最高裁 国の責任を否定 “津波対策を命じても防げず”

『原子力資料情報室通信』第577号(2022/7/1)より

原発被害救済千葉県弁護団長 福武 公子

 2022年6月17日、最高裁は、福島・群馬・千葉・愛媛の4訴訟について、国が東電に対して津波対策を命じなかった規制権限の不行使が違法になるか否かという唯一の論点に対し、国家賠償責任法1条1項に基づく損害賠償責任を負わない、と判示した。

 福島原発事故は、地震で外部電源を失ったために起動した非常用電源装置が敷地高を越えて押し寄せた津波によって機能を失い、炉心冷却ができなくなって炉心溶融が起き、膨大な量の放射性物質が飛散した事故である。住民は、①国の機関である地震調査研究推進本部が2002年に公表した長期評価に基づいて計算すれば、津波高が原子炉建屋やタービン建

屋のある敷地高を超えることが分かるから、非常用電源装置は機能を失って事故が起きると予見することは可能であった、②防潮堤を築くだけでなく、主要建屋や主要機器室の水密化をしていれば本件事故を防ぐことはできた、と主張した。

 それに対して国は、①長期評価は原子力規制に取り入れるべき精度・確度を備えた正当な見解として是認されるような知見ではなかった、②仮に長期評価を基にした試算に対して津波対策を立てたとしても、敷地の南側からのみ津波が来るとの試算に対しては南側だけに防潮堤を設置することになるから、規模や津波到来の方向が全く異なった本件津波に対しては効果がなく、事故を防ぐことはできなかった、と主張した。

 

最高裁は予見可能性については明確な判断を避けた

 最高裁は、試算津波に対しては、「明治三陸地震の断層モデルを福島県沖等の日本海溝寄りの領域に設定した上、津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って上記断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し、本件敷地の海に面した東側及び南東側の前面における波の高さが最も高くなる津波を試算したものであり、安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であったといえる」と判示した。

 長期評価については、詳細に検討した上で信頼性があると積極的に判断したわけではなく、ただ、長期評価を取り入れた一つの試算が合理性を有するといっているだけである。しかし積極的な排除はしていないので、読みようによっては、長期評価自体には信頼性が一応はあると判断しているようにも思われる。

 しかし、予見可能性というのは、津波がどの方向からどの程度の高さで到来するのかという自然現象についてのみ考慮すればよいのではない。敷地高を超える津波が到来した場合に、重要機器が置かれている建物や部屋には、扉・配管貫通部・空気取入口などの開口部があり、そこから海水が入り込んで非常用電源装置を水没させて機能を停止させる可能性があることを予見する可能性があったかどうかである。佐藤一男元原子力安全委員会委員長は、『原子力安全の論理』の中で、「危険とは、人間の生命、健康あるいは財産に、有意な損失を生じさせるような状況が発生する可能性である」と述べている。

 最高裁判決は「経済産業大臣が規制権限を行使していた場合には、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高いということができる」と述べているので、自然現象に関する予見可能性だけはあったと判断しているように思われる。

 

最高裁は防潮堤唯一論を採用した

 最高裁は、「本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合、防潮堤等を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することを基本とするものであった。」「防潮堤等を設置するという措置を講ずるだけでは対策として不十分であるとの考えかたが有力であったことはうかがわれず、その他、本件事故以前の知見の下において、上記措置が原子炉施設の津波対策として不十分なものであったと解すべき事情はうかがわれない。従って、本件事故以前に経済産業大臣が上記の規制権限を行使していた場合に、本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置に加えて他の対策が講じられた蓋然性があるとか、そのような対策が講じられなければならなかったということはできない」と判示した。

 しかし、その当時、フランスのルブレイエ原発の浸水事故の後、防潮堤に加えて、重要機器室の水密化が図られていたし、東海第二原発や浜岡原発では、一部とはいえ建屋・重要機器室の水密化が図られていたのである。何重にも安全対策がなされることを要求する多重防護の思想は、世界的にも広く受け入れられていたのであり、非常用発電設備など重要機器について、一つだけ備えればよいとするのではなく、多重性・多様性・独立性が求められていることはその一つの表れである。最高裁判決は、日本の規制組織の貧相な実態をそのまま是認するものである。

 

