チェルノブイリ原発事故20年に向け、被害を過小評価するIAEAへ抗議の声を

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参考
チェルノブイリ原発事故20周年シンポジウム(イベントちらしを追加)

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■チェルノブイリ原発事故20年に向け、被害を過小評価するIAEAへ抗議の声を
振津かつみ(チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西)
『原子力資料情報室通信』379号(2006.1.1)

■チェルノブイリ事故による総死者4000人?
京都大学原子炉実験所 今中哲二
反原発新聞 第333号 2005年12月20日

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チェルノブイリ原発事故20年に向け、被害を過小評価するIAEAへ抗議の声を

振津かつみ
(チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西)

『原子力資料情報室通信』379号(図版除く)

■IAEA主催の「チェルノブイリ国際会議」?被害の過小評価に被災国の医師たちが反発

 9月6?7日、ウィーンで開催された、国際原子力機関(IAEA)主催、チェルノブイリ・フォーラム(IAEA、世界保健機構(WHO)、国連開発計画(UNDP)、国連環境計画(UNEP)、国連科学委員会(UNSCEAR)、世界銀行、ベラルーシ・ロシア・ウクライナ共和国政府などで構成)協賛の国際会議「チェルノブイリ:未来に向けた回顧―事故の影響と将来についての国連の共通認識に向けて」
www.iaea.org/NewsCenter/MediaAdvisory/2005/chernobyl.html
www-ns.iaea.org/meetings/rw-summaries/chernobyl-conference-2005.htm
www.iaea.org/NewsCenter/Focus/Chernobyl/index.shtml
に参加した。会議の前日に発表されたプレスリリースでは、「IAEAやWHOの専門家グループは5日、放射線被ばくによる最終的な死者数は約4000人と推計する調査結果を発表した。史上最悪の原発事故による死者数については、数万人~数十万人とするさまざまな推計があったが、これまでを大幅に下回った。」(9月6日付「毎日新聞」)と報道された。この「死者4000人」という数は、すでに本誌376号の短信でも指摘されているように、60万人(1986?87年の事故処理作業従事者、30キロ圏内からの移住者、高汚染地域居住者のみ)という限られた対象についての推定である。また、がん・白血病以外の疾病による死亡についてはまったく評価されていない。そして全体で80万人とも言われる事故処理作業従事者、650万人にのぼる被災3国の(「高汚染地域」以外の)汚染地住民はもちろんのこと、地球的な規模での広範囲におよぶ放射能汚染による被曝被害については評価の対象にもせずに切り捨てたのである。IAEAはこの会議を通じて「チェルノブイリの放射線被曝による被害はそれほど深刻ではない」との国際的宣伝を「20周年」に向けてさらに強め、原子力利用を推進しようとしている。

 事故後20年を経て、「チェルノブイリの放射線健康影響は小児甲状腺がんとロシアの高線量被曝の事故処理作業従事者の白血病増加のみ」というのが会議で報告された健康影響についての主要な見解であった。「事故処理作業従事者の白血病増加」は、IAEAが10周年の時には言及してもいなかったもので、「新たに認めた」点である。しかし、他のがんや遺伝的影響などについては、事故処理作業従事者、移住者、汚染地域住民のいずれについても、「統計的に有意ではない」「報告によって結果が異なるので評価が定まらない」「被曝量や汚染レベルとの相関関係がみられない」などの理由で、「放射線の影響と言えるものはない」と主張。循環器疾患などのがん以外の病気の増加は、「ストレス」「貧困」「アルコール依存やたばこ」などといった社会的・精神的な問題であり、「放射線の影響ではない」「不安をあおるような誤った情報がかえって人々の健康の悪化を引き起こしている」などと断言した。現実に出ている被害を真摯に受け止めて検討するのではなく、「チェルノブイリのような低線量の被曝ではそもそも健康影響は出るはずがない」との考えがIAEAの見解の大前提になっている。

