フランスの核廃棄物処分場で今-深刻な放射能汚染から学ぶべき教訓とは?(『通信』より)
フランスの核廃棄物処分場で今-深刻な放射能汚染から学ぶべき教訓とは?
野川温子(グリーンピース・ジャパンリサーチャー)
『原子力資料情報室通信』386号より
原子力大国フランスが、放射性廃棄物処分問題で新たな局面を迎えている。1991年末に国民議会の承認を受けて制定された「放射性廃棄物管理研究法」(いわゆる「バタイユ法」)は、廃棄物の地層処分研究など3つの分野において、仏政府が毎年議会へ報告を行ない、そして2006年末までに総括評価報告を行なうことを義務づけている。これを受けて仏国民議会では昨年から、新たな法の制定へ向けて議論が進められてきた。そして今年6月29日に、「放射性物質及び放射性廃棄物の持続可能な管理計画法」が公布された。
フランスの50年以上にわたる軍事・民生両面での核政策により発生した廃棄物は、原発や再処理工場、そして数百年を目処に建設されてきた貯蔵施設にもあふれかえっている。そのような現状の反面、仏政府はフラマンビルにおいてEPR(欧州加圧水型炉)新設を計画している。廃棄物問題をどうにかしなければ、原発の新設を国民(特に地元における)が受入れないであろう事情を背景に、前述の新法案が急いで議会へ提出された。しかし、議会における議論の中でほとんど取り上げられなかった深刻な問題がある。ラアーグ再処理工場に隣接する敷地に「バタイユ法」制定以前に建設され、30年近い操業を経て1994年に閉鎖された「ラマンシュ貯蔵センター(CSM)」の汚染問題である。CSMの管理の状況を明らかにすることは、フランスの廃棄物管理体制の実情を知るためにも重要だとして、同地域で独立した立場から放射能による汚染状況などについて調査研究を行なっている「ACRO」(アクロ)は今年5月末、国民議会による新たな法律の制定に先立ち、「放射性廃棄物の管理:CSM処分場(ラマンシュ貯蔵センター)から学ぶべき教訓」と題する報告書を発表した。(注1)
今回の報告書は、グリーンピース・フランスの委託を受け、これまで20年におよぶACROで蓄積されてきたサンプリングデータや公開文書、さまざまな報告書や内部文書などを基に作成された。報告書は冒頭において、CSMが1969年の操業を開始してから閉鎖までの25年間で、放射性廃棄物管理貯蔵の困難さ、そして回収可能性が極めて低いことなどが実証された、と記されている。フランスにおける放射性廃棄物の貯蔵、および処分の実態について、一般の理解を深めることが今回の報告書の主な目的である。
※ACRO報告書(英語・仏語は以下のウェブサイトから入手できる)
www.acro.eu.org/CSM_GP_GB06.html (英語)
www.acro.eu.org/CSM_GP06.html (仏語)
まず始めにCSMの概要であるが、当処分場には1969年から1994年までの25年間に、計52万7217m2の低レベル放射性廃棄物が埋設処分されたと言う。その内訳の詳細はすべてが記録されているわけではなく、特に60年代に埋設された廃棄物については現在の環境基準ではとうてい受入れられないと予測されている。そして5月にグリーンピース・フランスのメンバーがANDRA(仏放射性廃棄物管理機関)と行なった非公開の会合において、CSMに海外の使用済み核燃料を再処理した際に発生した廃棄物も含まれていること、そしておよそ1割がそのような海外分の廃棄物であることが示された。残念ながらこの会合の記録は残っていないが、この後グリーンピースは、オランダが委託した再処理分の廃棄物、続いてドイツ委託分の再処理廃棄物を国内に不法に貯蔵しているとして、仏政府を告訴した。(注2)CSMへ埋設された廃棄物には、ドイツやオランダ、日本、ベルギー、スイス、スウェーデンなど海外の原子力企業の委託分が含まれている。(注3)
次にCSMからの汚染状況であるが、報告書では次の2点を主に取り上げている。一つは、セシウム137など長寿命の放射性核種の流出であり、小高い丘の上の湿地に位置するCSMから漏れだしている放射性物質は、地下を流れる水脈を通じて、やがてセントヘレナ川や周辺の小川、そして牧畜用などの井戸水において汚染が確認されている。また同時に、土壌からは1kg当たり140ベクレルものプルトニウムが検出されたと報告している。これは報告書によると、フランス南部のクレイ・マルビルにあるスーパーフェニックスのサイト近くから検出された値の、およそ5000倍にも上るという。
