【原子力資料情報室声明】人のふんどしで相撲を取る原子力業界

人のふんどしで相撲を取る原子力業界

―米国など22か国の原発3倍宣言についてー

2023年12月5日

NPO法人原子力資料情報室

ドバイで開催中のCOP28において、米国や英国が主導して2050年までに世界の原発設備容量を3倍にするという宣言を発表した[i]。参加国は、米国、ブルガリア、カナダ、チェコ、フィンランド、フランス、ガーナ、ハンガリー、日本、韓国、モルドバ、モンゴル、モロッコ、オランダ、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、スウェーデン、ウクライナ、アラブ首長国連邦、英国の22か国である。

 IEA(国際エネルギー機関)が今年10月に発表したWorld Energy Outlook 2023のAnnounced Pledge Scenario(APS、各国の公約実現シナリオ、2100年に1.7℃の気温上昇に相当)によれば、これらの国々が帰属する地域のうち、原発の発電電力量が3倍以上になるエリアは中東、アフリカのみだ。それらも全体から見れば微々たる量であり、大幅な伸びが期待されているのは中国およびインドである(図1)[ii]。今回の宣言は設備容量であり、発電電力量とまったくイコールになるわけではないが、概ね比例関係にある。日本も含め、宣言国の多くは自国では増やすつもりのあまりない原発を世界では3倍にするのだという。まったくあきれるほかない宣言だ。 

 ところで、この宣言では原発設備容量を3倍にするための環境整備として、現在、原発関連プロジェクトを融資対象としていない世界銀行やその他の金融機関に対して、原発を融資対象とするよう働きかけるという。では、どのような国が原発を導入しようしているのか。

 COP28に先立ちパリで開催されたWorld Nuclear Exhibitionで11月28日、IAEA(国際原子力機関)のグロッシー事務局長は数年以内に12~13か国が新しく原子力諸国の仲間入りをするだろうとし、ガーナ、ケニア、モロッコ、ナイジェリア、ナミビア、フィリピン、カザフスタン、ウズベキスタンがその候補であると発言した[iii]

 図2にIAEAが名前を挙げた候補国と今回の宣言に参加した国で原発未導入の国の国家歳出額と近年の原発導入コストを示した。大半の国で原発の導入コストが国家歳出額を上回っていることがわかる。比較的導入コストが低いとされる小型モジュール炉であるNuScaleのプロジェクトでさえ100億ドル近い。なお、このプロジェクトのコストは出力比で考えれば他の大型軽水炉の足元にも及ばない。

 この候補国のうち、ガーナは2022年に債務不履行に陥った。またIMFによれば世界の70の低所得国のうち、ケニアを含む26か国が過剰債務に陥るリスクが高いとされている[iv]。その他の国でも、国家の歳出規模に匹敵または上回るようなプロジェクトに支出すれば、当然、財政はひっ迫する。

 原発はその本質的な危険性から導入国の社会・経済が安定している必要がある。しかし、財政基盤がそれほど大きくない国に原発を導入しようとすれば、巨額の債務を抱えることになる。そして過剰な債務が国家を不安定化させた事例は枚挙にいとまがない。

 原発は初期投資が高すぎて自国で増加させるあてがあまりない。そこで財務基盤のそれほど大きくない国へも輸出したい。その際、世銀などが比較的低利で融資するよう圧力をかける。というのが今回の宣言である。

 図3にIPCCのシナリオに基づく原発と再生可能エネルギーの発電ミックスに占める比率をIAEAが分析したグラフを示した[v]。これによれば、1.5℃目標を達成できるシナリオは大きく3パターンあることがわかる。すなわち①再エネ80~100%程度・原子力0~10%程度、②再エネ60~70%程度・原子力10%程度、③再エネ35~45%程度、原子力25~30%程度、である。IAEAが自ら認めている通り、原発の比率を高めれば再エネの比率が下がるのだ。IAEAは原子力の出力調整運転を推している[vi]。しかし理論的・技術的に可能であることと、それが経済的に可能であるかは全く別の問題だ。原発は初期投資が極めて高く、燃料費が安い。その高い初期投資を長期に安定運転できてようやく回収できる電源だ。つまり頻繁に出力調整運転していては採算が合わない。だが、再エネ比率が高まった世界では頻繁に出力調整が必要になる。だから原子力と再エネはそもそも相性が悪い。そして、再エネ比率が高い方が1.5℃シナリオや2℃シナリオの点が明らかに多い。原発と再エネは相反する関係性にあるうえ、原発を増やすことは気候危機対策としてリスクが高い。

出典:https://www.iaea.org/sites/default/files/iaea-ccnp2022-body-web.pdf

 今回の原発3倍宣言以外に、COP28では、EU主導で118か国が参加した、再エネの設備容量を3倍、エネルギー効率改善率を現在の2%から4%に倍増するという誓約も発表された[vii]。この目標年は2030年である。原発は計画から運転開始まで20年、場合によってはもっと長時間かかることもある電源だ。今、必要とされる脱炭素の役には立たない。原発3倍宣言が目標年を2050年としていることからも明らかなとおり、原発は脱炭素を遅らせる。

 World Energy Outlook 2023によれば、今回の宣言に参加しなかった中国とインドは、2022年はそれぞれ418TWh、50TWhだったのが、APSシナリオで1,483TWh、355TWhへとそれぞれ3倍以上増加すると見込まれている。しかし、これも大きな疑問だ。中国の原発は急増しているとされているものの、その増加スピードは減少している。インドは多くの建設計画があるもののほとんどは遅延しているか、着工にもたどり着いていない。

 今回の宣言はきわめて無責任かつ非倫理的だといえる。気候変動対策の名の元、自国の原子力産業の生き残りのために、コスト高で導入に時間がかかり、気候変動対策にもならない原発を比較的ぜい弱な国に売りつけようとしている。しかも宣言した国の多くは日本も含め自国に導入する余地もほとんどないのだ。3倍にするのは宣言に参加していない別の国なのだ。「人のふんどしで相撲を取る」を絵にかいたようだ。そしてその絵に実現可能性はない。

以上


[i] www.energy.gov/articles/cop28-countries-launch-declaration-triple-nuclear-energy-capacity-2050-recognizing-key

[ii] www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2023

[iii] www.reuters.com/business/energy/iaea-says-dozen-countries-be-equipped-with-nuclear-power-2023-11-28/

[iv] www.imf.org/external/pubs/ft/dsa/dsalist.pdf

[v] www.iaea.org/sites/default/files/iaea-ccnp2022-body-web.pdf

[vi] www.iaea.org/publications/15098/nuclear-renewable-hybrid-energy-systems

[vii] ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_6053

原子力資料情報室通信とNuke Info Tokyo 原子力資料情報室は、原子力に依存しない社会の実現をめざしてつくられた非営利の調査研究機関です。産業界とは独立した立場から、原子力に関する各種資料の収集や調査研究などを行なっています。
毎年の総会で議決に加わっていただく正会員の方々や、活動の支援をしてくださる賛助会員の方々の会費などに支えられて私たちは活動しています。
どちらの方にも、原子力資料情報室通信(月刊)とパンフレットを発行のつどお届けしています。