原子炉圧力容器の脆化(ぜいか)の予測は可能だろうか ―40年超の関電・美浜原発3号機の再稼働は許されるのか―
2020年9月、原子力規制委員会(以下、規制委員会)は審査の結果、日本電気協会(以下、協会)が新たに定めた規格「JEAC4206-2016」をエンド―ス(是認)しないと結論した。協会は再検討を求められている。規制する側が電力業界側の規格を認めなかったことは、かつてなかった。原発の心臓にあたる圧力容器がどのように劣化していくのか、予想する方法を見いだせない懸念が生じているわけである。
1) 原発の圧力容器の安全性を保証するための規格は協会がつくり、国(規制委員会)がこれをエンドースする仕組みだ。原発の運転経験を積んで知見が増えてくると、それを取り入れて協会が数年に一度改訂する。もっともなことである。ところが、協会の最新の2016年改訂版が不十分だと判断されて、規制委員会は協会に見直しを求めたのである。現在、40年超の美浜原発3号機が再稼働されようとしているが、老朽化が懸念される圧力容器の健全性は保証されるのだろうか? ややこしい話だが、老朽化と破壊のおそれについて、すこし丁寧に述べてみよう。
JEACとはJapan Electric Association Code(日本電気協会規格)の略。現行の「JEAC4206-2007」は2007年に制定されたが、かねてから、明白な誤りがあることが指摘されていたので、協会は根本的に検討し直して、2016年規格を定めたという経緯がある。
「JEAC4206」の記号がつく規格は、「原子炉圧力容器に対する供用期間中の破壊靭性(はかいじんせい)の確認方法」というもので、原発の寿命延長の是非を判断するために用いられる重要な規格である。原子炉の圧力容器は絶対に壊れてはならないので、寿命というべきものが決められている。3・11以後、原子炉等規制法の改正によって「原則40年、ただし、1回に限り最長で延長20年」と定められた(2013年7月)。関西電力の高浜1、2号機と美浜3号機が40年超の原発として、規制委員会から再稼働を認められ、美浜3号機がこの6月下旬にも、40年超の最初の例として、再稼働しようとしている。このときの再稼働の安全性評価は現行の「JEAC4206-2007」によっていた。
2) 原発では、緊急に炉心を冷やさなければならなくなったとき、厚さが約20センチの鋼鉄製の圧力容器の内側と外側に大きな温度差が生じる。小さなひびがあると、そこから一気に破壊してしまう(脆性破壊する)おそれがある。鋼鉄なのにと不審におもわれるかもしれないが、老朽化し、鋼鉄が脆(もろ)くなっていて(脆化が進んでいて)、緊急時には耐えられなくなっている心配があるからだ。
3) ものが壊れるとき、壊れ方によって、脆性破壊と延性(えんせい)破壊とに大別される。脆性破壊は、そのものの形がほとんど変わらないまま、ひびが急速に進展して、破壊にいたる壊れ方である。陶磁器やガラスなどが壊れるときにみられる。他方、金属製のものは延性破壊する。大きな力が加わっても、ものは変形しながら(形を変えながら、塑性変形しながら)、最後には壊れてしまう。
むかし、「延性・展性に富む」ことが金属の特徴だと学校で教わった。経験的にも、古くから知られており、引っ張れば延び、たたけばうすく広がる性質、つまり、塑性変形する性質があるので、いろいろの道具や器などを造るのに金属材料が使われてきた。とはいうものの、温度が関係する。金属は常温や高温では延性をしめすのに、低温になると延性の性質を失って、脆性をしめすようになる。延性から脆性に移り変わる目安の温度を脆性遷移温度と呼ぶ。
