止めよう印日原子力協力協定締結世界に大惨事をもたらす前に

 『原子力資料情報室通信』第498号(2015/12/1)より

クマール・スンダラム
(CNDP(核廃絶と平和のための連合)国際キャンペーン担当)

 安倍晋三首相はこの12月、インドを訪問し首脳会談に臨む予定だ。その際、日印原子力協力協定を締結する可能性があると報じられている。しかし。この協定は多くの問題を抱えている。そこで、インドでこの問題に取り組んでいるCNDPのクマール・スンダラムさんにインドとの原子力協力協定締結の持つ問題点を解説してもらった。なお、当室もこの協定の持つ問題点について調査レポートを発表したので合わせてお読み頂きたい。また、安倍首相の訪印に合わせて12月9日までだが、日印原子力協力協定締結反対のための国際署名キャンペーンを実施中だ。ぜひご協力頂きたい。(松久保肇)

印日原子力協力協定は単なる二カ国だけの問題ではなく、国際的な惨事を引き起こしかねないものだ。東京電力福島第一原発事故から5年目を迎えようとしている私たちは、その重要性を認識し、協定締結に反対しなければならない。
この協定は主に3つの問題を引き起こす。

1.福島原発事故後、壊滅の危機に直面していた世界の原子力業界は、インドをつかってその危機的状況から財政的に回復し、再び世界市場に返り咲くだろう。
原発はいま、高騰する建設コストや工期の長期化、市民の脱原発意識や規制強化にともなうコスト増、高効率で競争力の高い再生可能エネルギーの出現などの課題に直面している1)。そのため、原子力業界が主張していた「原子力ルネサンス」はインド、中国、その他いくつかのアジアの国の限られた原発建設計画を除いては実現化していない。インドには福島原発事故後の世界で最大の原発建設計画がある。世界の原子力産業は、緩い規制基準や貧困者に対する政治的な無関心さから、この国を魅力的な市場だとみなしているのだ。
日本企業のみが製造できる原発機材があるため、印日協定は米国やフランスがおこなうインドの原発建設計画にも欠かせない。なお、米国の原発大手GEとウェスティングハウスは日本の関連企業でもある。短期的には、この計画はフランスのアレバが建設する6基のEPR型原子炉、GEとウェスティングハウスが建設するそれぞれ4基の原子炉建設を意味している。日本企業にとっては一部の機器のみの供給にとどまり、ターンキーでの原発購入契約も今のところ無いことから利益はそれほど大きくない。報道によれば、米国とフランスは日本に対し、インドと可及的速やかに協定を締結するよう圧力をかけている。

2.この協定はインドの民衆、特に地方の最も弱い立場の人々の生存にとって深刻な脅威となる。インド政府はこれらの原発計画を、地元の反対や、人口過密地であることや、壊れやすく繊細な自然環境を無視し、人々に銃口を突きつけて強要している。こうした地域で、自然の恩恵を受けながら生活を営む何万人もの農民や漁民、女性や子どもたちにとって、原発計画はほんの少しの賠償金と引き換えの強制移住や、伝統的な職業生活の喪失も意味している。
原子力エネルギーは本来的に乗り越えられない問題を抱えている。世界は福島原発事故をうけて、「原子力安全」が矛盾した言葉であることに気がついた。産業界は「原子力安全」を追い求めて来たが得られず、遂に取り返しのつかない原子力事故を引き起こしたのだ。また、インドの原子力産業は透明性の欠如や、規制の独立の不十分さなどから、さらに危険な代物となっている。恐らく福島原発事故後、原子力規制をより弱めようとしているのはインドぐらいのものだろう。
原発メーカーに課せられた原発事故時の補償にかんする法的義務は今でさえ不十分であるのに、インド政府はそれを全力で取り除こうとしているのだ。
潜在的な事故リスクを抱える原発が無責任で欠陥のある運営に委ねられている。こうした状況はインドの巨大な官僚主義的無関心や汚職とあいまって、原発地元の貧困層に悲惨な結末をもたらしかねない。