最高裁は実際の津波地震が想定津波を越えていることを過度に強調する

 最高裁は、「長期評価が今後発生する可能性があるとした地震の規模は、津波マグニチュード8.2前後であり、主要建屋付近の浸水深は、約2.6m又はそれ以下とされた。津波の高さは、本件敷地の南東側前面において本件敷地の高さを越えていたものの、東側前面においては本件敷地の高さを超えることはなく、試算津波と同じ規模の津波が本件発電所に到来しても、本件敷地の東側から海水が本件敷地に浸入することは想定されていなかった」と記載した上で、本件津波については、「震源域は、南北の長さ約450㎞、東西の幅約200㎞に及び、その最大すべり量は50m以上であった。本件地震の規模は、我が国の観測史上最大となるマグニチュード9.0、津波マグニチュード9.1であった。本件津波の到来に伴い、本件敷地の南東側のみならず東側からも大量の海水が本件敷地に流入している。本件津波による主要建屋付近の浸水深は最大約5.5mに及んでいる」と詳細に述べている。

 この事実認定自体は間違いではない。しかし、本件事故に至った原因は、地震規模(津波マグニチュードが8.2か、9.1か)、津波到来の方向(南東側から来たのか、東側から来たのか)、浸水深(約2.6m以下か、最大で約5.5mか)などにあるのではない。問題は、津波が敷地高を越えて到来し、海水が主要建屋に浸入し、非常用電源装置を被水により機能停止させ、炉心溶融を起こす可能性・危険性があるかどうかである。長期評価による試算津波がその危険性を示しているのであるから、現実に発生した津波がそれと同程度か又はそれを超えていれば、事故発生の危険性があることには変わりはない。後述する三浦裁判官の反対意見が述べるように、「本件地震や本件津波の規模等に捉われて本質を見失ってはならない」のである。

 

最高裁は試算津波のみに対する防潮堤設置が対策であると判示した

 最高裁は「試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐものとして設計される防潮堤等は、本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く、一定の裕度を有するように設計されるであろうことを考慮しても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することを防ぐことができるものにはならなかった可能性が高いと言わざるを得ない。」「その大量の海水が主要建屋の中に浸入し、本件非常用電源設備が浸水によりその機能を失うなどして本件原子炉施設が電源喪失の事態に陥り、本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあると言わざるを得ない」と述べ、結論として「本件事実関係の下においては、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできない」と述べて、規制権限不行使と事故発生の間の因果関係を否定した。そして、国は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負わない、と結論づけた。

 

三浦裁判官の反対意見は真実を鋭く突いている

 最高裁小法廷の裁判官数は5名であるところ、大谷直人は最高裁長官であり個別事件の審理には関与しないため、菅野博之(裁判官出身)・三浦守(検察官出身)・草野耕一(弁護士出身)・岡村和美(検事・弁護士・行政官出身)の4名が本事件を審理した。

 多数意見(菅野・草野・岡村)は事実認定部分を除けば、6頁にも満たないような僅かな言葉で、国の責任を否定している。これに対して、少数意見(三浦)は、29頁にわたって、次のように述べて、「国と東電は、住民らに係る損害についてそれぞれ責任を負い、これらは不真正連帯債務の関係に立つと解するのが相当である」として、国に責任がある事を明確に述べた。以下、要約して述べる。

①電気事業法に基づく技術基準において、「原子炉施設等が津波により損傷を受けるおそれがある場合」とは、想定される津波のうち最も過酷と考えられる条件等を考慮して、津波により原子炉施設等の安全機能が損なわれるおそれがある場合を意味し、津波の想定に当たっては、最新の科学的、専門技術的な知見に基づき、様々な要因の不確かさを保守的に(安全側に)考慮して、施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性のある津波について、数値計算等を用いて適切に評価すべきものと解される。

②長期評価は、地震防災対策の強化等を図るために、地震に関する総合的な評価の一環として、三陸沖から房総沖にかけての将来の地震活動の発生に関する評価を行ったものであり、それまでに得られている科学的、専門技術的知見を用いて適切な手法により行われたことについて、基本的な信頼性が担保されたということができる。技術基準の判断の基礎とすべき合理性に欠けるものではない。

③当時、国内及び国外の原子炉施設において、一定の水密化の措置が講ぜられた実績があったことがうかがわれ、扉、開口部及び貫通口等について浸水を防止する技術的な知見が存在していたと考えられる。水密化等の措置が講じられていれば、本件津波に対しても、本件非常用電源設備を防護する効果を十分に上げることができたと考えられる。

 

最高裁多数意見をひっくり返そう

 最高裁の多数意見は、行政が規制権限を適時適切に行使することによってはじめて規制行政が意味をもつことに目をつぶり、怠慢な行政を救済した。司法も地に落ちたというべきである。

 今回の最高裁判所多数意見には、事実認定の過誤、判断の欠落・矛盾がある。千葉訴訟の第2陣が東京高裁に係属している。さらに主張と立証を積み重ね、今回の最高裁少数意見が多数意見となるよう、努力するつもりである。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。

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