国際核施設労働者調査(INWORKS)の最新報告~低線量率・低線量被曝の健康リスクがさらに明らかに~

『原子力資料情報室通信』第596号(2024/2/1)より

※著者からのご要請により、公開記事としました。

チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西(医師) 振津 かつみ

 

低線量・低線量率被曝の健康リスクが被曝労働者の国際調査でさらに明らかになった
 2023年8月、「国際核(施設)労働者調査」(INWORKS)(注1)の最新報告が発表された。この調査は、「長期にわたる低線量の電離放射線被曝の影響評価」を目的とした国際疫学調査である。世界でも最も大規模で情報の多い米英仏3国の13の核施設及び原子力機関(軍事用・商業用の両方を含む)のデータベースに登録された、総数309,932人(延べ1,070万人・年)の労働者の、70年余(1944~2016年)にもわたる死亡統計(死亡数103,553,うち固形ガン(注2)死亡28,089)と、その個人線量計のモニタリング記録に基づいた蓄積被曝線量(注3)(平均結腸線量:20.9mGy)などのデータを「統合」して解析した(表1)。 その結果、低線量率で、低線量域(注4)を主体とする電離放射線被曝を受けた労働者の、単位線量あたりの固形ガン死の過剰相対リスク(ERR/Gy)(注5)が、0.52(90%CI(注6):0.27-0.77)で統計的に有意に増加することを、被曝労働者のデータで明らかにした(表2)。

 今回の報告は、2015年に出されたINWORKSのガン死亡率調査(1944~2005年)の第一報に、10年以上の追跡結果(2012, 2014, 2016年に生存状況を確認)を追加した最新報告である。線量あたりの固形ガン死の過剰相対リスク値(ERR/Gy)は2015年の評価と同程度であるが、調査期間の延長によって、延べ人数(人・年)とガン死亡数が増えたために、統計上より信頼性の高い結果が得られている。
 もとより核施設労働者は線量計で個々人の被曝線量がモニタリングされている「特別な」被曝集団である。INWORKSの疫学調査は、情報がしっかりしている米英仏の原子力施設の労働者調査集団を統合した大規模国際調査であり、電離放射線への長期にわたる低線量率・低線量被曝を実際に受けたヒト集団を、何十年もの間フォローした結果を解析して、細胞・動物実験や、高線量率・高線量被曝を主体とする原爆被爆者のデータからの間接的な外挿ではなく、直接的な回帰で低線量域の被曝の健康影響を推定しており、調査人数、情報の量と質、調査・解析方法のレベル等において、優れた、信頼性の高い調査である。INWORKSでは、今回、主に報告された固形ガンだけでなく、白血病(及び造血・リンパ系の悪性腫瘍)と循環器系疾患などの非ガン疾患による死亡も調査している。(注7)

 

表1 INWORKSに含まれる調査対象集団の特徴:仏英米の核施設労働者(1944-2016年)
*推定線量が>0の労働者の間で.

 


表2 前回と今回のINWORKS報告 における線量あたりのガン死過剰相対リスク(ERR/Gy)の推定(注8)

 

