崩れる原子力の夢 ―破たんした東芝・ウェスティングハウス連合―
崩れる原子力の夢 ―破たんした東芝・ウェスティングハウス連合―
創業1875年の名門東芝が経営危機に瀕している。原因は2006年に買収した米国の原子力関連企業ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー(以下、WEC)での巨額損失だ。いったい東芝で何が起きているのだろうか。
発端
WECは1886年創業の総合電機メーカーだった。同社は、全国的送電網を構築し、放送においても大きな役割を果たし(米国三大放送ネットワークのひとつCBSも同社子会社だった)、原子力の分野では加圧水型炉(PWR)の分野で支配的な地位を占めていた。しかし1970年代以降、経営危機に直面したWECは部門を切り売りしはじめ、1999年、最後に残った原子力部門を12億ドルで国営の英国原子燃料公社(BNFL)に売却した。しかし、BNFLは2005年、原子力ルネサンスが声高に謳われる中、WECを売却すると発表した。当時のアラン・ジョンソン貿易産業相は売却の理由の一つとして「現在WECは中国で4基の原発を輸出しようとしているが、それは大変高リスクな戦略であり、納税者がそのようなリスクを負うべきではない」と説明している。
WECの売却に対してGE・日立連合、三菱重工などが入札したが、2006年、東芝が54億ドル(当時の為替レートで約6,600億円)で買収することが決まり、最終的には東芝が77%(41.58億ドル)、のちに問題となる米国大手エンジニアリング会社のショーグループ(以下、Shaw)が20%、石川島播磨重工業が3%の持ち分を持つことになった。この価格は、当初BNFLが予測した売却価格である18億ドルに比べて3倍の高値であり、その後、東芝は高値掴みしたWECの企業価値を維持することに苦しむことになる。
のれん処理問題
一般に、企業を買収したときに、買収価格と買収企業の純資産に差額がある場合、その差額を「のれん」として計上する。WECの場合、東芝は約29.3億ドル(当時のレートで約3,500億円)をのれん代として計上した。のれん代の処理には大きく分けて、定期的に一定割合の減価償却を行い、さらに減損があった場合、償却を行う日本会計基準と、減価償却は行わず、減損の必要がある場合に償却する米国会計基準とがある。東芝は米国会計基準を採用しており、2016年までは償却の必要なしとしてきた。ところが、米国では、WECの「新規建設」、「オートメーション」(監視制御システムの導入・保守など)、「サービス」(メンテナンス)、「燃料」という4つの部門単位で減損テストを行い、前2部門で計1,156億円ののれん減損を行っていたのに、日本では減損を行っていないことが判明した。その後、東芝は2016年4月に2,600億円ののれん減損を行った。なおWECは2006年以降燃料サービス部門は黒字だったが、建設部門では多くの年度で赤字を計上していた。
中国・米国での原発受注問題
買収後、もともと保有していた沸騰水型炉(BWR)に加え、海外市場で主流のPWRの技術を保有し、さらに原子力の上流から下流までの技術の大半を備えた東芝は、積極的な原発輸出攻勢を行った。2008年度の経営方針説明資料によれば、2015年までに33基の受注と、2020年には原子力部門の事業規模を1兆円に拡大する方針を示していた。2015年でも世界で64基の受注を目指すとしていた。
なお、同じ説明資料で、WECの原子炉AP1000については、中国で4基、米国でサザン電力、SCANA電力、プログレス電力からそれぞれ2基、また東芝のABWRでは、サウステキサスプロジェクト(STP)から2基を受注すると発表していた。しかし、このいずれの計画も現在、大きな問題に直面している。
WECは中国で2006年、三門、海陽原発でそれぞれ2基のAP1000建設を受注した。2009年に建設が開始され、当初は2014年から15年にかけて稼働するとされていたが、福島第一原発事故の影響を受けた規制強化に伴い、現在は、2018年に稼働時期が延期されている。
さらに、米国での原発事業はより深刻な問題に直面している。東芝は、2008年に米サザン電力からジョージア州のボーグル原発3・4号機の建設と、同じく2009年にSCANA電力からサウスカロライナ州のV.C.サマー原発2・3号機の建設を請け負った。しかし、これらの原発建設計画は遅々として進まず、2016~18年にかけての稼働予定が、2019~20年に延期されている。なお、工事の完了率はボーグル原発で36%、V.C.サマー原発で31%とされている。工事計画の遅延に伴い4基合計で61億ドルもの巨額のコスト超過が発生していた。
ストーン・アンド・ウェブスター問題
これら4基の原発建設遅延の原因の一つが、工事を請け負った原発建設会社ストーン・アンド・ウェブスター(S&W)だった。S&Wはもともと上述のShawの傘下にあり、東芝、WECと連携して米国の原発建設事業を進めてきた。ところが、2013年に、シカゴ・ブリッジ・アンド・アイアン(CB&I)がShawを買収した(なお、2011年、ShawのWEC持ち分20%を東芝が買い取り、10%をカザフスタンのカザトムプロムに売却している)。工期遅延にともない、S&Wが巨額の損失を抱えた結果、CB&Iと東芝が損失の負担割合を巡って争う関係になった。加えて、電力会社から工期遅延によるコスト超過分の負担をもとめられ訴訟沙汰になっていた。
2015年、東芝はWECによるS&W買収を決めた。この買収でWECはS&WのAP1000にかんするプロジェクトのすべての責任を負い、CB&Iを免責、さらに、原発建設が完了した暁には、CB&Iに対して報酬を支払うこととしていた。当時の東芝の発表によれば、この買収は「米国プロジェクト全体の一元管理・遂行が行える推進体制を構築」するためだったが、一方で、「米国のプロジェクトに関し現在訴訟となっているものも含め、全ての未解決のクレームと係争について和解」し、「価格とスケジュールを見直すことにも合意」した。具体的にはWECは追加コストとしてサザン電力から3.5億ドル、SCANA電力から2.86億ドルを受け取ることとなった。この金額は実際の追加コストと比べて著しく低いものとなっている。つまり、S&Wの買収は、電力会社や建設会社とのもつれた関係を整理するためだったといえる。
その後、2016年12月にS&Wの抱え込んでいた負債が明らかとなり、東芝は2017年3月の臨時株主総会でS&Wののれん6,253億円(53.68億ドル)と原子力関連のその他ののれん872億円の合計7,125億円を全額減損処理すると発表した。3月29日にはWECは米国の連邦倒産法11章に基づく再生手続きを申請した。
残る問題
東芝は海外での原発建設事業から撤退するという。しかし依然として経営リスクは残されている。例えば、米国でABWRを建設するはずだったSTP計画だ。当初STPは、米電力大手NRGエナジーが88%を、東芝が12%を出資する原発事業会社ニュークリア・イノベーション・ノース・アメリカ(NINA)が2基の原発を建設する計画だったが、福島第一原発事故後、NRGエナジーは撤退していた。東芝はその後も計画を維持し、さらに、同原発で発電された電力を消費するためのフリーポートLNGプロジェクト*の権益を入手している。このプロジェクトについては最大約1兆円の損失リスクを抱えている。
ほかにも東芝は原発関連で多くのリスクを抱える。2005年の英国政府高官の弁はまさに現在の東芝を予見していたかのようだ。
*シェールガス液化事業(テキサス州)。東芝は2019年から20年間、220万トン/年のLNGを購入する。シェールガスの液化には大量の電力を消費するため、権益を購入したが、販売先は見つかっていない。
(松久保肇)