困難な日本の被曝労働者の実態 喜友名さんの労災と結審を迎える長尾裁判
『原子力資料情報室通信』401号(2007/11/1)より
困難な日本の被曝労働者の実態
喜友名さんの労災と結審を迎える長尾裁判
渡辺美紀子
ずさんな労基署の対応と厚労省の怠慢
原発で働き、悪性リンパ腫で死亡した喜友名正さんの労災申請を、大阪の淀川労働基準監督署は、労働現場の環境や労働状況の検証をしないまま、不支給の決定をした。
悪性リンパ腫が認定の対象疾病ではなく、ウイルスが原因と判断し、りん伺(資料を添えて上級機関に判断を求めること)も行なっていなかった。6月の厚生労働省交渉で、りん伺にもどし、再検討するとの回答を得た。
今回の淀川労基署のずさんな対応の一因は、2004年1月、厚労省が長尾光明さんの多発性骨髄腫を労災認定したにもかかわらずそれをふまえた放射線被曝と関連ある疾患の扱いについて、周知徹底してこなかったことにある。長尾さんの労災が認定された後、04年2月に行なわれた交渉では、多発性骨髄腫を例示疾患リストに加えることを次に開かれる検討会の課題にすることになっていたが、未だに果たされないままでいる。監督官庁としての厚労省の責任を厳しく問いたい。
9月26日行なわれた厚労省交渉には、労働基準局の労災補償課の鈴木係長と労働衛生課の松本係長が出席し、喜友名さんの労災認定に関する質問に対して、以下のように回答した。
「りん伺の資料はまだ精査していない。業務上外の判断に必要なものがあれば、収集する。追加の調査が必要かどうかは10月中に判断したい。提出資料が少ないということは議論になっている。検討会の日程設定はまだしていないが、年内に1回は行ないたい。資料の提出は検討会が始まるまで可能で、検討会の資料に加える。悪性リンパ腫の補償例は調べた限りない。悪性リンパ腫が白血病類縁ということは認識しているが、認定の基準は別である。現在の基準は悪性リンパ腫を想定したものではない。被曝線量が高いということで認定するものではない。計画線量を超えている事例に関しては考えてみる」。
喜友名さんの過酷な被曝労働
本誌390号でも報告したが、放射線漏れの疑いがある現場に真っ先に入り、検査する役割だった喜友名さんは、短期間にきわめて高い線量をあびている。全国の加圧水型原発(泊、伊方、高浜、大飯、敦賀、美浜、玄海)や青森県の六ヶ所再処理工場で6年4ヵ月間で99.76ミリシーベルト被曝した。この被曝量は「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準」に規定された白血病の認定基準線量(5ミリシーベルト×従事年数)の3倍以上である。
喜友名さんの作業現場は、作業前に難易度にあわせて3日から3ヵ月のトレーニングを要し、あらかじめ作業手順をすべて覚えてから現場に入るという汚染のきびしいところで、計画線量すれすれや、超える場合もあった。
被曝量が多いと仕事を休むよう会社から言われ、沖縄に帰った。しかし、休職中は給料の補償もないので、すぐに仕事を求め働きに出た。喜友名さんは、日本非破壊検査協会の技術者技量認定試験を受けていなかったので、原発以外の製品検査等の仕事はできなかったという。
喜友名さんが働いた1997年から2004年当時は、原発の老朽化に伴う大型機器の交換や各所にひび割れなどが発生し、その対応で被曝線量が増加している。02年4月、ウィーンで開催された原子力の安全に関する条約会議で、日本の軽水炉1基あたりの年間被曝線量が先進国中で最大であることが指摘され、改善が求められた時期と一致している。その傾向は現在も続き、改善されないままである。
表1は、放射線業務従事者の5年間の働いた事業所数と被曝線量ごとの人数を示している。とくに複数の事業所で作業する労働者の被曝量が多いことがわかる。
多くの労働者が高い線量の被曝をしているにもかかわらず、日本の労災請求、補償の件数は、きわめて少ない。海外の補償状況はどうなっているのだろうか?