INWORKS報告は 低線量・低線量率被曝リスクの過小評価への明確な批判

 国際放射線防護委員会(ICRP)は「1990年勧告」(74項)で、低線量・低線量率被曝による「確率的影響」(ガン・白血病などの後障害)の評価を、「高線量・高線量率における観察から直接に得られる確率係数を2分の1に減らし」、「この低減係数を線量・線量率効果係数DDREFと呼ぶ」ことを提唱した。それに対し、「放射線防護」目的を理由に、主に広島・長崎の原爆被爆者の高線量・高線量率被曝のデータから外挿して得られる値を「低減」して、間接的に低線量・低線量率被曝のリスクを評価することへの懸念が出され、低線量・低線量率被曝の影響を直接にヒト被曝集団で調査してリスクを評価する疫学調査が始められた。低線量でも統計的に有意な調査結果を得るには、調査対象人数を増やして統計的検出力を上げなければならない。
 そこで、WHOの傘下にある国際ガン研究機関(IARC)がコーディネートをして、カナダ、イギリス、アメリカの3カ国の核施設労働者の調査集団を統合して解析した調査(1995年)、さらに日本の原発労働者のデータも含む15カ国の被曝労働者の調査集団を統合した国際共同研究(2007年)が行われた。そして、この15カ国の調査のうち、約60%の情報を占める米英仏3国の調査集団を対象に、より正確で質の高い調査を行っているのがINWORKSである。
 INWORKSから報告されている核施設労働者の固形ガン死に関する線量あたりの過剰相対リスクの値(ERR/Gy=0.52[90%CI 0.27-0.77])は、広島・長崎の原爆被爆者の寿命調査(LSS)の高線量率・高線量被曝を主体とするデータを外挿して推定した男性被爆者の固形ガン死のERR/Gy=0.32[95%CI 0.01-0.50]と同程度であるが、むしろ高い値を示している。このことは、ICRPやUNSCEARなどが、LSSの高線量率・高線量被曝のデータを外挿して推定したリスク評価に、細胞・動物実験のいくつかの結果などを根拠として、「低線量率・低線量被曝ではリスクが低減される」と決めつけて過小評価していることに対する、明確な批判となっている。
 原爆被爆者のLSS(1950-2003年)とINWORKS(1945-2005年)のガン死のデータの比較を、より詳しく解析した論文が、2021年にINWORKSから出されている。この論文では、二つの異なる調査集団のデータを比較するためにLSSの対象者のうち被爆時年齢が20-59歳だった86,611人を抽出し、INWORKSの308,297人と比較している。(但し、両者の性比がかなり違う[男性の割合:LSS 36%, INWORKS:88%]ので、調整して比較。)平均結腸線量は、LSSで115.7mGy、INWORKSで16.4mGy。詳細は割愛するが、結論として、固形ガン死(潜伏期5年)のERR/Gyは、LSSでは0.28(90%CI 0.180.38)、INWORKSでは0.29(90%CI 0.07-0.53)と、同程度の値になっており、低線量・低線量率被曝によるリスクの「低減」は認められないことが確認されている。

INWORKS最新報告(2023)の主な内容
今回の2023年INWORKS報告論文の主な内容は下記である。放射線(低LET放射線、主にγ線)の低線量率・低線量被曝を受けた労働者調査集団において:
1)外部被曝による蓄積線量(結腸線量に換算)に応じて、全ガン死、固形ガン死のリスクが増大し、 その線量あたりの過剰相対リスク(ERR/Gy)の増加は統計的に有意であった。(表3)
2)固形ガン死の線量・影響関係は「直線関係」である。(図1)
3)1)、2)については、100mGy未満でも、さらに50mGy未満の低線量域に限っても、固形ガン死について、統計的に有意なリスク増加が認められた。(表4)
4)広島・長崎の原爆被爆者の寿命調査(LSS)と比較して、INWORKSのERR/Gyは、統計的に同じ程度の値ではあるが、むしろ高かった。INWORKSでは、低線量率・低線量被曝での「リスクの低減」の証拠は認められなかった。(DDREFを用いて表現するなら、「DDREF=1」である。)
5)以上の結果は、今後の「放射線防護」の基準の議論に重要な情報を提供するものである。

 


表3 INWORKSにおける 線量あたりの死因別過剰相対リスク(ERR/Gy)の推定(注9)

 

図1 INWORKSにおける蓄積結腸線量区分別固形ガン死相対リスク

 

表4 INWORKSにおける 線量あたりの固形ガン死過剰相対リスク. 線量区分を制限した解析.

