柏崎刈羽原発の地震地盤論争と新指針(『通信』より)
柏崎刈羽原発の地震地盤論争と新指針(『通信』より)
『原子力資料情報室通信』389号(2006.11.1)掲載
連載「地震と原発」(1)
この9月19日、原子力安全委員会は、原発の耐震についての新指針を正式に決めました。それに伴って、既存の原発についても、一定の安全性の見直しが行なわれることになりました。しかし、ほんとうに安全性がチェックされるかどうか、心配です。本誌では、各地の原子力施設での地震・地盤の諸問題について、何が、どのように問題になっているのか、どこが要注意なのか、現地の方から報告していただくことにしました。読者のみなさまからのご意見、ご質問を期待しています。(編集部)
柏崎刈羽原発の地震地盤論争と新指針
武本和幸
(原発反対刈羽村を守る会)
柏崎は、古くは668年の「日本書紀」に、「越の国から燃える水が献上された」との記載があり、明治以降は日本の石油産業が発祥した地です。原発計画以前に、石油関係者による詳細な地質調査が実施され、地元研究者は「郷土の成り立ち」の研究を進めていました。そうした中、1969(昭和44)年に東京電力が世界最大の原発計画を発表しました。計画発表後に示された図面は発表の都度、炉心位置が変更されていました。そのため、1974年に「地盤に欠陥があり地震に耐えられないのではないか」との声を上げ、以来30年余の地盤・地震論争を続けています。反対運動では、石油関係者や地元研究者の見解を根拠に、設置目的のため不都合な事実を無視して問題なしとした東京電力の見解の誤りを指摘してきました。
柏崎刈羽原発1号の設置許可は1977年で、その直後の78年に耐震設計審査指針が策定されました。1995年に兵庫県南部地震=阪神淡路大震災、2000年に鳥取県西部地震が起こり、指針が地震の実態とあわないことが明白になって、2001年から耐震設計審査指針の改訂論議が始まり、06年9月19日に指針改訂が行なわれました。この間04年10月23日に新潟県中越地震、05年8月16日に宮城県沖地震が起こりました。
日本列島の地震活動は静穏期と活動期を繰り返すと言われています。兵庫県南部地震(マグニチュード=M7.3)発生で、1944年の東南海地震(M7.9)、1946年の南海地震(M8.0)以降、日本の高度成長期を通じて続いた地震活動の静穏期が終わり、活動期に入ったと言われています。
■柏崎刈羽原発の地盤地震論争
東京電力の柏崎刈羽原発は、活発な構造運動の続く地盤上に計画・建設されました。西山層の泥岩を基盤として建設された半地下式原発です。多くの原発は地表面に設置されていますが、柏崎は基礎地盤の標高がマイナス40mです。基礎を深くして根入効果を期待し、半地下式にしたのです。西山層は計画当初には新第三紀・鮮新世前期の泥岩だとされていましたが、1980年代の火山灰調査の結果、新第三紀から第四紀にかけての堆積層だと“若返り”ました(第四紀は、160万年以降から現在まで。鮮新世は500万年前から180万年前までです)。地震波の伝わる速さ(せん断波速度Vs)は、地盤の固さを示す指標になります。地震動の基準となる解放基盤面はVsが700m/秒以上ですが、西山層はそれを大幅に下まわり、構造物の基礎にできる固さに達するには、地下数百メートルまで掘り下げねばなりません。柏崎刈羽原発6・7号炉では人工地盤を造成して“岩盤”と称しています。旧指針を厳密に適用すれば柏崎刈羽原発は不合格となる劣悪地盤です。
旧指針では第三紀以前の岩盤に剛構造で設置するとされていたものを、新指針で耐震技術の進展を理由に緩和したのは、柏崎原発を指針に不適合としない目的があったと推定されます。
■炉心直下の断層・地域の活発な構造運動の無視
柏崎原発の炉心直下には、原子炉設置地盤の西山層とともに、安田層が断層で切られています。図1の呼び名でαβ断層やF系V系断層、ab断層の存在です。柏崎刈羽原発敷地内や周辺には、図1の①~③と多くの断層が存在しています。敷地の北東600mの寺尾では基盤の椎谷層から番神砂層までを貫く断層が存在しています。炉心直下の断層の活動を前提にした設置許可ではないことは議論済みです。従前、東京電力は「安田層が断層で切られていても5万年より古いから検討の必要はない。番神砂層が断層で切れていたら設置できない。番神砂層の断層はすべて表層の地すべりで問題ない」と主張していました。指針改定で13万年前までが対象となりましたので、安田層に断層が存在すれば、断層の再活動を考慮しなければなりません。
安田層は、後期更新世の汽水域(浜名湖のように淡水と海水が混合する)の堆積層です。岐阜長野県境の御嶽山が噴火した9万年前の御岳第一火山灰が検出されています。汽水域の堆積層は、堆積時にはほぼ海面位置に堆積し、その後隆起や沈降によって現在の標高になったことを示しています。広域火山灰と標高を確認すれば堆積年代と変動量を把握できます。
旧指針で、評価対象の活断層は5万年前まででした。それが、新指針で「耐震設計上考慮する断層としては、後期更新世以降の活動が否定できないものとする」と変わり、安田層を切る断層の存在は、この条件に抵触し設置許可は不合格となるはずです。しかし東京電力や国は、なお「その認定に際しては最終間氷期の地層または地形面に断層による変位・変形が認められるか否かによることができる」と言い、これに依拠してこの断層を評価対象から外すのではないか、と思われます。
