耐震設計を揺さぶった8.16宮城県沖地震(『通信』より)

耐震設計を揺さぶった8.16宮城県沖地震(『通信』より)

『原子力資料情報室通信』382号掲載(図表略)

原発老朽化問題研究会 湯浅欽史

 私たちの住む列島弧は激震地帯であり、原発に適する立地点はないと私は考えています。しかしそれでもなおかつ立地可能な場所を求めて、ある地点に着眼するとします。その場所について、地震による原子炉の災害を「定量的」に調べようとします。その検討は大まかに三つの段階にわけられます。

■地震の三つの段階

 第一段階は、その場所の付近の、地中深いところで、断層(地盤のズレ)が生じ、そのズレが地盤振動となって地震と呼ばれるのですが、では最大どのくらいの規模(エネルギー)の地震がおこりそうか、ということです。地震を表わす数値としては、マグニチュード(M)および震央距離や震源深さ、となります。Mが1.0大きくなると地震のエネルギーは約32倍です。

 地中深くで生じた地震が地盤中を地震波となって伝わってきて、地表付近をゆらし、そのゆれを私たちの体が感じて、それを地震動と呼びます。ではどのくらいの規模の地震動になるか、というのが第二段階の問題です。数値では、加速度(単位:ガルcm/s^2)や速度(単位:カインcm/s)で表わしますが、地震動の特性として、周期や継続時間などがあります。第三段階は、その地震動によって原子炉建屋や機器類にどんな力が加わるか、その力にたえられるか、どのくらい放射能が放出されるか、などを計算することになります。

 以上のように、どこにどんな地震がおきるかという第一段階と、その地震によってある地点がどうゆれるかという第二段階は、区別して考えねばなりません。国や電力会社は、その両方とも精度良く予測できると今でも主張しています。しかし第一段階について、この何年かをみただけでも、兵庫県南部地震(1995)、鳥取県西部地震(2000)、新潟県中越地震(2004)、福岡県西方沖地震(2005)と、たて続けに「予想外の地点に予想外の大地震」がおきています。大地震のおきかたは予測できるどころではない、ことがはっきりしてきています。予想外の大地震のあとで、国や学者たちは「よく調べてみたら大地震がおきても不思議ではないことがわかった」「丁寧に調べれば大地震がおこるかおこらないか予測できる」などと弁解めいた“科学的”報告書を出しています。

 しかしそれは、おきたという事実を前提として、おきた後からかすかな痕跡をひろいあつめて、おきたことの説明に都合の良いデータをつなぎ合せて、苦労して考え出した理屈です。おきる前にはおきそうな証拠とおきそうもない証拠が入り混じっているのが普通で、だからこそ事前には、はっきりとは予測されていなかったわけです。根拠が明明白白なら、おきる前からだれかに予測されていたはずです――警告を無視した事例が往々にしてあるにしても。おきたから「おきても不思議ではないという理屈」が書けたということは、予断をもって、おきるという結論を導きたくて、いわば“偏見”によって作ることができた報告書ということです。要するに、おきる前に大地震が予測できるということと、おきた後に理屈を考え出せることとは、まったく別の思考のあり方です。科学的推論とは本来そのようなものであることを、肝に銘じなければなりません。同じようなことは、電車がカーブを曲れなくてマンションに突っ込んで多くの死傷者を出した、1年前のJR福知山線事故での専門家のコメントでも言えます。「予想外の事故」も事故後に調べてみれば「おこるべくしておこった事故」なのです。予想が的中して事故になったのであれば、その責任者は業務上過失致死罪ではなく、殺人罪で起訴されねばなりません。

■短周期で設計値を超えた

 地震発生のメカニズムが解明されてきているにもかかわらず、地震動を定量的に推定することの困難さが、ますます明らかになってきています。ここでは上の第二段階に注目して、ある地震が地下深くでおきたときにそこから地震波が伝わってきて、ある地点の地震動がどうなるか、地面の表面がどうゆれるかを、昨年の8.16宮城県沖地震について考えてみましょう。

 原子力の安全を考える石巻市民の会、みやぎ脱原発・風の会、若狭連帯行動ネットワーク、原子力資料情報室、の4団体は、1月18日(市民側54名)、2月10日(同25名)の2回にわたり、対政府交渉をもちました。女川原発で観測された地震動が、原発機器類にとって危険な0.03?0.4秒の短周期の地震波に関して(短周期とは振動数が高いビリビリとくる振動で、戸建住宅ではもっと長周期の0.2?1.0秒が危険)、それが現行指針の設計用地震動を何倍も超えていたことについては、本誌376号でお知らせしました。それについて、東北電力の報告書を容認した国の誤りを追及したのです。

 地震の規模と震源からの距離から、岩盤上の地震動の大きさを求めるやり方の一つに「日本電気協会の手法」というのがあります。それで計算した推定値に対して各地の観測記録が何倍となっていたか、を示したのが図1です。このグラフの縦軸は、多くの地震に関して、周期0.1秒以下の波について平均した値です。東通地点、女川地点、福島地点、と3枚あるうちの1枚で、この女川地点では、図で網かけした震源が30キロより深い地震では、推定値よりも観測値が何倍にもなっています。設計に用いた地震はM7.4・震央距離48キロ、地震動は250ガルなのに対し、今回の地震はM7.2・震央距離73キロ、地震動は284ガルでした。「遠くの小さな地震なのに大きなゆれ」となったのは現行指針の地震動推定方法(大崎式)が間違っているからだ、と私たちは批判しました。それに対して、現行指針は正しいが「女川地点の地形的・地質的特異性によるもの」と称し「調べたらわかった」として東北電力が出してきたのがこの図1でした。

