RABモデルを理解する 原子力事業環境整備と国民へのリスク転嫁

『原子力資料情報室通信』第605号(2024/11/1)より

第7次エネルギー基本計画の策定に向けて、経産省の審議会で議論が行われている。今回のエネ基の大きな焦点は、これまでエネ基に記載されてきた「可能な限り原発依存度を低減」という文言を削除するかどうかと、原発を含む脱炭素電源の支援をどうするかという問題だ。

2012年に創設され、累次の修正を重ねてきた再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度、2020年の容量市場(電源維持費の消費者転嫁)の創設、2023年の長期脱炭素電源オークション(新設大型電源の固定費消費者転嫁)の追加など、既存・新設電源への支援策は増えてきた。だが、特に大型電源を抱える発電事業者らはこれではまだ足りないと、原子力の事業環境整備を求めている。

事業環境整備といっても漠然としていて何のことかわからないだろう。筆者もそうだ。その意味するところはその時々によって変化する。例えば、2015~16年にかけて行われた経産省の原子力事業環境整備検討専門ワーキンググループで議論されたのは再処理事業の安定性の確保だった。一方、今、原子力小委員会で審議されているのは、原発新設や既設原発の維持のための課題である。

事業者らの状況認識は ①既設の安全対策投資にすでに巨額の費用を投じ、今後も必要になる ②原発新設の費用は一基6200億円と見積もられているが上振れる可能性がある ③巨額の投資が必要かつ回収期間が長期に亘るが、自由化後は投資回収予見性が低下 ④巨額の投資を行う中で、有利子負債が膨れており、資金調達が難しくなっている ⑤新設が途絶える中で原子力サプライチェーンが劣化している、というものだ。そして、そのような状況の中で、「民間活力を生かしながら、原子力事業に取り組んでいく所存であるが、こうした民間の取り組みを後押しするためには、投資・コスト回収予見性や事業収益性を確保することは大前提。そのうえで、円滑なファイナンスが可能となる資金調達環境整備について、早急にご検討いただきたい」(40回原子力小委資料3)と要求している。

どこの民間事業に投資回収予見性や事業収益性が確保された事業があるのか、と率直に思う。どのような民間事業でも収支計画を立てて投資判断を行うが、確実な予見性など当然だが誰も持たないので、損失が発生することもあり得る。そもそも、原発新設を国の政策とすることは、原子力事業者が要求してきたことだ。国の政策に盛り込ませたら、次はそのコストも国丸抱えでやりたいというのだ。

FIT-CFD RABモデル前史

その原子力事業環境整備の目玉となりうるものが英国で導入されているRAB(Restricted AssetBase、規制資産ベース)と呼ばれる制度だ。水道事業など公益性の高い事業で導入されていた制度で、当該事業にかかる費用をほぼすべて消費者に転嫁できる点に特徴がある。制度を少し詳しくみてみよう。

もともと英国では原発新設に対して、FIT-CFDと呼ばれる制度が導入され、ヒンクリーポイントC原発(2基、320万kW)ではこれが適用された。FIT-CFDとは一定の固定価格を設定し、発電した電気の売電価格との差額を発電事業者側に支払うというものだ。風力発電などにも導入されており、たとえば2023年に落札した着床式の洋上風力発電(2026-27運開予定)の固定価格は37.35ポンド/MWhだった。一方、2013年に締結されたヒンクリーポイントC原発の契約では固定価格は92.5ポンド/MWhとされた。この価格はインフレ率に応じて変更されるので、現在の価格で考えるとおよそ130ポンド/MWhだ。2013年当時、運転開始は1号機が2023年の予定だったが、現在は2029~31年となっている(ちなみに建設費は2基で最大9兆円程度!)。原発は洋上風力の約3.5倍の価格と6倍の時間を要している。

ヒンクリーポイントC原発のコスト上昇要因として、英原子力産業界は、原発事業のリスクが大きく、その分、金利が上がっているためだという。そこで、RABモデルが登場する。

図1 許可収入の計算方法 1)

図 2 RABモデルでのプロジェクト期間に対する投資回収の流れ 2)

RABモデル

RABモデルが適用された原発は、事業会社が原発の建設と運転をする代わりに、許可収入(AllowedRevenue)を得る。この許可収入の計算方法は図1に示した通りだ。すべては説明しないが、資本利益は説明が必要だろう。WACCとは加重平均資本コスト、要するに、期待投資利回りのこと、RABは対象となる規制資産額、ここでは原発の資産価格だ。つまり事業に投資した事業者や投資家の利益のことを指す。図2に原発への総投資額の推移と対応する許可収入の変化を示した。建設期間中は規制資産の増額①とともに許可収入が増加⑤、運転開始とともに減価償却が始まり②、その分許可収入も増える⑥。減価償却が進むと規制資産が減っていくため、その分資本利益は減る。老朽化につれ改修工事などで追加投資を行うと、その分規制資産が増え③、許可収入も増える。最終的には廃炉とともに許可収入の流れも終わる④。その間廃炉費用などは恒常的に許可収入に織り込まれて回収される⑦。

英国の場合、この制度でかかる費用はFIT-CFDと同様に小売電気事業者から使用電力量に応じて徴収、小売電気事業者は自社の顧客に転嫁している。

英国の原子力業界の主張はこの制度により、安定的な収入が確保できるので、金利を減らすことができるという。だが、原発コストの上昇要因は金利だけではなく、建設期間の長期化、建設費の上振れなど多岐にわたる。結局、利益は確実に確保しながら、そうしたリスクを消費者に押し付けているに過ぎない。今回のエネ基ではおそらく原発単体ではなく、「脱炭素火力」も含む脱炭素電源への支援が必要と記載して、数年後に消費者に理解できない複雑な制度を導入する腹積もりだろう。このようなやり口を許してはならない。

(松久保 肇)

1) assets.publishing.service.gov.uk/media/5fd725b0e90e076630958eb1/rab-model-for-nuclear-consultation-.pdf
2) consumer.scot/publications/public-information-note-on-nuclear-rab-and-sizewell-c-html/

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