エネルギー白書とは、先に述べた2050年までにCO2を60%削減するという長期目標を定めたもので、2003年に発表された。その時点では、原子力はオプションには入っているものの、経済性、放射性廃棄物問題などから、「新しいカーボンフリーの電源としては魅力的な選択肢とはいえない」としていた。

 ブレア首相のスピーチを契機に、ヨーロッパでは脱原発を宣言したスウェーデン、ドイツ、イタリア、ベルギー、スペインでも「再考する」というような発言が出始めた。

 一方、昨年7月末、京都議定書に参加していないアメリカ、オーストラリアが中心となり、中国、インド、韓国、日本と「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ」協定が締結された。この協定は、クリーンで効率的な技術の開発・普及を通して気候変動問題などへの対処を目的としている。第1回会合が今年の1月初め、シドニーで開かれたが、そのコミュニケには、「我々は、再生可能エネルギーおよび原子力が世界のエネルギー供給に占める割合が増加していくことを認識した」と書かれた。

 またアメリカは3月2日、インドと核技術協力協定を結び、世界を驚かせた。インドは核保有国だが核不拡散条約(NPT)に加盟していない。にもかかわらず、その軍事利用には目をつぶり、民事利用の分野だけをIAEA(国際原子力機関)の査察下におき、支援をすることにしたのである。

 アメリカは、1970年代以降、新しい原発の受注はないが、ブッシュ政権はこの状況を変えようと、新規原発を建設しやすくしたり、補助金を増やしたりしている。またカーター政権時代に、核不拡散の観点から中止していた民事利用の再処理を再開する方針を、今年2月発表した。

■4.原子力は「京都メカニズム」で認められていない

 原子力の最大の問題は、膨大な放射性廃棄物の処分方法が確立されていない点である。放射性廃棄物の中には、毒性が半分になる半減期が24000年と永い物質が含まれている。また、ウランの採掘から、燃料製造、原子炉での燃焼、再処理、放射性廃棄物処理・処分など核燃料サイクル全般にわたって、通常運転時でも放射性物質の放出や汚染がある。そしてひとたび事故が起こるか、テロの対象となったら、取り返しのつかない事態を招く。さらに核拡散の危険性もある。

 京都議定書では、京都議定書の約束達成のために海外でプロジェクトを行ない、削減した分を自国の削減分とできる「京都メカニズム」と呼ばれる柔軟性措置がある。しかし上述した点から、プロジェクトの対象として、原子力発電は「差し控える」と規定されている。

■5.それでも温暖化防止に役立てられるとしたら

 2004年末現在、世界には440基の原発が稼動している。しかしシュナイダー&フロガットの「世界の原子力産業の現状2004年」報告5)によると、これらは平均で21年経過している。原発の寿命を40年と見た場合、現在の原発の設備容量を維持するためだけにも、今後10年間に82基の新しい原発を稼働させなければならない。しかし新規原発は減っていて、過去12年間の平均増加率は年1.5基である。また原発を建設するのに、リードタイムが平均10年くらいかかるため、10年間に82基は非現実的な数字である。さらに20年後には280基の新しい原発が必要であるとしているが、ますます現実から遠のく。

 アメリカ、プリンストン大学教授のロバート・ソッコロー氏は、世界のCO2排出量を、「安定化のための7つのウェッジ(楔=三角)」を用いて、2054年に2004年レベルで安定化することを提案している6)。そのシナリオと言うのは、このまま何もしないと世界のCO2の排出量は炭素換算で140億トンとなり、これを現状の70億トンに安定化するために、7つのウェッジを用いようというものである。1つのウェッジは毎年10億トンの炭素を50年間削減し、合計250億トンの炭素削減に相当する(図2)。その7つのウェッジの1つを原子力で賄おうとすると、世界で新たに100万kW級原発を700基必要とする。これは世界中に建設されることが前提で、世界は果たしてそうした事態を受け入れられるのか、と氏は疑問を呈している。

 アメリカ、ワシントンをベースとする天然資源防護協会(NRDC)は、「原子力発電が、温暖化防止に少しでも役に立つとしたら、世界の原子力規模は、現在の440基をこの数十年間に、数倍に増やさなければならない」としている7)。これはつまり、世界中に新しいウラン濃縮工場を12、使用済み核燃料を貯蔵する地中設備を同じくらいの数必要とし、またウラン採掘場の大幅拡大を行なわなければならないことを意味する。そして現状では、民事利用から軍事利用への転用を防ぐ国際的枠組みが不十分で、使用済み核燃料を長期的に貯蔵する地中設備が世界中に1つもないことを警告している。

■6.原発は温暖化の解決にならない

 そもそも原子力は、ベースロード電源にしかならないので、エネルギーをたくさん使う方向へ社会を導いていく。さらにピーク時電力需要を満たすために、火力発電を必要とし、その分CO2排出は増える。つまり、脱温暖化社会を目指す省エネルギー型の社会構造への転換をもたらすエネルギー源とはいいがたいのである。日本は現在、55基の原発が運転されているが、CO2排出も世界で第4位の大規模排出国である。

 また人間生活は、電気とともに熱を必要とする。熱は電気で供給されたとしてもピーク需要なので、化石燃料で供給されることになる。その場合、原子力(電気)+熱(化石燃料)の組み合わせより、天然ガスコージェネレーション、さらにバイオマスで電気と熱の両方を供給する方が、CO2排出は圧倒的に少ない8)