3.現在、国際社会は核拡散リスクの増加に対応して、世界原子力産業レジームをより厳しくしていこうとしている。そのような状況で日本がインドと原子力協力協定を締結することは、核実験を実施した国への実質的なご褒美となり、国内外に対する悪しき前例となる。
インドは1998年に核実験をおこなった。差し迫った危機や挑発もない状況で、右派のインド人民党(BJP)政権が自らのイメージを強化するために実施したのだ。強いナショナリズムを求める姿勢は、インドのヒンドゥー化の促進とも絡み合い、少数民族やヒンドゥー教徒以外を抑圧する方向へ向かっている。今日、BJPはさらに強硬な指導者と暴力的な多数派のもとで再び政権を獲得した。インドの軍事化は南アジアに波及することだろう。南アジアにはインドとパキスタンという2つの核兵器国がある。両国間には幾つかの小さな衝突があり、たびたび国内政治を操作するために使われている。この状況は核攻撃の応酬にもつながりかねない。
また、印日関係が軍事的に転換したことも見逃してはならない。安倍晋三首相は兵器輸出を解禁したが、その最初の輸出先はインドとなる。インドは新明和工業製の水陸両用“救難”飛行艇US-2を購入する予定なのだ。インド洋で日米印の海軍共同訓練が実施された。米国、日本、インドが共同してこの地域における中国の進出に対抗するという、米国の戦略の一部と見られる。こうした動きはパキスタンと中国の懸念を高めている。

岐路にさしかかったインドの原子力の将来

 日本との原子力協力協定は、インドの原子力開発計画の重要な岐路と同時に訪れた。インドの新首相ナレンドラ・モディはBJPに所属しており、核兵器と原発を国家の誇りとしている。首相に就任してからこれまでの1年半で、モディは米国、フランス、オーストラリア、モンゴル、日本を訪問し、原子力協力を強く求めた。彼は、BJPが野党だった10年前に提起した限定的な留保*1ですらかなぐり捨てた。インドの原子力委員会(AEC)委員長に新しく指名されたシェカー・バスはモディの原発計画を後押ししている。彼は記者会見で外国の原発メーカーは国内のいかなる事故においても責任を負うべきでないと主張した。
インドの2010年原子力損害賠償法17条(b)では、原発事故が発生した際、インド原子力発電公社(NPCIL)が原発メーカーに損害を求償する権利を規定している。この条項は議会と市民社会の圧力のもと、当時のマンモハン・シン政権がしぶしぶ導入したものだ。当時、ボパール化学工場事故*2の裁判で企業側の罪をほとんど問わない判決が出されたことから、一般市民の激しい抗議がおきていた。この法律には、損害賠償額を極めて低く設定していることや、複雑な手続き規定などの多くの問題がある。しかし、この条項は海外と国内の原発メーカーにたいして限定的ながら歯止めとなった。
原発メーカーの責任を軽く、または、回避しようとする試みはすぐに始まった。発電公社と原発メーカーの間の契約内容においてそれは含まれている。さらに、2011年に策定した原子力損害賠償規則―2010年原賠法のガイドライン―において、インド政府は製造者責任の期間をわずか5年間に限定した。著名な法律家ソリ・ソラブジーはこの規定を、法の理念を歪める「越権行為」であると指摘している。
マンモハン・シンは首相としての最後の外遊で米国を訪問し、原賠法の再解釈―発電公社は原発メーカーに求償権を行使しない選択肢がある―を「おみやげ」として提案した。そして、彼はオバマ大統領に対して、インドの発電公社は国有企業であり、原発メーカーに対して求償権を行使することはないと保証した。しかし、この約束はGEやウェスティングハウスの懸念を払拭するには至らなかったようだ。彼らは大規模な原発事故の発生に伴って市民の圧力が高まるような状況になった場合、将来のインド政府がこの約束を守るかどうか、確信が持てなかったのだ。
外国企業はインド原賠法を、原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)から逸脱しているという点においても反対している。外国企業はCSCを国際標準として世界の国々が受け入れることを望んでいるからだ。皮肉なことにインドは、インド原賠法が制定される直前の2010年10月にCSCに調印した。そして議会に対してCSCを口実に国内法を改正するように促している。当時、CSC加盟国は少なく、今年4月にCSCは発効したばかりだ。インドは自らの原子力分野において魅力的な市場であるという立場を捉えて、発展途上国の人々にたいして十分な損害賠償額を保障するようCSCの修正を主張した。現在、日本の署名により要件を満たしたCSCは発効し、これから原発を受け入れる国々に対して原発メーカーを損害賠償責任から除外するように圧力をかける武器となっている。