●イギリス
英国では当初、原子力産業における放射線被曝による障害の補償について、1965年の原子力設置法に基づき国家が負っていた。その後、次つぎに深刻な事故トラブルが多数発生する中で、労働者による訴訟が相次いだ。
英国核燃料公社(BNFL)と労働組合との間の協議により、訴訟によらない補償システムとして、1982年に放射線労働者賠償機構(Radiation Workers Compensation Scheme)が導入された。当初は死亡のみが対象だったが、1987年からは病的状態も含まれることになった。同年から英国原子力公社(UKAEA)の労使が参加し、その後多くの労使が参入するようになった。英国の670万の労働組合のうち、470万をカバーしている。
補償対象は、ICD-8(国際疾病分類第8版)の分類に従っている。ホジキン病、慢性リンパ性白血病などは除外される疾病となっているが、悪性リンパ腫は除外されていない。この23年間に約1200件の申請があり、106件が補償されている。
筆者が、2005年11月に来日した放射能汚染に反対するカンブリア市民の会(CORE)のマーチン・フォアウッドさんに労働者の補償がどうなっているか質問したところ、2004年度は30~40件に対し総額約500万ポンド(約100億円)がセラフィールド再処理工場の労働者に支払われたという。補償はサイト内で働く労働者に限られ、住民側からはダブルスタンダードと批判が出て、地域社会と労働者の間に亀裂が生じているそうだ。
最も汚染がきびしかった1950~60年代に働いた労働者に対しては、被曝量の記録がないとの理由で補償されていない。相談を受けて「労働組合に行きなさい」と助言したところ、組合の返事は「もう、遅すぎる」とのことだったそうだ。フォアウッドさんは、労働組合のメンバーに「あなたたちの重要な問題だから取り組むべきだ」と働きかけたが、その動きはないとのことだった。
●アメリカ
米国エネルギー省雇用者職業病補償により、鉱山、濃縮、原発、再処理、研究施設等の原子力開発関連施設の労働者らが補償対象となっている(本誌316号「低線量被曝影響の過小評価は許されない」で、この制度ができた背景を紹介)。
補償の対象となる疾病は、骨がん、腎臓がん、白血病(慢性リンパ性白血病を除く、最初の被曝から最低2年経過後の発症)、肺がん。最初の被曝から少なくとも5年経過後に発症した多発性骨髄腫、リンパ腫(ホジキン病を除く)、以下の原発性がん、甲状腺、男性または女性の胸、食道、胃、咽頭、小腸、すい臓、胆管、胆のう、膀胱、脳、結腸、卵巣、肝臓(肝硬変、B型肝炎に関連するものは除く)。
2001年7月31日から開始され、2004年10月27日までに放射線被害とベリリウム被害8万2315件の申請に対し2万4191件に全額で19億6358万1239ドル(約4400億円)支給された。04年10月28日から現在進行中の統計(07年5月9日までの集計)によれば、対象は化学物質の吸入にも拡大され、6万2887件の申請に対し5490件に全額で6億5135万1250ドル(約750億円)支給されている。
うち原発での補償をみると、シッピングポート原発の場合、01年7月31日~04年10月27日、160件の申請に対し支給は3件、補償額45万ドル(約5200万円)。04年10月28日~07年5月9日に、56件の申請に対し支給は1件、57万5000ドル(約6600万円)支給と、認定率はきわめて低い。
12月7日に結審する長尾裁判
福島第一原発などで働き、被曝し、多発性骨髄腫を発症し労災認定された長尾光明さんが東京電力に対し、「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)に基づいて、損害賠償を求める民事訴訟を提訴してから3年が経過し、いよいよ12月7日に結審をむかえようとしている。判決は来春、今年度内には出される見込みだ。
被告の東京電力は、私たちが求めるアルファ放射能汚染に関する資料提出について、「当時の記録がない」とする一方で、国の労災認定を否定し、時効など争点を増やしてきた。さらに、「長尾さんは多発性骨髄腫ではなく、骨の孤立性形質細胞腫である」と主治医の診断や国の労災認定を真っ向から否定している。
