朝鮮民主主義人民共和国の核開発について

2006年10月12日

朝鮮民主主義人民共和国の核開発について

古川路明(理事)
2006年10月12日

朝鮮民主主義人民共和国(以下、「北朝鮮」)が10月9日に核実験を実施したと伝えられている。大きな問題となっているが、信頼できる情報が伝えられていないようにみえる。

北朝鮮の核開発をめぐる話題は高度に政治的であり続けているが、それを考えるときには技術的な観点からの考察を忘れてはならない。この問題について、核爆発の規模、核兵器製造までの道のりと放出放射能の問題に重点をおいて私の考えを述べてみたい。

1.今回の核爆発の規模

核爆発の大きさを知るには、地震波の観測結果を解析する以外の方法はないであろう。その点について、信頼できる情報がない。前に「小さいのは韓国によるM3.58、大きいのは日本によるM4.9」と伝えられたことがある。この内容を言い換えると、推定する人によって発生したエネルギーに約100倍もの開きがあることになる。これでは、爆発がどのようであったかが明らかにならない。私はこの問題について知識が乏しいので、これ以上のことは書けない。地震学と地質学などの地球科学の専門家による解析を待ちたい。
bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9860202648
www.jma.go.jp/jma/press/0610/11a/20061011kitachosen.html

2.核物質の確保

核兵器製造には、中性子照射によって核分裂を起こすウラン-235またはプルトニウム-239を確保せねばならない。

天然ウランの中に0.72%しか含まれていないウラン-235の存在度を90%以上に高めた物質が高濃縮ウランであるが、その製造には高度の技術と多大のエネルギーを必要とする。1945年8月6日、”Little boy”と呼ばれたこの型の原子爆弾が広島に投下されたが、当時のアメリカでは長時間をかけてようやく手に入れた高濃縮ウランを用いてつくられたものであった。現在ではこのような核兵器は一般的ではない。

北朝鮮は核兵器をつくるだけの高濃縮ウランはもっていないと考えてよい。残るのはプルトニウムである。プルトニウムの製造には原子炉が必要である。

北朝鮮でプルトニウム製造に用いられる原子炉は5,000キロワットの電気出力をもち、黒鉛で中性子を減速し、炭酸ガス(二酸化炭素)で炉心を冷却する型で、天然ウランを燃料とし、熱出力は25,000キロワットにおよぶ。

3.原子炉内に存在するプルトニウム

プルトニウム-239は核兵器製造にもっとも適した核物質である。プルトニウム-239は、ウランの主要な同位体であるウラン-238の中性子捕獲によって生じるウラン-239がベータ崩壊を繰り返して生じる。

原子炉内に存在するプルトニウム-239の重量は生成する核分裂生成物の重量から推定できる。問題の原子炉の熱出力を25,000キロワットとし、1年間連続運転したとする。235Uの1原子が核分裂した時に発生するエネルギーは2億電子ボルト(3.2×10^-11ジュール)、1年は3.15×10^7秒であるから、核分裂生成物の重量は、
(2.5×10^-7)÷(3.2×10^-11)×(3.15×10^7)÷(6.0×10^23)×233=9,500g、
約10キログラムとなる。

生成するプルトニウムの重量は核分裂生成物の重量の70%を超えないであろう。原子炉の年間の運転期間は通常80%以下であり、プルトニウム-239の重量は約5キログラムに下がる。

原子炉内のプルトニウム‐239は、中性子捕獲によってプルトニウム-240、プルトニウム-241へと変わってゆく。プルトニウム‐239の比率は、核燃料を原子炉内に1年以上おくと、60%まで下がる。プルトニウム-240は、アルファ崩壊に比べると小さな比率ではあるが、自発核分裂によって崩壊し、その際に中性子が放出される。そのために、二つに分けたプルトニウムを合わせて核爆発を起こそうとすると、プルトニウムのごく一部しか核分裂しない。プルトニウム-240は核兵器の製造には邪魔になる同位体である。

プルトニウム-239の存在度が高いプルトニウムを「核兵器級プルトニウム」といい、発電用原子炉などで生じるプルトニウムを「原子炉級プルトニウム」という。核兵器級プルトニウムを製造するには、速中性子を用いる高速炉によるか、核燃料を原子炉に入れた数ヶ月月後に取り出さねばならない。

北朝鮮の問題の原子炉を用いて核兵器級プルトニウムの十分な量を製造できるとは考えにくい。原子炉級プルトニウムでも核兵器が製造できるといわれているが、その際には核兵器級プルトニウムを用いる場合よりも高度の技術が必要であり、高い爆発の効率も期待しにくい。また、兵器の小型化は困難になるであろう。

4.プルトニウムの製造までの道

原子炉内にあった核燃料中に蓄積しているプルトニウムを利用するには、次のような道を通る必要がある。核燃料の中にある他の放射能から燃え残りのウラン(「減損ウラン」)とプルトニウムを分離する操作を「再処理」という。問題は強い放射線の存在の影響であるが、短寿命の放射能の減衰後におこなえば十分に可能である。北朝鮮でも、高度の性能をもつ施設とは考えにくいが、再処理の設備はあると推定できる。

