東北電力女川原発2号機再稼働をめぐる報道ファクトチェック
10月29日、東北電力女川原発2号機が再起動した。その後、トラブルで停止したが、当初計画では11月上旬に発電を再開させる予定だった。
女川原発2号機の再稼働をめぐる多くの報道の中で、当室は2つの記事に大きな疑問を覚えた。一つは産経新聞の「東北電力女川原発2号機が再稼働、火力燃料費は年600億円減 経営に追い風」[i]という記事、もう一つは日本経済新聞の「原発2割目標、女川再稼働でも遠い12基分 与党大敗が影」[ii]という記事だ。
まず日本経済新聞の記事から確認しておこう。同記事では、「AI・半導体で電力需要は急増」と見出しを付けたうえで、「電力広域的運営推進機関によると、必要な電力規模は33年度には23年度比で537万キロワット増える。データセンターや半導体工場の新増設で、日本全体の電力需要が3%膨らむ計算だ」と説明したうえで、図1を示している。
作為のある見せ方だ。縦軸が0から始まっておらず、8000億kWhから8600億kWhの部分だけを拡大表示している。そこで同じ元データ[iii]を使って縦軸が0kWhから始まるグラフを書き直した(図2)。グラフ全体を見れば、電力需要はこの20年間、基本的に横ばいであるということがわかる。
実は日本経済新聞のグラフの出典である電力広域的運営推進機関の資料[iii]でも図1とほぼ同じグラフが掲載されている(図3)。説明も「人口減少や節電・省エネなどの減少影響よりも経済成長やデータセンター・半導体工場の新増設が続くため、2033 年度にかけても増加するものと想定」と、記事と同趣旨の説明となっている。
IEA(国際エネルギー機関)が先日発表したWorld Energy Outlook 2024[iv]にはデータセンターの電力需要推計が示されていた(図4)。これによれば、データセンターの電力需要が全体の電力需要増に占める割合はわずかなものであることが示されている。
変化を強調したい気持ちも理解できなくはない。だが、図2に示した通り日本全体の電力需要が横ばいであることは一目瞭然だ。しかも少し資料をみれば、前回想定では2023年の需要電力量が8309億kWhと見込んだところ[v]、実際の需要は8026億kWhとおよそ300億kWhも下回っていることもわかる。前年比-3.4%だから、この記事の見出しでいけば「急減」と言ってもよいレベルの減少だ。わずか1年先ですら見通すことが難しいことがわかる。そして、長期的にはIEAレポートに基づけば、データセンターの電力需要は電力需要増加のほんのわずかな要因となるに過ぎない。データセンターの電力需要増加を誇張することは読者の誤解を招く。
次に、産経新聞の記事を検証しよう。同記事では、「再稼働したことで、液化天然ガス(LNG)や石炭など火力発電の燃料費を2025年度に年間約600億円削減できる見通し」、「(安全対策工事にかかる)合計7100億円にのぼる費用は、再稼働後に月間30億円程度の減価償却費として一定期間計上」、「再稼働による火力の燃料削減の効果を月70億円と見込んでおり、順調に稼働すれば、投資費用を回収した上で、収益改善を積み重ねることができる見通し」と説明している。
この数字を確認していこう。一般に原発は13か月運転し3ヵ月停止して点検するサイクルを繰り返す。11月頭に再稼働した女川原発2号機の場合、仮に順調に稼働したとすれば2025年11月末まで稼働し、2026年2月まで定期点検、3月から再稼働、というスケジュールになる。その場合、2025年度の設備利用率は75%となる。女川原発2号機の設備容量は82.5万kWなので、発電電力量は54.2億kWhとなる。実際には11月3日に行った中性子計測器の校正用機器の引き抜きで不具合が生じ、原子炉を再停止[vi]しているため、さらに発電電力量は減る可能性がある。
現在の卸電力市場価格は12.40円/kWh(東北エリア価格の2024年4月~10月平均)のため、卸電力市場で購入していた電力を原発の電力に差し替えたとして、約660億円の削減になる。産経新聞の報道では火力発電の燃料費を年間600億円削減とあるので、もう少し安く見積もっているのかもしれない。
一方、原発再稼働によるコスト増加はどうなるのだろうか。2023年に東北電力が電気料金を値上げした際の資料[vii]が参考になる。これによれば、再稼働した女川原発2号機は3年間の平均で38.67億kWhを発電することになっている。設備利用率は54%となる。この時、核燃料費(燃料費減損額)が23億円、安全対策工事費相当額が213億円、修繕費が80億円、原子力バックエンド費が83億円、租税公課が40億円増加すると見込まれている(図5)。
