世界原子力産業現状報告書(WNISR)2022年:原発は戦争に負けている

『原子力資料情報室通信』第584号(2023/2/1)より

 毎年公表される『世界原子力産業現状報告書(WNISR)』*の2022年度版が、22年9月に公表された。世界各地の原子力情報が詳細に調査され、全体的な傾向も明らかにしていて、広く信頼されている報告書である。2022年度の報告書は385ページに及ぶ。

*世界原子力産業現状報告書(World Nuclear Industry Status Report):主筆 マイケル・シュナイダー
 https://www.worldnuclearreport.org/


 2022年はウクライナ戦争が発生し、戦場にある原発は世界的に懸念されている。WNISRは「原発と戦争」の特集章も設けた。他には例年の「小型炉」、「廃炉の現状報告」「フクシマ現状報告」などの特集章もある。特集国には中国、フィンランド、フランス、ドイツ、インド、日本、韓国、台湾、英国、米国が取り上げられ、特にドイツとフランスではウクライ ナの影響のための燃料不足で原発の運転延期の議論が目立つ。日本でも燃料の値上げや不足が懸念され、 世論調査でも国民は前より原発の再稼働を賛成するようになり、政府も政策を大きく変えようとしているが、長期的には日本も原子力の見通しは良くないと書かれている。 世界の原子力の傾向2021年には世界の総発電量の原子力シェアは初めて10%を切り、9.8%だった。運転中の基数を見ても2022年半ばには411基が運転中であり、前年 に比べて4基減、2002年のピークに比べて27基減になる。国際原子力機関(IAEA)によると2021年末には437基の原子炉が運転中とカウントされているが、WNISRでは「長期停止」の原発を「運転中」とカウントしないので、相違が見られる。WNISR方式で見ると原発基数のピークは2002年で、容量のピークは2006年だったが、IAEA方式だと基数も容量も2018年がピークだった。ちなみにIAEAが2021年末に「運転中」とカウントしている長期停止の原発の23基は日本にある。
 再生可能エネルギーと原子力の比較データをみると、原発は終わりに向かっていることがよくわかる。 2021年には水力以外の再生可能エネルギーは約2.5万キロワットが世界の送電網に追加されたのに対して、原子力は0.4%の減少となった。原子力発電は 初めて世界の総発電量の10%を下回ったが、風力と太陽光発電の合計は初めて10%を超えることになった。2年連続世界No.2の原子力国になっている中国でさえ、2021年では風力の発電電力量は40%増加し、原子力の発電電力量の1.7倍を上回る状態になった(図1)。世界No.1の原子力国、アメリカでも同じ傾向であり、2021年では原子力発電量は2012年以来最も低いのに対して、再生エネルギーは今まで最も多い量となった。風力は13%増加、太陽光は25%増加した。

図1 中国による風力、太陽光、原子力の容量と発電量 2000年~ 2021年

 

 中国は国内では世界で最も多く21基の原子炉が建設中となっているが、国外には現在建設していない。国際原子炉市場は以前からロシアが支配し、2021年にも初めて原発を建設しているバングラデシュ、エジプトとトルコを含め、8カ国で18基を建設している。これらのプロジェクトに対する戦争や国際制裁の影響はまだ不明である。ロシアの他に自国ではない原発建設に関わっているのはフランスと韓国の会社のみになっている。
 相変わらず世界各地の原発の建設期間が延びていることが多く、合計53基建設中の原発のうち26基は予定より遅れている。廃炉もなかなか進まない状況であり、2021年末までには閉鎖した原発は初めて200基を超えたが、廃炉作業が終了したのはわずか22基、うち10基は利用制限のない更地になっている。


原発と戦争
 上にも述べているよう2022年にロシアの侵略によりウクライナで戦争になったことは、様々な面で世界のエネルギー供給に大きな影響を与えている。また、歴史上初めて、戦争で稼働中の商業用原子力施設が敵対勢力に直接攻撃され占領されたことで、今回のWNISRは「原発と戦争」の特集章を設けた。29ページを割いて、主に戦争下の原発のリスクを詳しく述べている。章の最後にウクライナ国立原子力規制監督局 (SNRIU)、IAEAとその他大手メディアが発表している情報をもとに、2022年2月24日から9月13日まで詳しいタイムラインが書かれている。
 リスクや安全問題については、福島第一原発の事故を経験した日本人にはなじみがあるように思った。原子炉を停止しても冷却し続けないといけないので、攻撃や停電により冷却が出来なくなると福島第一と同じようにメルトダウンに至ることになる。また使用済み燃料プールも冷却が必要だが、爆弾などによって部分的でも破壊が起きたら、水が流出し冷却できなくなる可能性も十分ある。地震と津波によっても戦争での攻撃によっても原発は同じような弱みがある。しかし、福島第一原発の事故の時は国全体で対策を取り組み、また世界的な協力を得て、必要な装置などを送り、必死で対応した。それでも深刻な問題をたくさん起こしたのだが、戦争の場合はこれでさえ対策できない可能性が大きいと思い、リスクは さらに高くなる。
 また、この章にも書かれているが、原発の現場で働く人は正確に仕事をできるような状況にはないので、事故を起こす可能性も高くなる。原発の維持作業も困難になり、必要な部品などが届かない可能性も高い。ウクライナの場合は電気の供給の半分ぐらいは原子力であったので、戦争で苦しむ市民はさらに停電で苦しむことになる。

 

「世界のどの原発も、戦時下で稼働するように設計されていない」
 地震と津波に耐えるための設計がされていたはずの福島第一原発だったが、結果的に悲惨な事故を起こした。今回のWNISR報告は2022年の大きな出来事、ウクライナ戦争の影響を様々な角度から分析している。戦争下での原発の危険性の面からもエネルギー確保の面からも原子力発電は撤退すべきであり、実際にも終わりの時代に入ってきた。           
                                   (ケイト・ストロネル)

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