核兵器級プルトニウムといえどもプルトニウム-240の混在は避けられないために、プルトニウムを用いる核兵器では、高濃縮ウランの場合と異なり、急速に核物質の小片を集めなければならない。火薬を用いる「爆縮法」と呼ばれる技術が利用される。1945年8月9日、”Fat man”と呼ばれた、球形に近い形状のプルトニウムを用いる原子爆弾が長崎に投下されたが、その後につくられる核兵器の主流となっている。

プルトニウムの生産が核兵器開発に結び付けられるのは当然である。1個の原子爆弾を製造するには3キログラム以上のプルトニウムが必要といわれている。プルトニウム-239の比率が低い原子炉級プルトニウムの場合は必要量が増し、かつ能率よく核物質を爆発させ難い。

5.北朝鮮の核開発

北朝鮮は30キログラム以上のプルトニウムを保有し、長崎型原爆5個以上を製造できるといわれてきたが、実際にそこまでいっていたかどうかには疑問がある。原子炉の出力は低く、核燃料は数年以上原子炉に装荷されていた可能性が大きいので、その中のプルトニウムは核兵器の材料として不適当なものである。3年以上前にTBS系で放映された「ニュース23」で、粗雑な使用済核燃料保管の実態を写していた。核兵器らしい核兵器を製造する技術的な基盤は十分ではないと思う。

ここまで書いてきたことは、他国から核兵器級プルトニウムが入ってくれば、すべて変わってしまう。北朝鮮は爆縮法の研究は進めていたと考えられるので、核兵器級プルトニウムが手に入れば、核兵器の製造は容易になる。核兵器級プルトニウムからはガンマ線がほとんど放出されないので、缶詰にされた1キログラムまでの核兵器級プルトニウムの運搬は容易である。

6.地下核実験で放出される放射能

放出された放射能について話題にされているが、専門家から見て不適当なことも報じられているので、以下に問題点のあらましを述べておきたい。

1)地下核実験で放出される放射能の量

今回は非常に少なかったと考えてよい。テレビ朝日でも放映されていたように、1970年にアメリカのネヴァダでおこなわれた地下核実験では放射能が外に出たことがあったが、今回はそのような事もなく、今のところ北朝鮮の中でさえ心配するような事態にはなっていないと思う。ただし、地下に残った放射能があれば、その影響は今後の問題である。
www.nv.doe.gov/library/photos/photodetails.aspx?ID=846
www.greenpeace.org/international/photosvideos/photos/ooops-this-underground-nuc
ndep.nv.gov/boff/photo01.htm
nuclearweaponarchive.org/Usa/Tests/Hardtack2.html
nuclearweaponarchive.org/Usa/Tests/Ht2blanca1.jpg

2)日本国内におけるガンマ線測定

国内でガンマ線測定器による監視がおこなわれているようであるが、これはまったく無駄である。この測定は感度が低く、かなりの放射能が日本に来た1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故の時にも国内の装置はほとんど感じていないからである。その頃のスウェーデンのストックホルムにおける測定では、大気中のセシウム-137(30年)の濃度が事故以前の100万倍になっているのに、この種の設備の読みは2倍にしかなっていなかった。

この設備は、原発のような原子力施設で事故が起こったときにその近くに設置されている場合に能力を発揮する。

3)大気、降雨中に含まれる放射能の測定

空気中の粉塵、または降雨を大量に採取して、その中に含まれる放射能の高感度測定をおこなうほうが有意義である。特に東北地方、北陸地方の日本海沿岸で試料採取をおこなうことが望まれる。存在すると考えられる放射能としては、モリブデン-99(2.7日)、テルル-132(3.3日)、ヨウ素-131(8.1日)、バリウム-140(12.8日)などが挙げられる。どの放射能もガンマ線を放出するので、検出は容易である。このような放射能が検出されれば、核実験がおこなわれ、その時に生じた放射能が大気中に入った証拠になる。

4)用いられた核物質と放射能の種類

検出されたいくつかの放射能についてその量を求めれば、用いられた核物質がウランであるかプルトニウムであるかがわかるという。その通りであるが、信頼できる結論を得るには、十分に注意をはらって測定し、様々な条件について配慮した解析をしなければならない。そもそも放射能が来なければどうにもならない。

5)放射能の検出と核実験の実施

いうまでもないことと思うが、日本での放射能測定で放射能が検出されなくても地下核実験がなかったことにはならない。実験がおこなわれても地上に放射能がほとんど出ないのが地下核実験の本来の姿だからである。

おわりに

今度の実験が何であったかについて多くの議論がなされているようにみえる。しかし、実験の規模もわからなくては何もいいようがない。核兵器の材料としてよいプルトニウムが得られていないとすれば、規模の大きい爆発が起こらなくても当然ではないか。

原水爆禁止日本国民会議「北朝鮮の核開発」
www.gensuikin.org/nw/n_korea.htm

核情報サイト「北朝鮮核実験特集」
kakujoho.net/susp/ntest.html

INSTITUTE FOR SCIENCE AND INTERNATIONAL SECURITY(ISIS)
www.isis-online.org
isis-online.org/publications/dprk/dprkplutonium.pdf

Congress’ Office of Technology Assessment
The Containment of Underground Nuclear Explosions, OTA-ISC-414
www.nv.doe.gov/library/publications/historical/OTA-ISC-414.pdf
www.atomictraveler.com/UndergroundTestOTA.pdf