多発性骨髄腫の権威、清水氏の意見書
東京電力からの依頼に応じて、名古屋市立緑市民病院院長で名古屋大学大学院医学研究科臨床教授の清水一之氏が4回にわたって意見書を提出している。清水氏が主張する内容の中心は、長尾さんの骨髄に形質細胞が10%以上見つからないから多発性骨髄腫の診断基準を満たしていないというものである。しかし、清水氏自らが策定基準づくりの中心的役割を果たした最新の診断基準では、臓器障害など他の基準を満たせば多発性骨髄腫と診断できることになっており、長尾さんはこの基準を満たしている。意見書は新・旧基準の都合のよい部分だけを示して、長尾さんの多発性骨髄腫を否定しようとしている。
さらに清水氏は、多発性骨髄腫の世界的な権威である米国のメイヨークリニックのロバート・カイル博士とピッツバーグ大学のデービット・ルードマン教授に、診断の意見を求め、そのメールの内容を証拠として提出した。清水氏は、診察したことも会ったこともない長尾さんを、自身が診療している患者であるかのように、文面には、「患者は左鎖骨への治療以来、安定した生活を楽しんでいる」などと、長尾さんの状況を説明している。
長尾裁判弁護団は、長尾さんが骨病変を含むこの疾患に関係するさまざまな合併症に苦しんでいること、患者について正確な情報を伝えていない清水氏からのメールへの個人的な返信が、裁判の重要な結論を導く証拠となることを知っているか、また、メールがこの裁判の原告への保証を妨げる証拠として使われることを専門家としてまた道義的に望むかなどを両氏に問い合わせた。
両氏はともに事実を知らなかったこと、清水氏への返信に示した患者への評価は訴訟目的のための専門家の見解として解釈されるべきものではないことを伝えてきた。
許せない国の補助参加
厚労省が労災認定をしたにもかかわらず、国が、病気の事実すら否定する東京電力を勝たせるために補助参加し、第3回口頭弁論(05年4月22日)以来、文部科学省の担当者たちが東電側代理人と同じ席に座っている。
これは、原賠法と「原子力損害補償契約に関する法律」に基づくもので、原子力損害の発生原因から10年経過した後に請求されて賠償した場合、その損失については国が補償するとされている。
長尾さんは、1970年代後半に被曝しているので、東電が裁判で負けて賠償する場合、国に請求される可能性があるから、「東電を勝たせるために」補助参加しているというのだ。こんな論理がまかり通っていいのか!?
東電側はあれだけ医学・診断論争に固執していたにもかかわらず、結局、医学面での証人申請もしないまま結審を求めた。
昨年4月行なわれた大阪地方裁判所での長尾さんへの本人尋問以来、1年以上もの間、医学・診断論争に終始した。医学的意見や文献と向き合い、反論する作業に追われる状況だった。
厚生労働省が専門家を集め、3回の検討委員会が開かれて決定した初めての多発性骨髄腫での労災認定の意義をまったく認めず、一からやり直しのような裁判の進行には心底怒りを感じる。
2001年1月、米政府は核兵器開発施設の労働者たちに発症したがんが被曝によるものと認め、上記の米国の補償制度ができた。英国では、企業と労働組合が訴訟によらない補償システムをつくってきた。すべてバラ色ではないものの、このような被曝労働者の立場に立った機構が日本にも求められている。
【表1】放射線業務従事者の5年間の関係事業所数および線量(2001年度~2005年度)
www.rea.or.jp/kikaku/rea_news/50/50.pdf#hibaku-toukei(H17nendo)
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●原発で働き「悪性リンパ腫」で死亡した喜友名正さんの労災認定を求める全国署名
cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=572
●「喜友名正さんの労災認定を支援する会」への参加呼びかけ文、趣意・規約、経過の概要、関連資料
cnic.jp/files/sien-kiyaku-yobikake.pdf