福島原発、地震・津波・原発の複合災害に翻弄された記録

『原子力資料情報室通信』第452号(2012/2/1)より

福島原発、地震・津波・原発の複合災害に翻弄された記録
―政府の事故調査・検証委の中間報告―

原子力資料情報室・共同代表 山口幸夫

報告書ができるまで

 2011年の3・11東北地方太平洋沖地震によって引き起こされた東京電力・福島原発の事故について、政府の事故調査・検証委員会の中間報告書が2011年12月26日に公表された。本文が507ページ、資料編212ページという大部なものである。最終報告書は2012年夏頃を目指しているという。

 事故調査・検証委員会は今回の事故の原因と事故による被害の原因を究明するために、2011年5月24日の閣議決定によって設立された。国民の目線に立って開かれた中立的な立場から多角的に事故調査・検証を行い、被害の拡大防止及び同種事故の再発防止等に関する政策提言を行うことを目的にしている。(http://icanps.go.jp/post-1.html )

 「失敗学」で知られる畑村洋太郎氏が委員長に任命され、委員会は全10名のメンバーから成る。さらに委員長の指名で2名の技術顧問が置かれた。事務局には、各省庁からの官僚のほかに社会技術論、原子炉過酷事故解析、避難行動等の専門家8名が選ばれた。それらの専門家を長とした「社会システム等検証チーム」、「事故原因等調査チーム」、「被害拡大防止対策等検証チーム」の3チームが設置されている。

 この委員会の特徴は、従来の原子力行政から独立した立場で、技術的な問題のみならず制度的な問題も含めた包括的な検討を行うことが任務であるとうたっている。

 委員会は8つの基本方針を示した。第一に畑村委員長の考えで進めるとし、第二に「子孫のことを考え、100年後の評価に耐えられるものにする」ことを掲げた。さらに、国民の疑問に答える、世界の人々の疑問に答える、起こった事象そのものを正しく捉える、起こった事象の背景を把握する、などの方針をあげている。

 委員会は関係者456名から総時間で900時間に上るヒアリングを行った。それらに基づいて、事故発生後の発電所における事故対処の経緯と実態、国・福島県・東京電力の対応、住民の避難と被曝などについて、精粗はあるものの、相当詳しく調査・検証が行われたことがうかがわれる。本報告書の特筆すべき点である。

報告書の内容

 それをひとことで言えば、巨大なエネルギーを人間が制御して利用できると思い込んだ集団が、いざというときに、ほとんど無力に近かったことが明らかになったということである。具体的に主な事例を列挙してみよう。

・ 地震に揺すられ、次にやってきた津波に襲われ、原子炉の中で何が起きているかを把握できなかった。1号機で非常用復水器(IC)が正常に作動していなかったことを認識できず、その後の炉心への素早い注水ができなかった。

・ 3月12日の1号機の原子炉建屋で水素爆発が起こった結果、混乱が増幅した。

・ 状況の推測と操作の誤りが続いたため、対応はすべて後手へ後手へとなった。

・ 情報が錯綜し、したがって、適切な判断ができず、東京電力のみならず官邸でも指揮系統が一貫しなかった。

・ 被害の拡大を防ぐための放射線の初期モニタリングに失敗した。

・ SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)が活用されなかった。そのために、住民に多大な犠牲を強いた。

・ オフサイトセンターが機能しなかった。右往左往した様子が明らかにされている。

 福島原発事故は未だ終息せず続いているが、報告書は中間報告の段階での問題点の指摘と提言を記した。主な内容を挙げる。

指摘

・ 津波・シビアアクシデント対策が不適切だった。それは、東京電力・保安院・関係学会などの原子力事業に関わる者の判断の甘さによる。

・ その甘さがどこからくるかといえば、自主保安に限界があり、規制機関の体制の不十分さがあり、専門分化・分業の弊害があるからである。

・ リスク情報を開示すると、それまでの情報の否定と受け取られかねないというパラドックスがある。

提言

・ 原子力安全規制機関を原子力推進機能から独立させ、透明性を持たせること。

・ 優秀な人材の確保と専門能力の向上を図ること。

1号機の非常用復水器が示す教訓

 最初に水素爆発した1号機には、他号機には設置されていない非常用復水器(Isolation Condenser、IC)というものがある。これは、原子炉内の圧力が高くなって爆発のおそれという危険な状態になると自動的に起動し、高い圧力の蒸気を原子炉の外へとりだし、熱交換によって水に戻すことで、原子炉内の圧力を下げる装置である。地震時に、このIC をめぐって運転員と東京電力の対策本部がどのように対処したか、報告書では詳しく検討されている。そして、この復水器の機能に支障をきたすような破断は、地震によってはなかったが、津波による全電源喪失によって機能不全に陥った、と結論する。

