トリチウム水の海洋放出に反対する ―食品安全に関する消費者意識と検査体制から―

『原子力資料情報室通信』第558号(2020/12/1)より

 消費者庁は、東京電力福島第一原子力発電所事故を受けて、2013年から風況被害に関する消費者意識を調査している。対象は被災地域及び、被災県産農林水産物の主要仕向先県等に居住する20~60代の男女である。最新の調査は今年1月から2月にかけておこなわれたものである。(回答数およそ5000人)
 福島原発事故から年月が経つにつれ、食品の産地を気にする理由として、放射性物質の含まれていない食品を買いたいからと回答する人の割合が低下している(図1)。放射性物質を理由に購入をためらう産地に、福島県と答えた人の割合は2013年に19.4%だったのに対し2020年には10.7%だった。原発事故からおよそ9年が経過し、放射性物質および福島県産を避ける人が半減したことになる。
 食品に含まれる放射性物質の量は、一般食品なら1キログラムあたり100ベクレルと規制され、政府はこれを十分に安全に基づいた値だと説明している。これに対し、放射性物質基準値以内の含有による一定のリスクを受けいれると答えた人の割合は53.2%、リスクを考えられないと答えた人の割合は31.8%、基準値以内であっても少しでもリスクが高まる可能性があり受け入れられないと答えた人の割合は14.6%だった(図2)。一定のリスクを受け入れられると答えた人は、2013年から2016年までは減少傾向だったが、それ以降は増加傾向にある。
 これらの回答を大まかにとらえると、放射性物質の摂取を避ける人の割合は年々低下しているものの、理由は被ばくのリスクを受け入れる人が増えたからではない。ではどうしてか。単に、被ばくへの関心が下がった結果なのだろうか。
 消費者庁による別の意識調査では、食品別(米・野菜・果実・魚介・牛肉)に福島県産の食品の購入状況及びその理由を調査している。
 福島県産の魚介を購入している割合は6.1%、購入していない割合は29.5%、分からないは64.4%だったが、購入理由として放射性物質の検査がされているからが19.5%、検査結果が問題ないからが22.0%、基準値を超えたものは出荷制限されているからが17.4%という結果だった。
 政府は福島原発にあるトリチウムを含む処理水を、海洋放出しようとしている。トリチウムはベータ線核種であるので、広くおこなわれているガンマ線測定では検出できない。トリチウム濃度は、魚そのものの形で測定することは難しく、乾燥・燃焼・生成水の回収など、測定前処理に時間と手間がかかる。商品の鮮度を維持しながら販売と同時に測定結果を得ることは困難だ。つまり消費者が検査結果を確認して魚介類を購入することはできない。現在、放射能検査体制を信頼して福島県産の魚介類を購入している人々は、トリチウム水の放出によって購買行動が変化すると思われる。海洋放出をおこなえば、福島の漁業に甚大な被害を与えることは避けられない。トリチウム水の処分法の再考を求めたい。

(谷村暢子)

図1 食品の産地を気にする理由

 

図2 放射線における低線量被ばくのリスクの受け止め

 

*参考資料 https://www.caa.go.jp/disaster/earthquake/understanding_food_and_radiation/#harmful_rumor