 これらの結論から導かれた今後の「支援対策」として、「貧困対策」「経済難からの復興」「生活スタイルの改善」「ストレスの軽減」などが強調された。また、これまで「汚染地域」に指定されていたところも「放射能測定をやり直した上でその指定をはずし、再居住や農業の再開、企業の誘致などをして経済の復興をはかるべきだ」ということが明言された。

 しかし実際には、私たちが支援しているベラルーシの汚染地などでは、汚染レベルの再測定もなされないまま「被災地の指定」がはずされ、施策がどんどん打ち切られているきびしい現状がある。会議に参加した被災3国の政府代表者もIAEAやUNDPなどの見解を積極的に評価し、「とても効果的な対策だ」と歓迎する発言をした。このような動きは、現地での被害者切り捨ての施策にさらに拍車をかけるものであり、私たちとしてはとうてい容認することはできない。

 会議の会場では、マスコミ報道にはあまり出なかったような議論も聞くことができた。主催者側の報告者のほとんどがアメリカやフランスなど欧米の原子力推進国の研究者たちであったが、唯一、ロシアの研究者としてパネリストになっていたY.イズラエル氏は、「被災3国からの今回の会議への参加者数が10年前の会議の時よりもかなり少ないことは問題だ」と不満を表明した。また、会議に参加した被災3国の医師や研究者たちからは、討論の中でフロアから「チェルノブイリの被害はこれからだ」「これでチェルノブイリ研究を終わらせるようなことをしてもらっては困る」「原子力エネルギーの問題も含めて真剣に考えるべきだ」など、不満、反発と抗議の発言が相次いだ。彼らの多くはチェルノブイリ・フォーラムの「専門家グループ報告」の作製にもたずさわった人々でもある。会議を主導したIAEAと現地で調査に協力した医師・研究者の間にも見解の相違があり、この会議の報告が実際には「国際的コンセンサス」にはほど遠いものであることは明らかであった。

 NGOでは、グリーンピースが参加し、ロビーで汚染地のようすを撮影した写真展示などを行なった。またオーストリアの環境保護団体「グローバル2000」のメンバーは会場の入口付近で「原発を止めろ!」の横断幕を掲げ、「欧州の原発廃止100万人署名」に取り組んだ。

 会議の討論の中で、IAEAの見解に異を唱える発言をしたグリーンピースの代表に対し、議長が「グリーンピースも(チェルノブイリの被害を過大に宣伝して)人々の不安をあおるようなことはやめてもらいたい」というようなことを言って、かなり失礼な対応をする場面もあった。今回の会議の運営にも「放射線影響研究所」(放影研)が深くかかわっており、議長を放影研前理事長のB.ベネット氏が務め、最後はかなり強引にIAEAの主張でまとめた。「被爆60周年」という節目を迎えた広島・長崎にある放影研が、チェルノブイリ事故の5周年、10周年に引き続き今回もヒバクシャをないがしろにするような役割を果たしたことは決して許されるものではない。

■世界各国からもIAEAに抗議の声

 IAEAのこのような動きに対し、世界各国から批判と抗議の声が上がっている。

 チェルノブイリ事故10周年にIAEAを裁く「永久人民法廷」を組織したロザリー・バーテル博士(カナダの「公衆の健康を憂慮する国際研究所」創設者)は、今回のIAEAのプレスリリースに対し、事故による被害を「死亡」だけに限定し、「すべての深刻な健康障害や疾患を排除している」、「非科学的」で「惨事にみまわれて苦しんでいる人々にとって何のなぐさめにもならず」、「被害者に責任を転嫁し、さらに慢性被曝を押し付けることを提案している」と批判するコメントを発表した(9月10日)。

 「グリーン・ロシア」(A.ヤブラコフ代表)などロシアの4つの野党政党は、IAEAの報告は「被害者への支援プログラムを切り捨てるためのもの」「原子力産業は原発推進のためにチェルノブイリをこの世から忘れさせようとしている」と批判し、被災3国および欧州諸国の諸政党に対して「安全なエネルギー開発の方策」とチェルノブイリ事故被害者に対する社会的補償を求めるよう呼びかける声明を発表した(9月17日)。ウクライナの公的研究機関である「放射線医学研究センター」の研究者たちも抗議の声明文を準備中とのこと。