柏崎刈羽原発は、東北日本から新潟までの日本海側とフォッサマグナの東側に位置している、羽越活褶曲帯の中にあります。
東京電力は「過去には褶曲運動が存在していたが、後期更新世以降は終息した」と主張しています。
私たちは活発な構造運動が継続していると考えます。その証拠は、構造運動がなければ安田層の層厚は海水準変動の範囲120m程度でなければ説明できないはずなのですが、安田層の層厚は海水準変動の範囲を超えて180mもあります。安田層の頂部は少なくとも標高+60m、基底部は-120mであることを、露頭や消雪井戸の砂礫層が示しています(図2参照)。
そもそも、平野や盆地と丘陵・山地の境界には断層が存在します。断層を境にして平野部は沈降し、丘陵や山地は隆起する地殻構造運動で日本列島の地形が形成されたと理解されています。東京電力の主張はこうした定説を否定するものです。断層等の地殻構造運動を、地盤補強等の工学で制御することは不可能です。断層等の地殻構造運動が続く場所には、重要施設や危険施設の設置を回避するしかありません。東京電力は、構造運動を示す事実を無視することによって、安全だと主張しています。
■想定地震が小さすぎる
柏崎刈羽原発は、炉心から20kmに位置する長さ17.5kmの「気比の宮断層」がM6.9の地震を起こし、原発が300ガル、15.6カインで揺れることを想定しているに過ぎません(図3)。
新潟県中越地震が起こる10日前の2004年10月13日、政府の地震調査委員会は長岡平野西縁断層帯に関して「断層長さは83km、地震の最大規模はマグニチュード8、発生確率は国内活断層の中でやや高いグループ」との評価を発表しました。東京電力が選定する断層の長さは、地震調査委員会の指摘する断層の2割しかありません。選定される地震がM8.0ではなくM6.9では、地震エネルギーが45分の1となり、敷地の揺れは大きく異なることになります。
断層長さから地震規模を求め、地震規模と震源距離から揺れを算定する手法(松田式に基づく大崎の方法)が、実態と異なる過小評価になることが指摘されています。新指針では断層モデルによる方法も取り入れられましたが、申請者の恣意性が残され、従前より甘い運用もありうることが指摘されています。
旧指針では地震動はS1とS2でした。新指針では基準地震動Ssを決め、それをα倍して弾性設計用地震動Sdを決めます。そのαに関しては0.5を下回らないようにと曖昧です。S2より大きいSsを決めてもαが小さければ、SdはS1より小さくなってしまいます。
小さな地震しか想定せず、誤った手法で小さな揺れしか想定せずに設計・施工した施設の老朽化が進んでいます。全国で運転から30年を越えた老朽炉が10基を越えました。柏崎刈羽1号炉ですら運転から20年を越えてしまいました。地震調査委員会が想定する地震が起これば老朽化した原発は耐えられないことになります。
各地の原発で電力会社や国が想定する断層長さや地震規模は、地震調査委員会の想定より小さいことが指摘されていますが、柏崎刈羽にも同様の問題があります。
■事業者・国の安全審査で地盤地震の真相解明はできない
原発の地質調査は、電力会社の発注で大手コンサルタントが実施しています。調査に基づく解析もコンサルタントが担います。受託したコンサルタントは依頼者・電力会社に不都合な事実はなかったことにします。ボーリングデータの差し替えや記録書き換えは柏崎刈羽・志賀・川内原発等でしばしば内部告発されました。また、地震解析は、不都合な事実を無視した調査結果に基づき実施されるため、いつも「設置に問題なし」となります。
地質調査や地震解析は、用地買収が完了してから実施されるため、造るためのアリバイにしかなっていないと考えます。原子力基本法には「原子力の研究、開発及び利用を推進することによって、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する」とあり、営利企業の品質保証の国際規格ISO9000には「顧客満足」がうたわれています。それは発注者が満足する成果・調査結果の作成のことです。
こうしたことも、地盤や地震問題があいまいにされる背景だと考えます。
調査や解析関係者に科学者や技術者の倫理は見られません。地盤や地震に関する内容が高度に専門化されているためでもあります。原子力関係には莫大な予算が配分されるため、関係者が真相解明より原子力にすり寄っているとしか見えません。
■地盤地震問題は地域の最大関心事
柏崎刈羽は、新潟県中越地震を経験した地域だけに、地震や地盤問題に対する関心は高まっています。旧指針と同じく新指針も“建設のため”なので限界もありますが、厳密に指針を適用すれば、柏崎原発は立地不適となります。東電のゴマカシ手法を追及暴露することを、柏崎刈羽の反原発運動のひとつの課題として地震地盤論争を続けたいと考えています。
図1 柏崎刈羽原発の層序と断層概念図
図2 過去14万年間の海水面・氷河期間氷期・広域火山灰
図3 長岡平野西緑断層帯・気比の宮断層・柏崎原発位置図