加圧水型原子炉で、新品の圧力容器は-20℃ほど以下になると、脆性をしめすようになる。廃炉になった九州電力・玄海1号機(1974年運転開始)の脆性遷移温度は、2009年の測定値で、なんと98℃という高い温度になっていた。原子炉水は315℃(150気圧)だが、鋼鉄製のその圧力容器は-20℃まで温度が下がらなくとも、98℃で脆性を示すというのだ。1976年運開の美浜3号機の脆性遷移温度は57℃、高浜1号機は99℃(2009年)。これは知られている限り最も高い値、2号機は40℃(2010年)である。3基とも、照射脆化が著しい日本の原発ワースト10(うち6基が廃炉)の中に入っている。
4) 1)でふれた「破壊靭性」の「靭性」とは、英語のtoughnessとか tenacityにあたる言葉で、ねばり強くて壊れにくい性質を意味する。材料が変形しても、なかなか壊れないときには靭性が大きいという。力に抗してねばるが、最後には壊れる。脆性とはあい反する性質である。問題の「JEAC4206」という規格は、原子炉を使用していると次第に圧力容器の脆化が進み、低温にならなくとも脆性破壊するおそれが生ずるので、そうなる前に予測して、破壊を未然に防ごうという判断基準をしめしたものである。
5) 圧力容器はなぜ脆化するのだろうか。圧力容器の内部、炉心には核燃料が装荷されており、中性子が飛び交って核分裂が起きている。その中性子は圧力容器の内壁にもぶつかるので(内壁が中性子照射されて)、内壁の金属中の原子を定位置から跳ね飛ばすことがある。すると原子がなくなった穴(空孔という)ができる。そして、空孔が集まって空孔の集合体(クラスター)ができる。あるいはまた、跳ね飛ばされた原子が別の原子と原子の間に飛び込んで、格子間原子というものになることもある。これらが集まって格子間原子クラスターができることもある。
いわば、一様な結晶構造になっている金属の中に、中性子照射によってこのような欠陥構造が形成され、時間がたつと積もり積もって、無視できなくなり、靭性が次第に小さくなってくる。それが経年変化だ。本来の金属の性質が失われていくので、経年劣化とか老朽化と呼ばれている。だから、脆化の程度の判断には脆性遷移温度がどれだけ上昇したか、知ることが不可欠である。
6) 原子炉の中には、脆化を予測するための監視試験片が入れてある。圧力容器と同じ物質組成でつくられている。容器内壁より少し内側、核燃料により近くにセットされるので、内壁よりも多く中性子を浴びる。定期検査の時にそれを取り出し、脆化の程度を調べる。
横軸に中性子の照射量をとり、縦軸に脆性遷移温度がどれだけ上昇したか、実測値をプロットすると、右肩上がりのカーブが描かれる。予測曲線と呼ばれる。しかし、カーブから大きく上方へずれている実測値もある。先ほどのクラスターの蓄積やクラスターの移動量、温度、浴びた中性子量、圧力容器鋼の中の銅などの不純物の量などが関係するが、信頼できる予測法が現在まで、得られていない。いいかえると、或る原子炉の圧力容器が年数を経てどれくらい危険な状態になっているかを判断する信頼できる方法が見つかっていないわけである。
7) 近年、欧米で使用されているマスターカーブ法という新しい考え方がある。「JEAC4206-2016」はそれを取り入れたのだが、エンドースされなかった。ここで詳しく紹介できないが、一つの材料をとっても、強度は一様ではなく、場所によって強弱が異なるとみなし、もっとも弱い箇所の強度で全体の強度が決まると考える(青野雄太「原子炉圧力容器の照射脆化に関する評価」(1)(2)(本誌、551号、552号)。
当室主催の「原発老朽化研究会」では、圧力容器の脆化の危険性について議論をかさねてきました。小岩昌宏・井野博満著『原発はどのように壊れるか-金属の基本から考える』(2018年、当室刊)の11~13章をご覧ください。この間、井野博満さんはじめ、老朽化研メンバーは菅直人衆議院議員の規制庁への3度のヒアリングに同席し、「JEAC4206-2016」の問題点を規制庁の担当者と意見交換してきました。井野・青野「原子炉圧力容器の破壊靭性評価はいまどうなっているか」(『科学』2021年8月号)で、その様子を知ることができます。ぜひご参照下さい。
(山口幸夫)