電力システム改革(電力自由化)と原発
大島堅一(立命館大学)
1.電力システム改革(電力自由化)の背景
電気事業は、発電、送電、配電、小売の4つの事業からなっている。日本の電気事業は、この4つの事業が垂直に統合された地域独占の電力会社(一般電気事業者)が電気を供給するという体制でおこなわれてきた。これらの4つの事業のうち、送電と配電を電力会社から切り離し(法的分離)、残りの発電と小売を自由化することを、日本では電力システム改革とよんでいる。
震災後、民主党政権が着手した電力システム改革は、自公政権においても引き継がれ、閣議決定(「電力システムに関する改革方針」2013年4月)において、2016年をめどとする小売りの全面自由化、2018 -20年をめどとする料金規制の撤廃が定められた。
原子力発電は、もともと、既存の電気事業を前提として開発利用が進められてきた。すなわち、発電部門において優先的に利用されるとともに、総括原価主義に基づく電気料金制度よって必要な資金が調達されてきた。電力システム改革によって発電部門での競争が導入され、かつ総括原価主義も撤廃されるため、原子力発電に大きな影響がでる。
2.競争に関する影響
原子力発電への影響は競争について現れる。既存の原発については、主な投資が終わってしまっているため、電力会社が発電事業をおこなうにあたり追加的にかかるコストは少なくてすむ。つまり、既存の設備を前提とすれば発電に必要な追加的費用(限界費用)は、燃料費と運転保守費のみである。それゆえ、既存の原発に限ってみれば、原子力発電を利用することによって電力会社は安価に発電できる。この意味において既存の原子力発電は競争上有利になる。
だが、追加的安全対策投資の回収に関してはリスクがある。福島原発事故後、原子力規制委員会により、新規制基準が策定され、少なくともこれに適合しなくては再稼働できなくなった。規制基準をみたすためには、津波対策やシビアアクシデント対策等のために多額の投資が必要となる。この投資額が、残る運転期間で回収できなければ発電所の採算性が確保できなくなる。
また、新規に原発を建設するのは経済的に困難である。というのは、原子力発電は建設時に多額の費用が必要となるからである。これまでの原発は1基4000億円とも言われてきたが、安全性を高めた最新の原発を建設する場合、他国の例をみれば1基1兆円以上になってもおかしくない。電力自由化の下で競争にさらされた場合、投資の回収は容易ではないから新規建設は難しいと考えられる。
こうした運転・建設以外にも原子力発電には固有の不確実性がある。不確実なリスクの代表例は事故やトラブルである。福島原発事故のようなシビアアクシデントにいたらなくとも、事故やトラブル、ないしは電力会社の事故・トラブル隠しなどで原発が長期にわたって運転停止に陥るリスクがあり、こうなれば採算がとれなくなる。加えて、放射性廃棄物処分と廃炉の費用負担においても不安要因が残る。
原子力発電は、一旦トラブルになったときのコストが非常に大きいという特徴がある。この種のリスクをかかえたままでは、原子力発電の継続自体が困難になる可能性が高い。
3.原子力延命策の整備
電力自由化の下でも原子力発電を継続させるために、資源エネルギー庁によって「事業環境整備」という名の延命策が講じられようとしている
第1は、解体費用の引き当て不足と、廃炉にともなう損失の問題である。これらは、2013年と2015年の廃炉会計・電気料金制度の変更によって、電気料金の原価に組み込むことが可能となった。だが、これは総括原価主義に基づく規制料金制度を利用したものにとどまっており、電気料金が自由化されれば、会計制度の変更では対応できなくなる。そのため、託送料金の仕組みを使って回収可能な法制度が整備される可能性がある。
第2は、再処理費用の回収と事業継続の問題である。電力自由化が進展すると、原子力事業者自身が競争にさらされ、再処理積立金の積立が十分におこなわれなかったり、破綻してしまったりする可能性がある。そうなると、再処理事業が継続できなくなる。政府はこれを問題視し、再処理費用をあらかじめ拠出金として徴収し、さらに、再処理事業者を認可法人とする「再処理等拠出金法案」を閣議決定した。この法律が成立すれば、電力自由化の影響は再処理事業には及ばなくなる。
第3は、原子力事故に対する損害賠償の問題である。過酷事故が一旦起こると、その費用は莫大になることは福島原発事故で現実に明らかになった。これに対し、原子力事故の損害賠償額に限度額を設けるための検討が政府の原子力委員会でおこなわれている。仮に有限責任となれば、原子力損害賠償のリスクを国民・電力消費者に負わせることになる。その結果、原子力事業者の経営がより一層安定するだろう。
4.系統運用における優先給電
電力は同時同量で需給をバランスする必要があることから、需要にあわせて供給量を変動させなければならない。そのため、一般送配電事業者は、優先度の低い電源から抑制する。その順位を抑制指令順位という。ところが、現行の系統運用ルールでは、原子力は、長期固定電源として位置づけられ、水力、地熱とともに、抑制が最後にされることになっている。太陽光や風力といった自然変動性電源については、原子力より一段優先度が低い扱いとなっている。裏を返せば、電力需給調整のなかで原子力が最も優先的に利用(優先給電)され、余った部分を再エネ等、他電源で満たすということになる。
つまりここでも原子力は最優先で利用されることが前提となっている。原子力比率が高く維持されれば、再エネの入る余地はその分少なくなるのは自明であり、最も限界コストが低い電源(燃料費のかからない風力、太陽光等)から利用するという「メリットオーダー」がゆがめられることにもなる。結局のところ、発送電分離のもとでも、原子力優先の系統運用のあり方を継続するようになっている。
5.まとめ
以上みたように、電力システム改革は、原子力発電に対して競争上の影響を与える。それは、既存の原発については一定の優位性がある場合もあるが、原子力発電に特有のリスクもある。原子力のリスクには、大事故発生のリスクだけでなく日常的トラブル、廃炉や放射性廃棄物処分におけるリスクがある。リスクが市場で正常に判断されれば原子力発電は生き残れないだろう。
本来であれば、原子力も他の電源と同じ条件で競争するべきである。だが、現実には、原子力には政策上高い位置づけが与えられ、「事業環境整備」のための法制度が整えられつつあるし、系統運用上も最も高い位置づけが与えられている。このようなことがおこなわれれば、原子力発電を保護・延命をした上で、その他の電源・事業所については競争させるという、いびつな電力自由化になる。これは、電力システム改革の意義そのものを大きく減じるだろう。