連続ウェビナー報告 「原子炉の老朽化の現状と原因」②

『原子力資料情報室通信』第589号(2023/7/1)より

【第4回】原子炉圧力容器の加圧熱衝撃とは何か

(講師:高島 武雄 原発老朽化問題研究会)

 大学や工業高等専門学校で機械工学や伝熱工学の研究、教育に携わって来られた高島さんは、とくに水蒸気爆発の研究で知られている。5月10日のテーマにある加圧熱衝撃(PTS、Pressurized Thermal Shock)は、多くの人には馴染みのない言葉かもしれない。だが、脆化がすすんだ原子炉圧力容器が壊れるか壊れないかの判断には欠かせない知見だ。
 PWR(加圧水型原子炉)では、容器の中には150気圧に加圧された315℃の水が入っており、1次系の配管を循環している。もし、何らかの理由、例えば配管破断によって1次系から冷却水が流出するようなことが起こると、安全装置である緊急炉心冷却装置(ECCS)
が働いて、炉心を冷やすために冷却水が流入する(図7)。高温の圧力容器が冷却水によって急冷され収縮しようとして内面に熱応力(引張応力)が、外面には圧縮応力が生ずる。これが加圧熱衝撃という事象である。

図7 大破断LOCA

出典(https://www.jaea.go.jp/04/anzen/group/fsrg/LOCA.html)

 

 そこで、圧力容器内の表面にき裂のような欠陥があると仮定して、急冷で生じた応力によって応力拡大係数(KⅠ)が計算され、熱衝撃曲線が求められる。破壊靭性値(KⅠC)と比較して、もし、KⅠがKⅠCより大きくなると、圧力容器が破壊するおそれが生ずる(本誌前号、図6参照)。
 ここで、熱せられた圧力容器の内表面から冷却水に伝わる熱の大小が重要で、熱伝達率の値が必要になる。また、熱応力は内表面の温度分布に依存する。
 高島さんは規格JEAC4206-2007に基づいて、高浜1号機について計算したところ、熱伝達率が2kW/m2Kのときには、破壊靭性曲線と熱衝撃曲線が交差(デッドクロス)することが分かった(図8)。ただし、規格の指示にあるように「クラッド」(コーテイング)を考慮していない。ところが、電力業者は、大事な温度分布には「クラッド」を考慮し、応力拡大係数にはクラッドを取り除いて計算している。実にオカシイと高島さんは言う。

図8 PTS評価(高浜1号機の場合) h=2.0kW/m2K


 熱伝達率の値はJacksonとFewsterの2人が提案した実験式で計算することになっているが、この式は不合理だと高島さんは考えている。熱伝達率に実験値が無いことは大きな問題だと締めくくった。難しい話だが、『原発の老朽化はこのように』の18~22ページに名古屋訴訟の井上弁護士のかみ砕いた解説がある。

 

【第5回】監視試験片の代表性を問う
(講師:服部 成雄 原発老朽化問題研究会)

 服部さんは、工学部の冶金学科を卒業後、日立製作所の研究所で長年にわたって軽水炉構造材料の研究に従事。米国電力研究所、腐食防食学会、日中科学技術文化センターなどでも仕事をされてきた。
 5月17日の第5回ウェビナーの冒頭で、服部さんは2つの動画を見せて“脆化とはどういうことか”を説明した。鉄鋼の棒の両端を支えて、中央部を金槌で叩く。常温では強い力で叩いても折れないが、液体窒素(-196℃)に浸してから叩くと、簡単に折れてしまった。
なる(脆化する)。そうなる温度を脆性遷移温度(正確には延性脆性遷移温度)という。その測定方法として、シャルピー衝撃試験の様子を2つ目の動画でしめした(装置と試料について、本誌前号、図4)。横軸に温度、縦軸に吸収エネルギーをとりグラフを描くと図9のような脆性遷移曲線がえられる。ここで吸収エネルギーが41ジュールのときの温度が脆性遷移温度と定めている。しかし、低温部の平な部分から高温部の平な部分に一挙に移るのではない。温度の幅がある。つまり、延性と脆性とが共存する温度領域が存在するのである。

図9 低温脆性の遷移温度と照射脆化


 原子炉圧力容器の胴部は、鋼板材から円筒型に溶接し、それらをつなげて仕上げるのだが、各鋼材は溶解(チャージ)*が別々だ。だが、中性子照射脆化の監視試験片はそのうちの1枚から採取して使う。服部さんは、全部を使うべきであり、そうでないと脆化予測はできないと、3チャージからの試料での実例をグラフでしめした。
 円筒型にするさい、溶接線近傍は溶接金属と母材が入り混じり、最高加熱温度は一様ではないために、異なった金属組織になる。これが溶接熱影響部(HAZ、Heat Aff ected Zone)
であり(図10)、照射脆化の生じ方が異なる。照射脆化の監視試験片は、母材金属、溶接金属、およびHAZの部分からと3種類の試験片で測定すべきなのだ。さらに、40年超の運転では初装荷の試験片は使い切っているので、試験片は再生させなければならないが、母材から以外にはできないと説明した。すなわち、原子炉圧力容器の照射脆化はきちんと監視できていないと服部さんは結論づけた。

図10 溶接部の母材、溶接金属、熱影響部(HAZ)の位置関係とHAZの組織

*圧力容器に使う鋼を溶解したときのロット番号のこと。チャージが異なると成分元素の含有量が違う心配がある。

 

【第6回】電気ケーブルの劣化
(講師:小山 英之 美浜の会)

小山さんは大学院で物理学の博士課程(素粒子論)を修了し、1991年から「美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(略称、美浜の会)」を結成。代表として精力的に活動されてきた。高浜原発MOX燃料訴訟や大飯原発訴訟などの原告団共同代表でもある。
 第6回目のウェビナー(5月24日)で、原子力プラントの電気ケーブルは1,000~2,000kmもあると話を始めた。それがどんなに長いか、長崎-東京の直線距離は、およそ1,000kmですと言う。ケーブルには3種類がある。計装ケーブル(温度、圧力などを測定)、制御ケーブル(制御棒、各種の弁を動かす)、そして電力ケーブルだ。
 周知の高浜4号の制御棒落下事件(1月30日)は、施工時のケーブル処置が不適切だった結果、年経て制御ケーブルに導通不良を引き起こした事故である。原子炉の制御に最も重要な電気回路に不具合をもたらしたわけである。
 電気ケーブルが老朽化して絶縁性能が落ちることをどこまで認めるかが、「運転期間延長」審査基準である(図11)。そして、ケーブルの破断時の伸びをどこまで認めるかが、「運転可能期間」を決める条件である。

図11 【評価例】:低圧ケーブル (関電の説明図)

 

 しかし、これらの判断基準には曖昧さがある。いわば二重の審査基準・判断指標だと小山さんは説く。関西電力は、その一方のケーブル破断時の伸びが運転可能の判断基準だとし、絶縁性能低下は問題にしなかった。ところが、重大事故模擬蒸気暴露の経過における絶縁抵抗値というNRA(原子力規制委員会)技術報告(2019年)というものがある(図12)。これによると、暴露が始まって60時間後には、「電気設備技術基準(省令)」のいう電路抵抗値の下限すらを下回る値になってしまう。これはまさしく基準違反である。
 小山さんは、このような矛盾する基準のもとですでに認可された(2016年)高浜1・2号機は審査やり直し、川内1・2号機、美浜3・4号機の期間延長申請は認めるべきではないと主張する。

図12 重大事故模擬蒸気暴露の経過における絶縁抵抗値

 
(報告:山口 幸夫)

 

 

 

 

 

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