福島原発事故以降の食品放射性セシウム濃度検査と結果まとめ(全3回)第3回 水産物・畜産物・野生鳥獣肉
『原子力資料情報室通信』第558号(2020/12/1)より
水産物
福島県の漁業は原発事故の影響により操業自粛を余儀なくされている。現在は「試験操業」として、小規模な操業と販売を試験的におこない、漁業再開に向けた基礎情報を取得している11。対象魚種はそれまでのモニタリング結果をもとに少数から拡大しており、2017年3月には“すべての魚介類(出荷制限魚種を除く)”となり、2020年2月には最後の出荷制限(コモンカスベ)が解除され、“すべての魚介類”が「試験操業」の対象となった。
水産物のセシウム濃度は全体としてなだらかに減衰している。2014年度まではさまざまな魚種から基準値以上の放射性セシウムが検出された。2013年度の基準値超過を例にあげると、アイナメ、シロメバル、コモンカスベ、ヒラメ、イワナ、イシガレイ、ババガレイ、スズキ、ウグイ、ヤマメ、ウスメバル、マダラなどだ。
セシウム濃度が高い傾向のある、表層魚(カタクチイワシ、シラス)、底魚(ヒラメ、マゴガレイ、イシガレイ)、淡水魚(ヤマメ、イワナ、アユ)を抜き出して区別してグラフ化したのが図6である。表層魚(灰色◇)は事故直後に1万4千ベクレル/kgと高濃度に汚染されたが、速やかに濃度が下がり半年後には当時の暫定基準値を超えるものは発見されなくなり、1年後には100ベクレル/kgを超えるものも現れなくなった。底魚(□)は最高4,500ベクレル/kgが2011年の秋に検出されたが、2013年夏頃には500ベクレル/kgを下回るようになり、2019年度は1ベクレル/kg以下となっている。
淡水魚(×)は、セシウム濃度が下がりにくく、しばしば基準値を超えるものも検出されている。低濃度側の検査結果がないのは、検出限界値が1キログラムあたり15ベクレル程度と高いためと考えられる(2018年9月では、川魚22件中10件からセシウムが検出。不検出の検出限界値は11~18ベクレル/kg)。2015年度以降に基準値超過となった魚は、イワナ、ヤマメ、アユ、コイ、ブラウントラウト、ギンブナといった、淡水魚のみとなっている。
流通品の結果からは、基準値は超えないものの、近年でも天然のスズキの放射能汚染が確認されている(本誌前号)。スズキは、冬は湾口部や河口など外洋水の影響を受ける水域で産卵や越冬をおこない、春から秋には内湾や河川内で暮らしているという12。そこで、セシウム濃度を、淡水魚(×)・底魚(□)・スズキ(灰色〇)で比較したところ、スズキは淡水魚と底魚の中間のような濃度推移であることが分かった(図7)。
現在、福島原発の事故収束・廃炉作業にともなって発生した、トリチウムなどの放射性物質を含んだ汚染水を海洋に放出しようとする動きがある。本稿で着目している放射性セシウムと違って、トリチウムはガンマ線計測では検知することができない。現状の食品測定体制で汚染水放出が起これば水産物のトリチウム濃度は把握できず、福島県の試験操業の出口が見えなくなるおそれがある。
畜産物
畜産物は、検査数全体に占める割合がもっとも多い項目だ。2019年度では全検査件数の約28万5千件のうち、約24万9千件が畜産物の検査だった。これは87%にものぼる(前々号 図2)。そして検出率が非常に低いのが特徴的だ。2011年度の検査で放射性セシウムがわずかでも検出された割合はおよそ9%だったが、2012年度では0.3%と下がり、以降0.1%程度を保っている。基準値を超えた件数は、2011年度で152件、2012年度は8件、2013年度以降はゼロである(図8)。
2011年7月から12月にかけて、放射性セシウムが500~5,000ベクレル/kgほどの牛肉が福島県、岩手県、栃木県、宮城県、岩手県で多数発見された。この背景には「汚染稲わら問題」があった。これは、2011年7月、放射性物質に汚染された稲わらを牛に与えたことが原因で、基準値以上の放射性セシウムを含む牛肉が全国に流通したものである。厚生労働省は2か月をかけて汚染牛肉の広がりを調査した。消費者の購買意欲は落ち込み、2011年8月の牛肉の購買量は前年比67%に留まった。そのため消費者の安心を取り戻すために、「全頭検査」をする動きが自治体で広がったという13。
2013年度以降、基準値を超える畜産物は発見されていないことから、給餌の管理をすれば、牛肉に含まれる放射性セシウム濃度は制御できているといえる。しかし、検査件数が減っていないのは、消費者の信頼を維持するためということもうかがえる。なお、検査件数が膨大なため1検体にかける時間が短くなってしまうためか、牛肉の検査では、多くの測定の検出限界値は25ベクレル/kgという比較的高い値だった。
野生鳥獣肉
野生の肉からは、現状もっとも高濃度のセシウムが検出されている。前々回、食品カテゴリ別にプロットしたグラフのうち、野生鳥獣肉と水産物、農産物を重ねた(図9)。野生鳥獣肉(□)は明らかに上側に飛び出ており、それより低濃度側に季節変動のある農産物がプロットされている(×)。水産物はさらに低濃度側に分布している(灰色の△)。
野生の肉からは事故以来、継続して1万ベクレル/kg前後のセシウムが検出されている。事故から1年間程度までは、他の食品カテゴリと同等か低い濃度だったが、2012年の秋頃から目立つようになった。濃度の傾きは野生鳥獣肉がもっとも緩やかにみえる。
野生生物を種類(イノシシ、クマ、シカ、ヤマドリ、カモ)で区別して、プロットしたのが図10である。高濃度側はイノシシ(△)が多い。次にクマ(灰色〇)、シカ(■)が続いている。