 

 図1は、潜伏期を10年とした固形ガン死の相対リスクと蓄積線量との関係を表したものである。全線量域で線量・影響関係は、直線モデル(直線関係)で「 適 切に表す」ことができることを示しており(注10)、 ICRPのように、「低線量域の方が高線量域に比べて、線量あたりのリスクが低い(傾きが緩やかになる)」としてリスクを過小評価することはできない。
 また図1では、比較的低線量域(例えば100mGy以下)では、全線量域の解析よりも線量・影響関係の直線の傾きが急峻になっており、表4でも、より低い線量に限定して解析するほど図の傾きに相当するERR/Gyの値が大きくなっている。INWORKSの報告論文の筆者らは、全領域の傾きが比較的低線量域より低くなっていることについて、「健康労働者効果healthy worker eff ect」によるバイアス(偏り)ではないかと考察している。つまり、高い蓄積線量には長期雇用労働者が多く、長期雇用労働者は短期雇用労働者よりも高い蓄積線量になるが、短期雇用の労働者よりも罹患率が低い(より健康)で、仕事が続けられているという可能性が考えられる。いずれにしろ、観察された比較的低線量域での傾きそのものは、「その線量とガン死との関係の直接の証拠」として重要である。
 表4で重要なことは、低線量域に限定した解析結果で、100mGy未満でも、さらに50mGy未満の低線量域に限って解析しても、固形ガン死について、統計的に有意なリスク増加(信頼区間の下限値が正)が認められていることである。原爆被爆者のLSSでも、被曝線量と固形ガン死との有意な相関関係の見られる最小線量レベルが検討され、「0-150mSv」と報告(2003年の報告)されているが、INWORKSでは、低線量被曝のデータでは「0-50mGy」となっていて、LSSより低い。

INWORKS報告も力に 政府に低線量・低線量率被曝の健康リスク過小評価撤回、福島原発事故被害者の健康・生活保障を求めよう

 日本では、福島原発事故後、 数百万人の人々が法令で担保されている「一般公衆の被ばく限度1mSv/年」を超える被曝を強いられ、「20mSv/年以下」を条件に汚染区域の避難解除が進められる中で、住民の蓄積被曝線量も増え続けている。それにもかかわらず、「100mSv以下は明らかな健康影響の証拠ない」という宣伝が、事故直後から政府や電力・原子力産業、「原子力ムラ」の専門家から大々的になされた。そして今尚、環境省による「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料」(2022年度版,p.86)には、「100~200mSv以下の低線量域」の影響を疫学的に検出するのは難しい、「150mSvより低い線量では、直線的にリスクが上昇するかどうか」明らかではない、さらには、原爆のような高線量率・高線量被曝に比べて、低線量率の方が「総線量が同じでも影響のリスクは低くなるような傾向が、動物実験や培養細胞の実験研究」で明らかになっている、などの一面的な評価が、「リスク・コミュニケーション」として国民に流布され続けている。その一方で、原発事故被害者への医療費支援等の打ち切りを始め、被害者の健康と命、暮しを守るために国が責任を持って行うべき支援を次々と切り捨てているのは言語道断である。
私たちは、INWORKS報告の内容も運動の力にして、原発事故被害者と連帯し、このような日本政府の放射線の健康リスクの過小評価撤回と、原発事故被害者への医療費等支援の継続、国の責任での「健康手帳」交付など「被爆者援護法」に準じた新たな法整備、生涯にわたる健康・生活保障を行うよう求め、運動を強めよう。

世界の良心的科学者とも連携し原子力産業による核被害の強要を阻止する国際的動きを
 原子力産業は、軍事・商業用を問わず、ウラン採掘から原子炉、核廃棄物処分に至るまで、放射線被曝によって労働者や住民(特に先住民など植民地支配の下に置かれた人々)の健康と命を犠牲にしながら、自らの利益を確保し存続できるよう、データの隠蔽をはかり、原子力産業の利益を守る専門家を動員してリスクの過小評価を行ない、「放射線防護」の基準を設定してきた。一方、放射線の健康影響を誠実に調査・研究・報告し、人々の健康を守るための貴重なデータを提供してきた良心的な科学者たちもいる。特に1960年代から、アリス・スチュアート(注11)をはじめ、疫学調査の結果に基づいて、低線量率・低線量被曝によるガン・白血病リスクを推定した研究者たちは、UNSCEARやICRPなどによる低線量被曝の健康影響の過小評価を厳しく批判し、世界の核被害者の運動や反核運動の高まりを背景に、1980年代にかけて、社会的にも重要な役割を果たした(注12)。 INWORKSの調査には、スチュアートらの流れを汲む研究者も参加している。これら世界の良心的な科学者の研究活動と、私たちの運動とが連携し、原子力産業による核被害の強要に歯止めをかけるような国際的動きをどう作っていくのかも今後の課題であろう。