そして次に、このような放射性物質の中でも特に深刻な影響を及ぼしているのが、トリチウムによる汚染である。CSM の周辺でトリチウム汚染が初めて確認されたのは、今から30年前の1976年10月に逆上る。この頃に地表や河川から異常な量のトリチウムが検出され、その後トリチウムを含む廃棄物の貯蔵量を大幅に減らすなどの処置がされたと言う。1976年当時、地下水からは1リットル当たり約60万ベクレル、セントヘレナ川からは1リットル当たり約1万ベクレルものトリチウムが検出されたこともあったというが、1982年にはセントヘレナ川でリットル当たり5万ベクレルにも上昇した。閉鎖後は徐々に改善されると見られていたが、2005年の調査では、「管理されている」地下水から、19万ベクレル/リットルものトリチウムが検出された。水流や放射能の半減期などを考慮に入れても、汚染が確認されている周辺の水脈のおよそ2割では、未だに状況が変わったようすがないのである。
報告書は、現在も周辺の3つの河川を含む水系からトリチウムが未だに検出されていること、その量は1リットル当たりに十~数百ベクレルにもなることを述べている。グランドベル川の水源も汚染されており、10年前にACROが調査した時と変わらず、昨年行なわれた調査でも1リットル当たり750~850ベクレルものトリチウムが検出されている。これは未だに、欧州の安全規制値である1リットル当たり100ベクレルのおよそ7倍もの汚染があることを示している。(注4)
今回のフランス国民議会における議論でも、CSMの管理状況についてはほとんど触れられることもなく、「閉鎖され、管理されている」施設として主だった対策は取られていない。また、もともと回収を予定していた一部についても、経済性や労働者の被曝問題などを理由に、ANDRAは明確な予定を示していない。
今回の報告書を発表した際、ACROの事務局長であるデイビッド・ボワイエ氏は、「管理不行き届きによって、CSMが環境に深刻なダメージを与えている。度重なる予期せぬトラブルなどによる漏洩が、トリチウムによる地下水やその先の水系の重大な汚染という結果を招いた。(注5)この慢性的な汚染についての情報が、長い間提供されてこなかったこと、そして今でも汚染による影響に関する適切な評価がされていないことなどの問題点は指摘されるべきであろう。これまでよりも更に危険な要素を含む古い廃棄物の容器が、長期的に現状を保つ保証はないことから、将来的にこの問題が悪化することもあり得る」と、語っている。
この報告書は、日本では現在のところ青森県六ヶ所村へ集中している低高レベル放射性廃棄物の管理について、その潜在的な危険性への警鐘を鳴らしている。同時に、操業を開始してから30年しか経過していないにも係わらずこの問題に対する責任ある対処がされていないフランスの状況、そしてこれらの廃棄物に対する日本も含む委託国の責任など、数多くの問題を提起している。このようにして放射性廃棄物の問題は、決してフランスのみの問題では片付けられないのである。
(注1) ACROは、フランス政府によってCSM委員会に任命され、施設の監視と一般への情報開示を行なっている。また、政府が任命するGRNC(北コタンタン放射線グループ)のメンバーとして、ラアーグの核施設による健康への影響を調査している。
(注2) グリーンピース・インターナショナル プレスリリース(2006年5月29日 仏シェルブール)
www.greenpeace.fr/stop-plutonium/en/20060529_en.php3
(注3) 1991年の核廃棄物に関するバタイユ法は、フランス国内において海外分の廃棄物を貯蔵、処分することを禁じている。現在、上院で議論されている新法は、この原則を支持している。
(注4) 欧州の安全規制値については、2001年12月20日に採択された、人間によって消費される水の水質に関する「Directive 92/23/CE November 3rd 1998」を参考にした。
(注5) CSMにおける放射能汚染の主な原因は、有機結合した際に最も危険性の高いトリチウムである。特に、人間や動物によって体内に取り込まれた場合にその危険度が高まる。