イノシシの汚染は2012年の秋から冬にかけて極大値を示した。イノシシは雑食性で人間が食べるものはほとんど何でも食べるが、季節別にみると、春にはタケノコ、秋には堅果類(クリなど)や動物質、冬には植物の根や塊茎を食べる割合が増えるそうだ14。
タケノコやクリは放射性セシウムを吸収しやすいことが知られているうえ、植物の根を食べる際には汚染された土壌も一緒に食べてしまうため、イノシシの生態はもともとセシウムを摂取しやすいと考えられる。まず、山林の野生生物にセシウムが移行し、それをイノシシが食べ続けて体内のセシウム濃度が上昇したために、イノシシ汚染の極大は原発事故から遅れて現れたのではないか。
野生鳥獣が生息する山林は原発事故による放射性物質汚染から回復していない。除染は人間の生活環境における空間線量率低減のためおこなうもので、森林の除染範囲は、林縁から20m程度の範囲をめやすとしている15。そのため、山林の除染は、一部の除染モデル地域を除いてほとんどされていないといってよい。
よって、山林で生息する野生のイノシシの汚染度合いは、その土地の山林のセシウム汚染を知る指標のひとつになると考え、イノシシのセシウム濃度を産地別に調査した。頻度の多かった6県(福島県、群馬県、栃木県、茨城県、千葉県、宮城県)のみ、濃度を箱ひげ図にした(図11)。図からわかるように、より高濃度に汚染されたイノシシが生息していたのは福島県が中心だが、栃木県、群馬県、宮城県、茨城県でも、汚染されたイノシシがしばしば発見されている。これらの地域の山林では、イノシシの餌となる動植物も放射能汚染されていると推測される。
消費者庁の調査によれば、2020年1月においても、福島県の生産物を避ける人の割合が10.7%、被災地を中心とした東北を避ける人の割合が6.4%いることが明らかになっている16。放射性セシウムの取り込みを避ける目的で産地を選ぶなら、野生の山の幸を食べる際には北関東地域のものにも気を付けることが合理的といえる。
おわりに
福島原発事故後以降の食品の放射能検査結果を3回にわたってまとめた。事故から10年が経過しようとしているが、現在もさまざまな品目から放射性セシウムが検出されている。現在、特に高い値が検出されるのは、野生のキノコや山菜、野生の肉、淡水魚および河川と外洋を回遊する魚だった。その他の品目からは、年々放射性セシウムが検出されにくくなっている。
食品の放射能検査は、日本全体で1年に30万件近くおこなわれているが、セシウムの検出率(基準値超過率ではない)は2015年度以降わずか2%となっている。にもかかわらず、膨大な検査数が維持されているのは、消費者の被ばくへの警戒の表れだろう。現に流通品の結果は、汚染食品の市場への流出を証明している。
食品の放射性物質の基準値は、これ以下ならば安全だという絶対的な数値ではない。「1キログラムあたり100ベクレル以下なら安全」という政府の立場と、少しでも被ばくを避けたいと考える消費者との会話はどこまでいっても平行線だ。消費者庁の調査では、およそ15%の人が「基準値以内であっても少しでも発がんリスクが高まる可能性があり、受け入れられない」と回答している。なるべく被ばくを避けたいと思う消費者は、それぞれが許容できる汚染度に基づいた購買行動をとっている。その選択を支えるだけの情報を、国はこれまでわかりやすく開示してきただろうか。産地で食品を避ける行動を知識不足による風評被害だと切り捨ててこなかったか。
検査データが蓄積され、多くの調査・研究がされた結果、気を付けるべき品目や地域が分かってきた。これは環境の汚染状況が安定している限りにおいて成り立つ。新たに、原発から大規模な放射能放出があったり、汚染土壌で食物を栽培したりすれば、これまでの知見では食品汚染を予測できなくなる。トリチウム汚染水の海洋放出がおこれば、消費者はトリチウムによる水産物汚染に警戒を強めるだろう。現状、普及しているガンマ線測定器ではトリチウムは検出できない。また、トリチウムを検出するためのベータ線測定は、前処理に技術と手間がかかり、ガンマ線測定ほど迅速に結果が出せない。
原発事故から10年になろうとしている。検査には膨大な費用と労力がかかっていることから、体制の縮小も議論されていくことが予想される。しかし、廃炉作業が収束せず、自然災害の多い状況においては、測定データによる継続的な環境汚染の状況把握が必要だということに変わりはないと考える。
(谷村暢子)
11. ふくしま復興ステーション「試験操業の状況」
https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/list274-860.html
12. スズキ(魚)ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/スズ キ_(魚)
13. 「放射性セシウム汚染牛「全頭検査」の限界」白田茜、
2011.10.07 jbpress.ismedia.jp/articles/-/24624)。
14. 「農林水産高度化事業(平成15-18年度) イノシシの生態解明と 農作物被害防止技術の開発」
http://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/chougai/ino-HP/ino-eco.htm
15. 環境省「除染情報サイト」
http://josen.env.go.jp/about/efforts/forest.html
16. 消費者庁「風評被害に関する消費者意識の実態調査(第13回))
https://www.caa.go.jp/notice/assets/consumer_safety_cms203_200
310_02.pdf