(参考文献)
1) Richardson DB, Cardis E, et al., Risk of cancer from occupational exposure to ionising radiation: retrospective cohort study of workers in France, the United Kingdom, and the United States (INWORKS): BMJ. 2015 Oct 20:351:h5359. doi: 10.1136/bmj.h5359.
2) Richardson DB, Leuraud K, et al., Cancer mortality after low dose exposure to ionising radiation in workers in France, the United Kingdom, and the United States (INWORKS): BMJ. 2023 Aug 16;382:e074520. doi: 10.1136/bmj-2022-074520.
3) Leuraud K, Richardson DB, et al., Risk of cancer associated with low-dose radiation exposure: comparison of results between the INWORKS nuclear workers study and the A-bomb survivors study: Radiat Environ Biophys. 2021 Mar;60(1):23-39. doi: 10.1007/s00411-020-00890-7.

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1.International Nuclear Workers Study: INWORKS 
2.白血病など血液・造血系の悪性腫瘍以外のガン
3.固形ガンの解析には結腸線量、白血病など血液・造血系のガンの解析には骨髄線量に換算した線量を用いている。これは、原爆被爆者の「寿命調査」(LSS)など、他の放射線被曝の健康影響調査での解析と同様にして、比較検討できるようするためである。
4.国連科学委員会(UNSCEAR)などは、低線量を100mGy未満、低線量率を1時間以上の平均で0.1mGy/分未満として扱っている。INWORKSのプロフィールに依ると、労働者の94%が蓄積被曝線量(全身線量)100mSv以下であり、最も人数の多い線量区分は 0~5mSv(約12.3万人)、平均蓄積線量 24mSvと、個人蓄積被曝線量の分布が低線量域に偏っている。年間被曝線量(全身線量)は平均1.66mSv/年。(γ線の外部被曝の場合は、GyとSvは同じ値。)
5.過剰相対リスク(Excess relative risk: ERR)とは、相対リスクから1を引いたもの。相対リスクは、年齢、性別、国、その他の条件を一致させた対照群(この場合はベースラインのガン死亡率)と比べて被曝労働者の死亡率が何倍になっているかを示す値。
6.CI:信頼区間。過剰相対リスクの場合は下限値が正の値であれば統計的に有意な増加。
7. 白血病(2015年)、循環器疾患(2017年)に関するこれまでの報告でも、白血病、脳血管疾患・虚血性心疾患で、ERR/Gyの統計的に有意な増加が報告されている。
8.(表1~4)と(図1)は、潜伏期間10年と仮定して推定している。ERR/Gyは層別(国、年齢、性別、生年月日区分、社会経済ステータス、雇用期間、中性子被曝のモニタリング状況)に解析し、交絡がないことを確認・調整している。
9.INWORKSでは、労働者の喫煙歴など生活習慣に関する情報は得られていないが、固形ガンの増加に喫煙が影響(交絡)していないことを間接的に確認するために、喫煙との関連性が高い肺ガン以外の固形ガンのERR/Gyを求め、有意な増加があることを確認している。また、喫煙と関連性の高い非ガン疾患の代表として慢性閉塞性肺疾患と線量との関係を検討し、線量に応じて有意な増加が見られていないことから間接的に、この調査集団では喫煙による交絡がほとんどないことを確認している。
10.解析では直線性モデルの適合性検定を行っている。詳細は原典及びWeb appendixを参照。
11.胎内被曝による小児がんの増加を疫学調査で明らかにした(2mSvのレントゲン検査による胎内被曝でも小児がん・白血病が倍加する) アリス・スチュアートは、1960年代から、ICRPやUNSCEARなどによる低線量被ばくの健康リスクの過小評価を批判していた。
12.詳細は中川保雄著『放射線被曝の歴史』(増補版,明石書店,2011年)を参照。

 

 

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