 11月12日にはベルンで、「核戦争防止国際医師会」(IPPNW)のスイス支部主催、ベルン大学医学部協賛のシンポジウム「事故処理作業従事者の健康?チェルノブイリ事故後20年」が開催された(私はウラン兵器禁止国際連合?ICBUWのジュネーヴでのワークショップへの参加の帰途、こちらのシンポジウムにも参加)。IPPNWスイス支部は、事故後10年、15年にもIAEAによるチェルノブイリ事故被害の過小評価を批判し、また、「WHOが放射線の健康影響についての報告をする際にはIAEAの了承を必要とする」というIAEAとWHOの間の合意(1959年調印)を破棄するようにWHOに働きかける取り組みなどを行なって来た。今回のシンポジウムも、9月のチェルノブイリ・フォーラムの報告では無視され、反映されなかった「被災国の科学者の声」に焦点をあてるべく、被災3国およびカナダ、スイスからの14名の医師・研究者を招いて報告を行なった。

 ウクライナの医師からは「5195名の事故処理作業従事者の眼科的フォローを1991年から行なっているが、白内障や網膜の疾患(網膜の微小循環不全や変性など)の頻度が対照群よりも高く、罹患率も年々増加している。眼科疾患の罹患率と作業者の被曝量の間に相関が認められる」(放射線医学研究センター、K.フェディルコ)、「事故処理作業従事者に慢性疲労症候群や精神疾患が多い。放射線が中枢神経細胞へ影響を与えた可能性が示唆される」(同センター、K.ロガノフスキー)との報告があった。

 ベラルーシの医師・研究者からは「9万4798人の事故処理作業従事者の1993?2000年のがん登録によると、ベラルーシの非汚染地域住民と比較し、全がん、大腸がん、泌尿器がんで有意な増加が認められる」(国際サハロフ環境大学、A.オケアノフ)、「事故処理作業従事者の健康障害の約40%が循環器疾患であり、その増加率はベラルーシ国民全体の罹患データと比較して数倍高い」(循環器臨床病理研究所、D.ラジューク)などの報告がされた。

 スイスのみならず、ドイツ、フランスなど近隣の国々から医師やジャーナリスト約100名が参加し、活発な議論がなされた。「スウェーデン北部のチェルノブイリ放射能汚染地域の住民がん登録を汚染レベル別に解析したところ、汚染レベルに応じた全がん罹患率の増加が認められる」との論文(J Epidemiol Community Health 2004;58:1011-1016)を昨年発表したスウェーデンの疫学者、M.トンデル氏もシンポジウムに参加していた。彼の論文は、低線量被曝の影響を示唆する貴重なデータでもあるが、チェルノブイリ・フォーラムの報告書ではなぜか無視されている。IPPNWスイス支部はシンポジウムのプレスリリースでこの論文を引用し、チェルノブイリ被害の広範な影響についても警告した。

 2006年4月には、グリーンピースなど、欧米、ロシア、ウクライナのいくつかの反原発団体、環境保護団体がキエフで、また、IPPNWドイツ支部はベルリンで、それぞれ「チェルノブイリ原発事故20周年の国際会議」の開催を予定している。いずれもIAEAの見解を批判し、原子力利用に反対する国際的取り組みとして準備されている。

 私たち「チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西」もIAEAに対して「チェルノブイリ事故の被害者と、現地の医師・研究者の声を真摯に受け止め、チェルノブイリ被害過小評価の見解を撤回するように求めます。核の軍事利用も『平和利用』も共にヒバクと放射能汚染をもたらすものです。『人類と核の共存』はありえません。私たちはIAEAに対し、チェルノブイリ原発事故の教訓を学び、原子力利用の推進をやめるよう強く求めます」との抗議・要請文を送った(12月4日「チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西発足14周年の集い」で採択)。チェルノブイリ原発事故20年に向け、世界と日本各地の運動と連帯し、現地の被災者をほんとうの意味で支援し、「チェルノブイリを終わらせよう」としているIAEAなどの動きを批判し、対抗していけるようさらに取り組みを進めたい。

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関連記事

チェルノブイリ事故による総死者4000人?

