長尾訴訟 第1回控訴審 二つの「発想の転換」

『原子力資料情報室通信』第414号(2008/12/1)より

長尾訴訟 第1回控訴審 二つの「発想の転換」

氏家義博
(長尾訴訟弁護団・弁護士)

 10月30日午前11時、東京高等裁判所にて、長尾訴訟の第一回控訴審期日が開かれた。このような訴訟期日は、短い場合Aだと数分で終わってしまうことも珍しくない。しかし、この日は長時間に渡って、裁判長による本件の論点に関する説示と、双方当事者に対する質問が行なわれた。
 その中で、裁判長は本件に関する自らの疑問点を、当事者に対して率直に投げかけた。裁判長の発言における基本的な問題意識は、「果たして、長尾氏に対する医学的な診断名を確定することが、本件の解決にとって不可欠なものか」というものであった。
 即ち、本件の第一審においては、相手方が「多発性骨髄腫」という長尾氏に対する診断名を争い、医学界の権威者を担ぎ出した上、数通に及ぶ「意見書」を提出して、徹底的に争ってきた。被告の議論は、医学界で承認された診断基準と明白に相反し、また明かな自己矛盾すら孕むものであったが、いずれにしてもこの議論のためだけに、約2年以上に及ぶ歳月が費やされた。しかし、改めて考えてみれば、長尾氏が病に倒れて、必死の闘病生活を送ってきた事実自体は明白である。相手方とても、この点を争うものではない。そこで本質的な問題は、長尾氏が罹患したその「病気」と、原子力発電所での勤務との間に、因果関係があったのか無かったのかではないか。その「病気」の医学的な名称を確定することは、必ずしも問題解決に不要なのではなかろうか―これが、裁判長の基本的な疑問点である。この点について裁判長は、「病態は色々あるだろうが、長尾氏の罹患した『生(なま)の病気』との間の因果関係が争点ではないか」という表現で発言を行なっていた。
 このような指摘は、ひたすらに些末な医学論争に終始してきた第一審の審理に対して、根本的な発想の転換を要請するものである。この姿勢を前提とするならば、今後の控訴審手続においては、「診断論」の議論はむしろ付随的なものとなり、「因果関係論」が中心的な争点として浮上することになるであろう。
 もちろん、長尾氏に対する「多発性骨髄腫」の診断を否定した第一審の結論は誤ったものであり、これを正すための主張は、今後も必要である。また、因果関係の立証自体、必ずしも容易という訳ではない。しかし、今回の裁判長の指摘は、第一審とは異なる視点において、改めて本件を審理し直そうという姿勢の表明であったことは確かである。いわば裁判所によって、第一審をやり直すための、新しい土俵は用意されたと言える。今後はこの新しい舞台において、一層の攻防を尽くすことが求められている。
 なお、期日の終わり近く、裁判長より被告に対して、「原子力損害賠償法のこれまでの適用事例は?」との質問があった。また、その質問と前後して、「本件について発想の転換は出来ないか」との発言が行なわれた。その趣旨は明確ではないが、「被害者救済法たる原賠法の趣旨を重視して、本件を解決することは出来ないか」との意味にも取れる発言であった。仮に、裁判所が本腰を入れて、このような見地から、「被害者救済」を前提にした法解釈を行なうのであれば、原子力損害の被害者救済に向けて、確実な一歩が踏み出されることになる。裁判所がどこまで真剣にこの問題と取り組むか、期待を込めて見守りたい。

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ぜひ、傍聴してください!
長尾原発労災裁判第2回控訴審
 12月25日(木) 午後2時から
 東京高等裁判所812号法廷
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