 だが、この装置については、「訓練、検査を含めてICの作動を長年にわたって経験した者は発電所内にはおらず、わずかにかつて作動したときの経験談が運転員間で口伝されるのみであったという。さらに、ICの機能、運転操作に関する教育訓練も一応は実施されていたとのことであるが、今回の一連の対処を見る限り、これらが効果的であったとは思われない」と報告書は明らかにしている。非常時において、炉心損傷を防ぐ手段として冷却を行うことは、何よりも優先事項のはずである。そのためのICの機能や取り扱い方法に関する社内の理解や運転習熟の現状がこのような状況であったことは、原発を運営する原子力事業者として極めて不適切であったと言うしかない、と東京電力を断罪しているのである。

 一般的に言って、技術が健全に存続できるためには、世代間できちんと伝承されることが必須の条件である。ましてや、原子力という危険を包含した技術の体系では、そのことは関係者間で特別きびしく自覚されねばならない。同時に、それが規制機関によって何重にも確認されていなければならない。はからずも、1号機のICが提示した教訓はきわめて大きいと言わねばならない。

地震動の影響

 中間報告では、M9.0という巨大地震が原子炉のシステムにどのような影響を及ぼしたかについては、きわめて不十分である。2、3、5号機の東西方向の最大加速度値は基準地震動(Ss)(1)にたいする最大加速度値を上回った。観測値と(基準値)は、それぞれ550ガル(438)、507(441)、548(452)である。くわしくは、今後の調査・検証に待ちたいが、新潟県中越沖地震における柏崎刈羽原発の前例を十分に踏まえる必要がある。柏崎刈羽原子力発電所の構造物、設備、機器などがM6.8 のその地震から受けた影響をどう判断するか、再開派と慎重派の専門家の間で見解が分かれたままになっている。このたびの地震は数分間にわたって強い揺れが続いた上、余震の回数も3月31日までに234回と、中越沖地震の場合にくらべて遥かに多かったのである。よほど慎重な検討が必要である。

 2号機について、東電がおこなった通り一遍の解析が記されている。原子炉圧力容器、格納容器、主蒸気系配管などの重要な機器や構造物に加わった荷重の計算値はいずれも評価基準値(2)を下回ったとしている。だが、この種の計算値は入力パラメータを少し変えればまるで変わってしまう。2号機は運転歴が37年の老朽化原発である。その事実をどのように考慮したのか、全く不明である。

100年後の評価に耐えるために、
技術者・科学者の倫理の問題

 報告書は提言のなかで、優秀な人材と専門能力の向上とを挙げている。だが、それだけでは、「原子力ムラ」が出来てしまうことを防ぐことはできない。「優秀」という表現の中には、技術者・科学者以前に人間として高い倫理感を持つことが含まれていなければならない。倫理観の欠如した専門家集団に、原子力の規制を期待することはできない。

 報告書では、「処遇条件の改善、職員が長期的研修や実習を経験できる機会の拡大、原子力・放射線関係を含む他の行政機関や研究機関との人事交流の実施など、職員の一貫性あるキャリア形成を可能とするような人事運用・計画の検討が必要である」と記述されているが、そういうレベルの問題ではあるまい。

 100年後の評価に耐える報告書を目指すならば、この問題に関する深い洞察と方針の提起が必要ではないか。いったんは国家が決めた原子力政策であっても、批判的に見直し、政策を修正・変更できるような人材を養成しなければならないと考える。私見では、大学などの専門家教育以上に、初等・中等教育にさかのぼって教育の本質という問題を考え直す必要に迫られているのである。夏を目指す最終報告書に大いに期待したいところである。

いくつもの事故調査委員会

 東京電力は2011年12月2日、全130ページの「福島原子力事故報告書(中間報告書)」を公にした。第一原発の1?6号機、第二原発の1?4号機について地震発生からの運転者としての対応を時系列で記述した。それをもとに、設備面の事象に焦点をあてて、そこから導きだされる技術的課題への対応を主にしたものである。

 問題の1号機のICについては、「手順書で圧力容器保護の観点から原子炉冷却材温度変化率が55℃/hを超えないように調整することとしており、また、手順書に基づき手動で適切な圧力制御を行っていることから、設備・操作とも問題はないと考える」と主張している。政府の事故調査・検証委員会と対立する主張である。また、確認できる格納容器外の部分を目視確認したところ、本体、配管等に損傷はなく、配管破断等で高圧蒸気が大量に噴出したような状態は認められなかった、としている。ICが機能喪失したのは津波に起因する電源喪失による、と言う点では変わらない。総じて、政府の事故調査・検証委員会の中間報告に比べて、東京電力の報告書は楽観的である。

 さる12月初めに発足した国会の事故調査委員会もこの夏を目途に報告書をまとめるという。民間の事故調査委員会も活動を始めた。これらによって事故原因の調査が進み、福島原発事故の原因が誰の目にも明らかにならなければならない。

 その結果を踏まえない限り、現在行われている原子力安全・保安院の「ストレステスト意見聴取会」で、定期点検後の原発の再稼働について保安院が判断をまとめ、原子力安全委員会が中心になって安全評価を判断するなどは論外である。過ちは繰り返してはならない。

(1)基準地震動Ss 施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動。

(2)評価基準値 鉄筋コンクリート造耐震壁の終局せん断ひずみに2倍の安全率をもたせたもの。

 

 

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