京都大学原子炉実験所 今中哲二
www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/

はんげんぱつ新聞 第333号 2005年12月20日

 9月6日の新聞は、(ウィーンで開かれているチェルノブイリの会議で)「IAEAやWHOの専門家グループは5日、放射線被ばくによる最終的な死者数は約4000人と推計する調査結果を発表した」(毎日)と報じた。「これまでに亡くなった人が4000人」かと思って記事を読むと、「今後ガンで亡くなる人を含めた事故による総死者が4000人」ということで、ずいぶん数字を値切ってきたなと感じた次第であった。チェルノブイリ事故によるガン死数の見積もりは、1986年のソ連政府報告に基づくと約4万件で、私たちのその頃の独自評価は、ヨーロッパを含めて10?40万件であった。

 さっそく[url=http://www-ns.iaea.org/meetings/rw-summaries/chernobyl-conference-2005.htm]IAEAのホームページ[/url]から会議の一連の資料(全部で560ページ)をダウンロードし、死者4000人の中身を調べてみた。分かったことは、これまでの明らかな死者が約60件(急性障害死28人と急性患者のその後の死亡19人、子ども甲状腺ガン死9人)で、ガン死(白血病を含む)が3940件とされていることであった。その内訳は、事故処理作業者20万人から2200件、30km圏避難民11.6万人から140件、高汚染地域住民27万人から1600件、つまり合計約60万人の対象者から3940件ということらしい。

 来年4月で事故から20年になるのを機会に、IAEAなどの国連機関や被災3カ国の専門家が「チェルノブイリフォーラム」という集まりをつくって新たなデータを基に健康影響の再評価を行なったところ、以前の推定に比べて小さくなったとされている。ところが、資料を読み込んでみると、今回発表されたガン死の評価は10年前のIAEA会議での報告と同じものであった。ただ(高汚染地域ではない)汚染地域住民680万人に対するガン死5000件を全体の勘定から外したというだけである。この5000件がなぜ無視されたのかは明らかでないが、フォーラムの専門家が、事故の影響をできるだけ小さく見せたがっているということだろう、と私は解釈している。

 これまでの死者60人は、被曝との因果関係を含めて明らかにされている最低限の数字と考えるべきだろう。

 IAEAなどによるとチェルノブイリ周辺の住民には急性放射線障害は1件もなかったことになっている。ところが、ソ連崩壊直後の1992年に事故当時の共産党秘密文書が暴露された。
www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/kpss/protocol.html
www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/browse.cgi?code=740011
それによると、1万人を越える周辺住民が病院に収容され、子どもを含め多数の放射線障害が報告されていた。ソ連の秘密体制下では、チェルノブイリについて語ることは堅く禁じられていた。事故直後のドサクサで起きたことをはじめ多くのことがいまだ闇の中にあると私は確信している。

 チェルノブイリ事故による子どもの甲状腺ガンはこれまでに4000人で、そのうち9人(ベラルーシ8、ロシア1)が死亡したとフォーラム報告は述べている。ウクライナで死亡例のないことが不思議であった。しかし、先月訪問したキエフの内分泌研究所では15?20件の死亡例があり、死亡率は約5%とのことだった。

 被曝とそれにともなう健康影響の“科学的解明”にこだわると、チェルノブイリという巨大な災厄の全体を逆に見落としてしまうのでは、と危惧している。たとえば、「移住により職を失ってアル中になり、はては肝臓を患った」というような例は、被曝にともなう影響ではないが、チェルノブイリ事故の影響であることは確かであろう。科学的アプローチで明らかにできることはもともと限られていることを自覚しておきたい。

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