「原発震災」、5年の歳月

 『原子力資料情報室通信』第501号(2016/3/1)より

 

 2011・3・11東北地方太平洋沖地震が東日本大震災を引き起こして、5年という時間が流れようとしている。岩手・宮城・福島の3県の人と自然は特に甚大な被害をうけた。福島県の場合は、地震と津波だけではなく、原発による被害が重畳した「原発震災」(注)という、かつて経験したことがなかった事態に直面し、いまも「緊急事態」がつづいている。
 いくつもの事故調査報告書が公開されたが、地震・津波と福島第一原発の過酷事故との因果関係はいまだ明らかになってはいない。なぜ、あれほどの大事故が起きたのか、福島第一原発事故の検証と総括はいまだ途上にある。
 字義通りに、被災者、被災地が旧に復してもう一度さかんになることが復興であるなら、福島県の今後に復興を期待することはできるだろうか。
 復興を困難にしている最大の原因は放射性物質の存在である。かんたんに放射能と言うことにするが、福島第一原発から環境に放出された放射能は、核種によってきまった半減期にしたがって減衰している。報道や口伝えで、“5年もたったので、線量はかなり下がった”などといわれる。たしかに、5年後のこんにち、計算上は半減期30年のセシウム137は約89パーセントに、半減期2年のセシウム134は約18パーセントに減じている。もう5年すれば、それぞれ80パーセント、3.2パーセントに減っていくだろう。
 セシウム134に関しては、“5年たったので”、かなり下がったといえるかもしれないが、セシウム137に注目すれば、“線量はかなり下がった”とはいえない。両方あわせて計算すると、環境に残っている放射能は、5年後のこんにち、54パーセントに減っている。ただし、環境に放出されたとき、両者は1:1であったと仮定した。セシウム137のほうがより多ければ、54パーセントより大きくなるし、逆ならば、小さくなる。

子どもたちの健康、甲状腺がん116人

 福島県内の小・中学校の児童・生徒たちの校庭での活動が、ほぼ震災前の状態にもどった。校庭の除染や天地返しをして、空間線量が0.2マイクロシーベルト/時を下回るレベルになったからという理由である。保護者から、もっと屋外での運動、活動をやらせてほしい、という要望もこれを後押しした。子どもたちの運動不足による肥満を心配してのことである。悪影響がただちに顕れるか、先になって顕れるか、判断の分かれ目になっている。
 政府は強引に帰還を推し進める方針である。現在は20ミリシーベルト/年の地域であっても、長期的には1ミリシーベルト/年以下をめざして除染するという。その1ミリシーベルト/年という数字は科学的に根拠がないと、現職の環境大臣が2月7日の松本市での講演で語ったことが大きな社会的問題になっている。その後、大臣は発言を撤回したが、撤回や辞任ではすまないと思う。
 一般廃棄物の焼却炉のバグフィルターで放射性セシウムは99.99%除去できるというのが環境省の言い分だが、それは間違いで、80%ほどだという研究がある。岩手県宮古市の岩見億丈医師たちの研究である。岩見医師はまた、臨床医の感覚からすれば、1ミリシーベルト/年という値はあまりにも高すぎる、0.003ミリシーベルト/年未満にとどめよと主張する。根拠は日本産業衛生学会の『許容濃度等の勧告』である(河北新報、2015年12月17日付)。
 2016年2月15日、福島県は県内のすべての子どもを対象にした甲状腺がんの調査結果を発表した。それによると、がんは「116人」に、その疑いが「51人」にあるという。2順目の調査でがんの確定は「1人増え」、疑いが「11人増え」た結果である。事故から3年までの1巡目の調査では、「増えた」1人と疑いの「51人」はほとんどが「問題ない」と判断されていた。およそ30万人の調査で166人が、がん、もしくはがんの疑い、という数字をどう考えるか。福島県の県民健康調査検討委員会の座長は、「これまでの知見から、放射線の影響は考えにくい」と従来の見解をくり返した。100万人に1~3人という震災以前のデータと比べて、異常に増えていると判断すべきである。

福島第一原発事故の検証

 5年後の現在、福島第一原発事故の検証を熱心におこなっている二つのグループがある。ひとつは「もっかい事故調」で、もうひとつは「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」(以下、「新潟県技術委員会」と略称)である。
 「もっかい事故調」とは妙な名前だと思う読者もおられようが、期間の制限のため国会事故調で不十分だったところを、もう一回調べ直し、議論して国会事故調査報告の不足部分、とりわけ、地震による事故影響の評価と各号機の事故進展を明らかにすることを目的としている。自発的な研究グループであり、元国会事故調の田中三彦さんを中心としたメンバーで構成され、当室のスタッフ2名が参加している。
 もうひとつの「新潟県技術委員会」は、2002年の東京電力のトラブル隠し事件を契機に設置された。新潟県は、世界最大規模の東京電力柏崎刈羽原子力発電所をかかえている。この原発の安全確保は新潟県にとって、極めて重要な課題で、福島事故の検証と総括ができないかぎりは、再稼働の議論を始められないというのが泉田裕彦知事の一貫した姿勢である。3・11以降は、福島事故の検証と総括のために審議を集中している。同じ過ちをくり返さないためである。田中さんはその委員会のメンバーの一人だ。
 「新潟県技術委員会」がこの間、審議しているのは次の6つの課題である。
 1 地震動による重要機器の影響
 2 海水注入等の重要事項の意思決定
 3 東京電力の事故対応のマネジメント
 4 メルトダウン等の情報発信の在り方
 5 高線量下の作業
 6 シビアアクシデント対策
 これらはどれも重要な課題だと思う。審議の過程で新しく疑問となった論点もあり、議論の収束がいつになるか、見通せない。東京電力が言を左右にして知見、情報を出し渋っているのが、その主な理由である。福島第一原発の1号機は津波の到達以前に、地震動によって小破壊が起こり、次いで破局的な破壊へ進んだという田中委員たちの主張には十分な理がある。また、1号機の水素爆発は東京電力の主張する5階ではなく、まず、4階で起こったという主張にも理がある。

汚染水、凍土壁

 かつて極低温での物性研究をしていた経験から、温度というのは一筋縄ではいかない相手だぞ、と思っている。約350億円もの資金を投じて、1~4号機のぐるり約1.5kmを零下30度ほどの凍土でとりかこみ、山側からの地下水の流入を阻んで、汚染水の増加を止めるという大計画は、失敗を許されないから、やるべきではない、と考えていた。だが、凍らせる前までの工事は完了したと東京電力はさる2月9日に発表した。
 しかし、原子力規制委員会はその先へ進むのに待ったをかけた。海側の部分の約700mと、山側の一部の50メートルほどだけを凍らせて、様子を見ようというのである。姑息なやり方にみえる。建屋にたまった汚染水が漏れ出さないように、ポンプで地下水の量をコントロールするというのである。それらが、万一うまくいったとしても、1.5kmが計画通りに凍るだろうか。そしていつまで、凍らせておくのか。十年程度では済まないだろう。

 現在も毎時数百万ベクレルの放射能が大気中に放出されていて(12ページ)、溶融燃料の取り出しの計画が立たず、汚染水に手を焼いているありさまで、事故で生じた汚染物の貯蔵場所のめども立たない現状では、原子力の「緊急事態」がつづいていると考えるべきである。
(山口幸夫)

 

おわびと訂正

501号にて以下の誤記がありました。お詫びして訂正いたします。

1ページ 目次欄

  【誤】酒井正秋 ⇒ 【正】酒井政秋

2ページ 左段25行

  【誤】8.6パーセント ⇒ 【正】3.2パーセント

 

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