動かないクダンクラム原発

原子力委員会の新委員長は声明で「まもなく」クダンクラム原発は稼働を再開すると発表した。このインド南端に位置するこの原発は、地元住民の反対を暴力的に抑圧して2年前に鳴り物入りで稼働した。
ロシアから輸入されたクダンクラム原発計画は始めから議論の種だった。インドのほぼ最南端のこの地域をめぐって2001年中頃から、政府や原子力ロビーと、反原発、自然保護派、そして地元住民とのあいだで激しい議論がおこなわれた。3年半前、原発推進派たちは計画を進めるために、タミル・ナドゥ州や他の南部諸州の電力危機の解決には原発建設計画こそが必要なのだという口実をかき集めた。抗議活動は最終的には離散させられ、1号機は2013年10月22日に稼働した。
クダンクラム原発は稼働開始してから定格出力運転に移行するまでに長期間を要し、ようやく2014年12月31日になって商業運転開始を宣言した。この14ヶ月間で、原子炉は緊急停止や3度の保守停止などによって19回も停止した。緊急停止は、原子炉試験においてはよくあることだ。しかしクダンクラム原発での緊急停止の頻度は非常に高い。4,701時間の運転時間で14回もの緊急停止がおきているのだ。年あたり20.8回の緊急停止が発生する計算となる。
世界原子力協会(WNA)の報告2)によれば世界の緊急停止平均回数は1炉年あたり0.37回であり、クダンクラム原発はこれを大幅に超過している。報告によれば、もっとも成績の良い10の原子炉では緊急停止は年にわずか0.25回しか生じない。同レポートは1回の緊急停止に伴う運転停止期間は平均1.5日だと指摘している。これに対してクダンクラムでは6.5日、おおよそ1週間にもなる。また、2年間の運転経験のなかで、クダンクラム原発は100日間連続で定格出力運転を継続するという最低基準すら達成できていない。2014年12月10日から2015年8月24日までの134日間は出力以下運転しており、定格出力で運転したのは合計で124日間だけだ。

印日原子力協力協定交渉は中断するべきだ

 インドでは地元住民や活動家が原発に反対している。彼らは、生活や環境への悪影響や、原発がもつ本質的な危険性、インドのエネルギーの未来にとって望ましくない不経済性、ごまかしの原子力規制、無責任な原子力産業など、多岐にわたる問題を提起している。さらに福島原発事故後、世界の潮流は原子力から離れている。そのことをインド政府は原子力への執着から捉えそこねているのだ。
世界と南アジアの市民は、今日、より実効的な核兵器廃絶への動きと非核地帯を求めている。しかし印日原子力協力協定はむしろインドの核兵器を正当化することになる。そして米国の戦略に従い中国と対立するために、インドと日本の軍事関係を強化することにも繋がる。
平和と民主主義を愛する世界のすべての人々は、インドと日本の原子力協力協定を廃棄するよう要求しなければならない。わたしたちはその代わりに代替可能エネルギーに集中し、福島原発事故から学び、広島・長崎の被爆70周年の今年、核兵器の削減と廃絶に注力するべきなのだ。

(翻訳/松久保肇)

脚注

1)世界原子力産業年鑑 2015
2)Optimized Capacity: Global Trends and Issues 2012 edition,

訳注

*1:2008年に米国との原子力協力協定が議論された際、BJPは同協定を核の自律性を侵害するとして反対した。
*2:1984年、米のユニオン・カーバイド社子会社がインドのマッディヤ・プラデーシュ州ボパールで起こした有  毒ガス漏洩事故。長期的には25,000人が死亡したとされる。

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