 同じ「宮城県沖地震」であっても、それがどこに発生しどこに伝わるかで、大きさも振動特性もまったくちがう地震動を地表にもたらすことが、これら三地点の観測値を比べてみればはっきりしています。「内陸直下型はいざしらず、プレート型のメカニズムはわかってきた」との印象を私は抱いてきましたが、研究が進めば進むほど、「地震動を精度良く数量的に予測する困難さがはっきりしてきた」と言い直さねばなりません。

 女川原発の3号機は1996年に設置許可を得ていて、その時点で最新の知見にもとづいて耐震設計をしたことになっています。それまでに、プレート境界地震およびスラブ内地震では短周期地震動が強いこと、震源が深いほど地震動が大きいこと、などが知られてきていました。しかしそれらの知見は、安全審査にとり入れられませんでした。

■断層モデルのつくり方の誤り

 もっとはっきりしているのは、女川原発のサイトでの地震動を推定するために作った、1978宮城県沖地震を模擬する断層モデルの作り方が誤っていることです。断層モデルとは、地下深くで地震が発生するメカニズムをモデル化するものです。’78地震は、M7.4、震央距離65キロ、深さ40キロということがわかっていて、記録が得られた各地での観測値をうまく説明できるようにパラメータを調整して断層モデルを決めていきます。東北電力は、大船渡には合わないけれど宮古と石巻には合うようにパラメータを選びました(図2)。その理由を問い質された2月10日の席上、川原修司・統括安全審査官は、大船渡に合せると宮古・石巻が合わなくなるので「1対2」になってしまうからと答え、市民からの「多数決で決めたのですね」との念押しに、首をタテに振りました。図2の大船渡での観測値に合せた断層モデルでは、女川での地震動は2?4倍に推定されていてしかるべきでした。96年の安全審査で、もしその断層モデルを用いていたならば、その地震動は設計地震動を上回ってしまうので、設計地震動をもっと大きいものに改訂していたはずです。そうしておいたなら、今回の8.16地震でも「設計地震動を越えた」騒ぎにはならなかったはずです。すなわち、女川3号の安全審査は、’78地震を過小評価したからパスできたのでした。

 どの地点の観測値に合うパラメータを選ぶかは、国のいう“多数決”でいいのでしょうか。地震波の伝わりかた、地震動の増幅されかたは、言うまでもなく地表付近の表層地盤の性質に大きく左右されます。硬ければそれほどでもなく、軟らかいと著しく増幅されます。女川を含めた4地点の表層地盤を下の表にまとめました。

 S波速度とは地盤中を地震波が伝わる速さで、硬い地盤ほどS波速度は大きくなります。この表の浅いところのS波速度をみると、宮古では120?230、石巻では400で、S波速度が小さい軟らかい表層がありますが、大船渡と女川では1500と1300で、いきなり硬い地盤が地表に現われています。地盤はわかっていましたが、78年ころの女川にはまだ観測点がおかれていませんでした。女川での地震動を模擬する断層モデルを作ろうとするなら、当然にも大船渡の観測値に合うように、すなわち大船渡に大きな地震動をもたらすような、したがって女川にも大きな地震動をもたらすような断層モデルを作るべきでした。「宮古・石巻vs.大船渡なら2対1」ではありえません。地盤条件を無視した“多数決”での安全審査は誤りだ、と国を追及したのでした。

 さらにもう一つの問題があります。政府の地震調査研究推進本部(略称・推本)は、宮城県沖にM7.6の地震がおきる可能性を発表しています。その場合、どんな地震動が女川原発を襲うことになるのでしょうか。推本は、女川よりも遠い東北大学での観測記録に合うようにパラメータを選んで、断層モデルを作りました。しかし東北大学は女川よりも震源から遠いので、東北大学に合せると短周期成分は減衰してしまいます。そのような推本の断層モデルを踏襲した東北電力は、地震規模(エネルギー)は8.16宮城県沖のM7.2から想定宮城県沖のM7.6へと4倍にもなるのに、女川地点での地震動はそれほど大きくならない、と報告しました。

 実際に昨年8.16地震が起きているのですから、東北大学ではなく女川での観測記録に合せるようなパラメータを選んで断層モデルを作るべきです。それによる短周期成分の大きい模擬地震動が設計地震動を超えるかどうかを判断し、推本が予告している想定宮城県沖地震に対処すべきです。このことを追及されて沈黙した川原審査官に続いて口を開いた野口康成・安全審査課長補佐は、「断層モデルを変えてもあまり変らないと思う、計算はしていない」「当時の専門委員の先生方に聞くつもりはない、我々は答えられるだけの人的キャパシティーを持っていない」と、唖然とするような回答で開き直ったのでした。

 2001年7月からはじまった耐震指針の見直しが、いま大詰めを迎えようとしています。地震地帯に立地した原発からは目が離せません。改訂された指針に適合しない老朽化した既存原発への措置がどうなっていくのか、注目されます。なお、2回の対政府交渉を実質準備された大阪府立大学大学院・長沢啓行教授に、図版など多くを負っています。記して長沢氏に感謝します。(06.3.18記)

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