安全対策工事費や修繕費、租税公課は発電電力量で変化しないが、核燃料減損額および原子力バックエンド費用は運転に応じて変化する。そこで、これらの金額が発電電力量に比例して変化すると仮定して、設備利用率75%の場合の費用を算出すると、それぞれ32億円、116億円となる。また、2023年度申請時の安全対策工事費相当額は213億円だが、これには特定重大事故等対処施設、いわゆる対テロ施設の費用は含まれていない。産経新聞の報道では、その額を含んだ費用である7100億円の減価償却費用が月額30億円とあるので、年間360億円になることがわかる。これらを合計すると、再稼働による追加費用合計は628億円となる[viii]。
つまり、女川原発2号機再稼働による値下げ効果は660億円、または産経新聞の報道では600億円、一方、再稼働によるコスト増は628億円のため、コスト削減効果はほとんどないか、むしろ再稼働によってコストが増加することすら想定できることになる。極めて単純な計算だが、東北電力の説明が奇妙であることがわかるだろう。
東北電力は女川原発2号機再稼働をうけて「電気料金の一時的な割引や『よりそうeポイント』での還元を検討している」と発言している[ix]。これも奇妙な話だ。2023年の値上げの際に、女川原発2号機の再稼働は2024年2月を前提にして値上げ幅を圧縮したはずだ。だが実際には9か月遅れた11月に再稼働となっている。もし原発が火力発電費や外部電源調達費よりも安価なのであれば、相当額の持ち出しとなっているはずということになる。仮にそれでも利益が出ているということであれば、2023年の値上げ時に「最大限の経営効率化の実施」[x]と説明していたことと齟齬が出てくる。もし採算度外で値下げするなら、原発による値下げ効果を演出するために株主利益を毀損していることになる。いずれにせよ問題が多い。
今回、簡単な検証を行っただけだが、この2つの記事に大きな問題があることが確認できた。報道機関には、単に、国や事業者の言い分をそのまま垂れ流すことではなく、その内容の正当性を評価することが求められる。国民の知る権利に奉仕するという重要な役割を今後も果たしていくために、マスメディアにはぜひ襟を正していただきたい。
(松久保 肇)
[i] 東北電力女川原発2号機が再稼働、火力燃料費は年600億円減 経営に追い風. 産経新聞. 2024-10-29, 産経新聞, www.sankei.com/article/20241029-WTBHE5XRHNM73M4XSYMAHMCS44/, (参照 2024-11-05).
[ii] 原発2割目標、女川再稼働でも遠い12基分 与党大敗が影. 日本経済新聞. 2024-10-29, 日本経済新聞, www.nikkei.com/article/DGXZQOUA232TZ0T21C24A0000000/, (参照 2024-11-05).
[iii] 電力広域的運営推進機関. 全国及び供給区域ごとの需要想定(2024年度). 電力広域的運営推進機関. 2024-1-24, www.occto.or.jp/juyousoutei/2023/files/240124_juyousoutei.pdf, (参照 2024-11-05).
[iv] Internationl Energy Agency. World Energy Outlook 2024. Internationl Energy Agency. 2024-10, www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2024, (参照 2024-11-05).
[v] 電力広域的運営推進機関. 2023年度 全国及び供給区域ごとの需要想定について. 電力広域的運営推進機関. 2023-1-25, www.occto.or.jp/juyousoutei/2022/230125_juyousoutei_2023.html, (参照 2024-11-05).
[vi] 東北電力. 女川原子力発電所2号機の設備点検に伴う原子炉停止について. 東北電力. 2024-11-3, www.tohoku-epco.co.jp/news/atom/1245845_2549.html, (参照 2024-11-05).
[vii] 東北電力. 査定方針に基づく補正結果について. 東北電力. 2023-5-17, www.tohoku-epco.co.jp/ryokin2022/document/pdf/45-1_20230517.pdf, (参照 2024-11-05).
[viii] 発電電力量の増加に伴い法人税の増加が、また特定重大事故等対処施設の供用開始に伴い固定資産税の増加が見込まれるがここでは考慮していない。
[ix] 東北電力社長、女川原発再稼働で「一時的な料金割引も」. 日本経済新聞. 2024-10-31, 日本経済新聞, www.nikkei.com/article/DGXZQOCC29CSJ0Z21C24A0000000/, (参照 2024-11-05).
[x] 東北電力. 小売規制料金見直しの概要. 東北電力. www.tohoku-epco.co.jp/ryokin2022/summary/, (参照 2024-11-05).