 経済的観点からも原子力は、さまざまな補助金など、見えないコストを含めると非常に問題性が多いことは原子力を推進しているIAEAも認めるところであり、炭素制約社会になっても原子力産業に「ルネッサンスが起こるというのは、時期尚早である」と述べている9)。建設の遅延、政治的、行政的手続きの困難さなどによる投資リスクも高い。

■7.分散型エネルギー社会を

 アメリカのロッキーマウンテン研究所エイモリー・ロビンス所長は、「原子力:その経済性と温暖化防止の可能性」というペーパー10)で、オンサイト(エネルギーを利用する現場)におけるコジェネレーションやエネルギーの効率利用の方が、遠距離から送電する原子力や化石燃料技術より圧倒的に経済性がある、と主張している。氏は経済性、CO2排出削減の観点からだけでなく、設置のスピードからも、原子力は、風力などの自然エネルギー、エネルギーの効率利用など分散型エネルギーに勝てない、としている。また大量生産によって価格が下がるラーニングカーブ効果も分散型の方が断然強い。氏は別のペーパー11)で、2004年に世界に設置された分散型コジェネレーションと自然エネルギー設備は、同年加えられた原子力発電の設備容量の5.9倍で、発電電力量も2.9倍だったことを示している。

 そもそもエネルギーの大半は、排熱として廃棄されている。日本でも1次エネルギー供給のうち、有効利用されているのは34%にすぎず、66%は廃棄されている(1998年)12)。廃棄されている熱を発電・暖房・給湯に使うコジェネレーションだと70%、さらにその熱を冷房に使うトライジェネレーションだと90%以上の効率が得られる13)という。コジェネレーションは暖房・給湯にしか使えないので、日本には限界があるといわれてきたが、トライジェネレーションで、冷房にも使えるとなると、夏が暑い日本にも大いに利用できる技術となる。その他風力、日本の得意とする太陽光発電、豊かな森林を使ったバイオマス発電、四方を囲まれている海の海洋温度差発電、地震大国であるが故の地熱など、日本は自然エネルギーに恵まれている。それに加え、自然エネルギー由来の水素をベースとした燃料電池などの水素社会も、可能性が大いにある。グリーンピースは、すべてのビルや家屋、工場、車などを発電所にしてしまうエネルギービジョンを打ち出している14)が、大いに賛同できる。これにより、遠隔地から大量の電気を送る高圧送電網が必要なくなり、その建設費、送電コスト、送電ロスもなくなる。

 温暖化防止につながる脱炭素社会は、分散型のエネルギー効率利用によってこそ、もたらされるものである。分散型電源は、大規模集中型のように、大規模なバックアップ電源を必要としない。また分散型はテロの攻撃対象にもなりにくく、国産エネルギーでもあることから、エネルギー安全保障の観点からも安心である。エネルギーを分散型にし、地産・地消することにより、エネルギー消費、CO2排出の両方を大きく削減できる。ロビンス氏を待たずとも「何よりも、温暖化を防止しようとするならば、無駄な金は一銭たりとも使わず、また時間も一時たりとも無駄にしない選択肢を選ぶべきであり、その点で原子力は、最も効率の悪いオプションである」のである。

1) 気候変動問題に関する今後の国際的な対応について第2次中間報告環境省中央環境審議会地球部会気候変動に関する国際戦略専門委員会(2005年5月)

2) "Earth's Energy Imbalance:Confirmation and Implications", James Hansen et al. Science Vol. 308, 3 June 2005

3)脱温暖化2050研究プロジェクト「日本における脱温暖化社会ビジョンと実現に向けた取り組み」藤野純一、2006年2月16日, http://2050.nies.go.jp/

4) "Our energy future-creating a low carbon economy" Dept. of Trade and Industry, UK Government, February, 2003

5)"The World Nuclear Industry Status Report 2004", Mycle Schneider & Antony Frogatt (Commissioned by Greens-EFA Group in the European Parliament, December, 2004)

6) "Solving the Climate Problem," by Robert Socolow, Roberta Hotinski, Jeffrey B. Greenblatt, and Stephen Pacala, Environment, December 2004

7) "Position Paper: Commercial Nuclear Power" by Thomas B. Cochran, Christopher E. Paine, Geoffrey Fettus, Robert S. Norris, Matthew G. McKinzie of Natural Resources Defense Council, October, 2005

8) WWF報告「気候変動と原子力発電」(マイケル・シュナイダー著、2000年)http://www.wwf.or.jp/activity/climate/lib/nuclear/rc2.pdf

9) "Nuclear Power Revival:Short-Term Anomaly or Long-Term Trend?", by Hans-Holger Rogner and Alan McDonald of IAEA at the 30th Annual Symposium of the World Nuclear Association, September, 2005

10) "Nuclear power:economics and climate-protection potential", by Amory B. Lovins, September,2005, updated December, 2005

11) "Security Meltdown," by Amory B. Lovins, June, 2005

12) 「日本のエネルギー供給・消費のフローチャート」、平田賢、「21世紀:『水素の時代』を迎えて」、社団法人エネルギー・情報工学研究会議、2004年10月15日号

13) "Trigeneration Advantages for Commercial & Industrial Clients", Trigeneration Technologies, http://www.cogeneration.net/Trigeneration.htm

14) "Decentralising Power: An Energy Revolution for the 21st Century", by Greenpeace UK, July, 2005

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